等張化と浸透圧の調整:注射剤を体液に合わせる
皮下注や静脈内投与を設計するとき、薬液の浸透圧を軽視すると赤血球が破れる——。当たり前に聞こえるが、高濃度抗体製剤皮下注などで求められる高い抗体濃度の処方。溶液の粘度が高くなりやすい点が課題になる。の処方を詰めていくと「気づいたら高張になっていた」という場面が実際に起きる。その理由と対処が、この記事のテーマである 等張化注射剤の浸透圧を体液に近づける調整。細胞への水の出入りを釣り合わせ、溶血や刺激を避けるために行う。(とうちょうか) ——薬液の浸透圧溶液中の溶質濃度で決まる、水を引き込む圧。培養では上昇が細胞ストレスになる管理項目。を体液に近づける調整——にある。注射剤は血液や組織液という「先客のいる場所」へ直接送り込む薬で、飲み薬のような胃腸というクッションがない。だからこそ、薬液そのものの性質を体液へ寄せておく配慮が必要だ。

浸透圧とは「その液の中に、溶けている粒がどれだけの数あるか」を表す指標です。粒の種類(塩なのか糖なのか)ではなく、あくまで数がものを言う。この「数で決まる」という性格が、等張溶液の浸透圧が生体の体液とほぼ同じ状態で、注射時の組織への刺激が少ない条件。化の設計をシンプルにも、少し厄介にもします。
たとえば、なぜ約290 mOsm/kgという値が目安になるのか。塩化ナトリウムや糖(スクロース・トレハロース)ではどう調整の勝手が変わり、高濃度製剤抗体を150〜250mg/mL級まで濃くした製剤。皮下注の自己注射に向くが、粘度や凝集の課題が生じる。になるとなぜ話が一気にややこしくなるのか。そして、そもそも浸透圧は氷点降下法粒子が増えるほど液が凍りにくくなる性質を使って浸透圧を測る方法。注射剤の浸透圧試験の標準的な原理。(ひょうてんこうかほう)でどう測っているのか——このあたりを順に整理します。製剤設計有効成分を安定に保ち投与しやすくするため、pH・緩衝剤・添加剤などの処方を検討して決める工程です。詳しく →そのものの全体像は 製剤設計の考え方 を、薄める計算そのものは 希釈計算ツール もあわせてどうぞ。
- 注射剤の等張化は、細胞への水の出入りを釣り合わせて溶血や局所刺激を避ける配慮で、目安は約290 mOsm/kgです。
- 浸透圧は溶けた粒の数で決まり、塩は少量で効き、糖はタンパク質の安定化を兼ねられます。
- 高濃度製剤ではタンパク質と添加剤だけで浸透圧が押し上がるため、最初から管理する変数として扱います。
なぜ「約290 mOsm/kg」を目指すのか
注射剤を体液の浸透圧に合わせる主目的は、赤血球など細胞への物理的なダメージを避けることです。
浸透圧は、半透膜水は通すが溶質は通しにくい膜。細胞膜がこれにあたり、浸透圧による水の移動の舞台になる。(水は通すが溶質は通しにくい膜)を挟んで水がどちらへ移動するかを決めます。細胞膜がまさにこの半透膜。細胞の外側の液が細胞内より薄ければ(低張=ていちょう)、水は細胞の中へ流れ込み、赤血球なら膨らんで最後は破れます——これが溶血(ようけつ)です。逆に外側が濃ければ(高張=こうちょう)、水は細胞から抜けて細胞は縮む。外側が中身とほぼ同じ濃さ(等張)なら、水の出入りが釣り合って細胞は無事でいられます。
ヒトの血漿の浸透圧はおよそ285〜295 mOsm/kgの範囲にあり、実務では約290 mOsm/kgを等張の目安に置くことが多いです。ここで単位に一言。 Osm(オスモル)は溶けている粒の総数を表す単位 で、mOsm/kg(ミリオスモル毎キログラム)は「水1 kgあたり何ミリオスモルの粒があるか」を意味します。この「溶媒の質量あたり」で数える量を浸透圧モル濃度、英語ではosmolality溶媒の質量あたりに溶けた粒子の総数を表す量(mOsm/kg)。温度の影響を受けず、品質管理の基準に使う。(オスモラリティ溶媒の質量あたりに溶けた粒子の総数を表す量(mOsm/kg)。温度の影響を受けず、品質管理の基準に使う。)と呼びます。これに対して「溶液の体積あたり」で数えるosmolarity(mOsm/L)もありますが、体温や濃度による液の膨張の影響を受けないosmolalityのほうが、実務では基準になります。
