セマグルチドの固相合成:スケールアップで詰まる場所

米国の肥満症薬Wegovyには、週1回2.4 mgの注射と、2025年12月に承認された1日1回25 mgの錠剤があります。1人が1年に使う原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →は、注射で約125 mg、錠剤で約9,100 mgです。同じ患者数でも、飲む薬にすると原薬は73倍要ります。
セマグルチドは31個のアミノ酸がつながったペプチドで、分子量は約4,100です。この量を何で賄うのか。先発のノボ ノルディスクは、骨格の大部分を酵母に作らせ、酵母が作れないAibを含む末端と脂肪酸の側鎖を化学で作って、あとからつなぐルートとされます。骨格を樹脂の上で化学的に組む固相合成(SPPS不溶性の固体樹脂上でアミノ酸を順次縮合してペプチド鎖を伸長する化学合成法。詳しく →)は、後発品を狙う各社や受託メーカーが検討する、別のルートです。インドでは2026年3月に特許期間が終わったと報じられ、現実味が増しています。ただし固相合成は、ペプチド複数のアミノ酸がペプチド結合でつながった中分子化合物で、タンパク質より鎖が短いものを指す。詳しく →製造の平均で、原薬1 kgに対して約13,000 kgの物質を動かす工程です。スケールが上がるほど、どこで詰まるかが原価を決めます。
製造や調達を担当する人にも、受託先の提案書を読む購買、営業、品質保証の人にも、固相合成のスケールアップで何を確かめるべきかが分かる内容です。
需要の桁 ― 飲む薬は注射の73倍
飲み薬の原薬量は、吸収率でほぼ決まります。
ペプチドは胃で壊され、腸の壁も通りにくい分子です。経口のセマグルチドは、SNAC(サルカプロザートナトリウム)という吸収を助ける添加物と一緒に錠剤にして、胃のなかで吸収させます。それでも吸収率は1%前後です。注射のほぼ100分の1しか届かないので、そのぶん多く飲みます。
この物量を、どのルートで作るのか。酵母に骨格を任せる先発のルートと、樹脂の上で化学的に組む固相合成の違いはGLP-1受容体作動薬の製造ルートとペプチド医薬の組換えと化学合成で比べています。ここからは、固相合成で作ると決めたときの、スケールアップの詰まりどころを順に見ます。
原薬の必要量が桁で増えると、収率1ポイントの差は、そのまま大きな物量の差として現れます。
縮合34回とAib ― 取りこぼしが溜まる場所
骨格を組むだけで、アミノ酸をつなぐ縮合を30回、側鎖を乗せると合わせて34回です。
縮合1回の成功率が99.0%でも99.5%でも、差は0.5ポイントにすぎません。ところが34回重ねると、全長の取り分は71%と84%で、13ポイント開きます。取りこぼした鎖は、アミノ酸が1個抜けた欠失体あるサイクルでカップリングが取りこぼされ、その残基が抜けた全長より短いペプチド。詳しく →として樹脂に残り、全長との差が小さいので、あとから取り除くのが難しい不純物です。鎖が長いほど、取りこぼしが掛け算で効く点は、核酸の固相合成も同じです(オリゴ核酸の固相合成)。基本の繰り返しはペプチド医薬の固相合成で解説しています。
セマグルチドには、とくに成功率が落ちやすい場所があります。8位のAib(2-アミノイソ酪酸α炭素に二つのメチル基をもつ非天然アミノ酸で、DPP-4などのプロテアーゼによる切断に対する耐性を高めるために置換に用いられる。詳しく →)です。天然のGLP-1は、DPP-4血中に存在するプロテアーゼで、GLP-1のN末端側を切断して不活性化する酵素。詳しく →という酵素に末端から切られて数分で消えますが、この位置に炭素のメチル基が二つ付いたAibを入れると、酵素が取りつきにくくなります。セマグルチドの半減期が約1週間に延びたのは、脂肪酸の側鎖とAibの合わせ技です。
製造では、そのかさ高さが縮合を邪魔します。Aibにつなぐときも、Aibの上に次の残基を乗せるときも、反応が遅くなり、取りこぼすと欠失体が残ります。手は二つで、縮合を2回繰り返すか、加温するかです。CEMのマイクロ波合成機のように、加温しながら回す装置があります。ただし温度を上げると、N末端のヒスチジン弱酸性域で電荷が変わるアミノ酸。タンパク質の中では pH が下がると結合の仕方を変える要になり、製剤では弱酸性域の緩衝剤として抗体の安定化に使われる。詳しく →の立体が反転するエピマー化アミノ酸のα炭素の立体配置が反転し、本来のL体にD体が混じる副反応。詳しく →も進みやすくなります。
加温は難しい配列への万能の解ではなく、別の不純物と引き換える選択です。
側鎖の位置 ― 26位だけを開ける
脂肪酸の側鎖は、リシンのアミノ基に付けます。
セマグルチドの土台になるGLP-1の配列にはリシンが二つあり、26位と34位です。34位はアルギニンに置き換えてあるので、側鎖を付けるリシンは26位の1か所だけです。骨格を伸ばしているあいだ、26位の側鎖は保護基化学合成中に反応させたくない官能基を一時的にマスクする化学基で、目的の反応後に除去されてもとの官能基が露出する。詳しく →で塞いでおき、骨格が組み上がってから、その1か所だけを開けて側鎖を乗せます。使うのは、ほかの保護基と条件が重ならない、直交保護と呼ばれる組み合わせです。Mttは1〜2%の薄いTFAで、ivDdeは2%のヒドラジンで、AllocはパラジウムのPd(0)錯体で外れます。
