AAV製剤のfill-finishとは?力価が目減りする三つの場面

承認されたAAV遺伝子治療で遺伝子を運ぶウイルスベクター。血清型によって集まりやすい組織が異なる。詳しく →遺伝子治療薬でも、保管の条件は製品ごとにまるで違います。Luxturna(ボレチゲン ネパルボベク)は−65℃以下で冷凍保管し、Hemgenix(エトラナコゲン デザパルボベク)は2〜8℃の冷蔵で、凍らせてはいけないと添付文書に書かれています。同じAAVなのに、なぜ決め方が分かれるのでしょうか。
根っこにあるのは、AAVの製剤は少しの目減りが、そのまま薬の効き目の低下になることです。AAVは直径が20数ナノメートルの小さな粒子で、投与量が少なく濃度も低いため、容器の壁にくっつく、粒子同士が固まる、凍結で壊れるといった小さな損失が無視できません。fill-finish処方済みの溶液をバイアルやシリンジなどの容器へ無菌的に充填し、封止する製造工程。詳しく →(精製した原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →を製剤にして、無菌の容器に詰める最終工程)は、この目減りをどの場面で、どう防ぐかの設計です。
製剤を担当する人だけでなく、添加剤や容器を手配する購買、充填機や資材を提案する営業、CDMO医薬品の開発・製造を他社から受託する企業。設備投資を負わずに専門能力を使える。詳しく →の提案書を読む品質保証の人が、どこで判断が分かれるかを押さえられる内容です。
冷凍か冷蔵か ― 承認品に見る三つの届け方
保管温度は、処方と容器と物流をまとめて考えた末の答えです。
米国の添付文書では、次のように分かれています。
| 製品 | 保管と受け取り | 使うまでの扱い |
|---|---|---|
| Luxturna(網膜の遺伝性疾患) | −65℃以下で冷凍保管 | 解凍後は室温で保管し、再凍結しない |
| Zolgensma(脊髄性筋萎縮症) | −60℃以下の冷凍で出荷 | 受け取ったらすぐ冷蔵(2〜8℃)に移し、14日以内に使う。再凍結しない |
| Hemgenix(血友病B) | 2〜8℃の冷蔵で出荷 | 冷蔵庫で保管し、凍結しない |
冷凍は化学的な劣化を長く止められる反面、凍る瞬間と溶ける瞬間に氷の結晶や溶質の濃縮というストレスがかかり、超低温の輸送網と病院側の解凍手順も要ります。冷蔵は物流も現場も楽ですが、数か月の冷蔵に耐える処方を作り込む必要があります。Zolgensmaは、冷凍で運んで冷蔵で使う折衷の例です。
冷蔵が簡単な選択肢とは限りません。AAV9を使った研究(Chanら、2022年)では、標準的な緩衝液と、グリセロール5%にポロキサマー188抗体製剤で使われる界面活性剤の一つ。ポリソルベートより分解しにくいとして選ばれる場合がある。詳しく →(Pluronic F-68)0.001%を加えた緩衝液を含む、三つの処方を比べました。4℃で保存したときは、ゲノム力価の落ち方に三つの処方で差が出ませんでした。凍結融解を繰り返したときだけ、グリセロールと界面活性剤タンパク質の凝集や容器壁への吸着を防ぐため製剤へ少量加える添加剤で、細胞培養で細胞を保護する目的でも使われます。詳しく →を併用した処方がいちばん安定していました。冷蔵品では、処方の工夫だけで目減りを止められるとは限らず、冷蔵での有効期間医薬品が規定の品質を保てると保証される期間。安定性データの経時変化から設定する。詳しく →は実データで確かめる必要があります。
冷凍と冷蔵のどちらが正しいかは、製品ごとに答えが違います。選んだ側の弱点(冷凍なら凍結融解、冷蔵なら長期の冷蔵安定性)を、データで先に押さえておく必要があります。
力価が減る三つの場面 ― 吸着、凝集、凍結融解
AAV製剤で最初に疑うのは、成分の化学変化より、物理的な目減りです。
一つ目は吸着です。AAVは、容器の壁、ろ過膜、チューブ、投与に使う器具の表面にくっつきます。濃度が低いほど、くっついて失われる割合は大きくなります。対策は、先に表面を占めてもらう界面活性剤の添加で、AAVの製剤ではポロキサマー188が広く使われます。Luxturnaの添加剤にもポロキサマー188が含まれています。濃度は0.001%前後というごく薄い例が、ウイルスベクター治療用の遺伝子を細胞へ運ぶために改変したウイルス。AAVやレンチウイルスが代表で、遺伝子・細胞治療に使う。詳しく →の研究室で使われています。
