CHO細胞のアンモニア蓄積を抑える:発生源と抑制策
培養の終盤でアンモニアグルタミンの代謝と化学分解で生じる代謝副産物。蓄積すると増殖・生存を落とし、糖鎖の質にも影響する。詳しく →が 10 mM に届くことがあります。問題は、効き始めるのがそのずっと手前だという点です。
報告では、接種前の培地に 2 mM の塩化アンモニウムを加えるだけで増殖が抑えられ、5 mM 以下でも阻害が見られます。つまり培養後半に測って 10 mM だったとき、細胞はもっと手前から負荷を受け続けていました。乳酸と並んで蓄積しやすいこの副産物は、増殖と生存率細胞集団のうち生きている細胞の割合。凍結・培養の品質を示す基本指標。詳しく →を落とすだけでなく、抗体の糖鎖タンパク質に付加される糖の鎖状構造で、抗体の有効性・免疫原性などに影響する重要な品質特性。詳しく →にも効きます。

やっかいなのは、発生源が細胞の代謝だけではないことです。グルタミン細胞のエネルギー源・窒素源となるアミノ酸。細胞の代謝でも培地中の化学分解でもアンモニアを放出する。詳しく →は培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →の中でも自発的に分解し、アンモニウムを放出します。だから抑えるには、細胞に何を食べさせるかだけでなく、培地の中で勝手に何が起きているかまで見る必要があります。本稿では、発生源、効き始める濃度、糖鎖に何が起きているか、そして断つ・薄める・環境を整えるという三方向の抑制策を整理します。最後に、抑える順番を並べます。数値は細胞株と培地で動くので、効き始める桁の感覚として読んでください。順番を違えると、手を打っても前段の負荷が残ります。前提に置くのは、抗体生産の主力であるCHO細胞のフェドバッチ種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →です。
- CHO培養のアンモニアは、グルタミンの代謝分解と培地中での自発的な化学分解の両方が主な発生源です。
- 蓄積すると増殖・生存率を落とすだけでなく、シアリル化の低下など糖鎖の質にも影響します。
- 抑制はグルタミン代替やGS発現系で発生源を断ち、フィード設計で薄め、pCO2・pH管理で毒性と溶存環境を整える三本立てが基本です。
どこから来るのか ― 代謝分解と化学分解
出どころは二つです。
一つめが代謝です。細胞はグルタミンを取り込み、グルタミン酸とアンモニウムへ加水分解します。エネルギー源としても窒素源としても要る反応で、その副産物としてアンモニアが出ます。グルタミン以外のアミノ酸の脱アミノも、程度は小さいものの窒素を放出します。
二つめが化学分解です。グルタミンは培地の中で細胞と関係なく分解し、ピロリドンカルボン酸とアンモニウムを生じます。速度は温度とpHに依存するので、37 ℃ 前後の培養条件では無視できません。
この二つめが、設計を難しくしています。グルタミンを多めにまとめて与えると、細胞が使い切る前に化学分解が進む。栄養としては目減りし、アンモニアだけが残る。二重に損をします。
初期のグルタミン濃度を 1〜8 mM の範囲で振った検討では、4 mM 付近が最適だったという報告があります。多ければよいわけではない。 アンモニアは細胞が出すものであると同時に、培地が勝手に出すものです。
グルタミンは細胞が代謝で分解するだけでなく、培地中でも自発的に分解してアンモニアを出します。抑制策は「代謝を減らす」と「化学分解を減らす」の両輪で考えると整理しやすくなります。
どの濃度から効くのか
ここは数字を押さえておく価値があります。
接種前の培地に 2 mM の塩化アンモニウムを加えた条件で、増殖の抑制が確認されています。5 mM 以下でも阻害が見られる、という報告もあります。一方で、典型的な生産培養の終盤に達する濃度は 10 mM 程度。
つまり、規格の上限として 10 mM を置くような発想では遅い。効き始めるのは 2 mM 付近で、そこから終盤の 10 mM までの間ずっと、細胞は負荷を受け続けています。
作用の仕方も、濃度帯で変わるようです。8 mM を境に、それ以下とそれ以上で支配的な機序が入れ替わるという報告があります。低い側と高い側で、同じ「アンモニア阻害」でも中身が違う。
