インスリンの精製と結晶化とは?類縁物質を分ける二段と亜鉛の役割

インスリンの精製と結晶化は、酵素変換を終えた液から原薬の結晶を得るまでの工程です。電荷の差を拾うイオン交換と、疎水性(油になじむ性質)の差を拾う逆相クロマトグラフィー疎水性の差でペプチドやオリゴを分離する液体クロマトグラフィーのこと。詳しく →を二段につなぎ、最後に亜鉛で結晶にして仕上げます。
ただし、分ける相手は本体とアミノ酸一つ分しか違わない類縁物質なので、樹脂はカタログの結合容量担体が結合できる目的物の量。大きな粒子は樹脂ビーズの細孔に入りにくく、結合容量を稼ぎにくい。詳しく →ではなく、不純物が何の違いで本体と見分けられるかで選びます。
この記事では、酵素変換のあとに残る不純物、結合容量の読み方、軸の違う二段の精製、亜鉛による結晶化、よくある失敗を順に説明します。
1. 酵素変換のあとに残るもの ― 本物によく似た不純物
酵素変換を終えた液は、全部がインスリンではありません。酵素変換までの流れは組換えインスリンの製造とプロインスリンのリフォールディングと酵素的変換にあります。
切れ残った前駆体や、B鎖の末端にアルギニンが残った分子(アルギニン-インスリン、ジアルギニン-インスリン)、末端のトレオニンが欠けた des-Thr(B30) インスリン、アミノ酸の一部が変化した脱アミド化アスパラギンなどが変化して電荷が変わる化学的分解。特定の隣接配列で起きやすい。詳しく →体が混ざります。ほかに、宿主由来のタンパク質とDNAも同じ液の中にあります。
分けにくいのは、本体との違いがアミノ酸一つ分、あるいは電荷一つ分しかない分子です。des-Thr(B30) インスリンは、酵素変換で生じやすく分けにくい不純物として、特許文献に繰り返し登場します。
この不純物は、酵素変換の条件を工夫して生成を抑えるか、精製で分けるかを選ぶ課題です。
精製の相手は、見た目も性質もほとんど同じ分子なので、分ける軸を選ぶ設計がすべてです。
2. 結合容量の読み方 ― 参照タンパク質の落とし穴
カタログの結合容量(DBC実際に液を流しながら測る、担体が破過するまでに結合できるタンパク質量。樹脂の使い切りの指標。詳しく →、樹脂1 mLが運転中につかめるタンパク質の量)は、測ったタンパク質の大きさと電荷に応じて変わる値です。
Tosoh の陰イオン交換樹脂正の電荷を帯びたクロマト担体で、負に帯電した分子を静電的に吸着して分離します。タンパク質精製や、DNA・不純物の除去に使われます。詳しく → Toyopearl GigaCap Q-650M は、牛血清アルブミン血漿中に最も多く存在するタンパク質で、脂肪酸などの疎水性分子を可逆的に結合・運搬する機能をもつ。詳しく →で約175 mg/mL、分子が約10倍大きいサイログロブリンでは約49 mg/mL と公表されており、3.5倍以上の差があります。
樹脂のメーカーは、牛血清アルブミンやリゾチーム細菌の細胞壁(ペプチドグリカン)を分解して壁を弱める酵素。菌体の酵素的溶解に使う。詳しく →のような標準のタンパク質で測って公表します。インスリンは分子量が約5,800で、等電点(正味の電荷がゼロになるpH)はおよそ5.3なので、標準のタンパク質とは大きさも電荷の位置も違い、同じ数字が出る保証はありません。
メーカーに確かめるのは、容量の大きさではなく、そのDBCを何のタンパク質で、どのpHと流速で測った値かです。抗体向けの見方はイオン交換レジンの選び方にもあります。
もう一つ、容量が大きい樹脂は、分けるのが得意な樹脂とは限りません。設計の狙いは、次の三つに分かれます。
- 高容量型(Toyopearl GigaCap や POROS XS など):大きな反応液を速くつかむために作られた樹脂です。
- 仕上げ向き(Capto ImpRes など):粒子を小さくして、近い分子を分ける力を上げた樹脂です。
- テンタクル型(Fractogel EMD など):リガンド担体ビーズ表面に結合させた官能基やタンパク質で、目的物や不純物と相互作用して分離を担う部分。詳しく →を骨格から伸ばした鎖の先につけて、近い電荷の分子まで拾う樹脂です。
候補の樹脂は、カタログの数字で並べるのではなく、自社の酵素変換後の液を使って小さなカラムで比べます。見るのは、結合容量よりも、本体の隣に出てくる不純物がどこまで離れるかです。
結合容量は、樹脂を捕捉用に使うか仕上げ用に使うかを決めるための数字で、インスリンの分けやすさを保証する数字ではありません。
3. イオン交換と逆相 ― 軸の違う二段