二つ目は凝集です。粒子同士が固まると、見かけの力価も感染力も落ちます。AAVは塩濃度が低いと固まりやすく、一定以上の塩を含む処方が選ばれます。緩衝液溶液のpHを一定範囲に保つために使用される弱酸と共役塩基の混合溶液。詳しく →とpHの選び方は製剤のpH・緩衝液の選び方で扱っています。
三つ目は凍結融解です。凍るとき、氷の結晶ができ、残った液に塩が濃く集まり、緩衝液が結晶になってpHが動くことがあります。これを和らげるのがスクロースやトレハロース非還元糖の一種で、凍結乾燥品の安定化に使われる。ガラス転移温度が比較的高いとされる。詳しく →、グリセロールなどの凍結保護剤です。凍結する容器が大きいほど、中心まで凍るのに時間がかかり、場所によって凍り方が違ってきます。大きなバッグで凍らせるなら、「何リットルまで対応」という仕様より、その容量で中心が凍るまでの時間と、融解を繰り返した後の力価の実測データがあるかが決め手です(原薬の凍結・融解)。
界面活性剤は、ポリソルベートかポロキサマーかで迷います。ポリソルベートは実績が厚い反面、エステル結合が加水分解や酸化で壊れ、分解物が粒子のもとをつくります(ポリソルベートの分解)。ポロキサマーはエステル結合を持たず加水分解には強いものの、酸化は避けられず、ロットごとの品質の管理が要ります。ここで見落としやすいのが、同じ「ポロキサマー188」でもグレードが違うことです。BASFは、最終製剤向けのKolliphor P 188 Bioと、細胞培養向けのKolliphor P 188 Cell Cultureを別の製品として案内しています。培養用を製剤に流用すると、規格も提供される書類も合いません。
同じ名前の添加剤でも、培養用と製剤用では規格が別です。型番ではなく、注射剤に使うグレードか、過酸化物などの不純物の管理値と書類が揃っているかを、購入前に確かめます。
目減りは一か所で起きるのではなく、容器の壁、溶液の中、凍る瞬間の三か所で別々に起きます。三つに別々の対策を当てる必要があります。
充填ラインで起きること ― 方式、素材、検査
処方が固まっても、詰める工程で目減りが起きます。
充填の計量には、ロータリーピストン、タイムプレッシャー(圧力と時間で量を決める方式)、蠕動(ぜんどう、チューブをしごいて送る方式)があります。低容量のAAVでは蠕動が候補に上がることが多く、Watson-MarlowのFlexiconのように、接液部がシングルユース使い捨ての樹脂製バッグや容器を用いる製造方式です。洗浄・滅菌の手間を減らせる一方、ステンレス設備と比べて特徴が異なり、目的に応じて選び分けます。詳しく →のチューブで完結する機種は、金属の摺動部がないため剪断(せんだん、液をこすり合わせる力)を抑えやすい構造です。ただしチューブも樹脂の表面なので、AAVが吸着しないかは、チューブの材質ごとに確かめます。ロータリーピストンが劣るわけではなく、粘度の高い液や大容量では再現性で有利なので、剪断を許せる程度と、接液部材の管理をどこまで担えるかで選びます。
詰める前の除菌ろ過にも注意が要ります。AAVの粒子は0.2 µmの孔より十分小さく、通り抜けること自体は問題ありませんが、膜の材質によっては吸着で失われます。
充填機の仕様にある「100%IPC」(全数の重量チェック)は、量が合っているかの確認です。カプシドウイルスの遺伝物質を包むタンパク質の殻。AAVでは直径数十ナノメートルの正二十面体の構造をとる。詳しく →の吸着や凝集までは見ていません。冷凍品では、ゴム栓が極低温で硬くなるため、凍らせた状態でも密封が保てるかを別に確かめます(容器閉塞性(CCI))。充填ラインのバリアは、アイソレーター外気と隔てた無菌の作業空間をつくり、その中で無菌操作を行う装置です。RABSも作業域を囲うバリアの一種です。詳しく →とRABSのどちらかで組み、過酸化水素で除染してグレードA充填点周辺など無菌操作の中心となる最高清浄度区域。作業中も連続監視される。詳しく →を保ちます(アイソレーターとRABSの違い)。
充填機の精度は「量」の精度で、「力価」の精度ではありません。充填の前後で力価を測って比べて、はじめて目減りが見えます。
目減りを確かめる ― 力価と機能の測り方
見た目が澄んでいても、力価が保たれている証拠にはなりません。
