LC-MSでHCPを測る:ELISAの総量では見えない1種類を探す方法

HCP(宿主細胞由来タンパク質医薬品を作る宿主細胞に由来するタンパク質の不純物です。安全性に関わるため、精製後の残存量を測ります。詳しく →)の総量が目安を下回っていても、ごく少量の酵素が抗体製剤を傷め、保存中に粒子が出てくることがあります。2016年の報告では、4つの抗体製剤のうち3つに、製剤に入れる界面活性剤のポリソルベートタンパク質の凝集や容器壁への吸着を防ぐため製剤へ少量加える添加剤で、細胞培養で細胞を保護する目的でも使われます。詳しく →を分解する酵素が混じっていました。その量は、抗体に対して100万分の1(1 ppm)にも届いていません。
ELISAが返すのは、試薬の抗体が捕まえたHCPの総量です。LC-MS(液体クロマトグラフィー固定相と移動相の間での物質の相互作用(分配・吸着・イオン交換など)の差を利用して、混合物中の成分を分離・精製する操作の総称。詳しく →質量分析分子をイオンにして、質量と電荷の比で分け、分子の質量を精密に測る手法です。タンパク質の同定、修飾の位置の特定、不純物の確認などに使い、液体クロマトグラフと組み合わせることが多くあります。詳しく →)はHCPを1種類ずつ名指しして、何がどれだけ残っているかを返します。答える問いが違うので、数字を並べて比べることはできません。
試験を委託する人も、装置を提案する営業も、LC-MS液体クロマトグラフで成分を分離したうえで質量分析計にかけ、分子量を測って物質の同定や定量を行う手法です。詳しく →の数字が何に答えているかを知っておくと、ELISA抗原と抗体の結合を酵素反応による発色などで検出し、目的の物質の有無や量を測る手法です。不純物や力価の測定に広く使われます。詳しく →の数字をどこまで信じてよいかを判断できます。
ELISAとLC-MSの分担
ELISAは、HCP全体に反応するよう作った抗体を「網」にして、HCPをまとめて捕まえます。網目に合わないHCPは、どれだけ残っていても数字に乗りません。LC-MSは網を使わず、HCPを細かく刻んで重さを量り、元のタンパク質の名前を1種類ずつ当てます。ELISAの仕組みと読み方はHCPとは何かの記事にまとめています。
網の外にいたHCPが見つかった例があります。喘息の治療薬として開発されていた抗体レブリキズマブの治験で、投与を受けた人の多くが、薬に混じっていたハムスター由来のPLBL2(ホスホリパーゼB様タンパク質2ポリソルベート分解に関与する候補として報告される脂質分解酵素。詳しく →)というHCPに対する抗体をつくっていました。総量を測るELISAはこのHCPをうまく数えられておらず、正体を突き止めたのは質量分析でした。安全性の問題は報告されませんでしたが、開発元は精製を見直しています。
日々の出荷試験や工程内の管理は、速くて安いELISAが担います。LC-MSは、ELISAの網が自社の工程に合っているかの確認と、網の外の洗い出しに使います。
ここで、よくある読み違いがあります。ELISAキットには「カバー率89%」「抗体カバー率90%」のように数字が公称されており、Cytivaのキットが89%、Charles River Laboratoriesのキットが90%です。これを見て「LC-MSで見つかるHCPも、だいたい9割は同じだろう」と読むのは誤りです。ELISAのカバー率は、抗体が認識できたHCPの重さが全体の何%かを示します。LC-MSが報告するのは、個別に同定できたHCPの種類の数です。HCPは種類ごとの量が数桁も違うので、重さの9割を占めるのは量の多いありふれたHCPで、量は少なくても製品を傷めるHCPは、この数字にほとんど響きません。

LC-MSがHCPを同定する仕組み
HCP分析で主流なのは、ボトムアップ法という進め方です。まず試料を酵素(トリプシン)で刻み、ペプチド(アミノ酸が数個から数十個つながった断片)にします。次に液体クロマトグラフィー(LC)液体を移動相に用いて成分を分離・分析する手法の総称。核酸やタンパク質の分析に広く使われます。詳しく →でペプチドを時間差で分け、質量分析計(MS)が1つずつ質量と配列の手がかりを読みます。最後に、宿主細胞のタンパク質のデータベースと照らし合わせて、そのペプチドがどのHCPの一部だったかを当てます。
