組換えインスリンの製造とは?大腸菌と酵母で分かれる工程の全体像

組換えインスリンの製造では、インスリンそのものではなく、B鎖とA鎖が一本につながった前駆体を作ります。最後に酵素で余分な部分を切って、成熟インスリンにします。
ただし、この前駆体をどこで折りたたむかは宿主で変わります。大腸菌は細胞の中の塊(封入体)として、酵母は培養液の中へ分泌して作るため、巻き戻し大腸菌内で不溶性の塊(封入体)になったタンパク質を可溶化し、正しい立体構造へ巻き戻して活性を回復させる操作です。詳しく →の工程が要るかどうかまで分かれます。
この記事では、前駆体の設計、大腸菌と酵母の違い、大腸菌ルートの工程と収率、精製・結晶化と規格、よくある失敗を順に説明します。
1. 前駆体の設計 ― プロインスリンとミニプロインスリン
前駆体を経るのは、鎖の折りたたみのためです。インスリンは、51個のアミノ酸からなる二本の鎖を三本のジスルフィド結合システイン残基どうしが作るS-S結合。タンパク質の立体構造を留める橋になる。詳しく →(システイン同士をつなぐ硫黄の結合)で結んだ構造です。
六つのシステインを三組に分ける組み合わせは15通りあり、正解はそのうちの一通りだけです。鎖を一本につないでおくと、つなぐ相手が近くに置かれるため、正しい組み合わせにたどり着きやすくなります。
膵臓はまず、プロインスリンという86個のアミノ酸の一本鎖を作ります。B鎖、C鎖、A鎖の順につながった形で、折りたたみが済んでからC鎖が切り出され、B鎖とA鎖がジスルフィド結合で結ばれたインスリンが残ります。
製造もこの順序をなぞりますが、どの宿主を選ぶかで、折りたたみを細胞に任せるか工場で巻き戻すかが変わります。

組換えインスリンの歴史は、実は逆の順から始まりました。1982年10月に米国で承認された最初の組換えインスリン製品、イーライリリーの Humulin は、A鎖とB鎖を別々に作ってから結びつける方式でした。
Genentech と City of Hope が大腸菌でインスリンを作ったのが1978年で、リリーはその技術の許諾を受けて製品にしています。のちに、培養と単離が一系統で済む、一本の前駆体としてプロインスリンを作る方式が主流になりました。
製造で使う前駆体は、天然のプロインスリンをさらに加工します。天然のC鎖は31個ありますが、折りたたみを助けるだけならごく短い連結で足り、短くすれば発現量も巻き戻しの効率も上がります。こうした設計をミニプロインスリンと呼びます。
連結部の両端には、アルギニンやリジンを置きます。タンパク質分解酵素タンパク質を分解する酵素。破砕で放出され目的物を分解するため低温や阻害剤で抑える。詳しく →のトリプシンはこの二つのアミノ酸の後ろを切るため、狙った位置で切り出せます。
連結部を短くしすぎると、折りたたみの補助が効かなくなります。長くすれば折りたたみは助かりますが、切り出す部分が増えて最終の収率が落ちます。最適な長さは分子ごとに違うので、複数の長さを作って、巻き戻しの効率と酵素変換の完了度を測って選ぶほかに決め方がありません。
前駆体の設計は、折りたたみやすさと切りやすさを同時に仕込む作業で、後ろの工程の条件のほとんどがここで決まります。
2. 大腸菌と酵母 ― 封入体と分泌発現
大腸菌は、前駆体を細胞の中にためこみます。ためこんだ分は不溶性の封入体になるため、菌体を壊して封入体を集め、変性剤で溶かして鎖をほどき、薄めながら巻き戻します。
細胞の中に大量にためられるので、培養液あたりの生産性は高くなります。その代わり、歩留まり製造工程で投入した原料や中間体に対し、最終的に規格に合った製品として回収できた割合を指し、低いほどコスト増につながる。詳しく →が読みにくい巻き戻しの工程を必ず抱えます(封入体のリフォールディング)。
酵母は、前駆体を培養液へ分泌させます。細胞の中で折りたたみが済んだ形で出てくるため、巻き戻しの工程が要らず、培養液に出てくる宿主のタンパク質も少ないので、精製の入口が軽く済みます。