もっとも、すべての注射剤を厳密に290に揃えられるわけではありません。投与経路によって許容の幅が違うからです。大量にゆっくり入る点滴(IV=静脈内投与)は血流で速やかに希釈されるため、多少の逸脱は薄まって吸収されます。一方、皮下注皮膚の下に注射する投与経路。一度に入れられる液量が小さく、抗体の高濃度化が求められる。(SC=皮膚の下への注射)や筋注は、狭い場所へ濃い液がとどまるため、等張から外れると痛みや局所刺激につながりやすい。 「等張が理想、でも経路と処方の都合で幅を取る」というのが実際の落としどころ です。一律の合格基準というより、経路と製剤製剤。原薬を処方・充填して、最終的な投与形態に仕上げた製品。設計を見て判断する領域——そう理解しておくと安全です。
浸透圧は「溶けている粒の数」で決まり、粒の種類は問いません。血漿の約290 mOsm/kgに近づけるのは、細胞への水の出入りを釣り合わせて溶血や刺激を避けるため。ただし投与経路によって許される幅は異なります。
何で調整するのか——塩と糖の使い分け
等張化剤(トニシティ調整剤注射剤の浸透圧を体液に合わせるために加える成分。塩化ナトリウムやスクロースなどの糖が使われる。)の二大勢力は、塩化ナトリウムと糖(スクロース・トレハロース)で、選択は塩の量とタンパク質の安定性で決まります。
浸透圧は粒の数で決まる以上、原理的には「粒を増やせる物質」なら何でも等張化剤注射剤の浸透圧を体液に合わせるために加える成分。塩化ナトリウムやスクロースなどの糖が使われる。になれます。実務で使われる代表を整理します。
| 種類 | 代表例 | 粒の性質 | 主な使いどころ |
|---|---|---|---|
| 塩(イオン性) | 塩化ナトリウム(NaCl) | 水中でNa⁺とCl⁻に電離し、1分子が2粒に | 低分子・一部の生物製剤。少量で効く |
| 糖(非イオン性) | スクロース、トレハロース非還元糖の一種で、凍結乾燥品の安定化に使われる。ガラス転移温度が比較的高いとされる。 | 電離せず1分子が1粒 | タンパク質・凍結乾燥製剤から水分を抜いて乾燥させ、長期安定性を高めた剤形。使用時に溶かして戻す。品。安定化も兼ねる |
| 糖アルコール等 | マンニトール、ソルビトール、グリセロール微生物発酵でエネルギー源となる糖類などの炭素源と、目的遺伝子の発現を促す誘導物質のことです。詳しく → | 非イオン性 | 凍結乾燥の骨格形成や等張化 |
| アミノ酸 | アルギニン塩酸塩アミノ酸アルギニンに塩酸を付加した塩で、抗体製剤の粘度低減や安定化に広く使われる賦形剤。など | 条件による | 高濃度抗体で粘度液体の流れにくさを表す物理的性質で、タンパク質濃度の上昇に伴い非線形に増大する。低減も兼ねて |
塩と糖の最大の違いは、電離するかどうかです。塩化ナトリウムは水に溶けるとNa⁺とCl⁻に分かれ、 1分子が2粒として数えられます 。少量で浸透圧を稼げて効率がよい。低分子の注射剤で「生理食塩液(0.9% NaCl)で等張に」という定番が成り立つのはこのためで、0.9%という濃度がちょうど血漿と釣り合う約290 mOsm/kgに対応します。
