微生物の宿主・発現系の選び方とは?大腸菌・酵母・糸状菌
宿主を選び違えると、数カ月後に「この系では正しく折りたためない」と分かり、プロセス開発を出発点まで戻すしかありません。組換えタンパク質遺伝子組換えで微生物や細胞に作らせた目的タンパク質。宿主により折りたたみやコスト、糖鎖が異なる。詳しく →の製造に関わったことがあれば、一度は見聞きする場面だと思います。厄介なのは、この判断が開発のいちばん早い段階に置かれていることです。目的タンパク質の性質がまだ十分に分かっていない時期に決めておきながら、一度走り出すと後戻りが効きません。

核心は一点です。宿主選定は収量の比較ではなく、目的タンパク質が必要とする修飾と、許容できる下流の負荷、この二つで決まります。大腸菌は速くて安いのですが、糖鎖を付けられず、エンドトキシングラム陰性菌の外膜由来の発熱性物質(LPS)で、注射剤では厳しく管理し、LAL試験などで測定します。詳しく →の除去も付いてきます。酵母は分泌して糖鎖タンパク質に付加される糖の鎖状構造で、抗体の有効性・免疫原性などに影響する重要な品質特性。詳しく →も付きますが、ヒト型ではありません。糸状菌の分泌量は桁違いですが、それは自前のタンパク質に限った話で、ヒト由来のものでは事情が変わります。
この記事では、大腸菌、酵母、糸状菌の順に、それぞれが得意とする形と、そこに付いてくる代償を見ていきます。そのうえで、発現量を決めるコドンとプロモーターRNAポリメラーゼが結合して転写を開始するDNA上の特定の塩基配列領域。詳しく →の設計、そして修飾と不純物という本当の分岐点を解説します。最後に、目的タンパク質の性質から逆算して選ぶ順序を並べます。
- 宿主選定は収量の比較ではなく、必要な修飾と許容できる下流負荷の二軸で決まります。
- 大腸菌は世代時間 20分 と安さが武器ですが、封入体とエンドトキシンが付いてきます。
- 糸状菌の分泌能は 100 g/L の桁に達する一方、異種タンパク質ではプロテアーゼ分解が壁です。
大腸菌 ― 速い代わりに下流が重い
大腸菌がいちばん多く使われているのは、速くて安いからです。
好条件で世代時間が 20分 前後、安価な合成培地でのフェドバッチ種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →なら、乾燥菌体で 100 g/L を超える密度まで持っていけますし、培養は 24〜48時間 で終わります。大腸菌 高密度発酵用培地・フィードを使った高密度発酵は、体積生産性反応槽の単位体積あたりの生産量。細胞密度を上げると高まるが、同時に灌流速度も増える。詳しく →という一点では他の宿主を寄せ付けません。
代償は下流に出ます。まず、真核型の糖鎖を付けられないので、糖鎖が薬効や半減期薬の血中濃度が半分に下がるまでの時間。抗体フラグメントでは短く、延長の工夫が要る。詳しく →に効くタンパク質はこの時点で候補から外れます。次に、過剰発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく →させると封入体として不溶性に溜まる。純度が高く分解もされにくい利点はありますが、可溶化と巻き戻し大腸菌内で不溶性の塊(封入体)になったタンパク質を可溶化し、正しい立体構造へ巻き戻して活性を回復させる操作です。詳しく →の二工程が要り、収率の見積もりが立てにくくなります。そして外膜由来のエンドトキシンがあり、注射剤なら除去の設計が必須です。
可溶性を狙う手は一通りそろっています。発現温度を下げる、誘導を弱める、シャペロンを共発現する、ペリプラズムへ分泌させる。ジスルフィド結合システイン残基どうしが作るS-S結合。タンパク質の立体構造を留める橋になる。詳しく →が複数あるなら、細胞質が還元的なので New England Biolabs の SHuffle のような酸化的細胞質株trxB/gor変異などで細胞質を酸化的にし、ジスルフィド形成を可能にした大腸菌株。を使うか、ペリプラズム大腸菌の内膜と外膜の間の区画。細胞質より酸化的で、ジスルフィド結合が形成されやすい。詳しく →に出すのが定石です。Wacker の ESETEC のように、培養上清まで分泌させる工業プラットフォームもあります。
大腸菌は「糖鎖が要らない・短納期・高生産性」の組み合わせで第一候補ですが、可溶性とエンドトキシンの設計を最初から抱える系です。
酵母 ― 糖鎖は付くが、ヒト型ではない
酵母は、単細胞でありながら真核生物の仕組みを持っています。
小胞体真核細胞内でタンパク質の折りたたみや分泌経路への送り出しを担う区画。酵母は持ち、大腸菌にはない。詳しく →で酸化的にフォールディングが進むので、ジスルフィド結合の多いタンパク質を大腸菌より素直に扱えますし、培養上清への分泌もできます。Pichia pastorisメタノールを炭素源にできる酵母。強力なAOX1誘導と分泌生産に向き、高密度培養で組換えタンパク質を作る。詳しく →(Komagataella phaffii)はメタノール資化性メタノールを炭素源として利用できる酵母の性質。AOX1誘導に用いる。を利用した AOX1Pichiaでメタノール資化性を利用して強力に誘導するプロモーター。詳しく → プロモーターで強く誘導でき、酵母 発酵培養用培地を使った高密度培養菌体を高い密度まで増やして、容積あたりの生産性を高める培養。詳しく →では乾燥菌体で 100 g/L を超えます。培養上清に宿主タンパク質が少ないため、精製の入口が楽になる点も実務では大きい。