細胞側で何が起きているかというと、アンモニウムイオンが電気化学的な勾配を乱し、細胞内のpHを動かします。これが増殖の阻害と生存率の低下につながります。 阻害が始まる濃度と、培養終盤に到達する濃度は、5倍ほど離れています。
糖鎖に何が起きているか ― 遺伝子発現の側
品質への影響は、もう少し踏み込んだところで分かってきています。
アンモニウムが高い条件では、α(2,3)-シアリル転移酵素の発現が下がることが報告されています。ガラクトシル化とシアリル化の低下は、ゴルジ体のpHが動いた結果というより、ガラクトース転移酵素、シアリル転移酵素、そしてCMP-シアル酸トランスポーター細胞膜にあり薬を細胞外へ汲み出したり内へ引き込んだりして、体内濃度を左右するタンパク質。詳しく →の遺伝子発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく →が落ちることで主に起きている、という見方です。
つまり酵素の働きが鈍るのではなく、酵素そのものが減る。だから影響は速やかには戻りません。培養後半に一時的にアンモニアが上がっただけでも、糖鎖のプロファイルに跡が残ることがあります。
力価を追ってアンモニアを見逃すと、後工程で品質の問題として跳ね返ります。 アンモニアの影響は細胞内のpHだけでなく、糖鎖を作る酵素の発現量細胞が目的のタンパク質を作る量。低いと必要量の確保に手間がかかり、製造コストが上がる。詳しく →にまで届いています。
なお、同じ代謝副産物でも乳酸とは効きどころが違います。乳酸はpHと浸透圧溶液中の溶質濃度で決まる、水を引き込む圧。培養では上昇が細胞ストレスになる管理項目。詳しく →を通じて全体を乱すのが主です。乳酸側の考え方はCHO培養の乳酸蓄積と代謝シフトにまとめています。
抑制策1:発生源を断つ
いちばん効くのが、グルタミンの与え方そのものを変えることです。
グルタミン酸への置き換えがその一つ。グルタミンの一部をグルタミン酸に替えると、アンモニアの蓄積が減り、力価やガラクトシル化がむしろ改善した例が報告されています。ただし低減の度合いは細胞株と濃度で幅があり、CHOには内在のグルタミン合成酵素グルタミン合成酵素を選択マーカーに使い、MSXで内在活性を抑えて目的遺伝子を持つ細胞を選ぶ選抜方式。詳しく →が乏しい株もあるので、グルタミン酸だけで回るかは株に依ります。
ジペプチドアミノ酸が2個結合したもの。安定なグルタミン供給用ジペプチドは遊離グルタミンの化学分解を抑える。を使う手もあります。L-アラニル-L-グルタミンのような安定な形で与えると、遊離グルタミンの化学分解を抑えつつ細胞に供給できる。Thermo Fisher Scientific の GlutaMAX や Corning の Glutagro といった製品が、この考え方に基づいています。
もう一つがグルタミン合成酵素の発現系です。GSを導入した細胞では、グルタミン酸とアンモニアからグルタミンを合成できます。この反応はアンモニアを消費する向きに働くので、培地中の蓄積を和らげます。GS系は選択マーカーとしても広く使われていて、グルタミン非依存の培養設計と相性が良い。
ただし、GS系を使うかどうかは細胞株を作る段階で決まります。 発生源を断つ選択肢のうち、いちばん効くものは、開発のいちばん早い時期にしか選べません。
抑制策2:フィードで薄める
グルタミンを完全には外せない場合でも、与え方で抑えられます。狙いは、化学分解する前に細胞が使い切る状態へ近づけることです。
高濃度で一括投入すると、余った分が化学分解でアンモニアに変わります。低濃度を継続的に供給すれば、培地中の遊離グルタミン濃度を低く保て、化学分解の余地が減ります。
二段階にする設計も報告されています。グルタミンを含む基礎培地で立ち上げ、途中から代替物へ切り替える。この置き換えでアンモニアを大きく減らしつつ力価を伸ばした例があります。
α-ケトグルタル酸のようなTCA回路の中間体を補う手もあります。乳酸とアンモニアの両方を抑えつつ、比生産性細胞1個あたりが単位時間に産生する製品量。細胞数によらず産生能を比べるための指標。詳しく →と力価を改善できた報告がある。代謝の流れを副産物側から本流へ戻すイメージです。
