微生物発酵のスケールアップ:酸素供給とせん断の壁
フラスコや小型ジャーで確立した培養条件を、数百リットルから数万リットル規模の発酵槽へ移す。その工程で最初に壁になるのは、ほぼ例外なく酸素供給だ。細菌や酵母は哺乳類細胞にくらべて代謝が速く、増殖も旺盛です。その勢いはそのまま酸素の消費速度に跳ね返るため、大スケールでは「酸素をどれだけ速く液に溶かし込めるか」が真っ先に律速になりやすい。これが微生物発酵スケールアップ小型培養で確立した条件を、より大きなバイオリアクターへ拡大する取り組みです。酸素供給の指標kLaなどを揃え、性能を再現します。詳しく →の基本的な構図です。

酸素は水に溶けにくい気体です。細胞が使う速さ(OUR=酸素要求速度、Oxygen Uptake Rate)に、液へ溶かし込む速さ(OTR=酸素移動速度、Oxygen Transfer Rate気相から液へ酸素が溶け込む速度。kLaと濃度差の積で表す酸素移動速度。)が追いつかなければ、培養は酸素不足に陥ります。この供給を左右するのが kLa(酸素移動容量係数)であり、通気・撹拌・発熱除去・混合といった操作すべてがここに絡んでいます。しかも撹拌を強めれば酸素は入りやすくなる一方、局所的なせん断流れの中で分子にかかる物理的な力。強すぎると抗体の凝集や微粒子発生を招く。や発熱、泡立ちが増えるという相反も抱えている。一つのパラメータを動かすたびに、別の何かが動く。
酸素を稼ぐための手立てが、そのまま別の壁を生む。これがスケールアップを単純に解けなくする核心です。kLa を上げようと通気・撹拌を強めれば、今度は発熱・せん断・混合時間がのしかかり、大腸菌の高密度培養菌体を高い密度まで増やして、容積あたりの生産性を高める培養。では酢酸(アセテート)の蓄積までついてまわります。哺乳類細胞培養とはまるで勘所が違い、条件依存を前提にした綱引きの中でしか、最適点は見えてきません。
- 微生物発酵のスケールアップは、高い酸素要求(OUR)に酸素供給(OTR)を追いつかせ続ける設計問題です。
- kLaを稼ぐ撹拌・通気は、発熱・混合時間・泡立ちを同時に招くため、単純な増量では解けません。
- 大腸菌の高密度培養では、糖の過剰・酸素不足・基質勾配が重なって酢酸が蓄積します。
微生物は酸素をたくさん・速く使う
微生物発酵のスケールアップで最初に立ちはだかるのは、酸素供給です。細菌や酵母は代謝が速く、単位体積あたりの酸素要求(OUR)が哺乳類細胞よりはるかに高いため、大スケールで十分な溶存酸素(DO)培養液などに溶け込んでいる酸素の量。細胞培養では制御対象となる重要なパラメータ。を保つことが難しくなります。
高密度で培養する大腸菌や酵母では、菌体量が増えるにつれて OUR が跳ね上がります。培養液1リットルが1時間に必要とする酸素の量は、条件によっては哺乳類細胞培養の数十倍から百倍以上のオーダーに達することもあるとされます。ところが酸素は水にわずかしか溶けない。大気圧・体温付近の水に平衡で溶ける酸素は、ざっと 7 mg/L 前後という低い水準です。溶存酸素培養液に溶けている酸素の濃度。細胞の呼吸を支えるため一定に保つ制御対象。の「在庫」がこれだけ薄いということは、細胞が使えば数秒から数十秒で枯れうるということでもあります。だからこそ、消費に追いつく速さで絶えず溶かし込み続ける必要があります。
酸素移動速度培養液へ酸素が移動する速さ。kLaと溶存酸素の濃度差の積で表される。(OTR培養液へ酸素が移動する速さ。kLaと溶存酸素の濃度差の積で表される。)は、酸素移動容量係数 kLa と、飽和溶存酸素から実測溶存酸素を引いた濃度差(推進力)の積で表されます。定常的に培養を成り立たせるには、OTR が OUR細胞が単位時間あたりに消費する酸素の速度。酸素要求速度。 を上回っていなければなりません。 微生物発酵大腸菌などの微生物を培養槽で増やし、目的タンパク質などを作らせて回収する製造工程です。詳しく →のスケールアップは、増えていく OUR に対して、いかに kLa を確保し続けるかという設計問題 だと言えます。
酸素は水に溶けにくく、溶存酸素の在庫はごくわずか。微生物は代謝が速くこれを一気に使い切るため、供給(OTR)が消費(OUR)に追いつかないと数十秒で酸素不足に陥ります。スケールが上がるほど、この供給の確保が律速になりやすくなります。
