プロインスリンのリフォールディング:巻き戻しと酵素変換の止めどき

反応は、速く進めるほどよいとは限りません。大腸菌で作ったプロインスリンからインスリンを作る二段の工程、つまり巻き戻し大腸菌内で不溶性の塊(封入体)になったタンパク質を可溶化し、正しい立体構造へ巻き戻して活性を回復させる操作です。詳しく →と酵素変換は、どちらも進めすぎると損をする反応です。
巻き戻しでは、変性剤を急いで抜くと、鎖が正しく畳む前に隣の分子とくっついて固まります。酵素変換では、目的のインスリンができた瞬間から、同じ酵素が今度はそのインスリンを切り始めます。どちらも、止める位置と薄め方の判断が収率を決めます。
この二段の収率は、後ろの精製をどれだけ磨いても取り戻せません。条件を詰める製造の担当にも、酵素や試薬を買う購買にも、不純物を読む品質保証にも、ここで何が起きるかを知っておく価値があります。大腸菌ルートの全体は組換えインスリンの製造に、酵素変換のあとの精製はインスリンの精製と結晶化にあります。
15通りの中から一つを選ばせる ― 巻き戻しで起きること
プロインスリンの巻き戻しは、六つのシステインを正しい三組にする作業です。
システインは、ジスルフィド結合システイン残基どうしが作るS-S結合。タンパク質の立体構造を留める橋になる。詳しく →(システイン同士をつなぐ硫黄の結合)を作る相手です。インスリンには三本のジスルフィド結合があり、六つのシステインを三組に分ける組み合わせは15通り、正解はそのうちの一つです。変性剤を抜くと、鎖は畳む方向と固まる方向のどちらにも動き出します。固まった分は戻らないので、失われます。
そこで、薄い液で、架け直しができる環境をつくります。一度できた結合が間違っていたら開いて架け直せるように、還元型と酸化型のチオール(システインの端の硫黄)を共存させます。pHは強いアルカリ側に置く例が、公開特許には多く見られます。温度も効きます。韓国のグループによるプレプロインスリンの研究(2015年)では、15℃の巻き戻しは25℃より収率が17%高くなりました。
巻き戻しの濃さも見ておきたい点です。一般のタンパク質は1 mLあたり10〜100 µgの薄さで行います(原理は封入体のリフォールディング)。これに対してこの研究は、1リットルあたり1.5 gという10倍以上濃い液で74.8%の収率を報告し、スルホ化を挟まない直接の巻き戻しでは2 g/Lの濃さでも行いました。濃くできるほど巻き戻しの槽は小さくて済み、同じ研究では200 Lの培養から約138 gのヒトインスリンを得ています(H27R改変体を使った検討)。
スルホ化は、古くから使われてきた方法です。システインの硫黄にスルホン酸基を付けて一時的にふたをし、間違った結合ができないようにしておき、巻き戻しの段で外します。還元した状態からの直接の酸化は、薄い液でしか進まず、大きな規模には向かなかったとされます。そのため、ふたをする方法が長く使われてきました。いまは、ふたをしない直接の巻き戻しの検討も進んでいます。
巻き戻しの収率が上がらないとき、疑う場所は決まっています。可溶化でジスルフィド結合の切り残しがないか。可溶化に使った還元剤が巻き戻し液に持ち込まれていないか。封入体の洗い方は十分か。封入体の調製法を変えて、非タンパク質の夾雑物を除くと、組換えプロインスリンの収量が上がったという報告もあります。
条件の詰め方そのものはリフォールディング条件の最適化にまとめています。
巻き戻しは、間違った組み合わせと固まりの両方を避ける工程で、薄さ、環境、温度を一緒に詰めます。
切る酵素は二つ ― 止めどきが収率を決める
巻き戻しが済んだら、余分な部分を切り落として、インスリンに仕上げます。
使う酵素は二つです。トリプシンは、アルギニンとリジンというアミノ酸の後ろを切る酵素です。前駆体の連結部の両端にこの二つを置いておくので、狙った位置で切れます。そのあと、B鎖の末端に塩基性のアミノ酸が残るので、カルボキシペプチダーゼBがそれを削り取ります。たとえるなら、荷造りのひもを切る係と、切り口に残った端を取る係の分担です。
難しいのは、トリプシンが連結部の外でも切れることです。B鎖の中にも、アルギニンやリジンがあります。目的物ができた瞬間から、その目的物が分解され始めるので、反応は完了まで回さず、目的物がいちばん多い時点の手前で止めます。そのため、時間を追って逆相クロマトグラフィー疎水性の差でペプチドやオリゴを分離する液体クロマトグラフィーのこと。詳しく →で前駆体の減り方、目的物の増え方、分解物の出方を同時に見ます。止め方は、pHを酸性に下げる、阻害剤を加える、温度を下げるなどで、酸性にして止める例が特許に見られます。

どこで止めるかは、前駆体と酵素の組み合わせで決まる値で、他社の数字は持ち込めません。公開されている特許を見比べるだけでも、基質に対する酵素の量は数十倍以上の幅があり、反応時間も例によって大きく違います。酵素の力価(働きの強さ)はロットごとに違うため、重量の比だけで決めると、効きが変わることもあります。
酵素変換の条件は、一度決めたら終わりではありません。前駆体の設計、巻き戻しの出来、酵素のロットのどれかが変われば、目的物が最大になる時点も動きます。止める時間は、毎回の実測で確かめます。
この工程は、反応が完了したら終わりではなく、目的物がいちばん多い瞬間に止める工程です。
不純物は工程の診断表 ― どの段から来たかを読む
最終的に残る不純物は、工程のどの段から来たかを教えてくれます。