直交保護の選択は、樹脂と配列との相性で決まります。Mttを外す薄いTFAは、酸に弱い樹脂から鎖を落としてしまうことがあります。ivDdeを外すヒドラジンは、Fmocが残っている鎖に触れると余計な脱保護を起こします。Allocを外すパラジウムは、硫黄を含む残基があると触媒が働きにくくなります。骨格を組み終えてからでは戻れないので、最初に決めます。
側鎖の中身は、効き目を決めています。リラグルチドは炭素16個のパルミチン酸をγ-グルタミン酸グルタミン酸のγ位カルボキシル基を介して結合するアミノ酸で、リピデーションのスペーサー構成要素として用いられる。詳しく →1段で付けた構造で、半減期は13時間、1日1回の投与です。セマグルチドは炭素18個の二酸を、γ-グルタミン酸と、AEEA短いエチレングリコール鎖を繰り返し単位とする親水性スペーサーで、脂質部分をペプチド表面から適切な距離に配置するために使われる。詳しく →という短いリンカー2段で伸ばしています。血中のアルブミンに99%を超えて結合し、投与間隔は1日から1週間に延びました。側鎖を伸ばす役割はGLP-1ペプチドの脂質化にあります。
側鎖の4段(γ-グルタミン酸1段、AEEA2段、末端の二酸1段)は、樹脂の上で1段ずつ縮合する方法と、あらかじめ作り置いた側鎖付きのリシンを1回で入れる方法があります。後者は縮合を1回に減らせますが、側鎖付きのリシンという特殊な原料を、調達するか別に作る必要があります。
溶媒と精製 ― 洗うための溶媒、似た不純物
固相合成の工程表は、洗浄で埋まっています。
縮合のたびに、脱保護のあとと縮合のあとに樹脂を洗います。34回の縮合では、洗浄が合わせて200回を超えることも珍しくありません。ACS GCI Pharmaceutical Roundtableの会員企業が、ペプチドの40の製造プロセスを集計した報告があります。投入した物質の総量を製品1 kgで割ったPMIは、固相合成の平均で約13,000でした。低分子医薬の中央値は168〜308、抗体などの生物学的製剤は約8,300です。固相合成は、桁が一つ違います。背景には、反応を進めるために過剰に使う溶媒と試薬があります。
主力の溶媒であるDMFとNMPは、EUで規制の対象です。NMPは2020年から、DMFはその後に、作業者のばく露の上限(DNEL)を守ることが、製造の条件になりました。換気とばく露の測定が、製造所の固定費に変わります。洗浄の回数を減らす、洗浄溶媒を回収して使い直す、溶媒そのものを置き換える、の三つが打ち手です。ただし、置き換えた溶媒が樹脂を十分に膨潤させないと、縮合の成功率が落ちて欠失体が増えます。
樹脂から切り出した液には、全長によく似た分子が並んでいます。欠失体、エピマー体、脂肪酸が付かなかったもの、側鎖が別の位置に付いた位置異性体です。どれも全長と近く、分取の逆相クロマトグラフィー疎水性の差でペプチドやオリゴを分離する液体クロマトグラフィーのこと。詳しく →で分けるしかありません。YMCやPhenomenexの分取カラムが使われます。選択性の違う条件を二段組むことがありますが、段を足すたびに収率が削られます。粗生成物の純度が低いほど、精製の段数が増えるので、精製の設計は縮合の設計の結果です(不純物の見方はペプチドの不純物プロファイリング、残る溶媒は残留溶媒の管理)。
固相合成のスケールアップでは、溶媒の量と精製の段数が、原価を左右します。
明日から確かめられること
固相合成のルートで原薬を頼む、あるいは自社で組むときの確認点です。
- 縮合を何回回すか。側鎖は樹脂の上で1段ずつか、作り置きを1回で入れるか
- Aibの前後を、二重縮合か加温のどちらで通しているか。加温なら、ヒスチジンのエピマー化を見ているか
- 直交保護は何で、樹脂の酸への強さとほかの保護基の条件と合っているか
- 粗生成物の純度と、精製の段数、段ごとの収率
- 1 kgの原薬に使う溶媒の総量(PMI)と、回収の計画。DMFとNMPの規制への対応
- 注射か錠剤か。想定する年間の必要量
分取と分析の装置は、製品データベースの分取・逆相HPLCカラム、クロマトグラフィーシステム、LC-MS、凍結乾燥機で比べられます。
参考文献
- Kekessie I, et al. Process Mass Intensity (PMI): A Holistic Analysis of Current Peptide Manufacturing Processes Informs Sustainability in Peptide Synthesis. J Org Chem. 2024;89(7):4261-4282.(40のプロセスの集計。PMIは固相合成で約13,000、低分子の中央値168〜308、生物学的製剤約8,300)
- Chemxplore, Novo Nordisk: FDA Approves Wegovy Oral Pill for Weight Management(2025年12月22日に承認。1日1回25 mg)
- FDA, RYBELSUS (semaglutide) tablets 添付文書
- FDA, Semaglutide NDA 213051 Chemistry Review
- ECHA, REACH Annex XVII entry 71(NMP)
- Business Today, India's weight loss drug moment: What happens when semaglutide goes generic(2026年3月20日)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/semaglutide-spps-scale-up