抗体医薬の高濃度化はなぜ難しい?培養から製剤までの精製ボトルネック

そして本題はここからです。上流の力価が伸びれば伸びるほど、なぜか下流(清澄化・Protein Aキャプチャー抗体に特異的に結合する樹脂で抗体を捕まえる精製工程。多くのHCPを洗浄で除くHCP除去の山場になる。詳しく →・UF/DF・最終ろ過・製剤)はかえって苦しくなる。せっかく頑張って濃く・多く作ったのに、その成果が下流に「重荷」としてのしかかる。本稿ではこの難所を、培養から製剤まで一本の線でつないで整理します。清澄化とProtein A抗体に特異的に結合するProtein Aを担体に固定し、抗体だけを選択的に捕まえて精製する手法です。抗体医薬の最初の精製工程として定番になっています。詳しく →への転嫁、UF/DF半透膜で目的物質を濃縮したり(限外ろ過)、緩衝液を目的の組成に置き換えたり(ダイアフィルトレーション)する工程です。膜面に沿って液を流すTFF方式が使われます。詳しく →で終盤に流れが落ちる理由、粘度が生む圧力の偏り、界面で起きる凝集、そして最終ろ過充填直前に薬液を除菌グレードの膜でろ過する工程。高粘度では圧力で押し切れず流れが遅くなる。詳しく →の大型化まで順に見ていきます。
結論を先に言えば、難しさの正体は一つです。抗体は150〜250 mg/mLという高濃度では「理想的な溶液」のようには振る舞ってくれない。分子どうしの距離が接触寸前まで縮み、薄いときには無視できた弱い引力が、溶液の性質を支配しはじめる。粘度液体の流れにくさを表す物理的性質で、タンパク質濃度の上昇に伴い非線形に増大する。詳しく →(液のねばり)が跳ね上がり、流れが止まり、凝集が芽吹く。各工程の難所は、突き詰めればすべてこの一点から派生しています。
- 上流が目指す高力価(g/L)と原薬の高濃度(mg/mL)は別物で、皮下注が150〜250 mg/mLへの高濃度化を強制します。
- 上流で力価を伸ばすほど、その負荷が清澄化・Protein A・UF/DF・最終ろ過・製剤へ転嫁されます。
- 難所はすべて高濃度で支配的になる弱い分子間の引力に帰着し、粘度上昇や凝集として現れます。
なぜ皮下注は100〜200 mg/mL以上を「強制」するのか
点滴(IV=静脈に投与する点滴)なら大きな点滴バッグで好きなだけ薄められますが、皮下注では事情が異なります。
理由は単純で、容積に逃げ場がないからです。抗体医薬の用量はおよそ体重1 kgあたり1〜10 mg。成人なら一回数百ミリグラム〜1グラムを超えることも珍しくありません。点滴ならこれを大量の液で希釈できますが、皮下の組織が無理なく受け入れられるのは1回あたりおよそ1〜2 mL。オートインジェクター(自動注射器)やプレフィルドシリンジあらかじめ薬液を充填した注射器そのものを製品にする容器形式。自己注射やオートインジェクターに用いる。(薬液充填処方済みの溶液をバイアルやシリンジなどの容器へ無菌的に充填し、封止する製造工程。詳しく →済みの注射器)は概ね1 mL前後、大容量デバイスでも2〜3 mLを狙うのがやっとです。
ということは、数百ミリグラムを1〜2 mLに収めるには、抗体を100〜200 mg/mL以上まで濃くするしかない。これは解剖学(皮下が受け入れられる容積)とデバイスの使い勝手(痛みなく押し切れる量)が、1回あたりの重い投与質量と正面衝突した結果です。 注射そのものを大きくできない以上、しわ寄せはすべて「タンパク質を濃くする」一点に集まる 。そしてその一点が、下流のあらゆる「うまくいかなさ」の引き金を引きます。
動機の側はむしろ前向きです。患者が病院の点滴室に通わずに自宅で打てる。利便性が上がり、薬をきちんと続けられる度合い(アドヒアランス)も改善する。投与の場を在宅へ移すこの臨床的なメリットこそが高濃度化の駆動力です(PMID 15124199, PMID 34813800)。問題は、その代償を製造が引き受けるという構図そのものにあります。
皮下注の高濃度化は「製剤の好み」ではなく、解剖学とデバイスが課す制約です。容積を増やせないぶん、用量の質量はすべて濃度に転嫁され、それが下流工程の難所を一斉に呼び起こします。
