GalNAc結合siRNAの合成 ― 結合位置とスペーサーの選び方
GalNAc核酸医薬を肝臓の細胞へ届けるために結合させる糖のリガンドです。肝細胞表面の受容体に結びつき、薬物の取り込みを高めます。詳しく →結合siRNA二本鎖の短いRNAで、RISC(Ago2)を介して標的mRNAを分解する核酸医薬。ASOと製造基盤を共有する。詳しく →の合成を任されると、まず教科書で覚えるのは三分岐(トリアンテナリー)という設計です。GalNAcを3つ、決まった間隔で並べると受容体との結合力が跳ね上がる。ここまでは文献を1本読めば分かりますし、カタログにも三分岐という言葉が必ず出てきます。

けれども実際に合成計画を立てる段になると、分岐の数はもう決まった前提です。迷うのはその先です。3つのGalNAcを鎖のどこで、どのタイミングで結合させるか、合成前にあらかじめ結合させた支持体を使うのか、それとも合成が終わってから結合させるのか。ここが実務の分かれ目で、この選択が収率もコストも、後段の精製のしやすさも左右します。
軸は2つあります。GalNAcを結合させる位置とタイミング、そしてGalNAcを鎖につなぐスペーサーの化学構造です。どちらも三分岐という言葉だけでは見えてこず、実在するビルディングブロック抗体薬物複合体(ADC)で抗体と薬物(ペイロード)をつなぐ分子で、切断性・非切断性などの構造によって体内での薬物の放出のされ方が変わります。詳しく →を並べて比べると、この2つの差がはっきり見えてきます。本稿では、ASGPR肝細胞表面に多く発現する受容体。GalNAcが結合し、核酸を肝細胞へ取り込ませる入口になる。詳しく →を介した送達の仕組みから、この2つの軸、化学修飾核酸の糖・骨格・末端に施し、安定性・結合力・免疫原性を整える改変。詳しく →との組み合わせ、LNPmRNAなどを包んで細胞へ届ける脂質の微粒子。全身投与では肝細胞に取り込まれやすい。との使い分け、そして部材を選ぶ順番まで、順に整理します。
- GalNAc結合siRNAは、肝細胞に高密度で出るASGPRを鍵穴として使い、皮下投与で肝臓へ届けます。
- 三分岐という設計は前提であり、実務で効くのは結合位置(プレコンジュゲートCPGかアミダイトか合成後修飾か)とスペーサー化学です。
- LGC BiosearchやHongene Biotechなど実在するビルディングブロックの選び方が、収率とコストを直接左右します。
ASGPRを鍵穴に使う ― なぜ肝細胞に集まるのか
GalNAc送達ゲノム編集ツールや核酸医薬などを標的細胞・組織まで安全かつ効率よく運ぶための技術・方法論の総称。詳しく →の中心にあるのが、ASGPR(アシアロ糖タンパク受容体)です。
C型レクチン糖を特異的に認識して結合するタンパク質の一群。ASGPRもこの仲間で、肝臓送達に関わる。と呼ばれる糖認識タンパク質で、肝細胞の表面に細胞あたり数十万コピーとも言われる密度で発現しています。ほかの臓器にはほとんど出ていません。この偏りが肝臓への選択性目的物と不純物を、溶出位置をどれだけ離して分けられるかの度合い。分離の分解能を左右する。詳しく →の源であり、もう一つの特徴が、取り込みが速く受容体がすぐ表面へ戻って再利用される点です。少ない受容体数で多くの分子を運び込めるうえ、GalNAcはこの受容体が本来認識する糖の構造をまねており、肝細胞専用の鍵として働きます。
GalNAcの肝臓選択性は、ASGPRが肝細胞にほぼ限定して高密度で出ていることに由来します。
三分岐という前提の先にある分岐
GalNAcを1つ結合させるだけでは、ASGPRとの結合力が足りません。
ASGPRは複数の糖を同時に掴む構造をしているため、3つのGalNAcを受容体の掴みやすい間隔(結晶構造の報告では糖どうしの中心間でおよそ1.5nm程度)で配置すると、結合力が跳ね上がります。GalNAcクラスター自体の分子量は1,000Daに満たない小さな分子です。ここまでは設計の前提であり、承認された肝臓向けsiRNAのほとんどがこの三分岐を採用しています。カタログの誤読が起きやすいのはここからです。「三分岐だから同じ設計」と読んでしまうと、製造上の選択肢を見落とします。分岐の数が決まった先に、GalNAcを鎖のどこで、どう結合させるかという、実務としてはるかに重い分岐が残っています。
