糸状菌の酵素・タンパク質生産とは?分泌100 g/Lの読み方と落とし穴
糸状菌の Trichoderma reesei には、培養液1 Lあたり100 gを超えるタンパク質を分泌する工業株があります。ところがこの数字は、菌が出す酵素すべての合計です。同じ T. reesei にヒトの酵素(α-ガラクトシダーゼ A)を1種だけ分泌させた研究では、取れた量は1 Lあたり20 mgでした。

糸状菌の強みは、自前の酵素を大量に外へ出す力にあります。外から入れた遺伝子の産物、とくにヒト由来のタンパク質には、その力がそのまま働くとは限りません。そのうえ糸状菌は菌糸という細長い細胞で増えるため、培養液がどろっとして、発酵槽の酸素も、撹拌も、菌糸を取り除く遠心分離やろ過も、大腸菌やCHO細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →の感覚で選ぶとつまずきます。
洗剤用のプロテアーゼタンパク質を分解する酵素。破砕で放出され目的物を分解するため低温や阻害剤で抑える。詳しく →や飼料用のフィターゼのような酵素の生産を委託先に相談する担当、宿主と装置を選ぶ技術者、資材を手配する購買、装置を案内するメーカーの営業にも、数字の読み方と落とし穴を知っておく価値があります。
分泌に強い理由 ― 100 g/Lは合計の値
糸状菌が分泌に強いのは、栄養の取り方に理由があります。
菌糸は先端へ伸びながら増え、周囲のデンプンやセルロースを分解して栄養にします。分解する酵素を外へ出す必要があるので、Aspergillus 属や Trichoderma 属は分泌の経路を発達させてきました。T. reesei の工業株が出す100 g/L超は、おもにセルロースを分解する酵素を含む、分泌タンパク質すべての合計です。Aspergillus niger のグルコアミラーゼは、1種の酵素で20 g/Lを超える量を分泌する工業株があるとされています。
外から入れた遺伝子の産物になると、数字は大きく変わります。冒頭の研究(BMC Biotechnology、2014年)では、ヒトの α-ガラクトシダーゼ A を分泌させたときが20 mg/Lで、細胞の中にためる設計に変えると636 mg/Lまで増えました。ただし、細胞の中にためた型は、酵素の活性が分泌型より低いという課題がありました。著者らは、分泌されたプロテアーゼ(タンパク質を分解する酵素)の問題に加えて、分泌の負荷によるストレスが、異種タンパク質の生産の壁として残ると述べています。
分泌能の高さは、相同タンパク質宿主自身に由来する自家タンパク質。糸状菌では高分泌しやすい。(その菌がもともと作る酵素)で最大になる強みです。ヒト由来のタンパク質では、同じ水準の収量は期待しにくいのが実情です。
発酵槽のカタログ値の限界 ― 菌糸で粘度が上がる培養液
発酵槽のカタログで最初に目に入るのは、酸素移動速度培養液へ酸素が移動する速さ。kLaと溶存酸素の濃度差の積で表される。詳しく →の数字です。
たとえば Eppendorf は、BioBLU f シリーズの BioBLU 3f が、大腸菌の発酵で1時間・1 Lあたり酸素300 mmolを超える酸素移動速度に達したと発表しています。立派な数字ですが、大腸菌のような、さらさらした培養液での値です。糸状菌は違います。菌糸が伸びて絡み合うほど培養液の粘度液体の流れにくさを表す物理的性質で、タンパク質濃度の上昇に伴い非線形に増大する。詳しく →は上がり、しかも撹拌で粘度が下がる非ニュートン流体のように振る舞います。ケチャップを振ると出てくるのと同じで、翼の近くだけが動き、離れた場所は動きにくくなりがちです。混ざり方がまだらになれば、酸素が行き渡る効率も公称値から大きく落ちます。
菌糸の形は、大きく2つに分かれます。細かく分散した糸の状態と、絡み合って団子になったペレットの状態です。分散した菌糸は表面積が大きく酸素を取り込みやすい一方で、粘度を大きく押し上げます。ペレットは粘度を抑えられますが、団子の中心まで酸素が届かず、中の菌糸が死にます。ペレットが常に良いとは限らず、ペレットが有利な菌と目的物もあれば、糸状の形が有利なものもあります。答えは菌と目的物で変わります。
撹拌を強めれば酸素は入りますが、せん断流れの中で分子にかかる物理的な力。強すぎると抗体の凝集や微粒子発生を招く。詳しく →で菌糸の形が変わり、分泌に響くことがあります。佐竹マルチミクスの SATAKE BIOREACTOR シリーズは、さらさらした微生物の培養から、粘度が高く非ニュートン性の糸状菌ブロスまで、翼の設計を工程ごとに最適化すると説明しています。撹拌翼を使わず、気泡の浮力で混ぜるエアリフト型の培養槽も、せん断を抑える選択肢の1つです。
メーカーに聞くのは「酸素移動速度はいくつですか」ではありません。「想定する菌糸の濃さの培養液、つまり粘度の高い液で、その酸素移動速度がどこまで保たれますか」です。分散にするかペレットにするかを決める前に、目的のタンパク質が酸素不足とせん断のどちらに弱いかを、小さな槽で確かめておきます。
カタログの酸素移動速度は、糸状菌の培養液ではなく、さらさらした培養液で測った値です。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる菌糸を取り除く ― 遠心分離機とろ過助剤の選び方
培養が終わったら、次は菌糸を取り除きます。
