大腸菌のペリプラズム発現・分泌:可溶性と正しい折りたたみを狙う
「発現はしているのに溶けない」。大腸菌で組換えタンパク質遺伝子組換えで微生物や細胞に作らせた目的タンパク質。宿主により折りたたみやコスト、糖鎖が異なる。詳しく →を作ると、最初にぶつかるのがこの壁です。細胞質細胞内部の区画。大腸菌では還元的で、そのままではジスルフィド結合ができにくい。詳しく →で大量に作らせると封入体ができてしまい、可溶化と巻き戻しという二つの工程が後から乗ってきます。ジスルフィド結合システイン残基どうしが作るS-S結合。タンパク質の立体構造を留める橋になる。詳しく →を持つタンパク質だと事情はさらに悪く、そもそも結合が架かりません。巻き戻し大腸菌内で不溶性の塊(封入体)になったタンパク質を可溶化し、正しい立体構造へ巻き戻して活性を回復させる操作です。詳しく →の条件をいくら振っても、出発点が間違っているので届かない。

理由は環境です。大腸菌の細胞質は還元的に保たれていて、システインどうしを硫黄で架けるための酸化力がありません。ところが内膜と外膜のあいだにあるペリプラズム大腸菌の内膜と外膜の間の区画。細胞質より酸化的で、ジスルフィド結合が形成されやすい。詳しく →は酸化的で、しかも架ける専用の酵素群まで備わっています。核心は一点、目的タンパク質を細胞質に置いたままにするか、ペリプラズムへ送り込むかで、折りたたみの成否が決まります。
この記事では、まずなぜペリプラズムなのかを酸化還元の側から確かめ、宛先ラベルであるシグナル配列、SecとTatという二つの輸送経路、架ける仕組みであるDsb系、そして浸透圧ショック高浸透圧から低浸透圧へ急に移して外膜を緩め、ペリプラズムの内容物を選択的に放出させる手法。による抽出の順に解説します。最後に、細胞質とペリプラズムを使い分ける判断の順序を並べます。
- 大腸菌の細胞質は還元的なので、ジスルフィド結合を持つタンパク質は架かりません。
- ペリプラズムは酸化的で、DsbAは酸化還元電位 −122 mV とチオレドキシン超族で最強の酸化剤です。
- ペリプラズムのタンパク質は全体の 4% 程度なので、浸透圧ショックでの抽出が精製の入口を軽くします。
なぜペリプラズムなのか ― 細胞質では架からない
理由は、酸化還元の環境が違うからです。
細胞質はチオレドキシンとグルタレドキシンの働きで還元側に保たれています。ここで発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく →させたタンパク質のシステインは、還元型のまま残ります。ジスルフィド結合を二本も三本も必要とする分子だと、正しい立体構造にたどり着けません。結果として疎水面が露出し、寄り集まって封入体を作ります。
ペリプラズムは逆向きです。酸化的な環境で、しかもDsbファミリーという専用の酵素が働いている。抗体フラグメント全長抗体から抗原認識に必要な部分だけを取り出した分子。Fcを持たず小さく、微生物でも作れる。詳しく →がこの空間で作られてきたのは、この条件があるからです。実際、セルトリズマブ ペゴルのような承認品のFab重鎖の一部と軽鎖がジスルフィドで連結した約50kDaの抗体フラグメント。2本鎖で折りたたみがやや複雑。詳しく →は大腸菌で作られています。IgG 全体の 150 kDa分子の質量を表す単位。水素原子1個ぶんの重さをおおよそ1とし、抗体は約15万ダルトンの大きな分子。詳しく → に対し、Fab は 48 kDa ほど。糖鎖タンパク質に付加される糖の鎖状構造で、抗体の有効性・免疫原性などに影響する重要な品質特性。詳しく →を必要としないぶん、大腸菌で十分に成立します。
細胞質かペリプラズムかという選択は、置き場所の話ではなく、架けられるかどうかの話です。
シグナル配列 ― 宛先ラベルの選び方
送り込むには、N末端にラベルを付けます。
シグナル配列と呼ばれる短い配列で、正電荷を持つN領域、疎水性のH領域、切断部位を含むC領域という三つの部分でできています。輸送が終わるとシグナルペプチダーゼシグナルペプチドの切断部位を認識し、輸送後に切り離す酵素。が切り落とすので、成熟体には残りません。定番は pelB、ompA、phoA、malE、dsbA、stII あたりで、どれを使うかは目的タンパク質との相性で変わります。
