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微生物・発酵基礎知識シリーズインスリン・GLP-1とペプチド医薬1/11入門

インスリンアナログの設計と製造とは?速効型・持効型・週1回型の違い

Proglenth 編集部公開 2026-07-22更新 2026-10-09約6分で読めます
インスリンアナログの設計と製造とは?速効型・持効型・週1回型の違い

週1回打てるインスリン、アウィクリ(一般名イコデク)は、2024年に欧州や日本などで承認されました。ところが米国のFDAは、同じ年の7月、製造工程に関する要請などを理由に承認を見送りました。承認が出たのは、2026年3月の成人の2型糖尿病向けでした。

インスリンは、配列や側鎖に手を加えると、作り方まで変わるのでしょうか。変わります。アナログ(改変したインスリン)の設計は、効き目の強さではなく吸収の速さを変える作業で、その改変が前駆体の変換、化学の工程、製剤のpH、分析法にまで波及するからです。

ヒトインスリンの製造を知っている人が、アナログの提案書や後続品の資料を読むときに、どこから先が別の話になるかを見分ける手がかりです。ヒトインスリンの工程は組換えインスリンの製造、巻き戻しと酵素変換、精製と結晶化に任せ、ここではアナログならではの部分に絞ります。

この記事の要点

  1. アナログの設計は、受容体との関係ではなく、分子どうしの関係を操作する作業です。吸収の速さを決めるもの ― 皮下で六量体がほどける速さ ↓
  2. 速く効かせたいなら会合を弱め、遅く効かせたいなら溶けにくくするか、アルブミンにつなぎとめます。どれを選ぶかで、製剤の性質も製造の工程も決まります。四つの設計 ― 変えた箇所と、製剤・製造に残る注意点 ↓
  3. ヒトインスリンの工程を知っていても、アナログでは、前駆体の変換、化学の工程、製剤のpH、分析法の四つを分子ごとに確かめ直します。製造で足されるもの ― ヒトインスリンの工程の先に ↓

吸収の速さを決めるもの ― 皮下で六量体がほどける速さ

アナログが変えたいのは、効き目の強さではなく、打ってから効くまでと、効きが消えるまでの時間です。

製剤の中のインスリンは、亜鉛を中心に六つの分子が集まった六量体インスリンが亜鉛イオンを介して6分子集合した会合体で、製剤中や貯蔵時に分子を安定に保つ形態。詳しく →として安定しています。この形は保存には有利ですが、分子量が34,000を超え、皮下の毛細血管の壁を通れません。注射のあとに組織液で薄まり、亜鉛が離れて、六量体が二量体、単量体へとほどけていきます。吸収されるのは、ほどけた分子だけです。

ヒトインスリンを食前に打つ場合は、この待ち時間のために30分ほど前の投与が必要でした。効き始めは30〜60分後、頂点は2〜4時間後で、食事の吸収とずれてしまいます。ほどける速さを変えれば、吸収の形を変えられます。速くしたいならほどけやすく、遅くしたいならほどけにくくするか、別の手でつなぎとめます。

アナログの設計は、受容体との関係ではなく、分子どうしの関係を操作する作業です。

四つの設計 ― 変えた箇所と、製剤・製造に残る注意点

代表的な設計を並べると、変えた箇所と、そのあとに残る注意点が対応しています。

設計代表例変えた箇所効き方製剤・製造での注意
会合を弱める(速効型)リスプロ、アスパルト、グルリジンB鎖の28・29番の入れ替え、B28をアスパラギン酸に、B3とB29の置換10〜20分で効き始める保存中の安定性を亜鉛と保存剤で補う
溶解度を下げる(持効型)グラルギンA21をグリシンに、B鎖の末尾にアルギニン2個約24時間なだらかに続く酸性(pH4前後)の製剤で、他のインスリンと混ぜられない
脂肪酸を付ける(持効型)デテミル、デグルデクB30を欠き、B29のリジンに脂肪酸デグルデクの半減期は約25時間化学の工程が加わる。中性の製剤
脂肪酸と置換を重ねる(週1回)イコデク3か所の置換と、炭素20個の二酸半減期は約196時間化学の工程が加わる

速効型は、インスリンが二量体を作るときの接触面を壊します。接触面はB鎖の末端付近にあり、リスプロは28番と29番の順序を入れ替え、アスパルトは28番のプロリンをアスパラギン酸に替えています。結果として皮下でのほどけが速くなり、頂点は1〜2時間後に来ます。ただし六量体は、保存中の分解や凝集を抑える働きも持っていました。弱めたぶんは、亜鉛と保存剤の量を調整して、製剤の中では六量体を保ちつつ皮下ではほどける条件を作り込んで補います。

グラルギンは、溶けにくさで遅くします。B鎖の末尾にアルギニンを2個足すと、等電点が5.4あたりから7の近くへ上がります。pH4前後の酸性の液では溶けていて、皮下で中性の体液に触れると溶けにくくなり、微細な沈殿ができて、そこから少しずつ溶け出します。A21のアスパラギンをグリシンに替えてあるのは、酸性の液で壊れやすいアスパラギンを避けるためと説明されます。代償は、酸性の製剤であることです。中性の速効型と混ぜられないので、別々に注射します。

