ペプチド医薬:組換えと化学合成、長さでは決まらないルートの選び方

ペプチド複数のアミノ酸がペプチド結合でつながった中分子化合物で、タンパク質より鎖が短いものを指す。詳しく →医薬のルート選択には、よく使われる目安があります。鎖が長ければ組換え、短ければ化学合成です。ところが実例に当てはめると崩れます。インスリンは51残基で組換えですが、チルゼパチドは39残基で化学合成です。セマグルチドは31残基の短さなのに、先発では骨格の大部分を酵母で作り、末端と側鎖だけを化学合成でこしらえて、あとからつなぎます。
分かれ目は長さではなく、骨格に生き物が作れない部品が入っているか、そして必要な量がどの桁かの二点です。長さは化学合成の歩留まり製造工程で投入した原料や中間体に対し、最終的に規格に合った製品として回収できた割合を指し、低いほどコスト増につながる。詳しく →には確かに効きますが、それだけでは決まりません。
ルートは、設備、原料、管理する不純物、審査の経路まで決めます。調達や品質保証の担当者が、受託先の提案書にある「ルート」を読み解くときの手がかりです。
長さは効くが、決め手ではない
化学合成では、アミノ酸を一つつなぐたびに少し取りこぼします。
つなぐ操作1回の成功率が99.5%でも、30残基の鎖で全長が残るのは約86%、100残基まで伸ばすと約6割です。取りこぼした鎖は、アミノ酸が1つ抜けた欠失体として残ります。全長とほとんど同じ性質なので、精製で分けるのがいちばん難しい不純物です(回数と成功率の関係は収量・回収率の計算ツールで試せます)。長いほど不利になるという目安には、こういう根拠があります。
それでも、線引きにはなりません。51残基のインスリンは組換えで作られますが(組換えインスリンの製造)、39残基のチルゼパチドとエキセナチドは化学合成です。化学合成でも、長い鎖を一本の道で組むとは限りません。HIV治療薬のエンフビルチド(36残基)は、固相合成で断片を別々に組み、液中でつなぐ製法で作られます。
40残基前後の帯では、長さ以外の要素が判断をひっくり返します。
生き物が作れない部品 ― Aibと脂肪酸の側鎖
長さ以外の要素の一つ目が、骨格に使う部品です。
遺伝暗号は20種類のアミノ酸に割り当てられていて、それ以外の残基に対応するコドンはありません。セマグルチドの8位、チルゼパチドの2位と13位に入っているAib(2-アミノイソ酪酸α炭素に二つのメチル基をもつ非天然アミノ酸で、DPP-4などのプロテアーゼによる切断に対する耐性を高めるために置換に用いられる。詳しく →)は、この20種類の外にあります。細胞に作らせようとしても、翻訳の仕組みがこの残基を知りません。人工的な翻訳系で非天然アミノ酸通常の20種類には含まれない人工的なアミノ酸で、タンパク質の狙った位置に導入して部位特異的な修飾や結合の足場にします。詳しく →を入れる研究は進んでいますが、原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →の製造に載せられる段階ではありません。D体のアミノ酸や、主鎖をメチル化した残基も同じです。
薬を長持ちさせる脂肪酸の側鎖も、細胞には付けられません。つまり、Aibや側鎖がある分子は、骨格をどう作っても化学の工程が残ります。リラグルチドは、酵母で作った骨格に、パルミチン酸の側鎖を化学で付けます。セマグルチドの先発は、骨格の大部分を酵母の発酵で作り、酵母が作れないAibを含む末端と脂肪酸の側鎖を固相合成でこしらえて、あとからつなぐルートだと紹介されています。全合成で一本に通す道を選ぶのは、後発を狙う側が多いとされます。チルゼパチドは、骨格も側鎖も化学合成が基本です。
分子ごとの作り分けはGLP-1受容体作動薬の製造ルートに、全合成で通すときの詰まりどころはセマグルチドの固相合成に、側鎖の役割はGLP-1ペプチドの脂質化にあります。

非天然の部品が一つでも入れば、その部分は化学で作るしかありません。組換えだけで完結する選択肢は、そこで消えます。
規模が効く場所 ― 溶媒の山
二つ目の要素が、年間に必要な量です。