巻き戻しの段からは、間違った組み合わせでジスルフィド結合を作った分子と、固まって多量体になった分子が来ます。間違った架け方の分子は、質量が正しい分子と同じなので、全体の質量を測る方法(インタクト質量分析)では区別できません。逆相での保持の違いで分け、結合の位置まで確かめるときは、非還元のペプチドマッピングタンパク質を断片に切り分け、どこがどれだけ化学変化したかを調べる分析。詳しく →(ペプチドマッピング)や、遊離チオールの測定(遊離チオールとジスルフィド結合の分析)を使います。
酵素変換の段からは、切れ残りと切りすぎが来ます。連結部が完全に外れていない中間体や、B鎖の末端にアルギニンが残った分子は切れ残り、末端のトレオニンが欠けた分子などは切りすぎの側です。前者は大きく、後者は小さいので分けられる場合が多いのですが、末端のアミノ酸が一つ欠けただけの分子は本体とそっくりで、精製の難所です。
さらに、工程全体を通じて脱アミド化アスパラギンなどが変化して電荷が変わる化学的分解。特定の隣接配列で起きやすい。詳しく →(アミノ酸の一部が変化すること)が進みます。A鎖の末端のアスパラギンは酸性の条件で変わりやすく、公定書にもこの類縁物質を調べる試験があります。
どの不純物が増えているかを見れば、どの段の条件が甘かったかが推理できます。巻き戻しの異性体が増えたなら環境か濃度を、切りすぎが増えたなら酵素の量か時間を見直します。規格は、工程の診断表としても使えます。
よくある失敗 ― 原因の取り違え
いちばん多いのは、巻き戻しの条件ばかり振って、可溶化の切り残しに気づかないことです。ジスルフィド結合が切り残されたまま進むと、間違った架け方を抱えたまま巻き戻しに入り、どの条件でも収率が上がりません。原因が下流にあると誤解したまま時間を使うのが、典型的な失敗です。
二つ目は、巻き戻しの収率を「単量体の割合」だけで見ることです。サイズの上では正しい分子と同じ、間違った組み合わせの分子が含まれていても、サイズ排除クロマトグラフィー固定相と移動相の間での物質の相互作用(分配・吸着・イオン交換など)の差を利用して、混合物中の成分を分離・精製する操作の総称。詳しく →では見分けられません。
三つ目は、酵素変換を完了まで待つことです。進めすぎれば、せっかく得た目的物が減ります。
四つ目は、酵素のロットや前駆体を変えたのに、止める時間を引き直さないことです。
五つ目は、精製の条件を先に固めることです。上流の巻き戻しや変換の条件が動くと、残る不純物の顔ぶれが変わるので、固めた精製条件もやり直しです。薄い液で巻き戻すほど槽は大きくなり、生産規模では工場でいちばん大きな設備になることもあるため、濃さの検討は設備投資の判断にも直結します。
明日から確かめられること
自社の工程や、原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →の供給元の工程を見るとき、次の点を確かめると抜けが出にくくなります。
- 可溶化の段階で、ジスルフィド結合が切れていることを確かめているか。還元剤の持ち込み量を記録しているか
- 巻き戻しの濃度、環境(酸化還元対還元型/酸化型グルタチオンなど、リフォールディング時にジスルフィド形成を助ける酸化還元系。詳しく →)、pH、温度を、実測値で残しているか
- 巻き戻しの収率を、単量体の割合だけでなく、活性や結合の位置でも見ているか
- 酵素変換を時間を追って測り、止める時点を事前に決めているか
- 酵素のロットが変わったとき、止める時間を引き直す手順があるか
- 不純物の種類を、巻き戻しと酵素変換のどちらの段に結びつけて見ているか
試薬は封入体の可溶化・リフォールディング試薬、巻き戻しや酵素変換の分析は逆相HPLCカラムとLC-MSのページで比べられます。
参考文献
- Large-Scale Refolding and Enzyme Reaction of Human Preproinsulin for Production of Human Insulin. 2015. PMID: 26139616. KoreaScience(1.5 g/Lでの直接の巻き戻し、温度の影響、200 Lの培養からの収量)
- Alternative preparation of inclusion bodies excludes interfering non-protein contaminants and improves the yield of recombinant proinsulin(封入体の調製法と組換えプロインスリンの収量)
- US Patent 4,801,684, Process for obtaining insulin precursors from reaction mixtures resulting from the folding of insulin precursors from the corresponding S-sulfonates(S-スルホ化体からの巻き戻し)
- US Patent 10,100,098, Insulin production methods and proinsulin constructs(プロインスリンの巻き戻しと酵素変換の実施例)
- Ph. Eur.欧州医薬品品質局(EDQM)が発行する、医薬品の品質基準を定めた公定書で、署名国・加盟国の規制に法的効力を持つ。詳しく →, Insulin, human(モノグラフ薬局方に収載された個々の医薬品・原料の品質規格(試験法・基準値など)をまとめた公式の規格文書。詳しく →。類縁物質の試験)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/proinsulin-refolding-enzymatic-conversion