難しさは、試料のほとんどが製品の抗体だという点にあります。HCPは重さにして抗体の100万分の1の桁で、同じ試料に同居しています。体育館いっぱいの人が一斉に話すなかで、特定の1人のつぶやきを聞き取るようなもので、抗体由来の大きな信号がHCPの小さな信号を押しのけてしまいます。
そこで、前処理の工夫が結果を左右します。たとえば、折りたたまれた状態の抗体は酵素に切られにくい性質を使い、抗体はほぼ切らずにHCPだけを先に刻む方法(ネイティブ消化)があります。1 ppmを下回る量のHCPを同定した例が、メーカーの資料に出ています。前処理と装置が違えば、拾えるHCPの顔ぶれも変わります。この見える範囲を計算で予測する試みは、DARK-COVの論文解説で追っています。
LC-MSで名前が付いたHCPは押さえられますが、見つからなかったことは、残っていないことの証明にはなりません。
取得モードの使い分け ― DDA・DIA・PRM/MRM
同じ装置でも、データの取り方(取得モード)を替えると、見える相手が変わります。目的は大きく2つ、まだ知らないHCPを探すか、すでに決めたHCPを見張るかです。
| 取得モード | 取り方 | 向く場面 | 弱いところ |
|---|---|---|---|
| DDA(データ依存取得強いシグナルのペプチドから順に選んで断片化するLC-MSの取得モード。探索的だが微量HCPを取りこぼしやすい。) | 信号の強いペプチドから順に選んで調べる | 開発初期に、どんなHCPがいるかを広く洗い出す | 抗体由来の強い信号が優先され、微量のHCPが選ばれない。ランごとに顔ぶれが揺れやすい |
| DIA(データ非依存取得質量範囲を区切って全ペプチドを網羅的に断片化する取得モード。網羅性と再現性を両立し微量HCPを拾いやすい。詳しく →) | 質量の範囲を区切って、信号の強弱によらず順に調べる | 探索で取りこぼしを減らしたいとき。工程の間の比較 | 事前に相手を決めないぶん、感度は狙い撃ちに及ばない |
| PRM/MRM測りたいペプチドだけを狙って高感度に追う標的取得モード。既知の問題HCPを正確に定量するのに向く。 | あらかじめ決めたHCPのペプチドだけを狙う | 既知の危険なHCPを、工程ごと・ロットごとに見張る | 決めた相手しか見えない。標的ごとに方法づくりが要る |
開発では、DDA強いシグナルのペプチドから順に選んで断片化するLC-MSの取得モード。探索的だが微量HCPを取りこぼしやすい。やDIAで広く洗い出し、危険と分かったHCPをPRM/MRMで追う流れが自然です。
深く探る場面では、Thermo Fisher ScientificのOrbitrap Exploris 480のように、質量を細かく見分ける力(分解能)が高い装置が使われます。BrukerのtimsTOFは、イオンの動きやすさの違いで先に分けるイオンモビリティ(TIMS)を備え、微量HCPの感度を上げる用途に挙げられています。機種はLC-MSの製品ページで見られます。
探索か監視かを先に決めないと、どのモードを選んでも強みを活かせません。
LC-MSの定量方式 ― USP〈1132.1〉の3つ
LC-MSが測っているのは信号の強さで、そのままではHCPの濃度ではありません。ペプチドごとにイオンになりやすさが違い、同じ量でも信号の大きさが変わるからです。
質量分析でHCPを測る方法を扱ったUSP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく →〈1132.1〉は、この換算の物差しを3つに整理しています。2025年にUSP-NFへ収載された章です。
1つ目は、製品の抗体のペプチドを物差しにする方式です。追加の試薬がいらず手軽ですが、正確さには限りがあります。2つ目は、量が分かっているタンパク質を試料に混ぜて物差しにする方式で、手間と正確さが1つ目と3つ目の中間にあります。3つ目は、対象のHCPごとに、重い同位体で印を付けたペプチド(SILペプチド重同位体で標識した標準ペプチド。試料由来ペプチドとのシグナル比からHCPを絶対定量するのに使う。)を既知量だけ混ぜる方式です。軽い試料由来のペプチドと重い標準ペプチドの信号を比べて濃度を出すので、絶対定量の標準とされます。そのかわり、対象のHCPの数だけ標準が要り、方法の立ち上げに手間がかかります。