固相合成は、工程の大半が洗浄でできています。脱保護のあとに洗い、つなぐ操作のあとにも洗います。ACS GCI Pharmaceutical Roundtableの会員企業が、ペプチドの40の製造プロセスを集計した報告では、投入した物質の総量を製品1 kgで割ったPMIが、固相合成の平均で約13,000でした。低分子医薬の中央値は168〜308、抗体などの生物学的製剤は約8,300ですから、固相合成は桁が一つ違います。
必要量が少ないうちは、この差は表に出ません。研究用や希少疾患向けの少量なら、溶媒の調達も廃棄も既存の設備で回せます。年間の必要量がトンの桁に入ると、溶媒の調達契約と廃棄の処理能力が、収率より先に制約として現れます。GLP-1薬の需要は、まさにその桁の話です。米国で承認された肥満症用の錠剤は、注射の約73倍の原薬を使います(セマグルチドの固相合成)。
組換えは逆の形をしています。発酵槽大腸菌や酵母などの微生物を高密度で培養する培養槽で、高い酸素供給や蒸気滅菌に対応した発酵用の設備です。詳しく →と下流の精製設備に初期投資がかかり、少量では割に合わない一方で、規模を上げるほど単位あたりの費用が下がる傾向があります。化学合成と組換えが入れ替わる規模は、品目ごとに違います。
規模が小さいうちは化学合成が扱いやすく、大きくなるほど溶媒の山が重くなります。交点がどこかは、品目ごとに確かめます。
不純物と審査 ― 管理する相手と通る経路の違い
ルートを決めた時点で、監視する対象が入れ替わります。
化学合成なら、欠失体、エピマー体、脱保護が不完全な鎖、側鎖が付かなかったものが中心で、残留溶媒と試薬も加わります。どれも配列に由来する類縁物質で、全長と構造が近いため、分取の逆相クロマトグラフィー疎水性の差でペプチドやオリゴを分離する液体クロマトグラフィーのこと。詳しく →と質量分析分子をイオンにして、質量と電荷の比で分け、分子の質量を精密に測る手法です。タンパク質の同定、修飾の位置の特定、不純物の確認などに使い、液体クロマトグラフと組み合わせることが多くあります。詳しく →が管理の軸です。エピマー体は原子の組成が同じなので、質量では分かれません。ペプチドマッピングと、保持時間の差で追いかけます。組換えなら、宿主細胞タンパク質医薬品を作る宿主細胞に由来するタンパク質の不純物です。安全性に関わるため、精製後の残存量を測ります。詳しく →、宿主DNA、エンドトキシングラム陰性菌の外膜由来の発熱性物質(LPS)で、注射剤では厳しく管理し、LAL試験などで測定します。詳しく →が前面に出ます。インスリンのように前駆体を折りたたむ工程があれば、ジスルフィドの異性体や変換が不完全な分子も加わります。
ハイブリッドを選ぶと、両方の不純物を引き受けます。先発のセマグルチドのように、骨格を酵母で、末端と側鎖を化学で作る構成なら、宿主由来の不純物も、化学合成由来の類縁物質も、規格の対象です。工程が短くなって不純物も減るように見えますが、種類は足し算で増えます。比べるときは、工程数ではなく管理項目の数で見てください。
審査の経路は、長さの別の線で分かれます。米国のFDAは、2020年3月23日から、アミノ酸が40個を超えるものをタンパク質と定義しました。51残基のインスリンは、このときに新薬承認(NDA)から生物製剤の承認(BLA)へ移っています。40個以下のペプチドは、組換えで作っても従来の医薬品のままです。31残基のリラグルチドは、酵母で作る組換え由来ですが、この線の下にあります。
組換え由来の先発を、化学合成で作る後発が追う道は、実際に開けています。FDAは2021年に、組換えDNA由来の先発品を参照する高度精製合成ペプチドの後発品について、類縁物質が先発品より増えていないか、増えているなら免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →の懸念を高めないかを示すガイダンスを出しました。2020年12月には、29残基のグルカゴンで、Amphastarの合成品が、Eli Lillyの組換え品の後発として承認されています。リラグルチドでも、2024年に後発が承認されました。
化学合成の原薬では、出発物質をどこに置くかも論点です。保護アミノ酸を出発物質にするのか、途中の断片にするのか。規格の組み立ても、組換えなら宿主由来の不純物の試験を含むICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく →の考え方、化学合成ならICH Q11原薬の開発・製造を扱い、原薬側の管理戦略の作り込みを示すICHのガイドライン。詳しく →と、類縁物質や残留溶媒の枠組みが土台です。