ただし分泌できる量には上限があり、細胞の中にためる大腸菌ほどの量は期待できません(酵母の特徴は酵母による組換えタンパク質生産)。
| 大腸菌 | 酵母 | |
|---|---|---|
| 前駆体のある場所 | 細胞の中(封入体) | 培養液(分泌) |
| 折りたたみ | 工場で巻き戻す | 細胞の中で済む |
| 追加される工程 | 破砕、洗浄、可溶化、巻き戻し | ほとんどない |
| 強み | 培養液あたりの生産性が高い | 精製の入口が軽い |
| 弱み | 巻き戻しの歩留まりと液量 | 分泌できる量の上限 |
実際、大手でも宿主は分かれてきました。リリーは大腸菌で、ノボ ノルディスクは酵母(Saccharomyces cerevisiae)で組換えインスリンを作ってきた会社で、どちらかが勝ち残ったわけではなく、二つのルートが今も並んで使われています。
3. 大腸菌ルートの工程と収率
大腸菌ルートは、発酵よりその後ろのほうがずっと長い工程です。
流れは、発酵、破砕と封入体の回収、可溶化、巻き戻し、酵素変換、精製、結晶化の順です。発酵から精製までの全体像は微生物発酵の製造工程と微生物由来タンパク質の精製にあります。
インスリン固有の部分は、次の三つです。
- 可溶化と巻き戻し:変性剤で鎖をほどくときにジスルフィド結合をいったん全部切り、そのあと変性剤を抜きながら、三本を正しい相手どうしで架け直させます。分子どうしがくっついて固まると、その分は失われるため、とても薄い液で行います。
- 酵素変換:巻き戻した前駆体を、トリプシンとカルボキシペプチダーゼBという二つの酵素で切って、成熟インスリンにします。この二段はプロインスリンのリフォールディングと酵素的変換で扱っています。
- 精製と結晶化:よく似た分子を分け、亜鉛を加えて結晶にして仕上げます。詳しくはインスリンの精製と結晶化に続きます。
収率が大きく動くのは、巻き戻しと酵素変換です。巻き戻しで半分を失うと、その後ろをどれだけ磨いても全体の原価は戻らず、酵素変換は切りすぎると目的物そのものが分解されます。
残った不純物の種類から、どの段の条件が甘かったかが分かります。間違った相手でジスルフィド結合を作った分子は巻き戻しの段から、切れ残った前駆体や切れすぎた断片は酵素変換の段から来ます。
保存や酸性の条件では、アミノ酸の一部が変化した分子(脱アミド化アスパラギンなどが変化して電荷が変わる化学的分解。特定の隣接配列で起きやすい。詳しく →体)も増えます。
4. 精製・結晶化と規格
インスリンは構造が単純なので、規格は類縁物質(よく似た不純物)と、会合体などの高分子量成分の管理に集まります。公定書(欧州薬局方、米国薬局方)のモノグラフには、これらを調べる試験が定められており、逆相クロマトグラフィー疎水性の差でペプチドやオリゴを分離する液体クロマトグラフィーのこと。詳しく →とサイズ排除クロマトグラフィー固定相と移動相の間での物質の相互作用(分配・吸着・イオン交換など)の差を利用して、混合物中の成分を分離・精製する操作の総称。詳しく →で測るのが基本です。
力価は、国際標準品に対して値付けします。単位と重さの関係はインスリンとGLP-1ペプチドの分析にまとめています。
精製の仕上げには結晶化を使います。亜鉛を加えるとインスリンは六量体インスリンが亜鉛イオンを介して6分子集合した会合体で、製剤中や貯蔵時に分子を安定に保つ形態。詳しく →を作って結晶になり、似た分子や不純物は母液に残るため、結晶化溶液中の目的物質を固体の結晶として析出・単離する精製操作で、不純物の除去にも利用される。詳しく →は固めるための工程であると同時に、精製の一段です。
インスリンのアナログ(配列を変えて吸収の速さを調節したもの)では、置換したアミノ酸が酵素の切断位置や結晶化の条件に響きます。配列を一つ変えるだけで、巻き戻しから結晶化までの条件を引き直すことがあります(インスリンアナログの設計と製造)。
インスリンは構造が単純なぶん、品質は「どれだけ似た分子を分けられるか」に集約されます。