kLa を稼ぐ:通気と撹拌、そして相反
酸素供給を増やす手立ては、大きく通気(空気や酸素を送り込む)と撹拌(インペラ発酵槽内で液を撹拌し、気泡を分散させる撹拌翼。で混ぜて気泡を細かくし、界面を増やす)の二つです。ただし、どちらも上げすぎると別の問題を呼ぶ。単純な増量では解けない理由はここにあります。
kLa は、撹拌動力(体積あたりの投入動力=P/V)、通気速度(vvm=培養液1リットルあたり毎分何リットル送るか)、気泡径、スパージャー培養槽の底などからガスを気泡として吹き込み、酸素供給やCO₂排出を行う散気装置。形状などに依存します。撹拌を強めれば気泡が細かく分散して界面積が増え、kLa は上がります。通気量を増やせば供給される酸素そのものが増えます。しかし小スケールで容易に達成できた高い kLa を大スケールで再現しようとすると、いくつもの制約が同時に顔を出します。
| 手立て | 得られるもの | 一緒に増える負担 |
|---|---|---|
| 撹拌を強める(P/V体積あたりの撹拌動力。平均的な乱流強度やせん断の目安に使われるスケール指標。 を上げる) | 気泡の分散、界面積の増加、kLa 向上 | せん断応力撹拌や通気で細胞にかかる引きちぎる力。強すぎると細胞が傷つくため制御が要る。、発熱、動力コスト |
| 通気量を増やす(vvm培養液1リットルあたり毎分何リットル通気するかを表す通気速度の単位。 を上げる) | 供給酸素量の増加 | 泡立ち、CO₂ ストリッピング通気でガスを追い出す操作。培養では溜まったCO₂を気泡で排出することを指す。、フラッディング通気量が過大で撹拌翼が気泡に覆われ、分散能力が低下する状態。 |
| 純酸素で富化する | 推進力(濃度差)の増加 | ガスコスト、安全管理、DO 制御の複雑化 |
| 槽内圧を上げる | 溶解度(飽和 DO)の上昇 | 設備耐圧、CO₂ 溶解の増加 |
実務では、これらを組み合わせ、どれを優先するかをリスクと設備に応じて決めます。たとえば大スケールでは、まず撹拌を上げ、次に通気を増やし、最後に純酸素を混ぜて推進力を稼ぐ——という段階的な DO カスケードを組むのが一般的です。こうした段階制御によって、過度なせん断やガスコストを避けながら DO を維持します。
なお、微生物発酵で使うインペラは、哺乳類培養で好まれる緩やかなマリンインペラ(低せん断)ではなく、ラシュトンタービン気泡を強く分散させる高せん断型の撹拌翼。微生物発酵で主流。のように気泡を強く分散させる高せん断型が主流です。細菌の細胞壁は哺乳類細胞よりずっと丈夫で、多少のせん断には耐えられるため、酸素供給を優先した設計が成り立ちます。この点は後段でもう一度触れます。発酵槽大腸菌や酵母などの微生物を高密度で培養する培養槽で、高い酸素供給や蒸気滅菌に対応した発酵用の設備です。詳しく →やインペラ・スパージャーの構成については、微生物発酵プロセス側でも整理しています。
発熱・混合時間・泡:撹拌が生む副作用
酸素を稼ぐために撹拌と通気を強めると、その裏で発熱・混合時間添加した成分が槽内で均一になるまでの時間。大スケールほど延び、濃度勾配を生む。・泡立ちという別の課題が持ち上がります。スケールが上がるほど、これらの影響は大きくなります。
まず発熱です。微生物は活発に代謝するぶん、多くの代謝熱を出します。加えて、強い撹拌に投入した機械的な動力も、最終的には熱に変わって培養液を温めます。容積が増えるほど、体積あたりの放熱に使える表面積の割合は下がるため、大スケールでは熱が逃げにくくなります。高密度培養では、代謝熱と撹拌動力による発熱の除去(冷却能力)そのものがスケールアップの制約になることがあります。ジャケットや内部コイルの冷却が追いつかなければ、温度が設定から外れ、酵素活性や生産に影響します。
