ソフトセンサーとデジタルツインとは?AIの推定は製造で使えるのか

ソフトセンサーとデジタルツインは、細胞培養の工程で、直接は測れない量を計算で推定したり、条件を変えた先を試算したりするモデルです。培養を運転する人や、装置とソフトの導入を決める人が、提案書の「AIで培養を最適化」を読み解くときに関わります。
ただし、同じ「AI」と書かれていても、長く現場で使われてきた推定と、まだ研究段階の自動運転が混ざっています。 どちらに当たるかで、確かめる量も規制の見方も変わります。
この記事では、2つのモデルが何を出すのか、なぜ必要なのか、なぜ製造で使える段階に差があるのか、規制がモデルの何を見るのか、提案を受けたら何から決めるのかを順に説明します。
- ソフトセンサーとデジタルツインとは:ソフトセンサーは「いまの状態」を推定し、デジタルツインは「この先」を試算するモデルです。
- 製造でどこまで使われているのか:傾向を見るための推定は長く使われていますが、推定値で製造を自動で動かす例はまだ限られます。
- 規制はモデルの何を見るのか:モデルの出力が判断にどれだけ効き、間違えたときにどれだけ重いかです。
1. ソフトセンサーとデジタルツインは、何を入れて何を出すのか
ソフトセンサーは、いま測れている信号から直接は測れない量を推定するモデルで、デジタルツインは工程を計算の上に写して、条件を変えた先を試算するモデルです。
培養槽のpHや溶存酸素培養液に溶けている酸素の濃度。細胞の呼吸を支えるため一定に保つ制御対象。詳しく →は、槽に差したセンサーで連続して測れます。一方で、生きている細胞がどれだけいるか、グルコースがどれだけ残っているかは、培養液を抜いて分析するまで分かりません。この空白を、測れる信号から計算で埋めるのがソフトセンサー(仮想計測)です。

ふつうのセンサーが物理量そのものを捉えるのと違い、ソフトセンサーはモデルを通して間接的に値を求めます。デジタルツインは、過去の培養の記録や物質収支(槽に入った量、出た量、細胞が使った量の釣り合い)の式をもとに、フィードの量や時期を変えたら結果がどう動くかを、実機を回す前に計算します。
どちらも中身は計算のモデルで、作り方は大きく3つに分かれます。
- データ駆動型:過去の培養のデータから、入力と出力の関係を統計や機械学習で学びます。柔軟ですが、条件の幅をそろえた質のよいデータが多く要ります。
- 機構モデル型:物質収支や反応速度の式で組み立てます。式の前提が成り立つ範囲では安定しますが、式に入れていない現象は表せません。
- ハイブリッド型:式で骨組みを作り、式で説明しきれない部分をデータで補います。
提案書の「AI」は、たいていこのどれかを指しています。つまり、何を入力に何を出すのか、どの作り方なのかを聞けば、その提案を比べる土台ができます。
2. 培養液を抜いて測るだけでは、なぜ足りないのか
抜いて測る方法では分析した時点の値しか分からず、そのあいだに起きた変化に合わせて操作を変えられないからです。
抜く回数を増やせば済む話でもありません。抜くたびに汚染の機会が増え、小さな槽では抜いた分だけ培養液が減ります。結果が出るまでにも時間がかかり、値が分かったときには細胞の状態が先へ進んでいます。
たとえば流加培養培養の途中で栄養(フィード)を追加しながら細胞を高密度まで育てる培養方式。詳しく →(途中で栄養を足していく培養)では、グルコースが切れる前に足す必要があります。測った点と点のあいだを推定でつなげれば、足す時期を値の動きに合わせて決められます。
デジタルツインが求められる理由は、少し違います。培養は1回の試験に日数がかかるため、条件を変えて試せる回数が限られます。実機を回す前に計算で候補を絞れば、試す本数を減らせます。
このように、2つのモデルはどちらも、測る回数と試す回数の限りを計算で補う道具です。ただ、補った数字がどこまで信用されているかは、推定の種類によって大きく違います。
3. 同じ「推定」でも、なぜ製造で使える段階に差があるのか
推定に学習データがどれだけ要るかと、その数字で何を動かすかによって、確かめなければならない量が大きく変わるからです。
決まった式や物理の性質で推定するもの
いちばん古い例は、排ガスの分析です。槽に送る空気と出てくる排ガスの酸素と二酸化炭素の濃度を比べると、細胞が使った酸素と出した二酸化炭素が計算でき、増殖や代謝の勢いが分かります。決まった式で求めるので、学習データは要りません。
