陽イオン交換のバインドエリュートとフロースルー:使い分けと選択基準

核心は一点で、この二つは性能の優劣ではなく、負荷条件を整えるコストをどこで払うかの違いです。バインドエリュートは運転の窓が広く、プロテインA抗体に特異的に結合するProtein Aを担体に固定し、抗体だけを選択的に捕まえて精製する手法です。抗体医薬の最初の精製工程として定番になっています。詳しく →の溶出液クロマトグラフィーで担体に結合した目的物質を引きはがして回収するための緩衝液で、アフィニティ精製では低pHがよく使われます。詳しく →を中和しただけでも載ります。フロースルーは工程が短く収率も高いかわりに、導電率液のイオン強度の目安となる電気の通りやすさ。バッファ調製やクロマト制御で監視する。詳しく →を 4 mS/cm 以下 に落とす必要があり、その希釈で体積が数倍に膨らみます。除去性能の比較表だけを見ていると、この体積の話が抜け落ちます。そして体積は、タンクの台数と処理時間に直接跳ね返ります。
本稿では、吸わせる相手が逆になるという原理から始めて、凝集体タンパク質分子どうしが結合してできた高分子量の集合体です。有効性や免疫原性に影響するため、その含量を測ります。詳しく →がどちらでも担体カラムに充填する多孔質ビーズ。表面のリガンドと成分の相互作用差で目的物と不純物を分離する。詳しく →側に残る理由、負荷量の桁の違い、フロースルーの代償、弱分配という中間帯、pIから見た向き不向き、そしてプラットフォーム全体でどう分担するかまでを整理します。最後に、決める順番を並べます。数値は抗体と担体によって動くので、判断の道筋そのものを持ち帰ってください。
- バインドエリュートは目的物を、フロースルーは不純物を担体に吸わせる、逆向きの運転です。
- 凝集体はモノマーより強く吸着するので、どちらの様式でも担体側に残ります。
- フロースルーは導電率 4 mS/cm 以下 という窓が要求され、そのための希釈が体積を押し上げます。
吸わせる相手が逆 ― B/EとFT
違いは一点に集約されます。担体に目的物を吸わせるか、不純物を吸わせるか。
バインドエリュートでは、目的物を吸着させてから塩濃度か pH を変えて溶出します。結合の強さの差が溶出のタイミングの差になり、そこで不純物と分かれる。溶出のどこからどこまでを取るかを自分で決められるので、分離の作り込みが効きます。
フロースルーでは、目的物が吸着しない条件を選んで素通りさせます。より強く帯電した不純物だけが担体に留まる。溶出の操作がないので、工程は平衡化目的物が結合しやすいpH・塩濃度のバッファーでカラム内を整える、ロード前の準備工程。詳しく →と負荷と洗浄で終わります。
どちらが効くかは、負荷条件における目的物と不純物の吸着の強さの差で決まります。目的物の吸着が不純物より十分に弱ければフロースルーが働き、逆ならバインドエリュートが向く。 同じ静電吸着を使いながら、運用の性格が正反対になるのは、吸わせる相手が違うからです。
凝集体はどちらでも担体側に残る
ポリッシングでCEXに期待する主な仕事が、凝集体と宿主細胞タンパク質医薬品を作る宿主細胞に由来するタンパク質の不純物です。安全性に関わるため、精製後の残存量を測ります。詳しく →の低減です。
ここで効くのが、凝集体の吸着の強さです。凝集体はモノマー製品にどれだけ目的物質だけが含まれ、不純物や変性体が少ないかを示す指標です。抗体では単量体の割合やサイズの異なる成分の量などを見ます。詳しく →より表面の電荷が多く、担体に強く吸着します。だからバインドエリュートでは、モノマーより遅れて溶出する。溶出の後半を切り捨てれば凝集体を落とせます。
フロースルーでも同じ性質が働きます。モノマーが素通りする条件でも、凝集体は担体に捕まる。だから素通り画分の凝集体率は、負荷液より下がります。
つまり、どちらの様式でも凝集体は担体側に残る方向で分離が成り立ちます。違うのは収率との関係です。バインドエリュートでは、切り捨てた分画にモノマーも含まれるので、分離能を上げるほど収率が落ちる。フロースルーでは、負荷量を上げても回収率添加した既知量の標準物質に対して試験で実際に測定された値の割合を示す指標で、試験の正確さを表す。詳しく →が 95% 程度 を保てたという報告があります。
宿主細胞タンパク質とDNAの落ち方は、抗体の pI と負荷の pH と導電率に依存します。最適な pH はおおむね 5.5〜7.0 の範囲で、抗体ごとに違うと報告されています。 分離の軸は同じでも、収率を削るかどうかで二つの様式は分かれます。