AAVでは、ゲノムを持つ粒子の数(ゲノム力価)、粒子そのものの数(カプシド力価試料中のカプシド粒子(cp)の数を表す力価。ELISAなどで測り、ゲノム力価との比で空実比の算出に使う。詳しく →)、細胞に感染して働くか(感染力価ウイルスベクターが実際に細胞へ感染する能力を表す力価。TCID50などのアッセイで測る。詳しく →)を別々に測ります(ddPCRによるゲノム力価測定、AAVの力価と感染性アッセイ)。粒子の数は変わらず、感染力だけが落ちる劣化は、前の二つだけでは見えません。凝集は、動的光散乱(DLS)粒子による散乱光のゆらぎから粒径分布を求める測定法。集団平均を見るため大粒子に感度が偏る。詳しく →で粒子径の分布を見るのが手早く、不溶性微粒子注射剤の中にある、溶けない小さな粒子です。日本薬局方やUSP〈788〉では、光遮蔽粒子計数法などで10 µm以上と25 µm以上の粒子の数を数え、上限を決めています。詳しく →の計数と組み合わせます(不溶性微粒子)。
安定性試験出荷時から有効期限まで品質特性が規格内にとどまることを確認する試験。詳しく →の枠組みはICH Q1の安定性試験が土台で、FDAのCMCガイダンス(2020年1月)も、遺伝子治療の製剤に有効期間を裏づける安定性データを求めています。ただし、物理化学の装置が測るのは粒子の状態です。感染力価そのものは、機能アッセイ結合ではなく標的の働きを止める・動かすといった生物学的効果のほうを測る評価。詳しく →で測る必要があります。
明日から確かめられること
製剤の提案書や、CDMO・資材メーカーの資料を前にしたら、次の点を聞いてみてください。
- 保管は冷凍か冷蔵か。その理由と、冷蔵なら長期の安定性、冷凍なら凍結融解を何回まで許すかのデータ
- 界面活性剤の種類・濃度・グレード。製剤向けの規格と書類があるか
- 容器、ろ過膜、チューブ、投与器具のそれぞれで、力価の回収率を測っているか
- 凍結容器細胞などを凍結保存するために使う、極低温に耐える小型の容器(チューブ)です。詳しく →は、容量ごとに中心が凍るまでの時間を実測しているか
- 充填方式や接液部材を変えたとき、どこまでを再評価するか
- 安定性の項目に、感染力価などの機能の指標が入っているか
- 充填の前後で力価を比べた結果があるか
製造全体の流れはAAVベクターの製造工程、委託先の選び方はウイルスベクターCDMOの選び方で解説しています。添加剤の候補は製品データベースのウイルスベクター安定化剤と界面活性剤、充填機はバイアル充填機で比べられます。処方の考え方の全体は製剤設計とはにまとめています。
参考文献
- CSL Behring, Hemgenix(etranacogene dezaparvovec-drlb)米国添付文書(2〜8℃での出荷と保管、凍結しない)
- LUXTURNA(voretigene neparvovec-rzyl)米国添付文書の掲載ページ medlibrary.org(−65℃以下の冷凍保管、ポロキサマー188を含む処方)
- ZOLGENSMA(onasemnogene abeparvovec-xioi)米国添付文書の掲載ページ medlibrary.org(−60℃以下での出荷、受領後の冷蔵と14日以内の使用)
- Chan A, Maturana CJ, Engel EA. Optimized formulation buffer preserves adeno-associated virus-9 infectivity after 4°C storage and freeze/thawing cycling. J Virol Methods. 2022;309:114598.(グリセロールとPluronic F-68の併用、4℃と凍結融解の比較)
- FDA, Chemistry, Manufacturing, and Control (CMC) Information for Human Gene Therapy INDs(2020年1月)
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく →, Q6B 生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の規格及び試験方法の設定
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/aav-fill-finish-formulation-stability