濃度の監視には、Nova Biomedical の BioProfile FLEX2、Roche CustomBiotech の Cedex Bio、YSI の 2900D、908 Devices の REBEL といった分析計が使われます。フィードフェドバッチで追い足す濃縮した栄養液。いつ・どれだけ・どう入れるかが生産性と品質を左右する。詳しく →設計はグルタミンだけでなく糖や添加剤とも絡むので、一因子ずつ振ると相互作用を見落とします。複数因子を同時に扱う進め方は培地開発・最適化とDoEの側にあります。
pHで毒性が変わる ― pKa 9.25 の意味
発生したアンモニアを外から除くのは難しい。ただし、毒性の出方は制御できます。
アンモニアは培地中で、アンモニウムイオンと非イオン型のアンモニアの平衡にあります。この平衡の pKa緩衝が最もよく効くpHの目安となる値。重炭酸緩衝系ではおおよそ6付近にあるとされる。詳しく → は 25 ℃ でおよそ 9.25。非イオン型は電荷を持たないぶん細胞膜を通りやすく、毒性に関わるのはこちらです。
計算してみると効き方が分かります。pH 7.2 では非イオン型の割合が 1% 弱。pH 7.4 に上げると 1.4% ほど。わずか 0.2 の差で、膜を通れる形が 1.5倍 に増える。
だからpHを不必要に高くしない。これが一つの目安です。一方でpHはCO₂の溶存量と結びついていて、大スケールではCO₂が抜けにくく pCO₂ が上がりやすい。pCO₂ が高止まりすると、pH制御のために塩基や重炭酸塩を塩基や重炭酸塩を足す側へ回り、浸透圧の上昇と代謝の乱れを招きます。撹拌とヘッドスペースの通気でCO₂を積極的に抜く設計は、pHを狙いに保ちながら副産物の負荷を下げる助けです。 pHとpCO₂の管理はアンモニアを減らす操作ではなく、同じ濃度のアンモニアが持つ毒性を変える操作です。
pH 7.2 と 7.4 では、膜を通れる非イオン型アンモニアの割合が 1.5倍 違います。同じ 5 mM でも、pHの置き方で細胞が受ける負荷は変わります。
抑える順番
最後に、順番を並べます。
先に決まるのは細胞株です。GS発現系を使うかどうかは、株を作る段階でしか選べません。ここを逃すと、あとに残るのは与え方の工夫だけです。 代謝設計は培地の話に見えて、実際には細胞株構築目的タンパク質を安定して高く産生する細胞のクローンを選び出し、製造に使える産生細胞株として確立する工程です。詳しく →の話から始まっています。
次に、初期のグルタミン濃度を置きます。多ければよいものではなく、1〜8 mM を振った検討では 4 mM 付近が最適だったという報告があります。自社の株で、増殖とアンモニア蓄積の両方を見ながら決めます。
そのうえでフィードの与え方を決めます。低濃度で連続か、二段階で切り替えるか。安定型のジペプチドを使うか。ここで化学分解の余地がどれだけ残るかが決まります。
最後にpHとpCO₂の運転範囲を置きます。アンモニアが同じ濃度でも、pHの置き方で毒性が変わる。大スケールならCO₂の抜け方も一緒に設計します。 発生源を減らし、薄め、環境を整える。三つは順番に効くので、後ろから手を付けても前の負荷は消えません。
参考文献
- ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく →, Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products
- ICH Q8医薬品開発とQbDの考え方を示すICHガイドライン。重要品質特性(CQA)を定義している。詳しく →(R2), Pharmaceutical Development
- ICH Q11原薬の開発・製造を扱い、原薬側の管理戦略の作り込みを示すICHのガイドライン。詳しく →, Development and Manufacture of Drug Substances
- FDA, Guidance for Industry: Q8(R2) Pharmaceutical Development
- EMA, ICH guideline Q11 on development and manufacture of drug substances
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