三分岐という設計は出発点にすぎず、実際に工程を左右するのは結合位置とタイミングという合成側の選択です。
結合位置とタイミング ― プレコンジュゲートか、合成後修飾か
大きく3つの経路があります。
1つ目が、あらかじめGalNAcを結合させた固相支持体(CPG)を使う方法です。LGC BiosearchのTri-GalNAc-TEG C7 CPG(NACD4-009)や、Hongene BiotechのTEG-GalNAc Cluster Succinate CPG 1000Å(約100nm)の孔径をもつ支持体(ON-468)、Sussex Research LaboratoriesのTri-GalNAc Ligand LCAA CPG 500Å(約50nm)の孔径をもつ支持体(MV100075)がこれにあたります。3'末端にワンステップでGalNAcを導入でき、別工程のコンジュゲーション抗体の官能基と薬物リンカーを化学結合させ、DARを狙いどおりに作り込むADC製造の中心工程。詳しく →が要りません。2つ目が、5'末端でGalNAcクラスターのアミダイトオリゴ核酸を化学合成する際、一塩基ずつ鎖に付け足していく反応性のモノマー原料です。核酸合成の基本となる構成単位です。詳しく →を結合させる方法です。Hongene BiotechのTEG-GalNAc Cluster Amidite(OP-123)は、合成サイクルの最終段で一括導入できます。3つ目が、鎖を作り終えてから結合させる合成後修飾です。Sussex ResearchのTris-GalNAc-PEG5-NHS Ester(MV100052)のような活性化T細胞を抗原刺激や人工的な刺激試薬で活性化し、増殖・機能発揮できる状態に誘導する操作。詳しく →エステルを、アミノ修飾済みのオリゴに後から反応させます。
スペーサー化学 ― TEGか、C3/C7か、dRか
GalNAcを鎖につなぐ腕の部分にも、複数の選択肢があります。
TEG(トリエチレングリコール)スペーサーは、親水性が高く柔軟なので、受容体側の掴みやすい配置を作りやすいとされます。先に挙げたHongeneやSussex Researchの製品の多くがこの系統です。これに対してGlen Researchの5'-GalNAc C3 Phosphoramidite(10-1974)は、短いC3アルキル鎖を使う単量体型です。複数回連続でカップリング露出した5'水酸基に次の塩基のアミダイトを結合させ、鎖を1塩基伸ばす工程。詳しく →し、5'末端に多価のGalNAcを自前で組み上げる設計に向きます。LGC BiosearchのdR-GalNAc(Beta) Phosphoramidite(NACD4-007)やdR-GalNAc(Alpha) CPG(NACD4-001)は、デオキシリボース(dR)を骨格に使う系統で、配列内部への導入にも対応します。スペーサーが違えば、脱保護に要る条件も、最終的な精製での挙動も変わります。標準的なアンモニアグルタミンの代謝と化学分解で生じる代謝副産物。蓄積すると増殖・生存を落とし、糖鎖の質にも影響する。詳しく →処理による脱保護合成した核酸を担体から切り出し、保護基を外して純粋な鎖にする工程。詳しく →は、55℃で16時間程度かける条件が一般に使われますが、スペーサーの化学構造によっては条件を振り直す必要があります。どの経路でも合成溶媒の質は共通の土台です。Merckの核酸合成用アセトニトリルは水分10ppm以下を保証しており、この水分管理がカップリング収率を左右します。
スペーサーの選択は、受容体との結合力だけでなく、合成後の脱保護と精製のしやすさまで決めています。
化学修飾との組み合わせ ― 守りがあって初めて届く
GalNAcは運ぶ役割ですが、それだけでは足りません。