次に混合時間です。混合時間とは、添加した成分(酸・塩基、フィードフェドバッチで追い足す濃縮した栄養液。いつ・どれだけ・どう入れるかが生産性と品質を左右する。、消泡剤培養や撹拌で生じる泡を抑えるために加える添加剤で、泡による酸素供給の低下やあふれを防ぎます。詳しく →など)が槽内で均一になるまでの時間。小スケールでは数秒でも、大型槽では数十秒から分のオーダーに延びることがあります。微生物は基質の取り込みも代謝回転も速いため、混合が遅れると、フィード添加点の近くだけ基質が濃い、あるいは pH 調整のための塩基添加点の近くだけ局所的に pH が高い、といった勾配が生じます。細胞はこうした濃淡の中を循環することになり、この基質勾配こそが後述の酢酸蓄積を悪化させる引き金にもなります。
そして泡立ちです。高い通気量と強い撹拌、培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。中のタンパク質などが重なると泡が立ちやすくなります。泡は測定プローブへの干渉、汚染リスク、有効培養体積の減少を招く。消泡剤の添加は有効ですが、過剰になると酸素移動そのものを妨げる(kLa を下げる)ことが知られており、量とタイミングの管理が要ります。泡を抑えようとして酸素が入りにくくなる——その逆効果を避けるための、地味だが重要な判断です。
大腸菌の高密度培養と酢酸蓄積
大腸菌(E. coli)の高密度培養で繰り返し問題になるのが、酢酸(アセテート)の蓄積です。酸素供給と基質供給の設計に直結する、微生物発酵に特徴的な課題です。
大腸菌は、グルコースが過剰にある、あるいは酸素が足りないといった条件で、糖を完全に酸化しきれず、代わりに酢酸を排出する代謝に切り替わります。これは「オーバーフロー代謝グルコースが潤沢なとき解糖が過剰になり、余った分を乳酸として排出する余剰代謝。」と呼ばれ、菌が処理しきれない炭素をいったん酢酸として吐き出す現象と理解されています。排出された酢酸は、菌体の増殖を妨げ、目的タンパク質の生産性を下げる方向に働くことが知られています。炭素源微生物発酵でエネルギー源となる糖類などの炭素源と、目的遺伝子の発現を促す誘導物質のことです。詳しく →の無駄であると同時に、増殖と生産を阻害する副産物——二重の意味で、見逃せない問題です。
酢酸の蓄積を招きやすい典型的な条件を整理すると、次のようになります。
| 引き金となる条件 | 何が起きるか |
|---|---|
| グルコースの過剰供給 | 取り込み過多でオーバーフロー代謝に傾き、酢酸が増える |
| 酸素供給の不足(DO 低下) | 完全酸化ができず、嫌気的な経路へ流れて酢酸が増える |
| 大スケールでの基質勾配 | フィード添加点近傍で局所的に糖が濃くなり、その領域で酢酸を生む |
| 高い比増殖速度細胞集団が増える速さの指標。高浸透圧で大きく低下し、比生産性とトレードオフになる。 | 代謝が追いつかず、余剰炭素が酢酸へ流れやすい |
対策の基本は、酢酸を作らせない運転です。フィードを絞ってグルコースを低く保つフェドバッチ種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →(流加)は、その代表的な手立てです。菌が処理できる速さに合わせて糖を少しずつ供給すれば、オーバーフローに傾きにくくなります。同時に、DO を切らさないよう酸素供給を保つことも欠かせません。ここで酸素供給(kLa)の話が酢酸の話とつながります。酸素が足りなければ、糖を絞っても酢酸は出やすくなるからです。
ここでスケールアップ特有の難しさが加わります。小スケールでは混合が速く、フィードした糖が瞬時に薄まるため、局所的な過剰が起きにくいものです。ところが大スケールでは混合時間が延び、フィード添加点の近くだけ糖が濃い領域ができます。菌はその高濃度域を通過するたびに一時的にオーバーフロー代謝へ振れ、酢酸を出してしまう——小スケールでは見えなかった酢酸蓄積が、大スケールで顔を出す一因はここにあります。 酢酸の蓄積は、糖の供給設計と酸素供給、そして大スケールの基質勾配が重なって生じる、スケールアップに固有の課題 です。株の選定や培地・フィード設計、宿主の改変など、対策は多面的に検討されています。
哺乳類培養との違い