脂肪酸を付ける設計は、中性の製剤で成り立ちます。脂肪酸は、皮下で分子を集まりやすくし、血中ではアルブミンに可逆的に結合してつなぎとめます。デテミルは炭素14個の脂肪酸をB29のリジンに直接つなぎ、デグルデクは炭素16個の二酸をグルタミン酸を介してつなぎます。どちらもB30のスレオニンを持っていません。結合の強いデグルデクの半減期は約25時間です。同じ考え方は、GLP-1受容体作動薬GLP-1受容体に結合してインスリン分泌促進などの作用を示す薬剤の総称で、2型糖尿病や肥満症の治療に用いられる。詳しく →で半減期を週1回まで延ばした設計と共通します(GLP-1ペプチドの脂質化)。

その延長にあるのが、週1回のイコデクです。炭素20個の二酸の側鎖に加えて、A14、B16、B25の3か所を置換しています。B16の置換は受容体への結合を大きく弱め、受容体に取り込まれて消える経路を減らします。アルブミンへの結合を強くしながら、受容体への結合を弱めて、半減期は約196時間(8日余り)です。

皮下でインスリンの六量体がほどける道筋と、アナログの3つの設計が効く場所を示した概念図。左から、六量体(亜鉛を中心に6分子が集まった形。分子量34,000超で毛細血管の壁を通れない)、二量体、単量体の順に、組織液で薄まり亜鉛が離れてほどけていき、ほどけた分子だけが毛細血管の壁を通って血中に入る。ヒトインスリンの効き始めは30〜60分後、頂点は2〜4時間後で、食事の30分ほど前に打つ必要があった。番号1は道筋の左端の沈殿で、グラルギンは酸性(pH4前後)の液では溶けていて、皮下で中性に触れると沈殿になり、そこから少しずつ溶け出して、約24時間なだらかに続く。番号2はほどける段で、速効型(リスプロ、アスパルト、グルリジン)は二量体を作るときの接触面を壊してほどけを速くし、10〜20分で効き始める。番号3は血中側で、脂肪酸を付けたデテミル、デグルデク、イコデクは、皮下では分子を集まりやすくし、血中ではアルブミンに付いたり離れたりしながらつなぎとめ、半減期はデグルデクが約25時間、イコデクが約196時間。
皮下で六量体がほどける道筋と、アナログの3つの設計が効く場所の概念図
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速く効かせたいなら会合を弱め、遅く効かせたいなら溶けにくくするか、アルブミンにつなぎとめます。どれを選ぶかで、製剤の性質も製造の工程も決まります。

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製造で足されるもの ― ヒトインスリンの工程の先に

アナログは、ヒトインスリンの工程の上に、いくつかの段が足されます。

一つは、宿主と前駆体の設計です。宿主は分子ごとに違い、リスプロは大腸菌、アスパルトとデグルデクは酵母で作られます。配列を変えれば、前駆体の設計も変わります。酵素変換ではトリプシンがアルギニン分子どうしの会合による凝集を抑え、高濃度処方では粘度を下げる働きも知られるアミノ酸。詳しく →とリジンの後ろを切るので、切断部位の近くを変えるアナログでは、切れ残りや切れすぎの出方が変わり、酵素の比と反応時間を取り直します。折りたたみやすさも変わるので、ヒトインスリンで詰めた巻き戻し大腸菌内で不溶性の塊(封入体)になったタンパク質を可溶化し、正しい立体構造へ巻き戻して活性を回復させる操作です。詳しく →の条件が、そのまま使えるとは限りません。

二つ目が、化学の工程です。脂肪酸の側鎖は、細胞には付けられません。デテミル、デグルデク、イコデクは、発現させた前駆体に、化学で脂肪酸を付けます。ここに、付ける位置の選択性と、反応の副生成物という管理項目品質に影響しうる要素を、規格や手順で規定し・実行し・記録し・検証する対象として管理するもの。GMPでは原材料から出荷判定まで多岐にわたります。詳しく →が加わります。ヒトインスリンのリジンはB29の1つだけですが、末端のアミノ基にも反応が起こりえます。位置と脂質の分析の考え方は、GLP-1のペプチドと同じです。

三つ目が、製剤の条件です。溶解度で遅くする設計では、pHが製品の性質そのものです。

POINT

等電点をずらす設計では、製剤のpHが有効性を決めます。保存中にpHがわずかに動くだけで、沈殿ができるかどうかが変わります。緩衝液の選択も、充填時のpH管理も、通常の製剤より厳しくなります(製剤の緩衝液とpH)。

四つ目が、分析です。インタクト質量分析で改変を確認し、逆相で類縁物質を分けます。改変の位置によっては、ヒトインスリンで使っていた分離条件では分かれないこともあります。脱アミド化アスパラギンなどが変化して電荷が変わる化学的分解。特定の隣接配列で起きやすい。詳しく →しやすい位置が変われば、主要な分解物も変わるので、安定性試験出荷時から有効期限まで品質特性が規格内にとどまることを確認する試験。詳しく →もアナログごとに積み直します。ペプチドとしての見方はインスリン・GLP-1ペプチドの分析にあります。

