PBPKモデルで臨床試験を省ける場面と、省けない場面
近年FDAが承認した新薬の約4本に1本で、コンピューター上の「仮想の人体」による予測が申請資料に含まれていました。人で試験していない併用の注意書きが、なぜ添付文書に載るのでしょうか。
答えが、PBPK(生理学的薬物動態投与した薬が体内で吸収・分布・代謝・排泄されていく挙動。ADCではDARが大きく影響する。詳しく →、physiologically based pharmacokinetic)モデルです。体を、肝臓や腎臓などの臓器を血管でつないだ模型に見立て、薬の濃度が時間とともにどう動くかを計算します。測っていない条件でも体の仕組みから予測できる点が、実測した曲線に式を当てはめる従来の方法との違いです。

ただし、予測を信じてよいのは、実測で確かめたモデルを、確かめた範囲の近くへ広げたときに限られます。報告書を読む人にとっては、モデルが何を決めるために使われ、何で確かめられたかが読めるかどうかで、結論の重みが変わります。
PBPKモデルとは ― 臓器を血管でつないだ模型
PBPKは、配管図のようなモデルです。
肝臓、腎臓、肺、脳、筋肉、脂肪が部屋になっていて、血管というパイプでつながっています。薬は血液に乗って各部屋に出入りし、肝臓の部屋では酵素に壊され、腎臓の部屋からは尿へ出ていきます。部屋の大きさや血液の流れる速さには、人の体の実際の値を使います。薬ごとに違う部分、つまり脂に溶けやすいか、血液中のタンパク質にどれだけ結合するか、肝臓の酵素にどれだけ速く壊されるかは、試験管の中の実験で得た値を入れます。これで、投与後の血中濃度と各臓器の濃度の変化が、一度に計算できます。

入力の代表が、肝ミクロソームなどで測る代謝の速さと、Caco-2細胞で測る腸の透過性です。計算には専用のソフトを使い、CertaraのSimcyp、Simulations PlusのGastroPlus、オープンソースのPK-Simなどがあります。
従来のコンパートメントモデル体内を薬物が均一に混合されたいくつかの区画(コンパートメント)の集合として近似し、薬物動態を数学的に記述するモデル。とは、作り方の向きが逆です。
| コンパートメントモデル | PBPKモデル | |
|---|---|---|
| 作り方 | 測った血中濃度に、合う値を探して当てはめる | 臓器の大きさ、血流、薬の性質から組み立てる |
| 得意なこと | 測った条件のデータの整理 | 測っていない条件の予測。併用、年齢、臓器の機能 |
| 弱点 | 条件が変わると予測できない | 入力の誤りがそのまま予測に伝わる |
部品が体の実在の部分に対応しているので、「肝臓の血流が減ったら」「酵素が半分しかなかったら」と、部品を差し替えて試せます。
分かるのは、血液や臓器の濃度の推移です。効くかどうか、副作用が出るかどうかは、濃度の先の話で、PBPKだけでは答えが出ません。モデルに入れていない仕組みは、計算の中にも現れません。
PBPKは、測っていない条件の濃度を予測する道具です。効果や安全性の答えを出す道具ではありません。
使われる場面 ― 相互作用が中心
2020年から2024年にFDAが承認した新薬245件のうち、65件(26.5%)がPBPKモデルを提出していました。Pharmaceutics誌の2025年の集計によると、使い道の内訳は、薬物相互作用(DDI、drug-drug interactionある薬がトランスポーターや酵素を阻害・誘導し、併用薬の濃度を変える薬物相互作用。詳しく →)が81.9%、肝臓や腎臓の機能が落ちた患者への用量が7.0%、小児の用量予測が2.6%で、残りは食事の影響などです。
相互作用が中心になるのは、組み合わせが多すぎるからです。併用する薬の種類、飲む順序、肝臓や腎臓の機能、遺伝子型その働きを生み出すもとになる遺伝子の配列情報。詳しく →。すべてを臨床試験で確かめることはできません。そこで、強い阻害薬との試験を実施してモデルを確かめ、実施していない組み合わせはモデルで補う使い方が定着しています。