CHO細胞や酵母の回収では、ディスクスタック型の遠心分離比重差を利用して固形分を沈降・分離する操作。清澄化では大きな細胞塊や固形分の粗取りに使う。詳しく →機が標準です。糸状菌でも同じ装置で足りると考えると、つまずきます。菌糸は繊維状に絡み合うので、ディスクの狭い隙間に詰まりやすく、連続運転を前提にした装置の多くは糸状菌の培養液を想定していません。
実務では、繊維状の固形分を前提にした装置が使われてきました。Flottweg のデカンタ遠心回転する多孔ドラムに真空でろ液を吸い、固形分を表面に集めて連続的に固液を分けるろ過機です。デカンタ遠心と並ぶ連続分離の装置です。詳しく →分離機は、糸状菌の菌糸体を連続的に固液分離し、洗浄を重ねて回収率添加した既知量の標準物質に対して試験で実際に測定された値の割合を示す指標で、試験の正確さを表す。詳しく →を高めます。BHS-Sonthofen のロータリードラムフィルターは、抗生物質の製造で菌糸体を分離する用途に使われてきました。ドラムが1回転する間に、ろ過と洗浄と脱水を済ませます。固形分が薄く、きれいな液の回収が主な目的なら、プレコート式の真空ドラムろ過機が向きます。菌体を高い濃度で回収したいなら、デカンタが向きます。
大きな菌糸の塊を落としたあとにも、細かい菌体の断片や粘る物質が残ります。そこで珪藻土やパーライト珪藻土などの粒子や凝集剤を加えてろ過層をつくり、目詰まりしにくくして固形分の分離を助ける補助材です。詳しく →を、ろ過の助剤としてあらかじめ敷いたり(プレコート)、液に混ぜたり(ボディフィード)して使います。珪藻土の代表格は Imerys の Celite で、国内では昭和化学工業のラヂオライトが、酵素や醤油の清澄ろ過に古くから使われてきました。ただし、細かいグレードほどろ過はきれいですが、ケーキ(ろ過で積もる層)が早く目詰まり微粒子や凝集体、タンパク層が膜の孔を塞いでろ過が落ちる現象。プレフィルターでの前段保護が効く。詳しく →し、処理できる液量あたりの助剤の費用も上がります。透過度の数字だけでグレードを選ぶと失敗します。
回収工程培養液から細胞や破片を取り除いて目的物質を含む上清を回収し、後工程に渡せる清澄な液にする工程です。詳しく →全体の位置づけはハーベスト・清澄化の解説にあります。装置の候補はハーベスト用遠心分離機とデプスフィルターのページで探せます。
ディスクスタック型の処理量やG値を並べて比べる前に、菌糸という繊維状の固形分を想定した装置かどうかを確かめます。
医薬用途で加わる条件 ― プロテアーゼ・糖鎖・かび毒
異種のタンパク質を糸状菌で作ると、収量は分泌能だけでは決まらなくなります。
糸状菌は栄養を得るために、多様なタンパク質分解酵素を菌体の外へ出します。目的のタンパク質が標的になると、培養が進むほど分解が進み、収量も品質も落ちます。対策として、プロテアーゼの遺伝子を欠いた株や、よく分泌されるタンパク質に目的のタンパク質をつなぐキャリア戦略が使われてきました。先の α-ガラクトシダーゼ A の研究でも、キャリアにつないだ分泌型と、細胞の中にためる型が比べられています。どちらが向くかは目的のタンパク質の性質しだいで、万能の正解はありません。
糖鎖にも注意が要ります。糸状菌がつける糖鎖は、高マンノース型マンノースに富むN型糖鎖。フコースを欠くがクリアランスが速く、ADCC増強手段としては別扱いで監視する。詳しく →に偏りがちです。ヒトの細胞がつける、ガラクトース細胞表面の糖鎖に含まれる単糖の一種で、一部のAAV血清型が細胞へ付着する際に認識する分子。詳しく →やシアル酸を含む複雑な糖鎖とは構造が違います。薬効や血中での滞留、免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →に関わるタンパク質では、この違いが活性や安全性に影響しえます。厳密なヒト型の糖鎖タンパク質に付加される糖の鎖状構造で、抗体の有効性・免疫原性などに影響する重要な品質特性。詳しく →が要るなら、哺乳類細胞へ回す判断が必要です。
医薬用途ではさらに2つの確認が加わります。1つはマイコトキシン(かび毒)を作らない株であることです。Aspergillus niger や麹菌の Aspergillus oryzae は長い食経験があり、背景情報が蓄積されています。もう1つは、宿主細胞タンパク質(HCP)抗体を作る宿主細胞に由来し製品に残るタンパク質。代表的な工程由来不純物でELISA等で管理する。詳しく →と残ったプロテアーゼの管理です。宿主の特性解析は ICH Q5D、不純物としてのHCPの管理は ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく → の考え方に沿って整理します。
分解を止める万能の設定はなく、プロテアーゼ欠損株分泌タンパク質の分解を減らすため、プロテアーゼを欠損させた宿主株。にするか、キャリア戦略にするか、糖鎖を許容できるかを、目的のタンパク質ごとに確かめます。
明日から確かめられること
酵素の生産を委託先に相談する担当なら、まず目的のタンパク質が、その菌がもともと作る酵素なのか、外から入れる遺伝子の産物なのかを分けてください。収量の見通しは、ここで大きく変わります。
設備を選ぶ人は、メーカーのデータが、さらさらした培養液のものなのか、想定する菌糸の濃さのものなのかを確かめます。株を供給するメーカーには、マイコトキシンを作らないことと、HCP医薬品を作る宿主細胞に由来するタンパク質の不純物です。安全性に関わるため、精製後の残存量を測ります。詳しく →と残ったプロテアーゼの管理データを早い段階で求めます。あとから株を変えると、工程を組み直さなければなりません。
糸状菌の確認チェックリスト
- 目的のタンパク質は相同か異種か。糖鎖が必要か