分け方の軸が違う二段を、直列に並べるのが精製の骨格です。
- 一段目のイオン交換:電荷の差で分けます。陽イオン交換負に帯電した担体に正電荷のタンパク質を静電的に吸着させて分離する手法。抗体のポリッシングに広く使う。詳しく →でインスリンを樹脂につかませ、塩の濃度を少しずつ上げて溶かし出すと、電荷がわずかに違う分子が順番に出てきます。
- 二段目の逆相:疎水性の差で分けます。疎水性の粒子にインスリンをつかませ、アセトニトリルのような有機溶媒の割合を上げて溶かし出します。
脱アミド化体は、アスパラギンが酸性のアミノ酸に変わって負の電荷が増えるため、一段目の電荷の違いで拾える相手です。
電荷が同じでも、形やアミノ酸の違いで疎水性が少し違う分子は、二段目で離れます。酸の入れ方で分かれ方が変わる点は逆相HPLCの移動相に加える酸で解説しています。陽イオン交換のあとに逆相を置く二段の精製は、特許文献にも例があります。
どの不純物にどちらの軸が効くかは、物質ごと、条件ごとに違います。des-Thr(B30) インスリンの分離には、特許文献でイオン交換も逆相も試されていますが、違いがアミノ酸一つ分しかないため、効率よく分ける方法は見つかっていなかったと書かれています。
電荷で動く、疎水性で動くという分類は目安にとどめ、自社の不純物の一覧を実際に両方のカラムに通して確かめます。
逆相の粒子径は、負荷と分解能のどちらを取るかで決まります。大きい粒子は1バッチで流せる量が増えますが、本体に近い分子を分ける力は落ち、小さい粒子は分解能が上がるかわりにバッチが小さくなります。
取り違えた類縁物質が規格を超えるリスクと、バッチが小さくなるリスクのどちらが重いかは、工程ごとに違います。有機溶媒を大量に使うため、防爆の設備と溶媒の回収も費用に入れて比べます。
電荷と疎水性の二つの軸で、不純物をそれぞれ別の段が受け持つように設計します。
4. 亜鉛で結晶にする ― 最後の精製
結晶化は、固めて取り出す工程であると同時に、精製の最後の一段です。
インスリンは、B鎖の10番目のヒスチジン弱酸性域で電荷が変わるアミノ酸。タンパク質の中では pH が下がると結合の仕方を変える要になり、製剤では弱酸性域の緩衝剤として抗体の安定化に使われる。詳しく →で亜鉛イオンをつかみ、二量体が三つ集まって六量体インスリンが亜鉛イオンを介して6分子集合した会合体で、製剤中や貯蔵時に分子を安定に保つ形態。詳しく →を作ります。この六量体が規則正しく並んだのが結晶で、並び方に合わない分子は格子に入りにくくなります。
形が崩れた分子や、溶けたままの不純物は母液に残ります。ただし本体によく似た分子は格子に混ざりやすいと考えられるため、結晶化溶液中の目的物質を固体の結晶として析出・単離する精製操作で、不純物の除去にも利用される。詳しく →はクロマトの代わりではなく、その後ろに置く仕上げです。
条件を決める軸は、溶解度と結晶ができる速さです。インスリンの等電点はpH5.3前後ですが、結晶化はそこから少し離れた領域で検討されます。
ヒトインスリンを使った研究(Cryst Growth Des、2022年)は、pH6.0から6.7の範囲を調べ、pHを上げると溶解度が約5倍に上がる一方、結晶の核ができ始めるのは最大で8.6倍速くなることを示しました。
溶けやすくなるのに結晶は出やすくなるため、pHは一方向に動かせば済む条件ではありません。亜鉛塩の種類と量も、同じ軸で絞ります。
ラボでの検討では、反応晶析装置溶液の温度や濃度を調整し、目的物を結晶として析出させる装置です。低分子原薬の精製や粒子づくりに使います。詳しく →に、結晶の数と大きさをその場で追う計測器(Mettler-Toledo の FBRM や PVM など)を組み合わせます。シード(種結晶)を入れる時機や過飽和平衡溶解度を一時的に超えた不安定な高濃度状態。詳しく →(溶けきれない量まで濃くなった状態)の変化を見ながら、条件を決める構成です。
洗った結晶は、粒の大きさを崩さないよう穏やかに乾燥します。亜鉛含量には薬局方のモノグラフ薬局方に収載された個々の医薬品・原料の品質規格(試験法・基準値など)をまとめた公式の規格文書。詳しく →に規格があるため、加える量と洗浄で落ちる量を、その範囲に収める必要があります。
結晶化の条件は、早く固める条件ではなく、溶解度、核のできる速さ、亜鉛含量の規格を同時に満たす条件です。
5. よくある失敗 ― 数字と順番の取り違え
失敗は、数字の読み方と、条件を詰める順番に出ます。
- カタログの結合容量で樹脂を選ぶ:標準のタンパク質で測った数字は、インスリンの精製にそのまま当てはまりません。