ここが厄介なところで、相性は事前に読めません。同じタンパク質でもラベルを替えるだけで分泌量が桁で動くことがあり、理論から最適解を出す方法がまだありません。だから実務では、複数のシグナル配列タンパク質をペリプラズムへ送るためN末端に付ける、宛先ラベルに相当する配列。詳しく →を並べたライブラリを作って総当たりで試します。ATUM や Twist Bioscience のような会社の合成サービスを使えば、十数通りの構築を一度に発注できます。
シグナル配列の選定は、発現構築の最初にまとめてやっておくと後が楽です。後から替えると、発現量だけでなく分泌のタイミングも変わり、培養条件の条件出しからやり直しです。数を作るコストより、やり直すコストのほうが高くつきます。
SecとTat ― 折りたたむ前か、後か
輸送経路は大きく二つあります。
Sec経路折りたたむ前の紐状の状態でタンパク質を内膜に通す輸送経路。分泌タンパク質の多くが使う。詳しく →は、折りたたまれていない状態のポリペプチドを内膜の通路に通します。細い穴を糸のように通すイメージで、通ってからペリプラズムで折りたたまれる。ほとんどのタンパク質はこちらです。SecB後翻訳型のSec輸送で、伸びた状態のタンパク質を保つシャペロン。が折りたたみを抑えて運ぶ翻訳後型と、SRPがリボソームごと膜へ連れていく共翻訳型翻訳しながら並行してタンパク質を膜へ輸送する様式。があります。
Tat経路細胞質で折りたたみ終えたタンパク質をそのまま膜に通す輸送経路。輸送容量が小さい。は逆で、細胞質で折りたたみ終えたものを、そのまま膜を越えさせます。シグナル配列に二つ並んだアルギニン分子どうしの会合による凝集を抑え、高濃度処方では粘度を下げる働きも知られるアミノ酸。詳しく →があるのが目印です。補因子を細胞質で組み込む必要があるタンパク質や、Secの細い通路を通れない分子では、こちらしか選べません。ただし輸送能力はSecに比べて限られるので、量を出したい場面では不利です。
Secは通してから畳み、Tat細胞質で折りたたみ終えたタンパク質をそのまま膜に通す輸送経路。輸送容量が小さい。は畳んでから通す。この違いが経路選択のほぼすべてです。
Dsb系 ― 架けて、間違いを直す
ペリプラズムには、専用の職人が二人います。
一人目が DsbAペリプラズムでジスルフィド結合の形成と組み直しを担う酵素群。DsbAが導入しDsbCが誤対合を直す。詳しく → で、還元型のシステイン対を酸化してジスルフィド結合を作ります。この酵素の酸化還元電位は −122 mV で、細胞質のチオレドキシンの −270 mV と比べると、はるかに強い酸化剤です。チオレドキシン超族の中でも最強と言われるのは、この値のためです。使い終わった DsbA は内膜の DsbB によって酸化型へ戻され、また次の分子に架けにいきます。
問題は、DsbA が速すぎることです。出てきた順に架けていくので、システインが四つ六つとあるタンパク質では、本来の相手とは違う組み合わせで架かってしまいます。そこで二人目の DsbC が働きます。間違った結合を開いて架け直す異性化酵素分子内で原子の配置を組み替える異性化反応を触媒する酵素の総称。ここでは誤ったジスルフィドを正しく組み直す酵素(DsbC)を指す。詳しく →で、DsbD から還元力をもらって還元型に保たれています。
実務では、DsbC を共発現させて架け直しの能力を増やす設計がよく使われます。ヒト化マウス抗体の抗原認識部だけを残し、それ以外をヒト配列に置き換えて免疫原性を下げる工程。詳しく → Fab' の系では、この作り込みと培養条件の調整で、ペリプラズムの収量が 2.4 g/L を超えた報告があります。誘導から 40時間 後、OD600 が 105 に達した時点での値で、細胞の溶けを抑えたまま到達しています。同じ Fab でも、条件を詰めていない系では誘導後 4時間 で 47 mg/L という報告があり、作り込みの有無で 50倍 の開きが出ます。