実例は、MEK阻害薬のコビメチニブ(商品名コテリック)です。開発では、強いCYP3A阻害薬のイトラコナゾールとの臨床試験は行われましたが、誘導薬のリファンピシンとの試験は行われませんでした。中程度の阻害薬を併用するときの減量も含めて、PBPKで予測しています。試験を1本省けた一方で、その土台にはイトラコナゾールの実測がありました。CYPが関わる相互作用の予測は、PBPKがもっとも実績を積んだ使い方で、国際的な指針のICH M12薬物相互作用試験の判断基準を日米欧で揃えた国際整合ガイドライン。in vitroから臨床試験の要否を判断する。詳しく →(2024年5月最終化)も、PBPKなどのモデルによる予測を扱っています。
欧州でも動きがあります。CertaraのSimcyp Simulatorは、2025年8月にEMA(欧州医薬品庁)からPBPKモデリングの適格性意見を受け、EU申請でのDDIリスク評価工程や製品に潜在するリスクの種類・発生可能性・影響度を系統的に特定・分析し、優先的に管理すべき項目を決定する手続き。詳しく →に使えるとされました(ニュース)。適格性は「どの問いに使うか」に結びついた判断で、どんな問いにも通る許可ではありません。
小児は2.6%と少数ですが、PBPKの強みがよく出る場面です。新生児や乳児は、薬を壊す酵素の量が発達の途中にあります。体重で割り算しただけの換算(アロメトリックスケーリングの延長)では、この途中経過を取りこぼします。PBPKなら、同じ体重でも月齢が違えば薬の消え方が違うことを、モデルに入れられます。ただし、酵素の発達のデータが乏しい月齢ほど、予測の確かさは下がります。
PBPKの主な出番は、すべては試験しきれない併用の組み合わせを埋めることです。臨床試験を丸ごと置き換える道具ではありません。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる結果の読み方 ― 「合っている」と言える範囲
報告書で最初に見るのは、予測と実測を並べた図です。
薬ごとのモデルは、その薬自身の臨床データ、たとえば単回投与や反復投与の血中濃度と照らして、合っているかを確かめます。目安に使われるのが、AUC(血中濃度の面積)やCmax(最高血中濃度)投与後に達する最も高い血中濃度。薬がどれくらいの速さで届くかの指標。詳しく →の予測が、実測の2倍以内に収まるかどうかです。
ただし、2倍以内なら合格という単純な話ではありません。何を決めるのに使うかで、求められる確かさが変わるからです。「この併用では用量を変えなくてよい」という判断に使うなら、変化が小さいことを示せなければなりません。2倍の誤差を許すモデルで、その結論は支えられません。逆に、「大きな相互作用が起きそうか」を早い段階でふるい分けるだけなら、粗い予測でも役に立ちます。この「何に使うか」が、使用目的(context of use)です。
モデルの結果に頼る度合いが大きい使い方ほど、求められる検証も厳しくなります。
もう一つ見たいのが感度分析です。入力値のうち、どれを少し動かすと結果が大きく変わるかを調べたものです。少し動かしただけで結論が変わる入力があるなら、その入力が実測でどこまで固められているかが焦点です。
予測が実測の2倍以内かは出発点です。その精度で足りるかどうかは、何を決めるために使うかで決まります。
よくある失敗 ― 入力の穴と検証範囲の外
PBPKの失敗は、数式の間違いよりも、入力と範囲のところで起きます。
1つ目は、入力の試験管の値が、体の中の実態とずれることです。肝ミクロソームやヒトの肝細胞から人の肝クリアランスを予測すると、実測より低く出る傾向があります。さらに、ミクロソームにはアルデヒドオキシダーゼ(AO)のような酵素が入っていません。AOに壊される薬を、ミクロソームの値だけで組んだモデルは、その経路をそもそも知りません。AOの代謝が一因で経口バイオアベイラビリティ投与した薬のうち、未変化のまま全身循環に到達する割合。静脈内投与を100%として比較する。詳しく →が約5%にとどまったBIBX1382の話は、肝ミクロソームの代謝安定性試験で解説しています。
2つ目は、確かめた条件の外へ出ることです。健康な成人の単回投与で検証したモデルを、腎機能が落ちた患者や、数か月の乳児に使うとき、検証は新しい条件で取り直す必要があります。モデルが当たるのは、確かめた範囲の近くです。
