低分子研究・創薬スクリーニング

表現型と標的ベース、創薬はどちらから攻めるか

低分子の創薬プロジェクトを立ち上げるとき、最初に決めるのはターゲットではなく、出発点そのものです。狙う標的タンパク質を先に決めて化合物を探すのか、望ましい細胞の変化を先に置いて化合物を探すのか。この選択は、後の工程全体を縛ります。スクリーニングの設計もアッセイの選び方も、ここで決まった方向に沿って組み立てられていくため、やり直しが利きにくい選択です。

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表現型と標的ベース、創薬はどちらから攻めるか

よく引用される数字があります。1999年から2008年のFDA承認薬のうち、機序が新しいfirst-in-class既存にない全く新しい作用機序を持つ医薬。低分子薬では表現型分子が標的に結合するかなど、実際に現れる働き・性質のこと。詳しく →が56%、標的ベースは34%を占めたという解析です。差は大きく、印象にも残ります。この数字だけを見て、表現型のほうが優れていると結論づけるのは早計です。実際に効くのは、標的が疾患を動かすとどこまで確信できるかという軸と、使える細胞やアッセイ系が疾患にどれだけ近いかという軸です。この二つが、出発点の優劣を決めます。

本稿では、標的ベースと表現型、二つの読み出しの違いから入ります。56%という数字の読み方、測定装置から見た違い、標的同定表現型で得たヒットが実際に作用している分子を突き止める作業。という宿題、モデルの妥当性、実例での対比へと進みます。最後に、出発点を決める基準と、決める順番まで整理します。

この記事の要点
  • 標的ベースは機序が明確な一方で標的選定に賭けが集中し、表現型は疾患に近い場で拾える一方で標的同定が宿題になります。
  • first-in-class創薬で表現型が56%を占めたという解析は、特定期間の後ろ向き分類であって、普遍的な優劣を示すものではありません。
  • 出発点を決めるのは、標的バリデーションの確信度と、使えるモデルが疾患にどれだけ近いかという2軸です。

出発点の違いが生む二つの読み出し

標的ベーススクリーニングでは、あらかじめ選んだ標的タンパク質を精製、あるいは組換え発現させます。化合物がその標的に結合するか、活性を変えるかを直接測るため、読み出しは「標的に対する作用」です。機序は最初から明確です。構造活性相関(SAR)を追いやすく、ハイスループットスクリーニング(HTS)数十万〜数百万個の化合物を一気に評価し、活性を持つヒットを探すスクリーニング。にも載せやすいという点が、標的ベースの強みです。

表現型スクリーニング標的を先に決めず、細胞や組織で望ましい変化が起きるかで化合物を選ぶ創薬探索。詳しく →では、細胞や組織に化合物をかけます。興味のある表現型、細胞死の抑制や分化、マーカーの変化が動くかどうかを見ます。標的を問わず「望んだ変化が起きたか」で拾うため、まだ知られていない機序も拾える可能性があります。ただし、ヒットスクリーニングで活性を示し、次の確認に進める候補化合物。詳しく →が出ても「何にどう効いたのか」は分からないまま始まります。これが表現型のスタート地点です。

標的ベースの弱点は、標的選び(ターゲットバリデーション選んだ標的が本当に病態を動かすかを検証すること。)そのものに賭けが集中する点です。生化学アッセイで強く効いても、その標的が本当に病態を動かすとは限りません。標的が病態に効くかどうかの検証は、創薬の標的選定と疾患仮説の考え方と合わせて見ると理解しやすくなります。

表現型の弱点は、この裏返しです。機序が分からないまま進む不確かさと、拾ったヒットが複数の標的に作用している可能性がつきまといます。標的が分からないことは、実務上の重い制約です。

