AI・デジタルツインでバイオ工程を予測して回す──ソフトセンサーとPAT
バイオ医薬品の培養槽(バイオリアクター細胞やウイルスの培養を制御された環境下で大規模に行うための培養槽で、商業規模の製造に用いられる。)の中には、直接は測れない量、あるいは測れても結果が出るまで時間のかかる量が数多くあります。生細胞密度、目的タンパク質の力価、乳酸やアンモニアグルタミンの代謝と化学分解で生じる代謝副産物。蓄積すると増殖・生存を落とし、糖鎖の質にも影響する。といった代謝物などです。いずれも工程の出来を左右するのに、リアルタイムでは手元にありません。

一方で、pHや溶存酸素(DO)培養液などに溶け込んでいる酸素の量。細胞培養では制御対象となる重要なパラメータ。、温度、培養液の重量といった信号はセンサーで連続して測れます。そこで生まれるのが、 「測れる変数から、測れない量を推定する」という発想 です。この推定を担う仕組みをソフトセンサー(仮想計測)と呼び、さらに工程全体をモデルで写して先読みする考え方がデジタルツインです。
本記事では、ソフトセンサーとデジタルツイン、そしてそれらを支えるPAT(Process Analytical Technology製造中の品質特性をセンサーなどでリアルタイムに測定し、工程を監視・制御する枠組みです。工程終了後の検査に頼らず、その場で品質を作り込むことを目指します。詳しく →:工程分析技術)の関係を整理し、実装と規制の勘所まで見ていきます。
- ソフトセンサーは、pHやDO、分光などの測れる信号から、生細胞密度や力価といった測れない量をモデルで推定する仕組みです。
- デジタルツインは機構モデルとデータで工程を写し、条件の先読みや最適化、モデル予測制御(MPC)につなげます。
- 鍵はデータ品質と外挿の危うさ、説明可能性で、GMPやデータインテグリティ、FDAのAI活用の議論が土台になります。
ソフトセンサー:測れる信号から測れない量を推定する
ソフトセンサー(仮想計測)は、既に測れている信号を入力にして、直接は測れない目的量を出力するモデルです。ハードウェアのセンサーが物理量そのものを測るのに対し、ソフトセンサーはモデルを介した「間接計測」だと考えると分かりやすいでしょう。
推定モデルは、含める工程知識の度合いでおおまかに三つに分かれます。過去のデータからパターンを学ぶデータ駆動型、物質収支工程に入る量と出る量を流量から積算して収支を合わせる計算で、収量把握やトレーサビリティの基盤になる。や反応速度といった科学的な式に基づく機構モデル型、そして両者を組み合わせるハイブリッド型です。データ駆動型は柔軟に適応する一方で大量の良質なデータを要し、機構モデル型は安定しているが未経験の条件へは合わせにくい、という得手不得手があります。ハイブリッドは両者の長所を取りにいく設計です。
推定の精度は、入力信号の情報量に強く依存します。ここでPAT(工程分析技術)が効いてきます。ラマン分光光を当てて分子固有の散乱スペクトルを捉え、培養液中の糖や代謝物などの濃度を無菌のまま連続監視する手法です。抜き取り不要で測れます。詳しく →や近赤外(NIR)などのインライン計測を組み合わせると、グルコース微生物発酵でエネルギー源となる糖類などの炭素源と、目的遺伝子の発現を促す誘導物質のことです。詳しく →やグルタミン細胞のエネルギー源・窒素源となるアミノ酸。細胞の代謝でも培地中の化学分解でもアンモニアを放出する。、力価に感度のある信号を連続で得られ、ソフトセンサーの入力が豊かになります。測れる信号を増やすほど、測れない量の推定は確かになっていきます。
デジタルツイン:工程を写して先読み・最適化する
ソフトセンサーが「いまの状態」を推定するのに対し、デジタルツインは工程そのものをモデルで写し取り、「この先どうなるか」を先読みするための仕組みです。機構モデルと運転データを結び付け、実機のバイオリアクターと並走する仮想のリアクターを動かす、というイメージになります。
デジタルツインがあると、供給(フィードフェドバッチで追い足す濃縮した栄養液。いつ・どれだけ・どう入れるかが生産性と品質を左右する。)の量やタイミングを変えたら結果がどう動くかを、実機を止めずに試算できます。さらにこの先読みを制御に組み込んだのがモデル予測制御(MPC:Model Predictive Control)で、モデルの予測に基づいて操作量を先回りで調整し、狙った軌道に工程を乗せていきます。灌流培養のように長期間連続で運転する工程では、こうした予測と制御の価値がとくに大きくなります。
