噴霧乾燥(スプレードライ)とは?溶けにくい薬を一瞬で乾かす理由

錠剤の中の薬が、液をほんの一瞬で乾かして作った粉であることがあります。たとえば嚢胞性線維症の治療薬 Kalydeco(イバカフトル)は、薬が水にほとんど溶けないため、噴霧乾燥薬物とポリマーの溶液を微細な液滴にして急速乾燥し、非晶質のまま固める製法。詳しく →した分散体にして錠剤に入れています。なぜ、わざわざ一瞬で乾かすのでしょうか。
結晶になる暇を与えないためです。水に溶けにくい薬は、結晶のままだと溶けるのが遅く、体にほとんど吸収されません。薬とポリマー(高分子)を溶媒に溶かして霧にし、熱風の中で乾かすと、薬の分子が規則正しく並ぶ前に固まって、非晶質結晶格子を持たないエネルギーの高い状態で、溶けやすいが結晶に戻りやすい。詳しく →(結晶のような規則正しい並びを持たない状態)の粉ができます。これが噴霧乾燥(スプレードライ)で、薬を非晶質のままポリマーに散らした非晶質固体分散体(ASD)を作る代表的な方法です。
開発や製造技術の人だけの話ではありません。受託先(CDMO)を選ぶとき、技術移管ある試験室の分析手順を、別の試験室でも同じ結果が出せることをデータで確かめて引き継ぐ作業。詳しく →が通るかを判断するとき、この工程の性質がそのまま結果に効きます。
一瞬で乾かす理由 ― 飴と同じガラス状態
飴は、砂糖を溶かして一気に冷やし、結晶にせずガラスのように固めたものです。湿気の多い日に置いておくと、べたついて、白く濁ってきます。砂糖が水を吸って動きやすくなり、結晶に戻りかけているからです。噴霧乾燥した粉も、これと同じ性質を持っています。
薬の言葉で言えば、固めた後に非晶質を保てるかどうかは、ガラス転移温度これを下回ると分子運動が止まり氷の再結晶が進みにくくなる温度。凍結保管温度の目安。詳しく →(Tg)が大きく左右します。Tgは、ガラスのように固い状態が、ゴムのように分子が動ける状態に変わる温度です。保管の温度がTgに近いほど分子は動きやすく、結晶化が進みます。水分も残留溶媒製造で使った有機溶媒が製品に残っていないか調べる試験です。ガスクロマトグラフィーなどで残存量を測り安全性を確認します。詳しく →も、Tgを下げる側に働きます。防湿の包装が要る理由も、乾燥を詰める理由も、ここにあります。
乾かし足りないことは、残留溶媒(ICH Q3C)の規格に触れる問題であるだけでなく、非晶質の寿命を削る問題でもあります。
一瞬で乾かすのは作るときの話で、固めた粉を結晶に戻さないことが、乾燥から保管、包装までつながる仕事です。
工程で決める三つのこと ― 溶媒・霧・出口温度
工程は「溶かす」「霧にする」「乾かす」の三つで、現場の判断はほぼ次の三つに集まります。
一つ目は溶媒です。薬とポリマーの両方が溶ける溶媒が要ります。見つからなければ混合溶媒にしますが、ここに無理があると、後の工程では取り戻せません。有機溶媒を使えば残留溶媒の管理が付いて回り、どのクラスの溶媒を選ぶかが出発点です。溶媒を扱う建屋には防爆の設備も要るため、溶媒の選択は設備の話にもなります。
二つ目は霧の細かさです。液滴の大きさが、乾いた後の粒の大きさをほぼ決めます。濃い液からは大きな粒ができて、生産性も上がりますが、粘りが出て霧にしにくくなります。表面から先に固まると、内側の溶媒が抜けるときに中が空っぽの粒になり、軽くなります。噴霧乾燥品がふわふわしていると言われるのは、このためです。
三つ目は出口温度です。乾燥室から粉と一緒に出てくる空気の温度で、どこまで乾いたかの目安です。上げれば溶媒は抜けやすくなりますが、薬が熱で傷み、ポリマーが柔らかくなって結晶化溶液中の目的物質を固体の結晶として析出・単離する精製操作で、不純物の除去にも利用される。詳しく →するおそれも増えます。下げれば溶媒が残ります。残留溶媒と非晶質の安定性が引っ張り合う変数なので、片方だけを見て決めることはできません。

決めるのは温度の数字そのものではなく、残留溶媒と非晶質の安定性が両立する幅です。
錠剤にするまでの壁 ― かさ高さと流動性
患者に届くのは粉ではなく錠剤なので、噴霧乾燥した粉は、その後の工程に耐えなければなりません。
軽くてかさばり、流れにくい粉は、打錠機の臼にそのままでは均一に入りません。粉を固めて粒にする造粒や、賦形剤有効成分以外の添加剤。鉱物由来のものは元素不純物の由来として注目される。詳しく →との混合で調整します。打錠の圧力と摩擦熱で非晶質が崩れることもあります。さらに、錠剤が崩れて溶けることと、ASD薬物を非晶質にしてポリマー中に分散させ、見かけの溶解度を高めた製剤。詳しく →として溶解度を超えて溶けた状態(過飽和平衡溶解度を一時的に超えた不安定な高濃度状態。詳しく →)になることを両立する処方でなければ、飲んでも吸収は上がりません。
