インスリンとGLP-1の品質分析:HPLC・質量分析・細胞試験の分担

インスリンの効き目を表す「単位」は、重さに直して扱えます。2019年にWHOが定めたヒトインスリンの新しい国際標準品も、単位ではなく1アンプルあたり9.19 mgという重さで値付けされました。それでも米国薬局方の試験法では、安定性試験出荷時から有効期限まで品質特性が規格内にとどまることを確認する試験。詳しく →などでインスリンの生物活性を数字で出すとき、ウサギの血糖を測る試験が求められ、2023年の報告によれば1つの結果に少なくとも24羽が要ります。重さで量れるのに、なぜ生き物を使う試験が残るのでしょうか。
重さが教えてくれるのは「どれだけあるか」で、「きちんと働くか」ではないからです。ペプチド医薬の品質試験は、逆相HPLC、質量分析、細胞などを使う生物試験に仕事を分け、それぞれが見落とすものを別の試験で埋めるように組みます。効き目を左右する側鎖をもつGLP-1受容体作動薬GLP-1受容体に結合してインスリン分泌促進などの作用を示す薬剤の総称で、2型糖尿病や肥満症の治療に用いられる。詳しく →では、この分担がさらに大事です。
インスリンの単位と重さ
インスリンの単位は、もともと動物を使う生物試験で決められていました。1980年代に定められたヒトインスリンの国際標準品の値も、動物での試験を複数の機関で持ち寄る共同研究で決まっています。
いまは、純粋なインスリン0.0347 mgを1単位とみなす換算が使われていて、新しい標準品の説明書でも、この換算で単位の値が重さの値とよく合うことを確かめています。含量は逆相HPLC(分子の油へのなじみやすさの差で成分を分ける液体クロマトグラフィー固定相と移動相の間での物質の相互作用(分配・吸着・イオン交換など)の差を利用して、混合物中の成分を分離・精製する操作の総称。詳しく →)で、標準品と比べて量ります。新しい国際標準品が重さで値付けされたのも、この流れの上にあります。
それでも生物試験はなくなっていません。米国薬局方米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく →は、出荷するロットについて、そのインスリンが本物の生物活性をもつかを確かめる試験(バイオアイデンティティ試験)を求めています。長くウサギの血糖を下げるかを見る試験が使われてきましたが、2020年12月にはインスリン グラルギンとインスリン リスプロについて、細胞を使う試験も認められました。動物を減らす取り組みは、品質試験の中でも進んでいます。
重さの試験は「どれだけあるか」に、生物試験は「その分子がきちんと働くか」に答えます。2つは別の問いです。
GLP-1受容体作動薬と側鎖
GLP-1受容体作動薬では、働きを確かめる試験の重みがさらに増します。
セマグルチドは、GLP-1というホルモンに似せたペプチドに、脂肪酸の側鎖を付けた分子です。側鎖が血液中のアルブミンというタンパク質にくっつくことで、腎臓から出ていきにくく、分解もされにくくなります。週1回の注射で効き続けるのは、この仕組みのおかげです。ペプチドの骨格は酵母でつくり、側鎖はその後に付けています。
厄介なのは、側鎖の違いが重さにきちんと表れるとは限らないことです。側鎖の付く位置がずれた分子は、重さが同じままです。重さが変わる違いでも、効き目がどれだけ変わるかは重さからは読めません。
そこで、GLP-1の受容体をもつ細胞に試料を加え、細胞の中で増えるcAMP(受容体が働いたときに増える信号の物質)を光る試薬などで読む試験が使われます。結果は絶対値ではなく、標準品力価の基準に定めた品。検体と同じアッセイで並べて測り、相対力価の基準にする。詳しく →と比べた相対力価として出します。
側鎖が効き目を決める分子ほど、細胞で働きを確かめる試験の意味が大きくなります。
試験ごとの得意と死角
3つの試験は、答える問いも、見落としやすいものもそれぞれ違います。
| 試験 | 答える問い | 見落としやすいもの |
|---|---|---|
| 逆相HPLC | どれだけあるか。似た不純物がどれだけ混ざるか | 立体だけが違う異性体(保持時間のわずかな差でしか分からない) |