USPと共同研究者は、同じ試料でこの3方式を比べる実験を報告しています。精製した抗体にCHO細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →の回収液を混ぜ、クラスタリンとリポタンパク質リパーゼ脂質を加水分解する酵素。製剤中のポリソルベートを分解し、遊離脂肪酸の析出や安定性低下を招くHCPの代表。詳しく →の2つのHCPを測りました。報告書に「HCPが○ ppm」とあっても、どの方式の数字かが書かれていなければ、別のラボや別の時期の数字と並べて比べることはできません。
LC-MSのppmは、どの物差しで測ったかとセットで読みます。
少量でも製品を傷めるHCP
HCPのすべてが、同じように危険なわけではありません。量が少なくても、保存中ずっと働く酵素が混じっているかどうかが分かれ目です。
冒頭の2016年の報告では、ポリソルベートが分解していた3つの製剤から、リソソーム型ホスホリパーゼA2ポリソルベート分解に関与する候補とされる脂質分解酵素。(LPLA2ポリソルベート分解に関与する候補とされる脂質分解酵素。)という酵素が見つかりました。量は、どれも1 ppm未満でした。CHO細胞が持つリポタンパク質リパーゼ(LPL)も、ポリソルベート20と80を分解する活性があり、精製で取れにくいHCPとして知られています。この酵素を欠いたCHO細胞を作ったところ、その収穫液ではポリソルベートの分解が有意に減ったと報告されています。名前が分かれば、洗浄条件を見直すだけでなく、その遺伝子を持たない細胞株を作るという手が打てます。
ポリソルベートを分解するHCPは、1つに決まりません。初期に疑われたPLBL2には、主犯ではないとする反論も出ています。製品ごとに違う可能性があるので、自社の製品でどのHCPが残るかを、LC-MSで確かめる意味があります。仕組みはポリソルベートの役割と分解に、工程でHCPを減らす設計はHCPを工程でどう減らすかにあります。
選ぶ順番とよくある失敗
装置やラボを選ぶ前に、決めておく順番があります。最初に、文献や社内の逸脱承認された手順や規格から外れた事象。GMPでは発見したら記録し、製品品質への影響を評価してロットの可否を判断します。詳しく →事例に、既知の危険なHCPの候補があるかを洗い出します。候補があればPRM/MRMで見張る方法づくりへ、まだなければDDAやDIAで先に広く洗い出します。そのうえで、傾向がつかめれば足りるのか、特定のHCPの絶対量が要るのかで、定量方式を選びます。
ラボや装置のメーカーには、「検出限界検出できる最小量。分析法の性能を示すバリデーション項目の一つ。詳しく →は何ppmか」だけを聞かないでください。自社の抗体にHCPを混ぜた試料で出した数字か、標準試料で出した数字か。前処理と取得モードは何か。この3つで数字の意味が変わります。
よくある失敗は3つです。方式の違うppmを並べて、外部ラボと数字が食い違ったときにどちらかが間違いだと決めつけること。DDAの同定リストの違いを、同じ試料を繰り返し測ったときのばらつきを知らないまま、工程の違いだと読むこと。そして一度の探索で終えることです。残りやすいHCPは細胞株、培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →、製品ごとに違うので、これらを替えたあとは同じ見張り方で足りるとは限りません。
明日から確かめられること
手元のHCPの報告書や、ラボからの結果を開いて、次の点を見てみてください。
- ELISAのカバー率は、どの方法で出た数字か。自社の宿主細胞株に近い免疫原で作られているか
- LC-MSの結果は、探索(DDA・DIA)と見張り(PRM/MRM)のどちらか。定量はUSP〈1132.1〉の3方式のどれか
- 検出限界は、自社の抗体にHCPを混ぜた試料で出した数字か
- 前処理で抗体をどう扱っているか。同じ試料を繰り返し測ったときの再現性は示されているか
- 文献や社内の逸脱で挙がった危険なHCP(LPLA2、LPLなど)を、名指しで追えているか
- 細胞株、培地、工程を変えたあとに、HCPの同定をやり直したか
キットはHCP-ELISAキット、装置はLC-MSの製品ページで探せます。ELISAの数字そのものの読み方はHCPとは?抗体カバレッジは何%あればよいかに、カバー率の根拠の確かめ方はHCP ELISAの選び方に、同じ質量分析でペプチドを調べる手法の基本はペプチドマッピングにあります。
参考文献