高濃度の粘度はどこから来るのか ― タンパク質どうしの「綱引き」
濃度を上げていくと、粘度(液のねばり)は濃度に比例して素直に上がるのではなく、実際には直線をはるかに超えて、しばしば爆発的に跳ね上がります。150 mg/mLを超えると水の10〜50倍、250 mg/mL近傍では100倍を超えるねばりになることもあります(PMID 15124199, PMID 32687221)。水あめのような世界です。
犯人は、分子どうしが触り合いはじめることです。問題になりやすい抗体で支配的なのが 可逆的自己会合抗体どうしが弱く一時的にくっついては離れる現象。高濃度で粘度を跳ね上げる主因になる。(RSA:抗体どうしが弱く、つかの間くっついては離れる現象) ——弱く、短い距離で、しかも向きの決まった引力です。面白いのは、その接触点が抗体のしっぽ(Fc)同士ではなく、抗原をつかむ腕の先(可変領域抗体の抗原を認識する先端部分。CDRとフレームワーク領域からなり、標的にフィットするかで結合が決まる。詳しく →・CDR抗体可変領域のうち抗原と直接接触するループ状の領域。重鎖・軽鎖に3本ずつあり、標的にはまり込む。詳しく →)を含む組み合わせに多いこと。分子が互いに手をつないで一時的なネットワークやクラスター(かたまり)をつくり、見かけの体積を膨らませて流れを邪魔する。これが粘度が跳ね上がる正体です。
ここでネックになるのは、この挙動が抗体のアミノ酸配列しだいだという点。腕の先(CDR)の電荷の置かれ方や、水をはじく部分(疎水パッチ抗体表面で水をはじく部分がかたまって露出した領域。分子どうしが引き合い、凝集や粘度上昇を招く。詳しく →)の位置で、その抗体が「高粘度分子」になるかどうかが決まってしまう。だとすると、構造から事前に粘度を読むのは極めて難しく、分子をもう選んでしまった開発後期になって問題が表面化しがちです。
電気的な要因も強く効きます。粘度は多くの場合、抗体の正味の電荷がゼロに近づいて分子どうしの反発が弱まる 等電点(pI=正味の電荷が打ち消し合う pH)付近でピーク を迎える。分子間の電荷の「綱引き」が緩むと、引力が勝って会合が進むイメージです。抗体どうしが引き合うか反発するかを測る指標(動的光散乱から得る相互作用パラメータや第二ビリアル係数分子間の相互作用が引力寄りか反発寄りかを表す指標。引力寄りなほど高濃度で粘度が高くなりやすい。)が、高濃度の粘度の高さと逆向きに動くのもこのため。さらに、電気を帯びた分子のまわりの層が流れを引きずる効果も上乗せされます(PMID 32687221, PMID 34813800)。
この静電的な引力を弱める添加剤の効き方は、抗体クラスによっても差があります。IgG4抗体を使った2026年の研究では、アルギニン分子どうしの会合による凝集を抑え、高濃度処方では粘度を下げる働きも知られるアミノ酸。詳しく →のグアニジノ基が抗体表面の負電荷領域に結合し、引力そのものを弱める仕組みが示されました。詳しくは抗体の粘度、アルギニンだけが効く理由を参照してください。
上流で力価を伸ばすほど、なぜ下流が詰まるのか
ここで一度、工程の地図を引いておきます。灌流培養培養液を連続的に入れ替えながら細胞を高密度に保ち、長期間生産を続ける培養方式です。細胞を装置で保持し、老廃物を除きつつ栄養を補給します。詳しく →などで力価(g/L)を伸ばすのは上流の成果です(灌流培養、N-1灌流)。ところが、その高力価培養液1リットルあたり何グラム産生できるかという上流の生産性。上がるほど下流の負荷も増す。詳しく →の培養液はそのまま下流の負荷になります。