| 質量分析(LC-MS)分子の質量を精密に測る分析。液体クロマトと組み合わせ、ポリAテール長などを詳しく解析します。 | 分子が本物か。どこが修飾されたか | 重さが同じ異性体(エピマー体、ジスルフィドの架け違い) |
| 生物試験(細胞・動物) | きちんと働くか | 何が起きて活性が変わったか |
逆相HPLCは、純度と含量の中心です。インスリンなら、A鎖21番目のアスパラギンが変化したA21デスアミド体などの類縁物質を分けて量ります。GLP-1なら、アミノ酸が1つ抜けた欠失体あるサイクルでカップリングが取りこぼされ、その残基が抜けた全長より短いペプチド。詳しく →や、側鎖が付かなかった分子が相手です。どれも目的物とよく似ているので、分離の良し悪しはカラムと移動相クロマトグラフィーにおいて試料を運ぶ液体(または気体)で、組成や流量が分離性能に大きく影響する。詳しく →の選び方で決まります。2026年には、WatersがGLP-1やインスリンの似た不純物の分離を狙った逆相カラムを発表し、GLP-1の特性解析規格試験より高い分解能で製品の品質特性を詳しく調べること。比較可能性の評価などで用いる。詳しく →を最大3倍速くできるとうたっています。
質量分析分子をイオンにして、質量と電荷の比で分け、分子の質量を精密に測る手法です。タンパク質の同定、修飾の位置の特定、不純物の確認などに使い、液体クロマトグラフと組み合わせることが多くあります。詳しく →は、分子が本物かを確かめる役です。酵素でペプチドを切って断片の重さを読むペプチドマッピングを使うと、どの位置が修飾されたかまで分かります。
ところが、質量分析には原理的に見えない相手がいます。1つはエピマー体です。化学合成(固相合成)では、アミノ酸の立体が反転した異性体ができることがあり、とくにヒスチジン弱酸性域で電荷が変わるアミノ酸。タンパク質の中では pH が下がると結合の仕方を変える要になり、製剤では弱酸性域の緩衝剤として抗体の安定化に使われる。詳しく →やシステインで起きやすいことが知られています。原子の組み合わせがまったく同じなので、重さでは区別できません。
もう1つはジスルフィドの架け違いです。ヒトインスリンは、21個のアミノ酸からなるA鎖と30個のB鎖が、3本のジスルフィド結合(硫黄どうしの橋)でつながっています。橋をかける相手が入れ替わっても、重さは変わりません。確かめるには、橋を切る処理(還元)をした試料としない試料の両方でペプチドマッピングタンパク質を断片に切り分け、どこがどれだけ化学変化したかを調べる分析。詳しく →を取り、どの断片がどの断片とつながっていたかを読みます。組換えのインスリンは、前駆体を折りたたませる工程でこの架け違いが生じうるので、見落とせない相手です。
分析法を選ぶときは「何を測れるか」より「何を見落とすか」を先に並べ、その隙間を別の試験で埋めます。
作り方で変わる不純物
同じ配列のペプチドでも、作り方が変われば探すべき不純物が変わります。
組換えで作るなら、宿主の細胞に由来するタンパク質やDNA、エンドトキシングラム陰性菌の外膜由来の発熱性物質(LPS)で、注射剤では厳しく管理し、LAL試験などで測定します。詳しく →、前駆体から変わりきらなかった分子が中心です。インスリンでは、折りたたみで生じるジスルフィドの異性体がここに加わります。化学合成で作るなら、欠失体、エピマー体、保護基化学合成中に反応させたくない官能基を一時的にマスクする化学基で、目的の反応後に除去されてもとの官能基が露出する。詳しく →が外れきらなかった分子、残った試薬や溶媒が中心で、分離と質量分析の比重が上がります。どちらのルートを採るかの考え方は組換えと化学合成、ルートの選び方で解説しています。
ルートの違いが規制の場で問われた例もあります。FDAは2021年のガイダンスで、リラグルチドやグルカゴンのように遺伝子組換えでつくられた先発品を参照し、化学合成で後発品をつくる場合の考え方を示しました。後発品の類縁物質を先発品と比べ、新しい不純物があれば、免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →(体が異物として反応すること)を含めて安全性に響かないことを説明するよう求めています。リラグルチドでは、2024年12月に、先発品ビクトーザの初めての後発品が米国で承認されています。