なお、こうした予測・制御は、あらかじめ定めた運転範囲の中でこそ意味を持ちます。どの範囲で品質が保たれるかを示す重要工程パラメータ(CPP)と設計空間の考え方は、デジタルツインの前提でもあります。
デジタルツインは工程を写した仮想モデルで先を読む仕組みです。予測を制御に組み込んだものがモデル予測制御(MPC)で、設計空間という前提の中で初めて意味を持ちます。
実装と規制の勘所
魅力的な一方で、実装には注意点があります。最大の落とし穴は 外挿(がいそう) 、つまり学習に使ったデータの範囲の外へモデルを当てはめることです。データ駆動型ほど、経験のない条件では予測が大きく外れやすく、しかも外れていること自体に気づきにくい、という危うさがあります。だからこそ入力データの品質と、モデルがどの範囲で信頼できるかの見極めが欠かせません。
規制の面では、GMP下でモデルを工程判断に使う以上、データインテグリティ記録が正確で完全・改ざんされていないことを保証する考え方で、ALCOA+などの原則で健全性を管理します。詳しく →(データの完全性・信頼性)と、なぜその推定・制御に至ったかを示せること(説明可能性)が問われます。FDAはAIを医薬品製造や規制判断に用いる際の考え方を議論しており、規制判断を支えるAIモデルの信頼性を、リスクに基づく枠組みで評価する指針案も公表しています。モデルの妥当性をどう立証し、運用後もどう監視し続けるかが論点です。
運用後の監視という意味では、継続的工程確認(CPV)の考え方とも地続きです。モデルは作って終わりではなく、工程やデータの変化に合わせて検証し続ける対象だ、という視点が実装の勘所になります。
まとめ
ソフトセンサーは、測れる信号から測れない量をモデルで推定する仕組みで、データ駆動・機構・ハイブリッドの選択と、PAT主に低分子製造で、化学反応の進み具合(転化率など)を製造中にその場で追跡する手法です。こうしたリアルタイム測定・制御の技術はPATと呼ばれます。詳しく →による入力の充実が精度を左右します。デジタルツインはそれを一歩進め、工程を写して先読みし、MPCによる制御へとつなげます。ただし外挿の危うさ、データ品質、説明可能性、そしてGMP医薬品を一定の品質で安全に造るために守るべき製造・品質管理の基準(適正製造規範)です。詳しく →やデータインテグリティといった土台を欠くと、便利さはそのまま危うさに変わります。予測して回すことと、その予測を検証し続けることは、つねに対で考えるのが現実的です。
参考文献
- FDA/CDER, Artificial Intelligence in Drug Manufacturing(Discussion Paper, 2023)
- Federal Register, Discussion Paper: Artificial Intelligence in Drug Manufacturing(Notice; Request for Information and Comments, 2023)
- FDA, Artificial Intelligence for Drug Development(CDER)
- Federal Register, Considerations for the Use of Artificial Intelligence To Support Regulatory Decision-Making for Drug and Biological Products(Draft Guidance for Industry, 2025)
- Brunner, V. et al., Challenges in the Development of Soft Sensors for Bioprocesses: A Critical Review(Frontiers in Bioengineering and Biotechnology, 2021)
この分野の新着を、メールで受け取る
こうした製造・分析・品質の解説記事と、装置・試薬の新製品ニュースを月数回お届けします。登録は無料で、いつでも解除できます。
登録によりプライバシーポリシーに同意したものとみなします。
メール登録が不要な方は RSSで購読 もできます。