問題は糖鎖です。S. cerevisiaeパン・ビール酵母として食経験が長い酵母。遺伝子操作ツールが豊富で、経口・食品関連の用途と親和する。詳しく → では外鎖にマンノースが 50〜200 ほど付く過剰マンノース化が起き、P. pastoris でも高マンノース型マンノースに富むN型糖鎖。フコースを欠くがクリアランスが速く、ADCC増強手段としては別扱いで監視する。詳しく →のコア構造が残ります。どちらもヒト型ではないので、免疫原性と均一性の観点で使えない場面が出ます。ヒト型に近づけた糖鎖工学細胞株や酵素で糖鎖の構造を制御し、ADCCなどの性質を作り込む技術。詳しく →株も開発されていますが、株の入手と特性解析規格試験より高い分解能で製品の品質特性を詳しく調べること。比較可能性の評価などで用いる。詳しく →にそれなりの投資が要ります。
分泌させるならシグナル配列の設計が要で、α-factor出芽酵母のα接合因子に由来する、酵母の分泌発現で定番のプレプロ型リーダー。詳しく → が定番です。ただし過剰発現すると小胞体ストレス折りたたみ不良のタンパク質がERにたまったときの細胞応答。発現量を上げすぎると分泌が頭打ちになる要因。が立ち上がり、プロセシングが不完全になって、分泌量はそこで止まります。酵母は「分泌型で、ジスルフィドや一定の修飾は要るが、ヒト型糖鎖までは求めない」タンパク質に向いた中間解だと言えます。
メタノール誘導は強力ですが、製造スケールでは供給制御と発熱、そして可燃性の管理が付いてきます。設備側の制約でメタノールを使えないなら、GAP のような構成的プロモーターに切り替える判断が先に来ます。宿主を決める前に、工場がメタノールを扱えるかを確かめておくほうが早い。
糸状菌 ― 分泌量は桁違い、ただし自前のものに限る
糸状菌は、分泌するために進化してきた生き物です。
Aspergillus niger や Trichoderma reesei は自然界で大量の加水分解酵素を外に出していて、工業株では分泌タンパク質が 100 g/L の桁に達すると報告されています。グルコアミラーゼやセルラーゼの生産が長年この系で回ってきたのは、この能力があるからです。糸状菌 発酵培養用培地での発酵は 5〜7日 と長めですが、出てくる量が違います。
ところが異種タンパク質、とくにヒト由来のものになると、量が伸びません。転写、翻訳、分泌、そして細胞外プロテアーゼタンパク質を分解する酵素。破砕で放出され目的物を分解するため低温や阻害剤で抑える。詳しく →による分解と、律速がどこにでも立ちます。対策は菌株工学で、T. reesei の cbh1 のような強力なプロモーターを使い、内在の高分泌タンパク質と融合させてキャリアにし、プロテアーゼ欠損株分泌タンパク質の分解を減らすため、プロテアーゼを欠損させた宿主株。を作り、コドンを最適化する。糖鎖は付きますが、酵母と同じくヒト型ではありません。
糸状菌は相同タンパク質宿主自身に由来する自家タンパク質。糸状菌では高分泌しやすい。の大量分泌では他の追随を許さない一方、治療用タンパク質では菌株工学への投資を前提に選ぶ系です。
発現量を決める分子設計 ― コドンとプロモーター
宿主が決まっても、配列の書き方で収量は大きく動きます。
宿主のコドン使用頻度と目的遺伝子のコドンがずれていると、希少なtRNAが枯渇して翻訳が止まります。だからコドン最適化アミノ酸配列を変えずにDNAのコドンの並べ方だけを組み替え、発現量を高める設計操作。詳しく →をかけるのですが、最頻コドンへ総入れ替えすれば良いわけではありません。速く翻訳させすぎると折りたたみが追いつかない場合があり、元の生物での翻訳速度の緩急をそろえるコドン調和最頻コドンへの総入れ替えでなく、翻訳リズムまで合わせるコドン設計手法。という考え方もあります。mRNAの二次構造αヘリックスやβシートなど、主鎖が局所的に取る規則的な折りたたみ様式。遠紫外CDで割合を推定する。詳しく →、GC含量製品にどれだけの目的物質が含まれるか(含量)や、その生物学的な効き目の強さ(活性)を示す指標です。培養液中の産生量を指す場合もあります。詳しく →、意図せず生まれる制御配列の回避まで含めた設計が要り、ATUM や Twist Bioscience のような会社の設計サービスと合成をまとめて使う場面が増えています。
誘導の選び方も再現性に効きます。大腸菌では T7/lac 系の IPTG 誘導が代表ですが、コストと漏れ発現、スケールしたときの誘導の均一性から、ラクトース誘導や自己誘導培地に切り替えることがあります。Pichia の AOX1 はメタノール、GAP なら構成的。糸状菌では原料に合わせて誘導性と構成的を使い分けます。
条件出しは小さく始めるのが定石で、小型バイオリアクターで実験計画法を回してから、発酵の製造設計につなげます。コドンもプロモーターも宿主と不可分なので、宿主を決めてから最適化するのではなく、一体で設計するほうが収束が早い。
修飾と不純物 ― ここが本当の分岐点
収量の表を眺めていても、答えは出ません。
分岐は修飾のほうにあります。大腸菌は糖鎖を付けず、酵母と糸状菌は付けるがヒト型ではない。糖鎖が薬効や半減期や免疫原性に効くタンパク質なら、微生物系はそもそも選べないか、糖鎖工学株が要ります。ジスルフィド結合も同じで、大腸菌の細胞質は還元的なので、複数のS-S結合を持つタンパク質はペリプラズムか酸化的細胞質株に回すしかなく、真核宿主なら小胞体で片付く話です。