- 高容量の樹脂を仕上げの段にも使う:捕捉に向いた樹脂は大きな液を速くつかめますが、近い分子を分ける役には向きません。
- 上流が動いているのに精製条件を詰める:前駆体の設計、巻き戻し、酵素変換のどれかが変わると残る不純物の種類が変わるため、精製を先に固めても、動いた時点でやり直しです。
- 結晶化を単なる固体化と考える:pHと亜鉛塩を振らないまま結晶ができたと判断すると、収率にも純度にも余地が残ります。クロマトで落ち切らなかった類縁物質の始末を、結晶化に期待することもできません。
インスリンの原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →は、そのあと製剤に仕上げます。速効型は六量体がほどける速さを、NPHはプロタミンと亜鉛の結晶の懸濁を、持効型のグラルギンは酸性の溶液が皮下の中性で析出する性質を使います(インスリンアナログの設計と製造、製剤のpH・緩衝液の選び方)。
原薬の亜鉛含量と結晶の性質は、製剤の設計の前提です。
6. 明日から確かめられること
精製の工程を組むとき、あるいは原薬の供給元の工程を聞くときは、次の順に確かめます。
- 結合容量の測定条件:何のタンパク質を、どのpHと流速で測った値かを確かめ、自社の反応液での値があるかを聞きます。
- 類縁物質と分ける軸:除きたい類縁物質の一覧があり、それぞれが電荷と疎水性のどちらで動くかを確かめてあるかを見ます。
- 樹脂の役割分担:捕捉用と仕上げ用の樹脂が、役割で分けて選ばれているかを確かめます。
- 逆相の粒子径:負荷と分解能のどちらに寄せたか、その理由を確かめます。
- 結晶化の条件:pHと亜鉛塩を、溶解度と結晶ができる速さの両方で見たかを確かめます。亜鉛含量が薬局方国または地域の公的機関が定める医薬品の規格・試験法・品質基準を収載した公定書。詳しく →の規格に入る見込みがあるかも合わせて見ます。
- 上流が動いたときの手順:前駆体、巻き戻し、酵素変換の条件を変えたときに、精製条件を引き直す手順があるかを確かめます。
製品は、陽イオン交換レジン、逆相HPLCカラム、晶析装置、乾燥・粉砕装置のページで比べられます。
参考文献
- Tosoh Bioscience, TOYOPEARL GigaCap Q-650M(牛血清アルブミンとサイログロブリンでのDBCの公表値)
- Unraveling the Impact of pH on the Crystallization of Pharmaceutical Proteins: A Case Study of Human Insulin. Cryst Growth Des. 2022;22(5):3024-3033.(pH6.0〜6.7での溶解度と核形成の速さ)
- 亜鉛配位と六量体の安定性(レビュー). BioMetals.(His-B10による亜鉛の配位と六量体)
- US Patent 10,407,483, Purifying insulin using cation exchange and reverse phase chromatography固定相と移動相の間での物質の相互作用(分配・吸着・イオン交換など)の差を利用して、混合物中の成分を分離・精製する操作の総称。詳しく → in the presence of an organic modifier and elevated temperature(陽イオン交換と逆相の二段精製の例)
- US Patent 5,457,066, Process for transforming a human insulin precursor to human insulin(酵素変換で生じる類縁物質)
- US Patent Application 2019/0359649, Separating agent for human insulin purification and human insulin purification method(des-B30 インスリンと A21 脱アミド化体の分離)
- Ph. Eur.欧州医薬品品質局(EDQM)が発行する、医薬品の品質基準を定めた公定書で、署名国・加盟国の規制に法的効力を持つ。詳しく →, Insulin, human(モノグラフ。類縁物質、高分子量成分、亜鉛含量の規格)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/insulin-purification-crystallization