清澄化では、細胞密度が高いほど除くべき細胞・破片の量が増え、デプスフィルターろ材の厚み全体で不純物を捕らえる深層ろ過フィルターで、細胞培養液の清澄化など、細胞残渣や粒子を多く含む液の一次ろ過に使います。詳しく →(粒子をこし取るろ材)の面積がかさむ(ハーベスト・清澄化)。続くProtein Aキャプチャーでは、力価が高いほど1サイクルで載せる質量が増え、樹脂(吸着担体)の容量・サイクル数樹脂を負荷から洗浄・溶出・再生まで1回使うごとに数える回数。寿命管理の基本単位になる。詳しく →・処理時間に効いてくる。連続化(連続キャプチャー)はこの圧力を分散させる答えの一つですが、上流の成果がそのまま下流の処理量という形で現れる構図は変わりません。担体カラムに充填する多孔質ビーズ。表面のリガンドと成分の相互作用差で目的物と不純物を分離する。詳しく →の選び方は精製レジンの選定、安全性確保のための低pHウイルス不活化も、この高負荷の流れの中に位置づけられます。
そして最終盤、UF/DF(限外ろ過による濃縮とバッファー交換)で一気に距離が縮まります。ここまでで抗体は純度製品にどれだけ目的物質だけが含まれ、不純物や変性体が少ないかを示す指標です。抗体では単量体の割合やサイズの異なる成分の量などを見ます。詳しく →こそ確保できても、薄く広がったまま。原薬として150〜250 mg/mLへ濃縮する瞬間に、これまで述べた粘度・会合・凝集の物理が牙をむく。 上流の力価向上は「より多くの質量を、より高い濃度へ運べ」という指令に翻訳され、その全負荷が下流の数工程に集中する 。これがダウンストリーム・ボトルネック上流の高力価・高濃度化のしわ寄せが、清澄化・精製・製剤など下流工程に負荷として集中すること。の骨格です。
転嫁のされ方は工程ごとに違います。清澄化では細胞と破片の量が増え、ろ過面積がかさむ。効いているのは固形分の負荷です。Protein Aキャプチャー精製の最初に、目的の抗体を担体にまとめて捕まえ一気に純度を上げる工程。Protein Aが代表。詳しく →では載せる質量が増え、樹脂容量とサイクル数と時間が増えます。ここは結合容量担体が結合できる目的物の量。大きな粒子は樹脂ビーズの細孔に入りにくく、結合容量を稼ぎにくい。詳しく →と処理量の問題。
UF/DFからが本番です。最終濃縮でろ過の流れが落ち、粘度が上がり、回収率が下がる。膜際の濃縮と粘度と界面が同時に効きます。最終無菌ろ過では高粘度でろ過の流れが激減し、フィルターが大型化する。粘度が流れを律速します。製剤では、粘度・凝集・相分離の制御余地が狭まる。自己会合とコロイド安定性抗体が水溶液中で会合せず、安定に散らばっていられる性質。凝集のしにくさに関わる。詳しく →の話です。
上流の力価向上は、下流に「より多くの質量を、より高い濃度へ」という二重の宿題を渡します。
UF/DFの難所(1) ― 最後の数十mg/mLで、なぜ時間を食うのか
UF/DFでは、180→230 mg/mLのたった数十mg/mLの濃縮に、序盤と不釣り合いなほど時間がかかります。
カギは膜際にできる「壁」です。膜の表面に沿って液を流しながらろ過するUF/DFでは、膜を抜けていく溶媒(水分)が抗体を膜面へ押し寄せる速さが、抗体が自分で散らばって戻る速さを上回り、膜のすぐ近くに濃い層ができていきます。これを 濃度分極ろ過で膜面に目的物が局所的に溜まる現象。クロスフローのせん断で掃き流して抑える。詳しく → と呼びます。膜の手前に、抗体でできた“壁”がせり上がっていくイメージです。この壁が育つほど、ろ過の流れは落ちる。
しかも厄介なことに、目標濃度に近づくほどこの効きが急になります。バルク最終的な充填・包装を行う前の、大量にまとめられた状態の原薬または製剤中間体。詳しく →(液本体)の濃度が150〜250 mg/mLへ近づくと、膜際の壁と本体の濃度差がもう詰められなくなり、ろ過の流れが急降下する。やがて膜面が“ゲル化した壁”のような状態に張り付き、そこから先は、膜にかける圧力(差圧膜の両側にかかる圧力の差。ろ過の流れを生む力で、上げても壁律速の領域では流量が増えなくなる。詳しく →)を上げてもろ過量がほとんど増えなくなります(PMID 26918655)。
終盤ほど効きが強まる理由は、拡散にあります。膜際の壁を掃き流す力は、抗体が液の中で散らばっていく速さ(拡散)に連動します。ところが溶液が混み合って粘くなるほど、抗体は動きにくくなり、散らばる速さが急落する。すると壁は厚くなり、強く液を流しても剥がれにくくなる。 最もろ過量が欲しい終盤こそ、物理が最も激しく抵抗してくる ——しかも到達できる上限の濃度は、自由に上げられる数値ではなく、使う膜モジュールの形状で頭打ちになる(PMID 26918655)。最後のひと押しが時間を食うのは、運転の下手さではなく、物理の必然です。