不純物のプロファイルも系ごとに違います。大腸菌ならエンドトキシンと宿主タンパク質、酵母と糸状菌なら分泌系の宿主タンパク質と宿主特有の糖鎖が、管理の焦点です。どちらも ICH Q6B の規格設定の考え方に沿って規格を置きますが、測る対象が変わるということは、ELISAの抗体も作り直しになるということです。
必要な修飾と許容できる不純物・除去負荷、この二軸で絞ると、選択肢はたいてい一つか二つに減ります。
目的タンパク質から逆算する順序
宿主を選ぶとき、次の順で確かめると迷いが減ります。
一番目は、糖鎖が必要かどうかです。 ヒト型糖鎖が薬効や半減期に効くなら微生物系は候補から外れ、要らないなら三つとも残ります。二番目に、ジスルフィド結合の数を数えます。複数あるなら、大腸菌なら分泌か酸化的細胞質株、酵母や糸状菌ならそのままで扱えます。
三番目に見るのが分泌の要否で、培養上清に出せるなら精製の入口が楽になるぶん、酵母や糸状菌、あるいは大腸菌の分泌系が有利です。細胞内でよければ大腸菌の速さが効きます。四番目に、投与経路からエンドトキシン規格を引きます。注射剤で大腸菌を使うなら、除去工程を最初から見込んでおく必要があります。
最後に、設備と納期の制約を当てます。メタノールを扱えるか、発酵に 5〜7日 かけられるか、菌株工学に何カ月かけられるか。どの宿主が多く作れるかではなく、どの宿主なら必要な品質のものを期限内に出せるか。問いをこの形に置き換えると、収量表の一位は答えにならないと分かります。
参考文献
ガイドライン・基準
- ICH Q5A(R2): Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin(バイオ製品のウイルス安全性評価)
- ICH Q5B: Quality of Biotechnological Products — Analysis of the Expression Construct in Cells Used for Production of r-DNA Derived Protein Products(発現構築物の解析)
- ICH Q5D: Derivation and Characterisation of Cell Substrates Used for Production of Biotechnological/Biological Products(細胞基材の樹立と特性解析)
- ICH Q6B: Specifications — Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products(規格・試験方法)
- ICH Q11: Development and Manufacture of Drug Substances (Chemical Entities and Biotechnological/Biological Entities)(原薬の開発と製造)
- U.S. FDA / USP ⟨85⟩ Bacterial Endotoxins Test(細菌内毒素試験)
主な文献
- Rosano GL, Ceccarelli EA. Recombinant protein expression in Escherichia coli: advances and challenges. Front Microbiol. 2014;5:172. PMID: 24860555. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24860555/
- Cereghino JL, Cregg JM. Heterologous protein expression in the methylotrophic yeast Pichia pastoris. FEMS Microbiol Rev. 2000;24(1):45-66. PMID: 10640598. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10640598/
- Nevalainen KMH, Te'o VSJ, Bergquist PL. Heterologous protein expression in filamentous fungi. Trends Biotechnol. 2005;23(9):468-474. PMID: 15967521. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15967521/
- Gustafsson C, Govindarajan S, Minshull J. Codon bias and heterologous protein expression. Trends Biotechnol. 2004;22(7):346-353. PMID: 15245907. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15245907/
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