片方は「作用点」を、もう片方は「結果」を読み出しに据えます。強みと弱みは、ちょうど裏返しの関係です。

56%という数字の読み方

過去の発見実績を振り返ると、両者の得意領域の違いが数字にも表れています。

SwinneyとAnthonyは、1999年から2008年にFDAが承認した新規分子を、発見時にどの戦略で見つかったかで分類しました。機序がまったく新しいfirst-in-class低分子薬50品のうち、標的ベースが約34%(17品)、表現型ベースが約56%(28品)を占めました。残りは天然物由来の改変などです。一方、既存機序を踏襲するfollower薬では、標的ベースが優勢でした。

この結果がよく引用されるのは、「機序が未知の領域では、表現型が有利だった」という解釈につながるからです。標的を決めないからこそ、まだ誰も狙っていなかった作用点にたどり着けた、という筋書きです。

けれど、この対比を額面どおり受け取るのは危うい面があります。対象は特定の期間のFDA承認薬に限られますし、「発見戦略」の分類には解釈の幅もあります。近年は標的ベースの手法も大きく進歩しており、この数字をそのまま現在に当てはめるのは行き過ぎです。示唆として受け止めるのが妥当です。

56%という数字は、特定期間の後ろ向き分類にすぎません。「表現型なら必ず勝てる」という話ではありません。

POINT
「first-in-classでは表現型が優勢だった」という解析は広く知られています。ただし、これは1999〜2008年という一時代の承認薬に基づく分類です。傾向として参考にする価値はありますが、普遍的な優劣を示す証拠ではありません。
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測る装置から見た違い

出発点の違いは、実験室で使う装置にもそのまま表れます。

標的ベースでは、精製した標的タンパク質への結合を直接測ります。CytivaのBiacore T200やSartoriusのOctet BLIシステムのような表面プラズモン共鳴(SPR)標的を固定した表面に分子を流し、結合による質量変化を光学的に、ラベルなしで検出する測定手法。・生層干渉法(BLI)の装置は、結合の強さと速度を定量します。CarterraのLSAは、96チャンネルのプリントヘッドで最大384アレイを同時に測り、抗体パネルを少量の試料で網羅的に速度論解析します。姉妹機のLSAXTは、500 Da級の低分子まで解析対象を広げています。AMETEK ReichertのReichert 2SPRは、100 Da未満という超低分子化合物の速度論まで測れる、より小さい相手を狙った機種です。生化学アッセイの読み出し自体は、PerkinElmerのEnVisionのようなプレートリーダー多数の穴が並ぶプレートの各ウェルの吸光度や蛍光、発光をまとめて測る装置です。多数の検体や条件を一度に測定できます。詳しく →で、吸光や蛍光、発光として取得します。

表現型では、読み出しが細胞の姿そのものです。RevvityのOpera Phenix Plusは、共焦点のハイコンテントスクリーニングシステムで、複雑な細胞モデルの表現型を高スループットに撮像します。Molecular DevicesのImageXpress Micro Confocalや、Yokogawa ElectricのCellVoyager CQ1も、同じ高含量イメージングの領域に入ります。細胞集団の性質を数で見たいときは、BD BiosciencesのFACSymphonyやCytek BiosciencesのAuroraのようなフローサイトメーター細胞を一つずつ流路に通し、レーザーで散乱光や蛍光を測って種類・数・状態を調べる手法です。細胞の集団を素早く分析できます。詳しく →が使われます。

標的ベースは分子と分子の結合を測り、表現型は細胞の姿を丸ごと撮ります。装置が違うのは、そもそも見ているものが違うからです。

表現型を選んだときに残る宿題 ― 標的同定

表現型を選ぶと、標的同定(target deconvolution表現型で得たヒットが実際に作用している分子を突き止める作業。)という追加の作業が必ずついてきます。

化合物が実際に作用している分子を突き止める必要があります。主な手段は、化学的手法と遺伝学的手法に大きく分かれます。化学プロテオミクスでは、化合物を固定化したビーズで結合タンパク質を捕まえ、質量分析で同定します。細胞熱シフトアッセイリガンド結合でタンパク質の熱安定性が変わることを利用し、結合相手を探る手法。(CETSA)は、リガンド結合でタンパク質の熱安定性が変わることを利用します。プロテオーム規模で結合相手を探れるため、副作用につながりうるオフターゲット意図した標的以外の似た配列に結合・作用してしまうこと。核酸医薬の毒性や副作用の一因。詳しく →の手がかりも得られます。