凝集体の除去率だけを見て様式を選ぶと、収率の差が見えません。バインドエリュートで凝集体を 0.5% まで落とした条件の収率が 80% で、フロースルーで 1.0% までしか落ちない条件の収率が 95% なら、後段でどこまで許されるかによって答えが変わります。除去率と収率は同じ表の上で比べます。
負荷量の桁が違う
装置の大きさに直接効くのが、載せられる量です。
バインドエリュートの負荷量は、担体の結合容量担体が結合できる目的物の量。大きな粒子は樹脂ビーズの細孔に入りにくく、結合容量を稼ぎにくい。詳しく →に縛られます。目的物が吸着するので、破過フィルターの保持能力の限界を超え、除去対象の微生物や粒子がろ液側に通り抜けてしまう現象。詳しく →するまでしか載せられない。樹脂あたり 数十 g/L の桁が一般的です。
フロースルーでは、この制約が外れます。目的物は素通りするので、担体の容量を使っているのは不純物だけ。負荷量は不純物の量で決まるため、樹脂あたり 数百 g/L まで載る構成があります。桁が一つ違うので、必要なカラム体積も一桁違ってきます。
担体は、バインドエリュートなら Cytiva の Capto S ImpAct や SP Sepharose、Tosoh Bioscience の TOYOPEARL GigaCap S、Merck の Eshmuno CPX や Fractogel SO3-、Bio-Rad の Nuvia S といったところが使われます。フロースルーでは、体積あたりの処理量を稼げるメンブレン型が選ばれることもあり、Sartorius の Sartobind S や Pall の Mustang S が該当します。
フロースルーが選ばれる理由の半分は除去性能で、もう半分はカラムが小さくて済むことです。
FTの代償 ― 4 mS/cm という窓
ただし、フロースルーには前提条件が付きます。
目的物を吸着させないためには、導電率を上げて静電相互作用を弱めるか、pH を pI に近づけて正電荷を減らすかのどちらかが要ります。ところが導電率を上げすぎると、不純物も吸着しなくなる。結果として運転の窓が狭くなります。
ある報告では、モノマーの純度を保つには導電率を おおむね 4 mS/cm 以下 に抑える必要がありました。ここが実務で効きます。プロテインAの溶出液を中和低pH条件で溶出されたサンプルに緩衝液を加えてpHを中性付近に戻し、製品へのダメージを防ぐ操作。詳しく →したプールは、塩濃度と緩衝液成分のぶんで 10〜20 mS/cm の桁にある。4 mS/cm まで落とすには、3〜5倍 の希釈が要ります。
希釈すれば体積が 3〜5倍 になります。タンクが要り、処理時間が延び、次工程の負荷も増える。あるいは希釈ではなく限外ろ過半透膜で目的物質を濃縮したり(限外ろ過)、緩衝液を目的の組成に置き換えたり(ダイアフィルトレーション)する工程です。膜面に沿って液を流すTFF方式が使われます。詳しく →で脱塩する構成を取れば、工程が一つ増えます。 フロースルーは工程を一つ短くするかわりに、その手前で体積か工程を一つ増やします。
弱分配という中間帯
二つの中間に、もう一つの選択肢があります。
弱分配クロマトグラフィー目的物をわずかに吸着させながら流し、素通りに近い収率を保ちつつ不純物との分配差を稼ぐ中間的な運転様式。は、目的物をわずかに吸着させながら流す運転です。完全に素通りさせるのではなく、少しだけ担体と相互作用させる。素通りに近い収率を保ちながら、不純物との分配の差を稼ぐ狙いです。
利点は窓の広さです。完全な素通りを狙う必要がないので、導電率と pH の許容範囲がフロースルーより広い。プロテインAプールの希釈倍率を下げられる場面があります。
代償は設計の手間です。どれだけ吸着させるかを条件で調整する必要があり、バインドエリュートほど明快でもフロースルーほど単純でもない。 弱分配は妥協ではなく、窓の広さと工程の短さのあいだで位置を選ぶ操作です。
pIから見た向き不向き
出発点は、目的物の pI と、それに対して負荷 pH をどこへ置くかです。
IgG1 の pI はおおむね 8〜9 の範囲にあります。負荷 pH を 5 前後に置けば、抗体は強く正に帯電して担体によく吸着する。バインドエリュートに向く条件です。負荷 pH を 7 に近づけるほど正電荷は弱まり、素通りしやすくなります。