特許の切れたアナログでは、後続品も出ています。FDAは2021年7月に、グラルギンのSemglee(Viatris、Biocon)を、インスリンで初めて互換性のあるバイオシミラーとして承認しました。2025年2月には、アスパルトの後続品であるSanofiのMerilogが、速効型インスリンで初のバイオシミラーとして承認されています。後続品の側は、先発のアナログと同じ配列、同じ修飾の分子であり、不純物のプロファイルにも臨床上意味のある違いがないことを、分析で比べて示す立場です(バイオシミラーの同等性)。

ヒトインスリンの工程を知っていても、アナログでは、前駆体の変換、化学の工程、製剤のpH、分析法の四つを分子ごとに確かめ直します。

明日から確かめられること

アナログの提案書や、後続品の資料を読むときの確認点です。

  • 改変の中身は何か。配列の置換か、脂肪酸の側鎖か、その両方か。化学の工程があるか
  • 宿主は何で、前駆体の設計はヒトインスリンの工程の流用か、分子ごとに作り直したものか
  • 製剤はpHが中性か酸性か。ほかのインスリンとの混合を想定した製品か
  • 分析法は、ヒトインスリンの方法の流用か。改変の位置で分かれなくなる類縁物質を、確認したか
  • 脂肪酸型なら、付いた位置と位置異性体目的とする修飾が狙いと異なる部位に付いた化合物で、医薬品の不純物(類縁物質)として管理対象となる。詳しく →を、何で確認しているか
  • 受託先の実績は、ヒトインスリンのものか、同じ型のアナログのものか

組換えの宿主の培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →は、製品データベースの大腸菌発酵用培地と酵母発酵用培地で、分析の装置はLC-MSと分取・逆相HPLCカラムで比べられます。

参考文献

  • Medicines Patent Pool, Insulin icodec(LaPaL データベース)(炭素20個の二酸、A14・B16・B25の置換、半減期約196時間、2024年の各国承認)
  • HCPLive, FDA Approves Awiqli (Insulin Icodec), First Once-Weekly Basal Insulin for Type 2 Diabetes(2024年7月のCRL、2025年9月の再申請、2026年3月26日の承認)
  • FiercePharma, Citing manufacturing issue, FDA rejects Novo Nordisk's once-weekly insulin
  • BioSpace, Viatris Inc. and Biocon Biologics Receive Historic Approval for First Interchangeable Biosimilar Semglee (insulin glargine-yfgn) Injection(2021年)
  • Drugs.com, Merilog FDA Approval History(insulin aspart-szjj。2025年2月14日)
  • Degludec: the new ultra-long insulin analogue(デグルデクはB30を欠き、B29のリジンに炭素16個の二酸をグルタミン酸経由で結合)
  • Australian TGA, Tresiba(insulin degludec)Product Information(酵母による組換え)
  • FDA, NOVOLOG(insulin aspart)添付文書(アスパルトは酵母 Saccharomyces cerevisiae による組換え)
  • EMA, Liprolog EPAR Scientific Discussion(リスプロは大腸菌による組換え)
  • ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく →, Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products
シリーズの次(2/11)組換えインスリンの製造とは?大腸菌と酵母で分かれる工程の全体像→
シリーズインスリン・GLP-1とペプチド医薬1 / 11 本目
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この記事の目次
  1. 吸収の速さを決めるもの ― 皮下で六量体がほどける速さ→
  2. 四つの設計 ― 変えた箇所と、製剤・製造に残る注意点→
  3. 製造で足されるもの ― ヒトインスリンの工程の先に→
  4. 明日から確かめられること→
  5. 参考文献→
シリーズ1 / 11
インスリン・GLP-1とペプチド医薬
  1. 1インスリンアナログの設計と製造とは?速効型・持効型・週1回型の違い
  2. 2組換えインスリンの製造とは?大腸菌と酵母で分かれる工程の全体像
  3. 3プロインスリンのリフォールディング:巻き戻しと酵素変換の止めどき
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  10. 10インスリンとGLP-1の品質分析:HPLC・質量分析・細胞試験の分担
  11. 11ペプチド医薬の類縁物質プロファイリング:純度の読み方と読み違い
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この記事の目次
  1. 吸収の速さを決めるもの ― 皮下で六量体がほどける速さ→
  2. 四つの設計 ― 変えた箇所と、製剤・製造に残る注意点→
  3. 製造で足されるもの ― ヒトインスリンの工程の先に→
  4. 明日から確かめられること→
  5. 参考文献→
シリーズ1 / 11
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編集メモ:この記事は Proglenth 編集部が、規制文書・論文・メーカーの公開資料をもとに整理した一般的な解説です。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断するときは、薬局方・ガイドライン(ICH・GMP など)やメーカーの一次情報を確かめてください。誤りやご指摘はお問い合わせからお知らせください。

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