糸状菌によるタンパク質・酵素生産とは?アスペルギルスなどの分泌生産
糸状菌(かびの仲間)は、産業用酵素を大量に作るための微生物宿主として長い歴史を持ちます。Aspergillus(アスペルギルス)属や Trichoderma(トリコデルマ)属に代表される糸状菌は、自然界では枯れた植物やデンプン・セルロースなどの高分子を分解して栄養にするために、加水分解酵素を菌体外へ大量に分泌する能力を進化させてきました。この「もともと分泌が得意」という性質を活かし、アミラーゼ、グルコアミラーゼ、セルラーゼ、プロテアーゼタンパク質を分解する酵素。破砕で放出され目的物を分解するため低温や阻害剤で抑える。、リパーゼ脂質を加水分解する酵素。製剤中のポリソルベートを分解し、遊離脂肪酸の析出や安定性低下を招くHCPの代表。といった工業用酵素の生産に広く用いられています。

代表的な宿主としては、クエン酸やグルコアミラーゼの生産で知られる Aspergillus niger、麹(こうじ)として味噌・醤油・清酒の醸造に古くから使われてきた Aspergillus oryzae、そしてセルラーゼの高分泌で知られる Trichoderma reesei などが挙げられます。とくに麹菌は日本の発酵食品を支えてきた長い食経験を持ち、糸状菌が「安全に大量培養できる微生物」として工業的に確立してきた背景があります。相同(自家由来)タンパク質であればグラム/リットル級の分泌生産が報告される一方、異種(ヘテロロガス宿主とは異種(特にヒト由来)の外来タンパク質を発現させること。)タンパク質、とくにヒト由来タンパク質では収量が伸びにくいという、宿主としての二面性も知られています。
本稿では、糸状菌がなぜ高い分泌能を持つのか、大腸菌や酵母とどう使い分けるのか、菌糸という独特の形態がもたらす培養の難しさ、そしてプロテアーゼ分解や糖鎖といった課題、さらに医薬用途で宿主に用いる際の留意点までを、製造・品質(CMC医薬品の化学・製造・品質管理に関する申請資料。原薬と製剤で章立てが分かれる。)の中立的な視点で整理します。宿主全体の選び方は微生物の宿主・発現系の選び方も併せてご覧ください。なお本稿は製造プロセスの技術解説であり、特定製品の効能効果を主張するものではありません。数値・目安は条件依存であり、一つの目安としてお読みください。
糸状菌が高い分泌能を持つ理由と産業用酵素生産
糸状菌の分泌能の高さは、その生き方そのものに由来します。糸状菌は菌糸(きんし)と呼ばれる細長い細胞が先端方向へ伸長しながら増殖し、周囲のデンプンやセルロースといった不溶性の高分子を分解して栄養として取り込みます。この分解を担うのが菌体外へ分泌される加水分解酵素であり、糸状菌は分泌経路(小胞体真核細胞内でタンパク質の折りたたみや分泌経路への送り出しを担う区画。酵母は持ち、大腸菌にはない。からゴルジ体を経て細胞外へ至る経路)を発達させ、とくに伸長する菌糸先端から効率よくタンパク質を分泌します。
産業では、この能力が製パン・醸造・洗剤・繊維・食品・飼料・バイオ燃料など幅広い分野の酵素供給を支えてきました。糸状菌自身の遺伝子に由来する相同タンパク質宿主自身に由来する自家タンパク質。糸状菌では高分泌しやすい。であれば、非常に高い分泌生産性が古くから利用されています。分泌シグナル配列タンパク質をペリプラズムへ送るためN末端に付ける、宛先ラベルに相当する配列。の設計や、内在性の高分泌タンパク質と目的タンパク質を融合させる発現戦略は、微生物の分泌シグナルとシグナルペプチド設計で扱う論点と密接に関わります。
糸状菌の強みは「分泌が得意」という一点に集約されます。目的タンパク質を細胞内に溜め込むのではなく培地中へ出すため、菌体を壊す工程を経ずに培養上清から回収でき、下流精製の初期工程を簡素化しやすいのが工業酵素生産で選ばれてきた理由です。ただしこの強みは相同タンパク質で最大化され、異種タンパク質では後述のボトルネックが顕在化します。
大腸菌・酵母との使い分け
微生物宿主の選択では、大腸菌・酵母・糸状菌がそれぞれ異なる強みを持ちます。大腸菌は増殖が速く体積生産性に優れますが、分泌は限定的で多くは細胞内に蓄積し、糖鎖修飾も持ちません。酵母は真核生物として折りたたみ・ジスルフィド形成・分泌経路を備え、分泌生産と一定の翻訳後修飾タンパク質が作られた後に受ける糖鎖付加や酸化などの修飾。抗体の品質特性の比較で確認する対象になる。を両立します(詳細は酵母での組換えタンパク質生産を参照)。
糸状菌は、この中でも分泌能という一点で群を抜きます。真核生物なので小胞体での酸化的な折りたたみやジスルフィド結合システイン残基どうしが作るS-S結合。タンパク質の立体構造を留める橋になる。の形成が可能で、かつ大量分泌に最適化された細胞機構を備えています。一方で、菌糸で増殖するため培養は酵母や大腸菌ほど単純ではなく、増殖速度も相対的に遅めです。したがって実務的な使い分けとしては、工業用酵素や相同タンパク質を大量に分泌生産目的タンパク質を細胞外(培地中)に出させて作る方式。培地が単純だと精製の初期工程を簡素化しやすい。したい場合に糸状菌が有力な候補となり、短納期・非糖鎖の中小タンパク質なら大腸菌、分泌型で中規模かつ一定の修飾を要するなら酵母、という整理が一般的です。