UF/DFの難所(2) ― 粘度が引き起こす圧力の偏りと「逆流」
もう一段、意外な現象があります。膜を均一に使えているつもりでも、流路の出口側で、いったん膜を抜けたはずの液が膜を「逆流」して戻ってくる。背面ろ過(バックフィルトレーション粘度由来の圧力の偏りで、いったん膜を抜けた液が膜を逆流して戻る現象。有効な膜面積を無駄にする。)が起きることがあります。
発端は粘度です。粘度は濃度とともに爆発的に上がるので、保持液TFFで膜を通らず上流側に残り循環する液。目的タンパク質を含み、濃縮やバッファ交換の対象になる。詳しく →が濃くなるほど、供給流路を端から端まで進むあいだの圧力の落ち込みが大きくなる。流路に沿った圧力の落ち込みは粘度に比例して膨らむ、と言い換えてもよい。すると流路入口の圧力が、出口よりはるかに高くなる。膜を液が抜ける向きは、その場所での膜の両側の圧力差で決まりますから、流路に沿った大きな圧力差は、この「膜の両側の圧力差」を場所ごとにバラバラにする。入口では液が膜を強く抜けます。出口側では差が消え、ときに逆転すらする。逆転した場所では、液が膜を逆流して保持側へ戻ります。せっかくの膜面積を無駄にして、正味のろ過量を落とす(PMID 26918655, PMID 32687221)。
ここに逃げ場のなさがあります。膜際の壁を抑えてろ過量を保つには、液を速く流したい。ところがポンプ速度を上げれば、流路の圧力の落ち込みも膜の両側の圧力差も増えます。膜の目詰まり、圧力の上限、せん断へと押しやられる。 粘度・流路の圧力の落ち込み・膜の両側の圧力差・流す速さ・せん断。すべてが同じ「粘度の急上昇」を通じて一蓮托生 で、一つを良くすると別が悪化する。濃度が上がるほど、心地よい運転の余地は狭まっていき、どのカセット形状と流路を選ぶかで、この綱引きの土俵が変わります。Merck の Pellicon 3 は最大 80 psi の運転圧に耐え、複数のMWCOとスクリーンから選べます。Sartorius の Sartocon Hydrosart は安定化セルロース系の膜で、低タンパク吸着と易洗浄が持ち味。Repligen の TangenX はシングルユースのSIUSと再使用のPROが並び、Pall の Centramate / Centrasette は 650 Da〜1000 kDa のMWCO幅を持ち、流路長を揃えた線形スケールアップができます。装置側は Cytiva の ÄKTA flux と UniFlux、Sartorius の Sartoflow、Merck の Cogent、Repligen の KrosFlo。詳細は姉妹記事の高濃度UF/DF・TFFの選定に譲ります(基礎はUF/DF・TFFの基礎を参照)。
回収率と凝集 ― 長い循環が抱える静かな代償
高濃度に到達するには、液を何回も入れ替えながら、ポンプ・バルブ・膜流路を巡る長い循環が要ります。ここで効いてくるのが、純粋な「せん断」よりむしろ「界面」です。
意外かもしれませんが、液の中をただ流れるだけのずれ(バルクのせん断)だけで抗体が壊れることはまれです。問題は、せん断と界面が組み合わさったとき。ポンプヘッドやチューブの壁、膜表面、泡といった広大な「空気と液の境目」「固体と液の境目」で、抗体が吸着しては剥がれを繰り返す。たとえばチューブをしごいて送るポンプの空気と液の境目では、その境目が周期的に圧し縮められる。この界面で起きる抗体のほどけ(変性)が、粒子・凝集体を生む主役になります。研究では、界面の圧し縮められ方がある限度を超えると、粒子の発生が急に増えることが示されています(PMID 34813800)。
高濃度はこれを二重に悪化させます。混み合いが衝突頻度を上げ、芽生えた凝集の核が速く育つ。しかも高粘度で圧力が高い領域はポンプの仕事量を増やすので、界面への曝露も増えます。だとすると、長い循環は本質的に界面への曝露と取り残し(ホールドアップ)損失を最大化する行為だと言えます。