タンパク質、とりわけ抗体医薬では話が変わります。塩は便利な反面、タンパク質どうしの静電的な反発を弱めて凝集を誘発したり、種類によっては溶解度や安定性を下げたりすることがあります。そこで電離しない糖の出番です。スクロースタンパク質製剤で広く使われる非還元糖。液体でも凍結乾燥でも安定化・保護剤として働く。やトレハロースは浸透圧を担いながら、タンパク質の周りの水の構造を保って変性・凝集を抑える働き(安定化剤有効成分そのもの以外に製剤へ加え、安定性や溶解性を保つために用いる添加物の総称です。詳しく →としての役割)も兼ねます。とくに凍結乾燥品では、乾燥中にタンパク質を守る保護剤として糖がほぼ必須になります。
市販抗体製剤を横断的に調べた総説でも、皮下注の抗体製剤では等張化剤としてスクロースが最も多く、次いでソルビトール、塩化ナトリウム、トレハロースなどが使われていることが示されています(PMID 33789155)。 抗体の等張化は「糖が主役、塩は脇役」に寄りやすい ——安定性への配慮がその背景にあります。
高濃度製剤では浸透圧がどう効いてくるか
タンパク質を150〜250 mg/mLまで濃くすると、タンパク質自身と対イオンある成分の電荷を打ち消すために存在する反対電荷のイオン。高濃度製剤では浸透圧を押し上げる要因になる。だけで浸透圧が押し上がり、等張化剤を足す余地が狭くなります。
低〜中濃度の製剤なら、「バッファーとタンパク質でいくら、残りを糖や塩で290まで埋める」という足し算で設計できます。ところが皮下自己注射に向けた高濃度抗体製剤では、この前提が崩れます。理由は二つ。
一つ目は、タンパク質そのものと、それに付き添う対イオン(電荷を打ち消す相手のイオン)が寄与する浸透圧です。抗体分子は大きいので分子の「数」としては多くありませんが、150〜250 mg/mLともなると無視できません。加えて、抗体の電荷を中和するために処方に入るイオンが粒数を押し上げます。二つ目は、粘度を下げるためにアルギニン分子どうしの会合による凝集を抑え、高濃度処方では粘度を下げる働きも知られるアミノ酸。などのアミノ酸や塩を加えることが多く、これらもまた浸透圧に効いてしまう点です。高濃度化そのものの難しさは 抗体医薬の高濃度化はなぜ難しいか で詳しく扱っています。
結果として、 高濃度製剤では「気づいたら高張になっていた」という事態が起きやすい 。等張化剤を足して290に持っていくどころか、何も足さなくても超えてしまい、むしろ他の成分を削る方向で調整する場面すら出てきます。前掲の総説でも、高濃度抗体製剤は等張〜やや高張になりやすいことが示されています。
高張の製剤が必ずしも不可というわけではありません。皮下注では、注入速度や量、投与部位を含めて忍容性患者が薬や投与に伴う痛み・刺激などをどれだけ耐えられるかの度合い。高張の製剤などで評価される。(患者が耐えられる度合い)を評価したうえで、ある程度の高張を許容する製剤も現実に存在します。ただし高張は注射時痛や局所刺激のリスクを上げうる。設計段階から浸透圧を「後から調整する変数」ではなく「最初から予算を立てて管理する変数」として扱う姿勢が、ここでは要ります。
氷点降下法でどう測るのか
浸透圧の実測は、粒の数が増えるほど液が凍りにくくなる性質(氷点降下溶質が溶けると液の凍る温度が下がる現象。下がり幅が溶質の総数に比例し、浸透圧の測定に使われる。)を利用する氷点降下法が実務の標準です。
浸透圧を直接「粒の数」として数えるのは現実的でないため、粒の数に比例して現れる別の物理量を代わりに測ります。その代表が氷点降下——凍る温度の低下です。純水は0 °Cで凍りますが、粒が溶けているとより低い温度でないと凍りません。この下がり幅が、溶けている粒の総数(=浸透圧)にほぼ比例します。