同じ「培養のスケールアップ」でも、微生物発酵と哺乳類細胞培養(CHO抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく → など)では、律速になる要素や運転の勘どころが大きく異なります。どちらかの経験を持つ実務者が新たにもう一方に踏み込むとき、この違いを意識しているかどうかで、見落とすポイントが変わってきます。
| 観点 | 微生物発酵(細菌・酵母) | 哺乳類細胞培養(CHO など) |
|---|---|---|
| 代謝・増殖速度 | 速い(倍加時間は分〜時間のオーダー) | 遅い(倍加時間は10数時間〜日のオーダー) |
| 酸素要求(OUR) | 非常に高い | 相対的に低い |
| 主な律速 | 酸素供給(kLa)・発熱除去 | せん断感受性・CO₂ 蓄積・栄養/品質勾配 |
| せん断感受性 | 低い(細胞壁が丈夫)。高せん断インペラを使える | 高い(細胞膜がむき出し)。低せん断設計が必要 |
| 撹拌・通気 | 強い撹拌・高通気で kLa を優先 | 過度な撹拌・気泡破裂を避ける |
| 代表的な副産物 | 酢酸(大腸菌)など | 乳酸・アンモニアなど |
| 培養期間 | 短い(数時間〜数日) | 長い(1〜2週間以上) |
微生物発酵の設計思想は「酸素をいかに速く、たくさん送り込むか」に寄っています。細胞が丈夫なので強い撹拌が許され、その結果として高い kLa を狙えます。裏を返せば、律速は酸素供給と発熱除去の側に来やすいということです。
一方、哺乳類細胞培養では、細胞が物理的なストレスに弱く、強い撹拌や気泡の破裂で傷つきます。そのため撹拌はほどほどに抑え、酸素供給を上げにくいぶん、CO₂ の蓄積や栄養・品質の勾配、せん断が律速に回ります。哺乳類培養のスケールアップの考え方はバイオリアクターのスケールアップ側で詳しく扱っていますが、そこで重視されるせん断の抑制や翼端速度撹拌翼の先端の周速。翼まわりの最大せん断の目安で、細胞損傷を避ける上限管理に使う。の管理は、微生物発酵ではむしろ優先度が下がります。 微生物では酸素供給を、哺乳類ではせん断と勾配を、それぞれ第一の制約として設計する ——この違いを取り違えないことが、経験の転用を誤らせないための起点になります。
まとめ
微生物発酵のスケールアップは、容器を大きくする作業ではありません。速く旺盛な代謝がもたらす高い酸素要求(OUR)に、酸素供給(OTR=kLa と推進力の積)を追いつかせ続けるための工程です。kLa を稼ぐには撹拌と通気を強めますが、そのぶん発熱・混合時間・泡立ちが増え、単純な増量では解けません。段階的な DO カスケードや純酸素の富化、槽内圧の利用などを、設備とコストをにらんで組み合わせることになります。
大腸菌の高密度培養では、糖の過剰供給や酸素不足、大スケールでの基質勾配が重なって酢酸が蓄積し、増殖と生産を妨げます。フィードを絞って糖を低く保ち、DO を切らさない運転が基本です。そして微生物発酵は、細胞が丈夫でせん断に強いぶん酸素供給を優先できる点で、せん断と勾配が律速になる哺乳類培養とは設計思想が異なります。数値はいずれも株・培地・装置で動くため、自社の系での実測を前提に、範囲と条件依存として扱うことをおすすめします。
参考文献
- Garcia-Ochoa F, Gomez E. Bioreactor scale-up and oxygen transfer rate in microbial processes: an overview. Biotechnology Advances. 2009;27(2):153-176.
- Eiteman MA, Altman E. Overcoming acetate in Escherichia coli recombinant protein fermentations. Trends in Biotechnology. 2006;24(11):530-536.
- ICH Q11原薬の開発・製造を扱い、原薬側の管理戦略の作り込みを示すICHのガイドライン。, Development and Manufacture of Drug Substances
- ICH Q8(R2), Pharmaceutical Development
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