遺伝学的手法では、CRISPR狙った箇所のゲノム配列を書き換える技術。変化が恒久的で、オフターゲットのリスクが加わる。詳しく →による遺伝子スクリーニングが定番です。Broad InstituteのBrunelloライブラリは、19,114遺伝子を1遺伝子あたり平均4本、合計77,441本のsgRNAガイドを単一鎖にまとめたRNA。化学修飾を施すと細胞内での安定性が高まる。詳しく →で網羅します。Zhang研究室のGeCKOv2は、A・B二つのライブラリを合わせて122,417本のsgRNAを持ち、1遺伝子あたり6本のガイドで標的候補を絞り込みます。遺伝子を1つずつ壊し、表現型が変わる遺伝子を洗い出す発想です。

候補が挙がっても、「本当にその標的を介して効いているのか」を別の実験で裏づける工程が残ります。結合・機能・表現型の三つを結びつける確認が、標的同定の質を決めます。標的ベースにはそもそも存在しないこの工程が、表現型を選ぶコストの中心にあります。

標的同定は、表現型で拾ったヒットを標的ベースの土俵に引き戻す作業です。ここを飛ばすと、SAR分子の構造をどう変えると効き目や毒性がどう変わるかの関係。化合物最適化の指針になる。詳しく →の最適化にも安全性評価にも進めません。

POINT
CRISPRスクリーニングは、1遺伝子を複数のガイドRNAで壊して確からしさを高めます。Brunelloの平均4本、GeCKOv2の6本という設計は、1本のガイドがオフターゲットで外れても、他のガイドが同じ表現型を示せば、その遺伝子を候補として残せるという保険です。

モデルの妥当性が勝敗を分ける

表現型が標的ベースに優位を主張できる根拠は、疾患に近い場で効くものを拾える点にありました。だとすれば、その優位はどれだけ疾患を映した系を作れるかに左右されます。

単純な不死化細胞株は扱いやすい反面、実際の病態から離れていることがあります。そこで、iPS細胞由来の分化細胞、患者由来細胞、三次元のオルガノイド幹細胞から臓器を模した立体構造(オルガノイド)を育てるためのキットで、基底膜マトリックスなどの環境を提供します。詳しく →など、より疾患に近い系を使う流れが広がっています。RevvityのOpera Phenix Plusのような共焦点システムは、こうした立体的なモデルの撮像にも使われます。

産業側の視点をまとめたレビューでは、表現型アッセイを設計するときの三本柱が整理されています。生理的に妥当な細胞種・形式を選ぶこと、疾患の関連性を高める刺激を選ぶこと、臨床のエンドポイントに近い読み出しを使うこと、の3つです。妥当性の低い系では、ヒットを拾っても臨床につながりにくくなります。

もっとも、疾患に近い系ほど扱いが難しく、ばらつきも大きくなりがちで、HTSに載せる際にはスループット一定時間に処理できる検体数。自動パッチクランプはマニュアル法より桁違いに多くの化合物を測れる。詳しく →との折り合いが必要です。ここは標的ベースが載せやすさで勝るところです。

モデルの妥当性とスループットは、たいてい反対方向を向きます。疾患に近づけるほど、1回の実験にかかる手間は増えます。

実例で見る対比 ― イバカフトルとベネトクラクス

抽象的な議論を、2つの実例で確かめます。

イバカフトル(Kalydeco、Vertex Pharmaceuticals)は、表現型スクリーニングから生まれた薬です。F508del変異を持つCFTRを発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく →させたNIH-3T3細胞を使い、CFTRの機能そのものが回復するかを直接測るアッセイでヒットを探しました。標的の構造情報に頼らず、望む細胞の変化を直接拾いにいった設計です。