同じ有効成分でも、作り方が違えば、規格に並ぶ不純物の顔ぶれは同じになりません。
試験計画や委託先で確かめること
ペプチド複数のアミノ酸がペプチド結合でつながった中分子化合物で、タンパク質より鎖が短いものを指す。詳しく →医薬の試験計画を読むときや、受託分析の見積もりを取るときは、次の点を確かめてみてください。
- 含量と生物活性を、それぞれどの試験で見ているか。生物試験は標準品との相対力価検体の力価を標準品と比べて表す値。生物系の日間変動を比で打ち消せる。詳しく →で出しているか
- 質量分析で見えないエピマー体を、逆相HPLCなどの保持の差で押さえているか
- インスリンのようにジスルフィドをもつ分子で、還元した試料としない試料の両方でペプチドマッピングをしているか
- 組換えか化学合成か、製造ルートに合った不純物が規格に入っているか
- 化学合成の後発品で先発品が組換えなら、類縁物質を先発品と並べて比べているか
- 分析で分けきれない不純物について、製造の条件の側で作らせない手を打っているか
装置や試薬は、逆相HPLCカラム、LC-MS、細胞を使う試験に使うレポーター遺伝子アッセイの製品ページで比べられます。
次に気になるのは、類縁物質を実際にどう見分けて同定するかでしょう。ペプチド医薬の類縁物質プロファイリングが答えます。側鎖がなぜ効き目を長くするのかはGLP-1ペプチドの脂質化、インスリンの架け違いがどこで生じるのかはプロインスリンのリフォールディングで解説しています。
参考文献
- NIBSC, WHO 2nd International Standard for Insulin, Human, NIBSC code 11/212, Instructions for use(1アンプルあたり9.19 mgを質量収支で値付け。純粋なインスリン1 IU=0.0347 mgの換算で、単位の値が重さの値とよく合うことの確認)
- WHO, WHO/BS/2019.2366 WHO 1st IS for Insulin, human(共同研究報告)(1980年代の標準品が動物での生物試験の共同研究で値付けされた経緯)
- Rüggeberg S, et al. Progress towards the Replacement of the Rabbit Blood Sugar Test for the Quantitative Determination of the Biological Activity of Insulins (USP 〈121〉) with an In Vitro Assay. Animals. 2023;13(18):2953.(出荷時のバイオアイデンティティ試験、安定性試験などでの定量に1結果あたり24羽以上、2020年12月のグラルギン・リスプロへの細胞試験の追加)
- USP General Chapter 〈121〉 Insulin Assays(有償の公定書。ウサギの血糖試験と細胞を使うバイオアイデンティティ試験)
- OZEMPIC (semaglutide) 米国添付文書(FDA)およびカナダ製品モノグラフ(骨格を酵母でつくること、アルブミン結合薬物が血中の主要輸送タンパク質であるアルブミンと可逆的に結合することで、見かけの分子サイズが増し腎排泄が遅延する現象。詳しく →による作用の持続)
- FDA, ANDAs for Certain Highly Purified Synthetic Peptide Drug Products That Refer to Listed Drugs of rDNA Origin(Guidance for Industry、2021年5月)
- FDA, FDA Approves First Generic of Once-Daily GLP-1 Injection to Lower Blood Sugar in Patients with Type 2 Diabetes(2024年12月23日)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/insulin-glp1-peptide-analytics