運んでいる間に分解されては意味がないため、21nt前後の二本鎖からなるsiRNA本体を壊れにくくする化学修飾が欠かせません。代表的なのが、ヌクレアーゼへの耐性を上げる2'-O-メチル(2'-OMe)修飾と2'-フルオロ(2'-F)修飾、そして末端付近の分解を防ぐホスホロチオエート骨格の酸素をイオウに置き換えた結合で、ヌクレアーゼ耐性を高める狙いがある。(PS)結合です。Alnylam社が示したESC(強化安定化化学)では、2'-OMe核酸の糖の2'位に施す化学修飾。標的との結合親和性とヌクレアーゼ耐性を高める。詳しく →と2'-Fで糖の2'位をほぼ全面的に修飾し、末端近くに限られた数のPS結合を置く設計が知られています。こうした安定化があるからこそ、投与間隔を延ばせます。承認された肝臓向けsiRNAには、初回投与からおよそ90日後に2回目を打ち、以降は180日ごとという間隔で使われるものもあります。
GalNAc送達は化学修飾による安定化と一体で成り立ち、その組み合わせが少ない投与回数を可能にします。
LNPとの使い分け
siRNAの送達手段としては、脂質ナノ粒子mRNAなどの核酸を封入して細胞へ送達する脂質の微粒子。mRNAワクチンで大規模に実用化された非ウイルス系。詳しく →(LNP)もあります。
両者は競合というより、狙う臓器と投与法で使い分ける関係です。GalNAcは肝臓への選択性が高く、皮下投与でき、化学構造が明確なので品質管理遺伝子治療製品の品質・安全性・有効性を保証するために製造・出荷の各段階で実施する試験・管理の総体。詳しく →の説明もしやすい利点があります。半面、ASGPRに依存するため肝細胞以外を狙うのは苦手です。LNPは、肝臓ではアポリポタンパクEを介した経路で肝細胞に運ばれる一方、粒子側の設計次第で肝臓以外を狙う応用の余地が残ります。どちらが優れているという話ではありません。狙う臓器が肝細胞に絞れるなら、構造が明確で工程管理がしやすいGalNAcが第一候補になり、肝外への展開まで見据えるならLNPの柔軟性が効いてきます。
部材を選ぶ順番
最後に、確認の順番を整理します。
まず、標的配列のどちらの末端にGalNAcを置くかを決め、3'末端ならプレコンジュゲートCPG核酸を化学合成するとき、鎖の一端を固定しておく多孔質の担体です。CPG(多孔質ガラス)などが使われ、合成が終わると鎖を切り出します。詳しく →が工程を単純にします。次に、合成のスケールを確認します。小ロットの開発段階では、支持体コストが多少高くてもプレコンジュゲートCPGで工程を減らすほうが早く進みます。数十kg規模の商用生産に近づくほど、支持体コストの重みが増し、アミダイトや合成後修飾との比較が要ります。そのうえで、スペーサー化学を選び、脱保護条件が既存のプロトコルと合うか、精製で分離しやすい挙動かを確認します。最後に、選んだ経路でのカップリング収率をロット間で確かめ、量産時の再現性を見ておきます。ここまで決めて初めて、三分岐という設計を実際の合成計画に落とし込めます。
参考文献
- Nair et al., Multivalent N-Acetylgalactosamine-Conjugated siRNA Localizes in Hepatocytes and Elicits Robust RNAi-Mediated Gene Silencing (J. Am. Chem. Soc., 2014).
- Springer AD & Dowdy SF, GalNAc-siRNA Conjugates: Leading the Way for the Delivery of RNAi二本鎖RNAが配列特異的に標的mRNAを分解する仕組み。siRNAの作用機構の基盤。詳しく → Therapeutics (Nucleic Acid Ther., 2018).
- Zhang et al., The therapeutic prospects of N-acetylgalactosamine-siRNA conjugates (Front. Pharmacol., 2022).
- ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく →, Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products.
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