抗体医薬基礎知識・規制

品質リスクマネジメント(ICH Q9):FMEAでリスクを見える化する

品質リスクマネジメントリスクに基づいて品質を判断する、品質リスクマネジメントの考え方を示すICHのガイドライン。詳しく →という言葉は、実務では二通りの意味で使われています。一つは、規制で求められるから作る文書のこと。もう一つは、限られた人手と時間をどこに配分するかを決める道具のことです。同じ活動を指しているはずなのに、前者として運用されている現場では、分厚い評価表が作られた後、誰も読み返しません。

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品質リスクマネジメント(ICH Q9):FMEAでリスクを見える化する

核心は一点です。ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → Q9 が置いている原則は二つしかありません。リスクの評価は科学的知見に基づき、最終的には患者の保護に紐づくこと。そして、かける労力と形式と文書化の程度は、リスクの大きさに見合うものであること。後者はつまり、小さなリスクに大きな手間をかけるなと言っています。評価表が読み返されない現場は、たいていこの二つ目を外しています。

この記事では、二つの原則が何を意味するのかを確かめてから、リスクマネジメントの手順、手法の使い分け、よく使われる RPNFMEAで影響・発生・検出の評点を掛け合わせた値。リスクの高さをランク付けする指標です。 の落とし穴、そして 2023年 の改訂が加えたものの順に解説します。工程パラメータの特定への応用は重要工程パラメータと設計空間にまとめてあります。最後に、運用を組む順序を並べます。

この記事の要点
  • Q9 の原則は二つで、患者の保護への紐づけと、リスクの大きさに見合う労力の配分です。
  • RPN は三つの点数の掛け算なので、異なる意味の組み合わせが同じ数値に潰れます。
  • 2023年 の改訂は、評価の主観性と、形式性が連続的なものであることを明示しました。

二つの原則 ― 何に紐づけ、どこまでやるか

Q9 の本体は、実のところ薄い文書です。

具体的な手順を細かく指定するのではなく、考え方と道具の一覧を示しています。その中心に置かれているのが二つの原則で、一つ目が「患者の保護に紐づける」こと。設備が壊れると困る、記録が面倒になる、といった社内の都合はリスクの根拠になりません。その事象が最終的に患者へどう影響しうるかを説明できて初めて、リスクとして扱えます。

二つ目が「労力を見合わせる」ことです。すべてのリスクに同じ手順を当てるのではなく、大きいものには正式な手法と記録を、小さいものには簡素な判断を割り当てる。この原則があるおかげで、日常の小さな判断をいちいち文書化する必要がなくなります。

実務でよく見る失敗は、この二つ目を「とにかく全部やる」方向に読み替えることです。抜けを恐れて評価の対象を広げると、一件あたりにかけられる時間が減り、結果として重要なリスクの検討が浅くなります。⁠リスクマネジメントは、見るものを増やす活動ではなく、見るべきものを選ぶ活動です。

手順 ― 評価、制御、伝達、レビュー

Q9 が示す流れは、四つの部分でできています。

最初がリスクアセスメントリスクの特定・分析・評価を行い、何がどれくらい起こりうるかを見積もる段階。詳しく →です。何が起こりうるかを洗い出し、起きたときの影響と起きる確率を見積もり、許容できるかを判断します。この三つが、特定、分析、評価と呼ばれる段階に対応します。

次がリスクコントロールです。許容できないリスクを下げるか、下げられないなら受け入れる。下げる手段は、発生確率を下げるか、影響を小さくするか、検出できるようにするかの三通りです。このうち検出は、起きたことを後から見つける手段であって、起きること自体は防ぎません。同じ点数でも意味が違います。

三つ目がリスクコミュニケーションで、評価の結果を関係者と共有します。四つ目がリスクレビューで、新しい情報が出たときに評価を見直す。⁠四つのうち、実務でいちばん欠けやすいのがレビューです。一度作った評価表が、逸脱承認された手順や規格から外れた事象。GMPでは発見したら記録し、製品品質への影響を評価してロットの可否を判断します。詳しく →や苦情の情報を反映せずに残っている現場は珍しくありません。

手法の使い分け

Q9 は複数の手法を挙げていますが、向いている場面が違います。

FMEA は、工程を構成要素に分解して、それぞれの故障モードを洗い出す方法です。ボトムアップタンパク質をトリプシンなどで消化しペプチド断片にしてから測るLC-MS分析の方式。HCP分析の主流。詳しく →の網羅的な洗い出しに向いていて、製造工程の解析で最もよく使われます。要素ごとに 5段階 程度の点数を付けて優先順位を出す運用が一般的で、工程を 20段 に分解すれば故障モードは 100 を超えます。

FTA は逆向きで、起きてほしくない事象を頂点に置き、そこに至る経路を樹状に分解します。原因が複数絡む事象の解析や、逸脱の原因究明に向きます。HACCP工程全体で危害要因を洗い出し、重点管理すべき重要管理点を特定して監視する手法。 は工程の流れに沿って重要管理点を特定する方法で、汚染の管理のように、工程順の管理が効く場面に適しています。