もう1つが静電容量センサーです。生きた細胞の膜は電気をためる性質があり、死んだ細胞や破片はほとんどためないため、この差から生細胞の量を連続で推定します。
ただし、この値は細胞の数そのものではなく、生細胞が占める体積に近い量を表します。細胞が大きくなる時期には、数が同じでも値が上がります。そのため、抜いて数えた細胞数との対応は確かめ続けます。
学習した範囲の中でだけ当たるもの
ラマン分光光を当てて分子固有の散乱スペクトルを捉え、培養液中の糖や代謝物などの濃度を無菌のまま連続監視する手法です。抜き取り不要で測れます。詳しく →や近赤外分光では、液に当てた光のスペクトルから、グルコースや乳酸の濃度を推定します。多くの波長の情報をまとめて濃度と結びつける統計の手法が使われ、代表的なものをPLS回帰(部分最小二乗回帰)と呼びます。
この結びつきは、校正に使った培養のデータから作ります。細胞株や培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →、スケールが変われば、作り直しや確認が要ることがあります。開発段階では広く使われていますが、推定値でフィードを自動で動かす制御は、公開されている範囲では開発段階の報告が中心です。原理と落とし穴はラマン分光によるバイオプロセスPAT(工程分析技術)、制御に使う場合はRamanで培養を制御するで解説しています。
データ駆動型のモデルは、学習に使ったデータの範囲の外に当てると大きく外れることがあります。それでもエラーは出ず、もっともらしい数字が出続けるので、外れていることに気づきにくくなります。
デジタルツインも、いま使われているのは主に開発の側で、条件の試算のほか、スケールアップの検討やオペレーターの訓練に使われています。
推定値で製造を自動で動かすもの
予測をもとに、フィードなどの操作量を先回りして自動で調整する方法を、モデル予測制御(MPC)と呼びます。推定の誤差がそのまま製品に届く操作になるため、求められる検証もいちばん重くなります。
製造でここまで進んだ例は、まだ限られています。2024年の総説は、バイオ製造でのデジタル技術の導入が大手に集中していると指摘し、2025年の総説はデータをつなぐ手間、モデルの精度、規制対応の複雑さを課題に挙げています。
| 推定・活用の例 | 現場での位置づけ | 確かめること |
|---|---|---|
| 排ガスから細胞の呼吸を計算 | 発酵などで長く使われている | 排ガス分析計の校正と応答の遅れ |
| 静電容量で生細胞量を推定 | 培養の監視に広く使われる | 細胞の大きさが変わる時期のずれ |
| 分光とPLS回帰で濃度を推定 | 開発段階で広く使われ、製造での公開事例は限られる | 校正データの範囲、モデルの維持 |
| 推定値でフィードを自動制御 | 開発段階の報告が中心 | 誤差の大きさ、外れたときの止め方 |
| モデルで条件を試算 | 工程開発とスケールアップの検討が中心 | 学習した範囲の外では当たらない |
| MPCで製造を自動運転 | 製造での実例は限られる | 規制上の位置づけと検証の範囲 |
表の上から下へ進むほど、推定が外れたときの影響が製品に近づきます。提案の「AI」が表のどの行に当たるかで、自分たちが確かめる量が決まります。
4. 「使うほど賢くなる」モデルは、なぜGMPで扱いにくいのか
医薬品の製造と品質管理原料・資材・中間体・製品を規格に照らして試験し、使ってよいか、出荷してよいかの合否を決める仕事です。GMPでは製造部門から独立させます。詳しく →の基準(GMP医薬品を一定の品質で安全に造るために守るべき製造・品質管理の基準(適正製造規範)です。詳しく →)のもとでは、学習を続けるモデルは、検証したときと中身が変わっていくため、検証の結果を品質に関わる判断の根拠にし続けられないからです。 規制当局も、モデルの出力が判断にどれだけ効き、間違えたときにどれだけ重いかで、求める証拠を変える考え方を示しています。
米国では、食品医薬品局(FDA)が2025年1月に、規制上の判断を支えるAIモデルの信頼性を、使う場面とリスクに応じて示させる枠組みを指針案として出しました。製造へのAIの使い方の論点は、2023年のFDAのディスカッションペーパーにまとめられています。