菌糸の形態と培養:粘度・酸素移動・剪断
菌糸で増える糸状菌の培養は、単細胞の微生物とは異なる固有の難しさを抱えます。菌糸は培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。中で分散した綿状(フィラメント状)に広がることも、絡み合って小さな塊(ペレット)を形成することもあり、この形態(モルフォロジー)が培養の挙動を大きく左右します。
粘度と混合・酸素移動
菌糸が分散して増殖すると、培養液の粘度が上がり、非ニュートン流体的な(せん断で見かけの粘度が下がる)挙動を示すようになります。粘度が高い培養液では撹拌による混合が不均一になりやすく、気泡から液へ酸素を渡す効率(酸素移動)が低下します。糸状菌は好気性で酸素要求が大きいため、酸素移動が律速になると増殖や生産が頭打ちになりやすく、溶存酸素培養液に溶けている酸素の濃度。細胞の呼吸を支えるため一定に保つ制御対象。の維持が培養設計の中心的な課題になります。
剪断と菌糸形態
酸素移動と混合を確保するために撹拌を強めると、今度は剪断(せん断流れの中で分子にかかる物理的な力。強すぎると抗体の凝集や微粒子発生を招く。力)によって菌糸が断片化主鎖が切れて分子が分かれる劣化。低分子量体(LMW)として現れ、酸性側などで進みやすい。し、形態が変化します。剪断は菌糸を短くしたり損傷させたりして生産性に影響することがあり、逆に弱すぎると混合・酸素移動が不足します。このため、接種量やpH、培地組成などを通じてペレット形成と分散増殖のバランスを調整する「形態制御」が実務上重要になります。粘度・酸素移動・剪断のトレードオフは装置形状やスケールで大きく変わるため、微生物発酵のスケールアップで扱う論点と一体で検討します。
糸状菌培養の勘所は、粘度・酸素移動・剪断の三つ巴のバランスにあります。強く撹拌すれば酸素は入りますが菌糸は傷つき、弱くすれば菌糸は保てますが酸素が不足します。単細胞微生物のように「密度を上げれば生産も上がる」とは限らず、形態そのものを制御対象として設計する点が、糸状菌ならではの難しさです。
プロテアーゼによる分解と収量の課題
糸状菌を宿主として使うとき、とくに異種タンパク質で最大のボトルネックの一つが、菌体外に分泌されるプロテアーゼ(タンパク質分解酵素タンパク質を分解する酵素。破砕で放出され目的物を分解するため低温や阻害剤で抑える。)による目的タンパク質の分解です。糸状菌は栄養獲得のために多様なプロテアーゼを分泌しており、Aspergillus 属では酸性領域で働くプロテアーゼが知られています。目的タンパク質がこれらの標的になると、培養が進むほど分解が進み、収量や品質が損なわれます。
対策としては、主要なプロテアーゼ遺伝子を欠損させたプロテアーゼ欠損株分泌タンパク質の分解を減らすため、プロテアーゼを欠損させた宿主株。の利用、分解が進みにくいpHや温度への培養条件の調整、窒素源やタンパク質の添加による見かけのプロテアーゼ活性の希釈などが用いられます。また、収量が伸びない原因は分解だけではなく、転写・翻訳・折りたたみ・分泌の各段階にも律速がありえます。実務では、内在性の高分泌タンパク質(グルコアミラーゼなど)と目的タンパク質を融合させて分泌を引っ張る「キャリア戦略」と、融合部位を後で切断する設計を組み合わせることが古くから行われてきました。
糖鎖修飾の課題(非ヒト型)
糸状菌は真核生物として糖鎖修飾を行いますが、その糖鎖はヒト型とは異なります。N型糖鎖は高マンノース型マンノースに富むN型糖鎖。フコースを欠くがクリアランスが速く、ADCC増強手段としては別扱いで監視する。に偏り、O型糖鎖も付加されますが、ヒト細胞が作るガラクトース細胞表面の糖鎖に含まれる単糖の一種で、一部のAAV血清型が細胞へ付着する際に認識する分子。やシアル酸糖鎖の末端に付く酸性の糖。負電荷を加えるため酸性バリアントに寄与し、薬物動態にも関わる。を伴う複雑(コンプレックス)型糖鎖とは構造が異なります。酵母の Saccharomyces cerevisiaeパン・ビール酵母として食経験が長い酵母。遺伝子操作ツールが豊富で、経口・食品関連の用途と親和する。 で問題になるような極端な過剰マンノース付加分泌糖タンパク質にマンノースが過剰に付く現象。特にS. cerevisiaeで起こりやすく、糖鎖が大きく不均一になる。は起こりにくいとされますが、それでも「非ヒト型」であることに変わりはありません。