ここで引いた線より前の工程は、申請の対象から外れます。線の引き方が、供給網のどこを自社で押さえるかの判断そのものです。
明日から確かめられること ― ルートを選ぶ順序
ルートの話が出たら、次の順に確かめます。
一番目は、配列に非天然アミノ酸があるかです。 Aibでも、D体でも、主鎖を修飾した残基でも、一つ入っていればその部分は化学で組みます。二番目に、脂肪酸やPEGのような化学修飾があるかを見ます。あれば、骨格をどう作っても化学の工程が後段に残ります。
三番目に、つなぐ回数を数えます。40回を超えるなら、必要な成功率の水準が厳しくなるので、エンフビルチドのように断片を別々に作って連結する設計を検討する価値があります。四番目が年間の必要量で、トンの桁なら、溶媒の調達と廃棄がコストの主役に変わり、組換えや酵素を使うルートが現実味を帯びます。五番目は規制の線で、40残基を超えるか、参照する先発が組換え由来かを確かめます。
最後に、自社がどちらの不純物を管理できるかを確かめます。 配列由来の類縁物質を分ける分取設備と分析法を持っているのか、宿主由来の不純物を押さえる試験系を持っているのか。ルートの優劣ではなく、どちらの失敗が自社の工程で重いかで決まります。受託先を選ぶなら、この問いがそのまま選定の条件です。
提案書では、ルートが先発と同じ組み合わせか全合成かを最初に読み、そのルートで主役になる不純物の管理が書かれているかを確かめてください。合成機、保護アミノ酸、分取カラム、凍結乾燥機試料を凍らせてから減圧し、氷を昇華させて水分を除く乾燥装置です。熱に弱い医薬品を安定な状態で保存できます。詳しく →は、製品データベースの分取・逆相HPLCカラム、クロマトグラフィーシステム、凍結乾燥機から探せます。
参考文献
- Kekessie I, et al. Process Mass Intensity (PMI), J Org Chem. 2024;89(7):4261-4282(固相合成の平均 13,000 kg/kg、低分子 168〜308 kg、生物学的製剤 8,300 kg)
- EMA, Fuzeon(エンフビルチド)EPAR Scientific Discussion(36残基の化学合成ペプチド)
- Trimeris, Synthesis of peptide T-20 using peptide intermediate fragments(EP1833843B1)(固相合成で組んだ断片を液相でつなぐ製法の記載)
- RAPS, FDA Finalizes Biological Product Definition(タンパク質は40アミノ酸超。2020年3月23日に施行)
- FDA, ANDAs for Certain Highly Purified Synthetic Peptide Drug Products That Refer to Listed Drugs of rDNA Origin(2021年のガイダンス)
- Amphastar, Amphastar Announces Approval for Glucagon for Injection Kit, 1mg(2020年12月29日。組換え由来の先発品を参照する合成グルカゴンの後発)
- FDA, FDA approves first generic of once-daily GLP-1 injection to lower blood sugar in patients with type 2 diabetes(リラグルチドの後発品の承認)
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → Q6B, Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products
- ICH Q11, Development and Manufacture of Drug Substances(出発物質の設定)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/peptide-recombinant-vs-synthetic-route