欧州では、欧州委員会と欧州医薬品庁(EMA)が、各国の査察当局の協力組織(PIC/S)と進めたEU GMP Annex 22(AIの付属書)の草案が、2025年7月に意見募集に出されました(締め切りは10月7日)。
- 重要な用途:製品の品質や患者の安全に直結する用途では、同じ入力に同じ出力を返す、固定したモデルに限る案です。
- 外す案のもの:使いながら学習を続けるモデルや、出力が毎回変わりうる生成AIは、重要な用途から外す案です。
- 重要でない用途:人が出力を確かめる前提で使える余地を残しています。
つまり、「使うほど賢くなる」という売り文句は、GMPの重要な用途では弱点になりえます。 モデルは固定して使い、更新するときは変更管理工程・設備・手順などの変更を評価・承認し、品質への影響とともに記録する仕組み。詳しく →の手順で検証し直すほうが、規制の見方と合います。
では、AIを製造に持ち込むこと自体を避けるべきなのでしょうか。そうではありません。傾向の監視のように人が出力を確かめる用途なら、草案でも使う余地があります。品質に直結する用途でも、モデルを固定し、品質が保たれると確かめた運転範囲の中で使うなら、検証の道筋を立てられます。
その運転範囲の考え方はCPP(重要工程パラメータ)と設計空間、更新され続けるソフトの検証はソフトウェア更新のニュースで扱っています。
このように、提案を比べるときに見るのは、モデルの賢さよりも、使う範囲と更新の手順が決まっているかどうかです。
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- 5. 提案を受けたら、まず推定値で何をするのかを決める
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ほかの会員向けの記事を見る →参考文献
- FDA/CDER, Artificial Intelligence in Drug Manufacturing(Discussion Paper, 2023)
- Federal Register, Considerations for the Use of Artificial Intelligence To Support Regulatory Decision-Making for Drug and Biological Products(Draft Guidance for Industry, 2025年1月)
- European Commission, EMA, PIC/S, Draft EU GMP Annex 22: Artificial Intelligence(意見募集 2025年7月7日〜10月7日。Chapter 4 と Annex 11コンピュータ化システムに関するEU GMPの付属書。監査証跡の定期的なレビューなどを求める。詳しく → の改訂案と同時に公表)
- EU Consults On New GMP Rules For AI In Pharma Manufacturing(Mondaq)(Annex 22 草案の要点の解説)
- Brunner V, et al. Challenges in the Development of Soft Sensors for Bioprocesses: A Critical Review(Front Bioeng Biotechnol, 2021)
- Isoko K, et al. Digital Discovery. 2024;3(9)(doi:10.1039/D4DD00127C)(バイオ製造のインダストリー4.0の総説。導入が大手に集中しているという指摘)
- Transformative roles of digital twins from drug discovery to continuous manufacturing: pharmaceutical and biopharmaceutical perspectives(2025)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/ai-bioprocess-soft-sensor-digital-twin