- 想定する菌糸の濃さの培養液で、酸素移動のデータがあるか
- 分散にするかペレットにするかを、酸素不足とせん断の弱さから小さな槽で確かめたか
- 菌糸の回収は、固形分の濃さに合う方式(デカンタか真空ドラムろ過機か)か
- ろ過助剤のグレードを、透過度だけでなく目詰まりと費用で選んだか
- マイコトキシン非産生の確認と、HCP・残ったプロテアーゼの管理データを株の供給元から得たか
宿主を大腸菌・酵母と並べて選ぶ流れは微生物の宿主・発現系の選び方で、酵母については酵母での組換えタンパク質生産で読めます。酵素そのものの作り分けは組換え酵素の微生物生産に、槽を大きくするときの注意は微生物発酵のスケールアップにあります。培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →は糸状菌用培地、培養に使う槽は卓上型バイオリアクター、分析はHCP ELISAのページから探せます。
参考文献
- Comparison of intracellular and secretion-based strategies for production of human α-galactosidase A in the filamentous fungus Trichoderma reesei. BMC Biotechnol. 2014;14:91.(分泌型20 mg/L、細胞内にためる型636 mg/L、キャリアの利用、分泌ストレスが壁になること)
- Žnidaršić P, Pavko A. The Morphology of Filamentous Fungi in Submerged Cultivations as a Bioprocess Parameter. 2001.(分散した菌糸とペレット、粘度と酸素・栄養の移動)
- Cultivation of filamentous fungi in airlift bioreactors: advantages and disadvantages(エアリフト型の培養槽、せん断への弱さ)
- Fonseca LM, Parreiras LS, Murakami MT. "Rational engineering of the Trichoderma reesei RUT-C30 strain into an industrially relevant platform for cellulase production." Biotechnol Biofuels. 2020;13:93. PMID: 32461765.(T. reesei 工業株の分泌量)
- Li C, Zhou JW, Du GC, Chen J, Takahashi S, Liu S. "Developing Aspergillus niger as a cell factory for food enzyme production." Biotechnol Adv. 2020;44:107630. PMID: 32919011.(A. niger のグルコアミラーゼなど食品酵素の生産)
- Ward OP. "Production of recombinant遺伝子組換え技術を用いて微生物や細胞に目的タンパク質を産生させることで製造された成分を指し、動物由来成分を含まない点が特徴。詳しく → proteins by filamentous fungi." Biotechnol Adv. 2012;30(5):1119-1139. PMID: 21968147.(異種タンパク質の分泌、プロテアーゼ、糖鎖)
- Punt PJ, van Biezen N, Conesa A, Albers A, Mangnus J, van den Hondel C. "Filamentous fungi as cell factories for heterologous protein production." Trends Biotechnol. 2002;20(5):200-206.
- ICH Q5D: Derivation and Characterisation of Cell Substrates Used for Production of Biotechnological/Biological Products(生産に用いる細胞基材の樹立と特性解析規格試験より高い分解能で製品の品質特性を詳しく調べること。比較可能性の評価などで用いる。詳しく →)
- ICH Q6B: Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products(工程由来の不純物の考え方)
- Eppendorf, BioBLU f シングルユース使い捨ての樹脂製バッグや容器を用いる製造方式です。洗浄・滅菌の手間を減らせる一方、ステンレス設備と比べて特徴が異なり、目的に応じて選び分けます。詳しく →容器の発表(BioBLU 3f で大腸菌発酵大腸菌などの微生物を培養槽で増やし、目的タンパク質などを作らせて回収する製造工程です。詳しく →時に300 mmol O2/L/hを超える酸素移動速度)
- 佐竹マルチミクス, SATAKE BIOREACTOR シリーズ 製品情報(低粘性の微生物培養から高粘性・非ニュートン性の糸状菌ブロスまでの翼設計)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/filamentous-fungi-protein-production