ここに、循環そのものを無くすという手があります。Pall の Cadence Single-Pass TFF は循環ループを持たず、一回通過で2〜4倍以上濃縮する構成です。せん断と滞留を抑えられるので、界面への曝露が構造的に減ります。長い循環が界面曝露を最大化する行為なら、循環を無くすのが筋の通った対策です。 ただし一回通過で到達できる濃度倍率には上限があるので、最終の 200 mg/mL 級まで一気に持っていく用途ではなく、循環を短くするための前段として組みます。
回収率も別腹で削られます。膜や装置内への吸着、膜際の層・配管の行き止まり・フィルターの残液に、濃い製品が取り残される。200 mg/mLのバルクの歩留まり損失は経済的に重い。界面を守る界面活性剤、より穏やかなポンプ、空気の巻き込み抑制、洗い出し・回収の最適化——いずれも効きますが、処理時間とのトレードオフを消し去ることはできません。 支配的な凝集の原因が「界面・圧し縮め」由来で、ハードウェアの形と運転のしかたに敏感、かつ分子ごとに違う。単純な「ずれの速さの上限」だけでは管理しきれない。この工程の難しさは、壊れる場所が液の中ではなく境目にあることです。
最終無菌ろ過 ― 粘度が決める、フィルター大型化という宿命
原薬のバルクを除菌グレード(0.22 µmの孔)でろ過する。これは行き止まり(デッドエンド)ろ過で、ろ過の流れは粘度に反比例します。つまり、粘度が10倍になれば、同じ条件で流れは1/10になる、という関係です。
ここで効いてくるのが、これまで積み上げてきた粘度です。粘度が水の20〜100倍超になると、流れは薄い液の10分の1から100分の1に落ちます。上限の運転圧力は、膜やハウジングの制約で約4気圧以下に収まることが多い。つまりこの工程は、目詰まりではなく圧力と処理量が律速です。
埋め合わせの手は二つしかありません。フィルター面積を大きくするか、圧力を上げるか。ところが両方とも天井がある。高濃度は吸着によるタンパク質ロスと、タンパク質の層や膜の目詰まりを進めます。バッチの途中で、ろ過の通りにくさがさらに上がる。膜材質や界面活性剤の有無で膜の抵抗と濡れ方が変わるため、フィルターの大きさ決め(サイジング)は処方ごとに検証が要る。低ファウリングを掲げる Pall の Fluorodyne II や Fluorodyne EX EDF、低タンパク吸着の Merck の Durapore、PES系で高流量を狙う Sartorius の Sartopore Platinum など、詰まりやすい最終製剤ろ過に振った製品から選びます。小さな孔の中では液が速くずれて少しサラサラになる効果もありますが、処理量を救うほどではありません。
結果として、こうなります。打ち手は面積と圧力だけで、どちらにも上限がある。一方で粘度・吸着・目詰まりは、すべて逆方向に押す。だからフィルターは大きく高価になり、残液と歩留まり損失が増え、分子と処方ごとに再検証が要ります。高価な原薬を扱うだけに、この大型化はそのままコストに跳ね返ります(一般論の基礎は無菌ろ過、装置は除菌フィルター・TFFシステムを参照)。
凝集・乳光・液–液相分離 ― 粘度を下げると、安定性が崩れる逆説
最後に、製剤の難所。ここには気持ちのいい逆説があります。粘度を生む「引力」と、安定性を脅かす「引力」は、同じ引力なのです。
粘度を上げるのと同じ、タンパク質どうしの弱い引力が、溶液の安定性も揺さぶります。乳光(相が分かれる一歩手前で濃度のムラが大きくなり、光が散って溶液が乳白色に見える現象)や、液–液相分離(溶液がタンパク質の濃い相と薄い相に分かれる現象)は、いずれも強い引力のサインである、元に戻せるコロイド現象。これらは元に戻らない凝集との関連が疑われて避けられてきましたが、近年は系によっては、この乳白色化・相分離とストレスで起きる凝集を切り離せるとする報告もあります(PMID 34813800)。