具体的には、 粒が水1 kgあたり1オスモル溶けると、凍る温度が約1.86 °C下がる という関係が知られています(水の氷点降下定数)。測った氷点降下の幅を1.86で割れば、オスモル濃度(osmolality、単位はOsm/kg)が求まります。装置(氷点降下型オスモメーター溶液に溶けた成分の総量に相当する浸透圧を測る計器です。培地や製剤の濃さが適切かを確認し、細胞環境や品質の管理に使います。詳しく →)は、試料をわずかに過冷却させてから凍結を促し、凍り始めに現れる温度の平らな部分(凝固点)を捉えて、この計算を自動で行います。
測定法は各国薬局方で規定されています。米国薬局方の浸透圧に関する章(USP <785> Osmolality and Osmolarity)と欧州薬局方の対応章(Ph. Eur.欧州医薬品品質局(EDQM)が発行する、医薬品の品質基準を定めた公定書で、署名国・加盟国の規制に法的効力を持つ。 2.2.35)は国際調和されており、氷点降下法を基本の測定原理として位置づけています。用語の区別も押さえておきましょう。 osmolality(オスモル濃度、mOsm/kg)は「溶媒の質量あたり」、osmolarity(mOsm/L)は「溶液の体積あたり」 ——実測されるのは温度に左右されない前者で、後者は計算で導く値です。品質管理遺伝子治療製品の品質・安全性・有効性を保証するために製造・出荷の各段階で実施する試験・管理の総体。では原則として実測値のosmolalityを扱います。
なお、氷点降下法のほかに蒸気圧降下を使う方式もありますが、注射剤の品質試験では氷点降下法が広く用いられます。 数値を報告するときは「何をもって測ったか(氷点降下法か)」「単位はmOsm/kgか/Lか」をセットで明示する ——後工程での取り違えを防ぐ、実務上の基本動作です。
まとめ
- 注射剤の等張化は、細胞への水の出入りを釣り合わせて溶血や局所刺激を避けるための配慮で、目安は血漿に近い約290 mOsm/kgです。ただし投与経路で許容の幅が変わります。
- 浸透圧は溶けている粒の「数」で決まります。塩化ナトリウムは電離して1分子が2粒になるため少量で効き、スクロースやトレハロースなどの糖は電離しないぶん効率は劣りますが、タンパク質の安定化を兼ねられます。
- 抗体医薬では安定性への配慮から糖が主役になりやすく、市販製剤でもスクロースが多く使われています。
- 高濃度製剤では、タンパク質と対イオン、粘度対策の添加剤だけで浸透圧が押し上がり、等張化剤を足す余地が狭くなります。浸透圧は最初から予算立てして管理する変数と捉えるのが安全です。
- 実測は氷点降下法が標準で、水では1オスモルあたり約1.86 °Cの氷点降下という関係を使います。USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。 <785> とPh. Eur. 2.2.35が国際調和のもとで測定を規定しています。
製剤全体の組み立ては 製剤設計の考え方 を、実際の濃度・希釈の計算は 希釈計算ツール を合わせてご覧ください。
参考文献
- Strickley RG, Lambert WJ. A review of Formulations of Commercially Available Antibodies. J Pharm Sci. 2021;110:2590-2608. PMID: 33789155.
- USP General Chapter 〈785〉 Osmolality and Osmolarity(米国薬局方・浸透圧の測定章).
- European Pharmacopoeia 2.2.35 Osmolality(欧州薬局方・浸透圧の測定章).
- Freezing point depression osmometer(氷点降下型オスモメーターの原理と1.86の氷点降下定数). Wikipedia.
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