- USP General Chapter 〈1132.1〉 Residual Host Cell Protein Measurement in Biopharmaceuticals by Mass Spectrometry(USP-NF 2025年第1号に収載。製品タンパク質、スパイクしたタンパク質、スパイクしたペプチドを基準とする3つの定量方式)
- USP General Chapter 〈1132〉 Residual Host Cell Protein Measurement in Biopharmaceuticals(抗HCP抗体のカバレッジ抗HCP抗体がどれだけ幅広い種類のHCPを認識できるか。ELISAが目的に適うかを示す中心的な指標。詳しく →評価)
- ICH Q6B: Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products
- Quantifying Host Cell Proteins by LC-MS: Experimental Demonstration and Method Comparison in USP 1132.1(3方式の特徴と、クラスタリン・リポタンパク質リパーゼを使った比較実験)
- Chrone VG, et al. Host cell protein quantitation by LC-MS. Experimental demonstration, qualification, and comparison of methods in USP 1132.1. J Pharm Biomed Anal. 2025(3方式を同じ試料で比べた実験の論文)
- Hall T, et al. Polysorbates 20 and 80 degradation by group XV lysosomal phospholipase A2 isomer X1 in monoclonal antibody formulations. J Pharm Sci. 2016;105:1633(LPLA2が1 ppm未満で検出された製剤でのポリソルベート分解)
- Chiu J, Valente KN, Levy NE, Min L, Lenhoff AM, Lee KH. Knockout of a difficult-to-remove CHO host cell protein, lipoprotein lipase, for improved polysorbate stability in monoclonal antibody formulations. Biotechnol Bioeng. 2017;114(5):1006-1015(LPLを欠いたCHO細胞でのポリソルベート分解の低減)
- Zhang S, et al. Putative phospholipase B-like 2 is not responsible for polysorbate degradation in monoclonal antibody drug products. J Pharm Sci. 2020(PLBL2は分解の主因ではないとする報告)
- Fischer SK, et al. Specific immune response to phospholipase B-like 2 protein, a host cell impurity in lebrikizumab clinical material. AAPS J. 2017;19(1):254-263
- Identification of Host Cell Proteins in Monoclonal Antibodies at Sub-ppm Levels Using the SYNAPT XS Mass Spectrometer(Waters Application Note)(1 ppm未満のHCPの同定例。メーカーの応用資料)
- Chrone VG, et al. Illuminating the Dark Host Cell Proteome: A host cell protein coverage method for LC-MS impurity assays. J Pharm Biomed Anal. 2026;278:117555
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/lcms-hcp