本当に怖いのは、元に戻らない不可逆凝集の側です。凝集体や、目に見えない小さな粒子は、体が異物と認識してしまう免疫原性のリスクであり、規制上の赤信号。高濃度は衝突頻度と、部分的にほどけて凝集しやすくなった分子の数を増やすので、コロイドとしての安定性と、分子の形の安定性の両方を、数年の有効期間にわたって押さえ込まなければなりません(PMID 15124199, PMID 32687221)。
ここに製剤設計の悩ましさが凝縮します。引力は諸刃の剣で、粘度と不安定さを同時に生む。 粘度を下げようと処方を最適化すると、かえって凝集や相分離を悪化させかねません 。しかも、元に戻せる相分離と、戻らない凝集との結びつきは系ごとに違い、予測しきれない。電気的な会合を抑えても、水をはじく部分どうしの自己会合は手つかずで残る、ということも起きます。具体的な処方戦略(粘度を下げる添加剤やpH・塩濃度の最適化)は姉妹記事の高濃度製剤と粘度へ、凝集を測る方法は凝集体分析へ送ります(製剤設計の全体像は製剤設計を参照)。
粘度を生む引力と、凝集・乳光・相分離を生む引力は同じ根を持ちます。だから「粘度だけ」「凝集だけ」を片づけることはできず、両者を同時に成立させる狭い窓を、配列依存・系依存の予測しにくさの中で探すことになります。
決める順番
最後に、高濃度の工程をどの順で設計するかを並べます。
先に決まっているのは目標濃度です。皮下注で 1〜2 mL に収めるなら 150〜250 mg/mL が要求され、そこから先の全部が決まります。ここは製剤側の都合ではなく、投与経路が押し付けてくる制約です。
次に、その濃度での粘度を測ります。分子ごとに違い、予測が効きません。水の20倍で済むのか100倍を超えるのかで、最終ろ過のフィルター面積が一桁変わる。粘度が出てから装置のサイジングに入ります。
そのうえで、循環をどこまで短くできるかを決めます。長い循環が界面曝露とホールドアップ損失を最大化するので、SPTFFで前段を稼ぐのか、カセット形状で流路長を詰めるのか。ここで回収率の見込みが立ちます。
最後に処方です。粘度を下げる添加剤とpH・塩濃度の最適化に入りますが、粘度を生む引力と凝集を生む引力は同じものなので、片方だけを最適化できません。粘度の数字が出る前に処方を固めると、下げた粘度と引き換えに何を失ったかが分からなくなります。
参考文献
- Shire SJ, Shahrokh Z, Liu J. Challenges in the development of high protein concentration formulations. J Pharm Sci. 2004. PMID: 15124199.
- Holstein M, et al. Strategies for high-concentration drug substance manufacturing to facilitate subcutaneous administration: A review. Biotechnol Bioeng. 2020. PMID: 32687221.
- Jiskoot W, Hawe A, Menzen T, Volkin DB, Crommelin DJA. Ongoing Challenges to Develop High Concentration Monoclonal Antibody-based Formulations for Subcutaneous Administration: Quo Vadis? J Pharm Sci. 2022. PMID: 34813800.
- Binabaji E, Ma J, Rao S, Zydney AL. Ultrafiltration of highly concentrated antibody solutions: Experiments and modeling for the effects of module and buffer conditions. Biotechnol Prog. 2016. PMID: 26918655.
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