抗体医薬基礎知識・分析

HCP ELISAの選び方:プラットフォーム法とプロセス特異的法

CHO細胞で作る抗体医薬のプロセス開発を担当すると、宿主細胞タンパク質(HCP、Host Cell Protein医薬品を作る宿主細胞に由来するタンパク質の不純物です。安全性に関わるため、精製後の残存量を測ります。詳しく →)の管理でまず手に取るのは市販のELISAキットです。届いてすぐ使えます。Cygnus TechnologiesのCHO HCP ELISA製品に残る宿主細胞由来タンパク質(HCP)の量を抗体で測るELISAです。不純物の除去具合を確認する品質試験に使います。詳しく →, 3GやCytivaのAmersham HCPQuant CHO ELISA抗原と抗体の結合を酵素反応による発色などで検出し、目的の物質の有無や量を測る手法です。不純物や力価の測定に広く使われます。詳しく → Kitが、その代表です。カタログには抗HCP抗体のカバレッジ抗HCP抗体がどれだけ幅広い種類のHCPを認識できるか。ELISAが目的に適うかを示す中心的な指標。詳しく →が89%や90%と書かれています。数字だけを見れば、もう十分に思えます。

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HCP ELISAの選び方:プラットフォーム法とプロセス特異的法

ところが、そのカバレッジという一つの数字では、自社プロセスの何が見えて何が見えていないかは決まりません。Cygnusが自社の新しい抗CHO抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく → HCP抗体で示した値は、同じ抗体・同じ試料でも、測定法を変えるだけで86%から97%まで動きます。効いているのは数字の高さではありません。決めているのは2つです。抗体を作った免疫原が、自社プロセスのHCPとどれだけ近いか。そして重量では目立たない少数の危険なHCPを、その抗体が拾えているかです。

本稿では、汎用キット・プラットフォーム法・プロセス特異的アッセイ対象製品の工程で実際に出るHCPを免疫原にして抗体を起こす測定法。その工程のHCPに合う。という三つの形の違いから、カバレッジという数字の測り方、2Dウェスタンやアフィニティ精製表面マーカーや脂質に結合するリガンドを使い、狙った集団だけを特異的に捕まえる精製法。詳しく →で何を確かめられるか、免疫原と自社プロセスの距離、そして自社アッセイに切り替える判断まで、選ぶ順番に沿って整理します。

この記事の要点
  • 抗HCP抗体のカバレッジは89%や90%と公称されていても、測定法(2D-PAGEかMSか)で数字自体が変わります。
  • カバレッジの実質を決めるのは、免疫原と自社プロセスのHCPプロファイルの距離と、重量では目立たない少数の危険なHCPを拾えているかの2つです。
  • 2Dウェスタン・2D-DIGEに加え、抗体親和性抽出(AAE)で自社の免疫原を直接くぐらせる確認が、切り替えの判断を支えます。

汎用キット・プラットフォーム法・プロセス特異的アッセイ ― 免疫原の広さ

HCP ELISAは、どれも同じサンドイッチ法捕捉抗体と検出抗体で目的物を挟んで検出するELISAの方式。HCPの総量測定で標準的に使われる。です。違うのは、抗体を起こすときに使った免疫原の範囲だけです。

汎用キットは、宿主細胞ごとに広く使われている調製物を免疫原にします。CygnusのCHO HCP ELISA, 3G(F550-1)やE. coli HCP ELISA Kit, 2G(F1020)、HEK 293 HCP ELISA Kit, 3G(F650S)が、その例です。Enzo Life SciencesのCHO Host Cell Protein ELISA Kit(ENZ-KIT128)は感度10 ng/mLです。検出域は3〜810 ng/mLで、96ウェルを3時間で回せます。AbcamのCHO HCP ELISA Kit(ab240996)やRayBiotechのELW-CHOも同じ枠に入ります。BioGenesのCHO 360-HCP ELISA Kitは、性格の違う抗HCP抗体セットをType A・C・D・Eの4種類そろえます。試料に合うものを事前に選べる構成です。1本の抗体で足りないという前提を、キットの側に埋め込んだ形です。