ベネトクラクス(Venetoclax、ABT-199)は、標的ベースの対極にある例です。BCL-2というアポトーシス抑制タンパク質に結合するフラグメントを、NMRを使ったSAR by NMRNMRで隣り合うポケットに結合する断片を見つけて連結する、フラグメント連結の先駆的な考え方。法で見つけ、隣接する結合ポケット酵素や受容体の表面にあり、薬分子がはまり込むくぼみ。SBDDで設計の要件を読み取る場所。詳しく →を埋める断片をつなぎ合わせて設計されました。細胞フリーのアッセイで、解離定数抗体と抗原の結合の強さを表す値。小さいほど強く結合することを示す。詳しく →(Ki)が0.01 nM未満、近縁のBCL-XLやBCL-wに対して4,800倍以上の選択性目的物と不純物を、溶出位置をどれだけ離して分けられるかの度合い。分離の分解能を左右する。詳しく →を持つところまで、分子を磨き上げています。

同じ「効く化合物を探す」作業でも、イバカフトルは細胞の機能から、ベネトクラクスBCL-2を標的とする阻害薬。フラグメント連結の考え方から育てられた承認薬。は分子の構造から出発しました。どちらも、出発点に忠実に設計を詰めた結果です。

どちらから攻めるか ― 決める基準

標的ベースが向きやすいのは、標的と病態の結びつきがすでに強い場合です。遺伝学的証拠があり、標的が創薬しやすく、構造情報を使いたいときに力を発揮し、既存機序の改良にも向きます。

表現型が向きやすいのは、病態の分子機序がまだよく分かっていない場合です。複数の分子が絡み、単一標的を狙っても効きにくいと予想されるとき、そして疾患に近いモデルを作れるときに力を発揮します。

アッセイ担当者に聞くべきは、「ヒットが出たか」ではなく、「そのヒットは、独立した系でも再現するか」です。表現型のヒットは、細胞株を変えるだけで消えることがあります。

二択で片方を捨てるより、両者を組み合わせる進め方が実務では増えています。表現型で拾ったヒットを標的同定して機序を裏づけ、そこから標的ベースの最適化に橋渡しする流れは典型例です。逆に、標的ベースで得た化合物を、疾患に近い細胞系の表現型アッセイで確かめる使い方もあります。

どちらが優れているという話ではありません。標的バリデーション選んだ標的への介入が本当に病態を動かすかを、複数の独立した証拠で確かめる作業。の確信度が低いなら表現型に、確信度が高いなら標的ベースに、まず重心を置くという判断です。

出発点を決める順番

最後に、低分子創薬の出発点を決める順番を整理します。

まず、標的と病態の結びつきを裏づける遺伝学的証拠が、どれだけ強いかを確認します。証拠が強いほど、標的ベースの賭けは小さくなります。

次に、疾患に近い細胞やアッセイ系が、自社で使えるかを確認します。iPS細胞体細胞を初期化して作る多能性幹細胞。同一株から繰り返し分化・製造でき均質性を高めやすい。詳しく →由来の系やオルガノイドが使えるなら、表現型の優位が生きやすくなります。

そのうえで、HTS数万〜数十万の試料を同条件で測り、活性化合物(ヒット)を拾い上げる大規模なスクリーニング。に載せる規模とスループットの要求を確認します。疾患に近い系ほど扱いにくいため、必要な化合物数との折り合いを、ここで判断します。

表現型を選ぶなら、標的同定の体制をあらかじめ用意します。化学プロテオミクス化合物に結合するタンパク質を捕まえ、質量分析で同定する標的探索の手法群。かCRISPRスクリーニングか、どちらを主軸にするかを先に決めます。

最後に、片方に決め打ちせず、後工程で組み合わせる余地を残します。表現型のヒットを標的ベースで詰め直す、あるいはその逆の橋渡しができるよう、初期段階から両方のデータを取得できる体制を整えます。

参考文献

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、低分子に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。