リスクランキングとフィルタリングは、多数の対象を比較して優先順位を付ける方法です。供給者の評価や、設備の点検優先度を決める場面で使われます。上位 20% に絞って詳細評価に回す、といった二段構えが現実的です。⁠手法は目的で選ぶもので、FMEA起こりうる故障モードとその影響を洗い出して優先度づけする、リスクアセスメントの手法。詳しく → をすべてに当てる運用は、向かない場面で無理をしていることが多い。

POINT

手法を選ぶ前に、その評価で何を決めたいのかを一文で書いてみると、選択はぐっと楽です。「この工程のどこを管理点にするか」なら HACCP、「この逸脱がなぜ起きたか」なら FTA、「どのパラメータを重要に分類するか」なら FMEA。決めたいことが書けないまま始めた評価は、たいてい使われません。

RPN の落とし穴

FMEA でよく使われるのが、三つの点数を掛け合わせた値です。

影響の大きさ、発生の確率、検出のしやすさに、それぞれ 5段階 なり 10段階 なりの点数を付け、掛け算して優先順位を出します。単純で、表に並べやすい。ただし、この数値には構造的な問題があります。

まず、異なる意味の組み合わせが同じ数値に潰れます。影響が甚大で確率が低い事象と、影響が軽微で確率が高い事象が、同じ値になりうる。前者は設計で防ぐべきもので、後者は運用で吸収できるものですが、数値だけを見ると区別が付きません。

次に、点数が等間隔ではありません。確率の 1 と 2 の差と、4 と 5 の差が同じ重みだという保証はなく、実際には 10倍 から 100倍 開いていることもあります。等間隔でない数値を掛け合わせた結果を順位として扱うのは、数学的には無理があります。

さらに、検出しやすさを掛け合わせると、検出手段を増やすだけで点数が下がります。事象そのものは減っていないのに、優先順位だけが落ちる。⁠RPN は議論の出発点としては有用ですが、その数値で機械的に線を引くと、防ぐべきものを見落とします。

2023年 の改訂が加えたもの

Q9(R1) は、実務で積み上がった問題に手を入れました。

一つが主観性です。同じ工程を評価しても、担当者が違えば点数が変わる。これは避けられない性質ですが、改訂版はその存在を明示し、複数の視点を入れること、判断の根拠を記録することで影響を減らすよう求めています。

二つ目が形式性リスク管理にかける労力・手法・文書化の濃淡。大きいリスクは厚く、小さいものは軽く扱う考え方。の連続性です。従来は、リスクマネジメントというと正式な手法と文書を伴うものと受け取られがちでした。改訂版は、形式性には幅があり、日常の判断を低い形式性で扱ってよいことを明記しています。これは一つ目の原則の裏返しで、労力を見合わせるための具体的な許可にあたります。

三つ目が、供給の途絶をリスクとして扱う視点です。品質や製造上の問題で製品が市場に届かなくなることも、患者への影響として評価の対象に入る。⁠改訂版が加えたのは新しい手法ではなく、既存の枠組みをどう運用すべきかという指示です。

運用を組む順序

品質リスクマネジメントを回す仕組みを作るとき、次の順で決めます。

一番目は、決めたいことを先に書くことです。 評価の対象ではなく、その評価で何を判断するのか。重要工程パラメータ製品の品質に大きく影響する工程条件。傾向を監視して管理された範囲で運転する。詳しく →を絞るのか、点検の優先度を決めるのか、逸脱の原因を特定するのか。ここが書けないなら、評価を始めるのは早すぎます。

二番目に、形式性の水準を決めます。影響が大きい判断なら部門横断のチームと正式な記録を、日常の判断なら担当者の判断と簡潔な記録を。ここで水準を分けておかないと、すべてが最大の形式性に引きずられます。三番目に手法を選び、四番目に点数の付け方を決めます。RPN を使うなら、数値で自動的に線を引かず、影響の大きい項目は確率が低くても別扱いにする、といった約束を先に置きます。

最後に、見直しの契機を決めます。逸脱が起きたとき、苦情が入ったとき、変更を加えるとき、そして定期的に。調査の期限を 30日 と置く運用が多く、その中で評価表まで遡れる形にしておきます。記録の管理は MasterControl、Veeva、ValGenesis のような品質システムに載せて、逸脱の情報が評価表へ自動で紐づく経路を作っておくと、見直しが止まりません。プロセスバリデーションやデータインテグリティの仕組みと同じで、作る作業より回し続ける仕組みのほうが難しい。ICH Q7 や ICH Q11 の工程管理、ICH Q8 の開発の考え方とも接続しますが、回し続ける経路は ICH Q10医薬品品質システムを定めた国際ガイドライン。ライフサイクルを通じた品質マネジメントの考え方を示す。詳しく → の品質システムの中に組み込んでおく必要があります。

参考文献

ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる
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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、抗体医薬に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。