3つ目は、相互作用の仕組みが複雑な場合です。酵素を時間をかけて壊す時間依存性阻害や、酵素の量を増やす誘導、薬を細胞に出し入れするトランスポーターが主役の相互作用は、入力の確かさが落ちやすい領域です。ここは実測の臨床データで確かめた範囲が狭いほど、モデルは慎重に読みます。
4つ目は、ソフトの実績と、その薬のモデルの検証を混同することです。Simcypが適格性意見を得ていても、個々の薬のモデルが自動的に信頼できるわけではありません。薬ごとに、使用目的に見合った検証が要ります。
5つ目は、モデルを更新しないことです。新しい臨床データが出たら、モデルに戻して予測とのずれを調べます。承認後に併用する薬が増えたときも同じです。
見直す場所は、数式よりも、入力値の出どころと、確かめた範囲の外に出ていないかの二点です。
明日から確かめられること ― 報告書と受託先への質問
PBPKの結果が載った報告書や提案を受け取ったら、次の点を確かめます。FDAとEMAは、PBPK解析の報告書に載せる項目をそれぞれガイダンスで示しています。
- 何を決めるために使ったか(使用目的)が、冒頭に書かれているか
- 検証に使った臨床データは何か。その薬自身のデータか、別の薬のデータか
- 予測と実測を並べた図があり、AUC遠心中の試料の沈み方を光で測り、分子の大きさや会合状態を調べる分析装置です。純度や凝集の評価に使います。詳しく →やCmaxの予測が2倍以内に収まっているか
- 入力値の出どころが、実測か、ソフトの予測値かを区別して書かれているか
- 感度分析で、結果を動かす入力が示され、その実測の裏づけがあるか
- 検証した条件の外(患者の集団、年齢、併用薬)へ出ていないか、出るなら理由が書かれているか
- ソフトの名前とバージョン、納品物にモデルファイルや入力値の一覧が含まれるか
モデリングを受託先に頼むときは、最初に「このモデルで何を決めたいか」を伝えます。使用目的が決まらないままでは、必要な検証の水準が決まらず、見積もりも比べられません。規制当局に提出する予定なら、事前相談の場で使用目的を共有しておくと、後からの手戻りを減らせます。
代謝の入力値は肝クリアランス(CLint)計算ツールで、流れだけ試せます。入力の相手になる試験は、反応フェノタイピング、BCS分類と経口吸収、母集団の個人差を扱う母集団薬物動態でも読めます。動物の代わりに計算やチップを使う流れは動物実験代替(NAMs)にまとめています。
参考文献
- The Evolution and Future Directions of PBPK Modeling in FDA Regulatory Review. Pharmaceutics. 2025. PMC12655628(2020〜2024年のFDA承認新薬245件のうち65件がPBPKを提出、用途の内訳)
- FDA, Physiologically Based Pharmacokinetic Analyses: Format and Content, Guidance for Industry(2018年8月)
- EMA, Guideline on the reporting of physiologically based pharmacokinetic (PBPK) modelling and simulation
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → M12, Drug Interaction Studies(2024年5月最終化)
- Certara, PBPK assists with DDI prediction without a rifampin study for cobimetinib(コビメチニブの事例)
- Certara, Certara's Simcyp Simulator Becomes First and Only Software Platform to Receive EMA Qualification Opinion for PBPK Modeling(2025年8月4日)
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