5. よくある失敗
失敗は、工程の順番を取り違えたところで起きます。
- 精製の条件を先に詰める:前駆体の設計、巻き戻し、酵素変換のどれかが動くと残る不純物の種類と量が変わるため、上流を固める前に精製を詰めても、動いた時点でやり直しです。
- 巻き戻しの不調の原因を取り違える:可溶化でジスルフィド結合の切り残しがあると、間違った架け方を抱えたまま先へ進み、巻き戻しの条件をいくら振っても収率が上がりません。
- 酵素変換で切りすぎる:反応が完了するまで待つと目的物まで分解されるため、目的物がいちばん多い時点の手前で止める判断を、あらかじめ決めておきます。
- アナログの置換の影響を後回しにする:置換したアミノ酸が切断位置に影響しないかを確かめずに進める失敗です。B鎖の末端の近くを入れ替えるタイプは、切断の設計から考え直します。
- 酵母ルートを簡単だと考える:軽いのは精製の入口だけで、分泌できる量の上限は、そのまま供給計画の上限です。
6. 明日から確かめられること
自社の工程や、原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →の供給元の工程を見るときは、次の順に確かめます。
- ルートと折りたたみの場所:大腸菌か酵母か、前駆体はどこにあり、巻き戻しの工程があるかを確かめます。
- 前駆体の設計:連結部の長さと切断位置がいつ確定し、変更の履歴が残っているかを見ます。
- 収率の見方:巻き戻しと酵素変換の収率を、工程ごとに分けて見ているかを確かめます。
- 酵素変換の止め方:反応を工程内で追い、止める時点を事前に決めているかを確かめます。
- 不純物と工程の対応:残る不純物の種類を、工程のどの段に結びつけて管理しているかを見ます。
- アナログの評価:置換が切断位置と結晶化の条件に与える影響を評価したかを確かめます。
製品は、破砕の高圧ホモジナイザー、封入体の可溶化・リフォールディング試薬、分離の逆相HPLCカラムと陽イオン交換レジン、結晶化の晶析装置のページで比べられます。巻き戻しの条件を詰める方法はリフォールディング条件の最適化で解説しています。
参考文献
- Record-Time FDA Approval of Human Insulin In 1982: When Genetic Engineering Came of Age(American Council on Science and Health、2019年10月28日)(1982年10月の承認、Genentech の技術をリリーが製品化した経緯)
- National Science Foundation, rDNA insulin(1978年の Genentech と City of Hope による大腸菌でのヒトインスリン生産)
- ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく →, Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products(規格設定の考え方)
- Ph. Eur.欧州医薬品品質局(EDQM)が発行する、医薬品の品質基準を定めた公定書で、署名国・加盟国の規制に法的効力を持つ。詳しく →, Insulin, human(モノグラフ薬局方に収載された個々の医薬品・原料の品質規格(試験法・基準値など)をまとめた公式の規格文書。詳しく →。類縁物質と高分子量成分の試験)
- USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく →, Insulin Human(モノグラフ)
- WHO International Standard, Insulin, human(国際標準品。力価の値付け)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/insulin-recombinant-production