プラットフォーム法同じ発現系・精製系を共有する複数製品に対し、その系に合わせた抗体を使うHCP測定法。カバレッジが広い。は、自社の発現系と精製プロセスに合わせて起こした抗体を、複数の製品で共有します。CytivaのAmersham HCPQuant CHO ELISA Kitは、Rockland Immunochemicalsと共同開発したサンドイッチ法です。カバー率89%、直線範囲分析法において、濃度と応答値の間に直線的な比例関係が成立する濃度域のこと。詳しく →2〜200 ng/mLを公称しています。プロセス特異的アッセイは、さらに一歩進みます。対象製品そのものの工程から得たHCPを免疫原にする方法です。BioGenesのCustom Host Cell Protein ELISA Developmentは、自社プロセスのモックHCPを使って抗体を起こします。高リスクHCPにも対応する受託サービスです。

三つの違いは抗体の性能ではなく、免疫原が自社プロセスにどれだけ近い集団から作られたかという一点にあります。

カバレッジという数字の読み方

カタログの89%や90%は、単独では読めません。どうやって数えたかが、数字の半分を決めています。

Charles River LaboratoriesのCHO-HCP ELISA Kit(IgY)は、SPFニワトリ由来のIgY抗体を使います。感度0.1 ng/mL、抗体カバー率90%を公表しています。従来型の評価法は二次元電気泳動等電点と分子量の二軸でタンパク質を広げて分離する手法。HCPのカバレッジ評価の土台になる。詳しく →を使います。業界の目安は2つあります。全HCPの50%超が抗体に反応すること。そして二次元ゲルの四つの象限すべてでHCPを認識することです。これが合格の下限とされてきました。70%を超えれば望ましいという水準感も広く共有されています。ただし、この数字は測定法によって動きます。Cygnusが自社の新しい抗CHO HCP抗体で示した値は、抗体親和性抽出(AAE)に二次元電気泳動の銀染色を組み合わせると86%でした。AAEに質量分析分子の質量を精密に測る手法。鎖の組み合わせ違いを分子量差として捉え純度評価に使う。詳しく →を組み合わせると97%でした。同じ抗体、同じ試料で、11ポイント違います。

カバレッジ86%や97%という数字を見て、測り方を確かめずに他社の89%や90%と並べても、優劣は決まりません。

2Dウェスタン・2D-DIGEとAAE ― 抗体が見ている範囲の確かめ方

抗体がどのHCPを見ているかを確かめる方法は、一つではありません。

二次元電気泳動を使う伝統的な方法は、等電点と分子量の二軸でHCPを広げ、そこに抗体を反応させて染めます。2Dウェスタンブロット二次元電気泳動で広げたHCPを膜に転写し、抗HCP抗体で染めてカバレッジを評価する手法。はゲルを膜に転写し、抗HCP抗体で染色します。2D-DIGE異なる蛍光で標識した試料を重ねて比較する二次元電気泳動。抗体が捕まえたHCPと全体を比べる。詳しく →(二次元ディファレンス・ゲル電気泳動)は、異なる蛍光色素で全HCPと抗体の捕捉分を重ねて比べます。ただし弱点が知られています。転写にムラが出ること。一つのタンパク質が翻訳後修飾タンパク質が作られた後に受ける糖鎖付加や酸化などの修飾。抗体の品質特性の比較で確認する対象になる。詳しく →の違いで複数のスポットに割れること。スポットが重なって見分けられないこと。変性条件でエピトープ抗原の表面で抗体が実際に結合する一角のこと。抗原決定基とも呼ばれ、抗体ごとに認識する場所が異なる。詳しく →が壊れることです。Cygnus Technologiesは、この弱点を理由に2Dウェスタンの使用をもう推奨していません。代わりに2013年に開発したのが、抗体親和性抗体が抗原に結合する強さ。解離定数などで表し、値が小さいほど強く結合することを示す。詳しく →抽出(AAE、Antibody Affinity Extraction)です。抗HCP抗体でHCPを直接捕まえ、二次元電気泳動または質量分析にかけてカバレッジを測ります。USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく →〈1132〉にも収載された手法です。