「粉はできたが錠剤にならない」は、この工程でよくある行き詰まりです。難溶性薬物の製剤化で噴霧乾燥が出てくるときは、たいてい錠剤までを含めた話になっています。錠剤を作る設備については打錠・充填設備で整理しています。
小型機から商用機へ ― 再現しにくい理由
開発では小型の噴霧乾燥機液を細かい霧にして熱風中に噴き、瞬時に乾かして粉末にする装置です。連続的に粉体を得られるのが特徴です。詳しく →で処方を決め、商用では大型機で回します。同じ処方でも、粉の性質は変わります。液滴が乾燥室の中で経験する条件が、機械ごとに違うからです。熱風に触れる様子、乾燥室にいる時間、霧の作り方は、小型機と大型機で同じにはなりません。かさ密度や流動性が動くと、開発時に決めた規格が商用機で満たせなくなり、規格を書き直さなければなりません。
この断層は、技術移管でいちばん表に出ます。装置の間を橋渡しするには、商用機に合わせたスケールダウンモデルを作り、乾燥室の中の滞留時間の分布(RTD)の考え方を使うのが定石です。
受託先の増設が相次いでいるのも、ASDの需要が伸びているからです。Hovione は2026年9月、米ニュージャージー州で商用規模の噴霧乾燥機2基を入れた建屋を開き、米国での噴霧乾燥の能力を2倍にしました(詳細)。Lonza は米オレゴン州ベンドに、商用規模の噴霧乾燥機2基を据える棟を建てると発表していて、完成は2029年です(詳細)。いま開発中の品目にとって、2029年は間に合うかどうかの線です。
受託先を比べるときは、台数や面積より、開発機と商用機がつながっているかを見てください。開発規模から商用規模まで同じ系列の装置を持っていれば、条件を引き継ぐ手間が減ります。商用での査察の実績、溶媒を扱う防爆設備、他社製品でどれだけ枠が埋まっているかも、判断の材料です。
受託先の増設ニュースは、台数よりも、小型機の条件が大型機へどう引き継がれるかを読むと役に立ちます。
明日から確かめられること
処方の資料や受託先の提案書を開いて、次の点を確かめてください。
- 溶媒の種類、固形分の濃さ、出口温度の幅が、結晶化や残留溶媒との関係とあわせて書かれているか
- 残留溶媒の規格と、非晶質の保存安定性(保管温度、水分、包装)が、同じ資料の中で議論されているか
- 小型機と商用機で、霧の作り方と乾燥室にいる時間がどう違うか、粉の性質(かさ密度、粒度の分布)を比べたデータがあるか
- 錠剤にするところまで、流動性、圧縮で結晶化しないか、溶出が確かめられているか
- 受託先が、開発規模から商用規模まで同じ系列の装置を持っているか
- 商用に入った後、季節による気温や原料の変動が、出口温度や粉の水分にどう出ているかを追う仕組みがあるか
どの項目を重要工程パラメータ製品の品質に大きく影響する工程条件。傾向を監視して管理された範囲で運転する。詳しく →として管理するかはCPPと設計空間とプロセス特性解析で、商用に入った後の見張り方はCPVで続きを読めます。
参考文献
- Vertex Pharmaceuticals, KALYDECO (ivacaftor) Prescribing Information(剤形の説明と、錠剤の添加物にHPMCASが含まれる旨)
- HPMCAS-Based Amorphous Solid Dispersions in Clinic: A Review on Manufacturing Techniques (Hot Melt Extrusion and Spray Drying), Marketed Products and Patents(Materials 2023;16(20):6616)
- ICH Q3C国際調和会議(ICH)が策定した医薬品中の残留溶媒に関するガイドラインで、溶媒を毒性に応じてクラス分けし限度値を規定する。詳しく → Impurities: Guideline for Residual Solvents(残留溶媒の許容量)
- ICH Q8医薬品開発とQbDの考え方を示すICHガイドライン。重要品質特性(CQA)を定義している。詳しく →(R2), Pharmaceutical Development
- Manufacturing Chemist, Lonza、米オレゴン州ベンドの商用規模の噴霧乾燥棟に関する報道
- ROI-NJ, Hovione、East Windsor の新棟で米国の噴霧乾燥能力を2倍に(2026年9月17日)
- 1低分子原薬(API)の製造工程とは?化学合成から結晶化・乾燥まで
- 2難溶性薬物の製剤化とは?ASD・ナノ結晶・脂質製剤の選び方
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