糖鎖がタンパク質の薬効・血中滞留(薬物動態投与した薬が体内で吸収・分布・代謝・排泄されていく挙動。ADCではDARが大きく影響する。)・免疫原性に関与する場合、非ヒト型糖鎖は活性や安全性に影響しえます。このため、厳密なヒト型糖鎖を要するタンパク質は原則として哺乳類細胞の領分とされ、糸状菌でヒト型に近い糖鎖を付与しようとする糖鎖工学細胞株や酵素で糖鎖の構造を制御し、ADCCなどの性質を作り込む技術。(グリコエンジニアリング)の取り組みも研究されています。糖鎖に依存しない、あるいは非ヒト型糖鎖で許容される工業用酵素などは、糸状菌の好適領域といえます。
医薬用途で宿主に用いる際の留意点
糸状菌を医薬品タンパク質の生産宿主として用いる場合には、工業用酵素とは異なる追加の留意点があります。第一に、糸状菌の中には二次代謝産物としてマイコトキシン(かび毒)を産生するものが存在するため、生産に用いる菌株がそうした毒素を作らないことの確認が重要です。Aspergillus niger や麹菌 Aspergillus oryzae は長い工業・食品利用の実績を持ち、この点で背景情報が蓄積されています。
第二に、下流工程では宿主細胞タンパク質(HCP)抗体を作る宿主細胞に由来し製品に残るタンパク質。代表的な工程由来不純物でELISA等で管理する。の除去が焦点となり、とくに残存プロテアーゼは最終製品の安定性に影響しうるため管理が求められます。第三に、菌体成分(β-グルカンなど)や二次代謝産物のプロファイルも品質評価の対象になります。こうした特性解析規格試験より高い分解能で製品の品質特性を詳しく調べること。比較可能性の評価などで用いる。や不純物管理は、宿主・細胞基材医薬品の製造に用いる細胞株そのもの。腫瘍原性などのリスク評価が残存DNA規格に効く。の評価として規制上も重視されます。培養様式そのものの選択(回分・流加・連続など)も生産性と品質に影響するため、微生物発酵の培養様式も併せて検討するとよいでしょう。
まとめ
糸状菌は、Aspergillus や Trichoderma に代表されるように、加水分解酵素を菌体外へ大量に分泌する能力を進化させた微生物であり、この分泌能を活かして産業用酵素や相同タンパク質の大量生産に古くから使われてきました。真核生物として折りたたみ・ジスルフィド形成・分泌経路を備えつつ、酵母を上回る分泌能を持つ点が最大の強みです。一方で、菌糸で増殖するために培養は粘度・酸素移動・剪断のトレードオフを抱え、形態そのものを制御対象とする難しさがあります。
異種タンパク質、とくにヒト由来タンパク質では、菌体外プロテアーゼによる分解と分泌律速がボトルネックとなり、プロテアーゼ欠損株やキャリア戦略といった菌株工学の作り込みが成否を分けます。糖鎖は非ヒト型であり、医薬用途ではマイコトキシン非産生の確認やHCP医薬品を作る宿主細胞に由来するタンパク質の不純物です。安全性に関わるため、精製後の残存量を測ります。詳しく →・プロテアーゼ管理といった追加の留意点が加わります。糸状菌は「大量分泌」という明確な強みを持つ宿主であり、目的タンパク質の性質と要求品質から逆算して、大腸菌・酵母との使い分けを判断することが実務的です。宿主全体の選定は微生物の宿主・発現系の選び方を併せてご参照ください。
参考文献
ガイドライン
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- ICH Q5D生物薬品の製造に使う細胞基材の樹立と特性解析について定めた国際調和ガイドライン。: Derivation and Characterisation of Cell Substrates Used for Production of Biotechnological/Biological Products(生産に用いる細胞基材の樹立と特性解析): https://database.ich.org/sites/default/files/Q5D%20Guideline.pdf
主な文献
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- Nevalainen KMH, Te'o VSJ, Bergquist PL. "Heterologous protein expression in filamentous fungi." Trends Biotechnol. 2005;23(9):468-474. PMID: 15967521. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15967521/
- Ward OP. "Production of recombinant遺伝子組換え技術を用いて微生物や細胞に目的タンパク質を産生させることで製造された成分を指し、動物由来成分を含まない点が特徴。 proteins by filamentous fungi." Biotechnol Adv. 2012;30(5):1119-1139. PMID: 21968147. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21968147/