POINT
AAEを質量分析と組み合わせたAAE-MSは、カバレッジ評価にとどまりません。工程内試料や原薬中の個々の残存HCPを、一つずつ同定・定量する用途にも使われます。カバレッジの数字と、個別のHCPの正体を、同じ枠組みで確かめられる点が強みです。

ゲルに広げて見るか、抗体で直接引き抜いて見るかで、同じカバレッジという言葉が指す精度が変わります。

免疫原と自社プロセスの距離 ― null cell lineという出発点

抗HCP抗体は、多くの場合、null cell line(目的遺伝子を持たない宿主細胞株)から起こします。

目的の抗体の遺伝子を導入していない宿主細胞株を培養します。そこから得たHCP調製物を、羊やヤギのような動物に免疫して抗体を作ります。汎用キットは、このnull cell lineが自社の株や培養条件と一致している保証がありません。プラットフォーム法は、同じ発現系・同じ精製手順の範囲で近づけてあります。プロセス特異的アッセイは、自社のnull cell lineそのものを使います。免疫原と自社プロセスの距離は、ここがいちばん近くなります。ただし、null cell lineの上清やライセート細胞を壊してリボソームやtRNA、翻訳酵素群などの翻訳機構を取り出した液。無細胞合成の反応の中心になる。詳しく →をそのまま抗原にする方法には限界があります。免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →が低いHCPや、存在量が少ないHCPには、そもそも抗体が上がりにくいためです。

この距離の効きかたを、Cygnus TechnologiesのPichia pastorisメタノールを炭素源にできる酵母。強力なAOX1誘導と分泌生産に向き、高密度培養で組換えタンパク質を作る。詳しく →向けキットの世代交代が示しています。第1世代のF140は検出限界0.3 ng/mL未満です。ただし糖タンパク質を対象にすると、糖鎖のエピトープまで拾ってHCP量を過大評価する問題を抱えていました。第2世代のF640は、同じ抗体に糖鎖エピトープを吸着させる工程を加えました。その過大評価を抑えています。第3世代レンチウイルス産生の遺伝要素を4種のプラスミドに分割した設計世代。RCL発生のリスクを下げる安全設計。詳しく →のF1015は、AAEと質量分析でカバレッジ88〜100%を実証しました。糖鎖タンパク質に付加される糖の鎖状構造で、抗体の有効性・免疫原性などに影響する重要な品質特性。詳しく →改変株にも対応します。免疫原そのものは変えていません。抗体の精製方法を工程ごとに直したことで、数字が動いています。

POINT
null cell lineが「誰の細胞か」を確かめずにキットを選ぶと、カバレッジの数字が高くても意味を持ちません。メーカーに聞くべきは、その調製物がどの株の、どの培養条件から得たものかです。

カバレッジの数字を上げているのは抗体の強さではなく、免疫原とその精製方法を自社の試料にどれだけ近づけたかです。

カバレッジの外側にある少数のHCP

重量で89%や90%を占めても、危険なHCPがそこに入っているとは限りません。

カバレッジは多くの場合、抗体が認識したHCPの重量が全体の何%を占めるかで数えます。量の多いありふれたHCPほど、この重量に効きます。逆のHCPもあります。量は少なくても、酵素活性で製剤を傷めるプロテアーゼタンパク質を分解する酵素。破砕で放出され目的物を分解するため低温や阻害剤で抑える。詳しく →やリパーゼ脂質を加水分解する酵素。製剤中のポリソルベートを分解し、遊離脂肪酸の析出や安定性低下を招くHCPの代表。詳しく →です。これらは重量ベースの数字にほとんど寄与しません。抗体がそのHCPを認識していなくても、カバレッジの数字は高いまま出ます。この見落としを個別に確かめる手段が、AAE-MSのようにHCPを一つずつ同定する方法です。原理の異なるLC-MSによるHCP分析を併用すれば、抗体の網の外にあるHCPをさらに広く洗い出せます。ELISAの中だけで完結させず、直交原理(物差しの向き)の異なる手法を重ねて品質を評価する考え方。単一手法の死角を減らす。詳しく →する手法を重ねる発想は、HCPの基礎で扱った考え方と同じです。