pI が低めの抗体では話が変わります。CEX負の電荷を帯びたクロマト担体で、正に帯電した分子を吸着して分離します。抗体の精製やチャージバリアント(電荷違い)の分離に使われます。詳しく →で十分な正電荷を得るには、かなり低い pH まで下げる必要があり、そこでは抗体自体の安定性が問題になる。担体の選択そのものを見直す場面です。精製レジンの選び方で扱っているとおり、ミックスモードイオン交換基と疎水性基を同じリガンドに併せ持ち、複数の相互作用で分ける樹脂。詳しく →や HIC分子表面の疎水性の違いを利用して分けるクロマト担体で、高い塩濃度で吸着させ塩を下げて溶出させます。抗体の凝集体除去などに使われます。詳しく → へ振り替える判断もあります。
電荷異性体の分離を CEX に期待する場合は、さらに窓が狭くなります。主ピークと酸性・塩基性バリアント抗体などで電荷が異なる分子種のことです。脱アミド化などの修飾で生じ、酸性側・塩基性側の割合を分離して測る品質指標です。詳しく →を分けるには分解能が要るので、バインドエリュートで勾配を切る設計に寄ります。 pI と負荷 pH の距離が、そのまま選べる様式の範囲を決めます。
プラットフォーム全体での分担
様式は、CEX単体では決まりません。
抗体の定番は、プロテインAで捕捉したあと二段のポリッシング捕捉工程の後、電荷や疎水性の違いを使って残った副産物を削り純度を上げる磨き上げ精製。詳しく →です。典型が、AEX正の電荷を帯びたクロマト担体で、負に帯電した分子を静電的に吸着して分離します。タンパク質精製や、DNA・不純物の除去に使われます。詳しく →をフロースルーで置いてDNAとウイルスを落とし、CEXをバインドエリュートで置いて凝集体と宿主細胞タンパク質を落とす組み合わせ。それぞれ得意な不純物を分担しています。
近年は、二段ともフロースルーで連結する構成の検討も進みました。高い負荷量で不純物を落としながら、全体の収率が 80% を超えたという報告もあります。溶出の操作がないので、連続生産の構成にもなじみます。
どちらに寄せるかは、どの不純物をどこで落とすかの分担で決まります。凝集体を CEX に全部任せるなら分解能が要り、前段のミックスモードで半分落としておけるならフロースルーで足りる。 CEXの様式は単体の最適化ではなく、プラットフォーム全体の分担の一部として決まります。
全フロースルー型は魅力的に見えますが、どの工程も運転窓が狭くなります。前段の出口条件がそのまま次段の入口条件を縛るので、一つの工程で pH や導電率を外すと、そこから先が全部ずれる。バインドエリュートを一段挟むと、そこで条件をリセットできる、という利点は残ります。
決める順番
最後に、順番を並べます。
先に決まるのは、ポリッシング全体で落とす不純物の分担です。凝集体、宿主細胞タンパク質、DNA、ウイルス、残存プロテインA。どれをどの工程に割り当てるか。 分担が決まらないうちに CEX の様式を議論しても、比べる相手がいません。
次に、目的物の pI と負荷 pH の距離を確かめます。ここでバインドエリュートとフロースルーのどちらが成立しうるかが絞られます。pI が低い抗体では、CEX そのものを外す判断もあります。
そのうえで、負荷液の導電率を測ります。フロースルーを狙うなら 4 mS/cm 前後 までの希釈か脱塩が要る。 希釈で増える体積と、それを受けるタンクと時間を、工程の短さと比べて判断します。
最後に、収率と除去率を同じ表で比べます。凝集体をどこまで落とすかを先に決め、その条件での収率を出す。除去率だけを並べた比較は、どちらの様式が有利かを教えてくれません。
参考文献
- ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく →, Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products
- ICH Q5A(R2)細胞株由来のバイオ医薬品について、ウイルス安全性評価の枠組みを示すICHガイドライン。詳しく →, Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin
- ICH Q11原薬の開発・製造を扱い、原薬側の管理戦略の作り込みを示すICHのガイドライン。詳しく →, Development and Manufacture of Drug Substances
- USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく →, General Chapters on Chromatography and Biotechnology-Derived Articles
- FDA, Guidance for Industry: Monoclonal Antibody Products
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