カバレッジという数字が高いことは、危険な少数のHCPを見ていることを意味しません。

同じ「カバレッジ」という問いは、LC-MS液体クロマトグラフで成分を分離したうえで質量分析計にかけ、分子量を測って物質の同定や定量を行う手法です。詳しく →側にも別の形であります。ELISAのカバー率は抗体が実際に捕らえた重量の割合ですが、LC-MSでは検出できたHCPの種類の数しか実測できません。そのアッセイが理論上どこまで検出できるはずなのかを、実験前に計算で見積もる試みを、LC-MSのHCPカバレッジは読めるかで扱っています。

メーカーとラボに聞くべきこと

カタログの数字をそのまま受け取ると、比較を誤ります。

メーカーに聞くべきは「カバレッジは何%か」ではありません。「その数字はどの免疫原と、どの測定法で出したものか」です。null cell lineがどの株のどの培養条件から得たものか、二次元ゲルで数えたのかAAEで数えたのか、AAEなら銀染色かMSかを尋ねます。自社で確かめるラボや受託先にも、同じ質問が要ります。Rockland ImmunochemicalsのHCP Assay Developmentは、代表的なHCCF(培養上清)を基準に抗体を起こし、ジェネリックなCHO HCPアッセイをオルソゴナル評価まで含めて開発する受託サービスです。どの調製物を代表として選んだかを確認しないまま契約すると、自社プロセスとの距離は分からないままです。

どちらが正しいという話ではありません。汎用キットで押し通すか、プロセス特異的アッセイを起こすかは、開発の速度を取るか自社プロセスへの適合を取るかという選択です。早期開発でスピードが要るなら、汎用キットの取りこぼしは軽い失敗です。後期開発で当局への説明が近いなら、免疫原のミスマッチのほうが重い失敗です。どちらの失敗が自社の工程で重いかで、選ぶ側は変わります。

選定の順番

最後に、決める順番を整理します。

まず、自社の宿主細胞とプロセスに使える汎用キットがあるかを確認します。CHOやE. coliなら、Cygnus・Cytiva・Charles River・Enzo・Abcam・BioGenesのように選択肢が複数あります。次に、そのキットが公称するカバレッジの根拠を尋ねます。二次元ゲルかAAEか、AAEなら銀染色かMSかを確認し、自社のnull cell lineとどれだけ近い免疫原かを見ます。そのうえで、開発のステージを重ねます。後期開発や申請が近いなら、プラットフォーム法かプロセス特異的アッセイへの切り替えを検討します。最後に、切り替えるなら旧アッセイと新アッセイの値をブリッジング標準品や試薬を切り替える際、新旧を同一条件で比較して値の連続性を確かめること。詳しく →で突き合わせます。傾向が説明できることを確かめてから、規格に組み込みます。

抗体のカバレッジを疑わずに使い続けることが、いちばん静かにリスクを積み上げます。

参考文献

  • USP General Chapter <1132>. Residual Host Cell Protein Measurement in Biopharmaceuticals.
  • Cygnus Technologies, Antibody Affinity Extraction (AAE)
  • BioPharm International, HCP ELISA and HCP Antibody Coverage Analysis Methods
  • Host cell protein platform assay医薬品中の有効成分が規格範囲内の量(含量)で存在するかを定量的に確認する試験。詳しく → development for therapeutic mAb単一のクローンに由来し、同じ標的部位を認識する均一な抗体。詳しく → bioprocessing using mammalian cells. BMC Proceedings. 2015;9(Suppl 9):P21.(NCBI PMC)
  • ICH Q6B: Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、抗体医薬に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。