抽出 ― 浸透圧ショックが効く理由
ペリプラズムを選ぶと、精製の入口が変わります。
全菌体を壊す必要がありません。外膜だけを緩めてペリプラズムの中身を出せばよく、そのための定番が浸透圧ショックです。20% ほどのスクロースタンパク質製剤で広く使われる非還元糖。液体でも凍結乾燥でも安定化・保護剤として働く。詳しく →と EDTA金属イオンをつかまえるキレート剤。グラム陰性菌の外膜を不安定化させ溶解を助ける。詳しく → を含む高浸透圧溶液中の溶質濃度で決まる、水を引き込む圧。培養では上昇が細胞ストレスになる管理項目。詳しく →の液に菌体を浸けて外膜を緩め、次に冷やした低浸透圧の液に移す。この落差で外膜が破れ、ペリプラズムの内容物だけが液に出てきます。
効くのは、そこに入っているタンパク質の量が少ないからです。ペリプラズムには全菌体タンパク質の 4% 程度しかありません。全菌体を高圧ホモジナイザー高い圧力で試料を細い隙間に通し、その力で細胞や菌体を壊す装置です。中の目的物を取り出す破砕工程に使います。詳しく →で壊せば残りの 96% も一緒に出てきますが、外膜だけを開ければ、出発点からすでに純度製品にどれだけ目的物質だけが含まれ、不純物や変性体が少ないかを示す指標です。抗体では単量体の割合やサイズの異なる成分の量などを見ます。詳しく →が違います。宿主タンパク質の負荷が下がるぶん、後段の精製が短くなります。
もう一段進めて、培養上清まで出してしまう工業プラットフォームもあります。Wacker の ESETEC や、FUJIFILM Diosynth Biotechnologies の pAVEway がその系統で、抽出の工程そのものを省ける代わりに、株とプロセスがセットで縛られます。
ペリプラズムを選ぶ利点は、架けられることだけではなく、抽出の入口で純度を稼げることにもあります。
浸透圧ショックは、うまく効いているかどうかを細胞質マーカーで確かめられます。細胞質にしかない酵素の活性が抽出液に出ていれば、外膜だけでなく内膜まで破れている証拠です。この確認を挟まないと、純度が稼げているつもりで全菌体破砕と変わらない液を精製に流すことになりかねません。
細胞質と使い分ける順序
どちらに置くかを決めるとき、次の順で確かめます。
一番目は、ジスルフィド結合の数を数えることです。 ゼロなら細胞質で構いません。一本でも架かる必要があるなら、ペリプラズムか、New England Biolabs の SHuffle のような酸化的細胞質株trxB/gor変異などで細胞質を酸化的にし、ジスルフィド形成を可能にした大腸菌株。を検討します。二番目に、必要な量を見積もります。ペリプラズムの容量は限られていて、細胞質のような桁では出ません。年間の必要量が大きいなら、封入体を作って巻き戻す道のほうが安く上がることもあります。
三番目にシグナル配列を選びます。ここは理論では決まらないので、十数通りを並べて小スケールで比べる前提で計画します。四番目が培養条件で、37℃ から 25〜30℃ へ下げて発現をゆるめるのが定石です。乾燥菌体で 50 g/L の桁まで伸ばしてから、ゆっくり出させる形を取ります。輸送の能力を超えて作らせると、細胞質側に詰まって封入体ができます。高密度発酵用培地でのフィードフェドバッチで追い足す濃縮した栄養液。いつ・どれだけ・どう入れるかが生産性と品質を左右する。詳しく →設計も、この速度とのバランスで決まります。
最後に、抽出をどこまでやるかを決めます。浸透圧ショックで取るのか、上清まで分泌させる系を使うのか。宿主そのものを選び直す判断は宿主・発現系の選び方に譲りますが、大腸菌で行くと決めた後の分岐は、ほぼこの順で片付きます。
参考文献
ガイドライン・基準
- ICH Q6B: Specifications — Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products(生物薬品の規格及び試験方法の設定)
- U.S. Pharmacopeia(USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく →)一般情報・タンパク質医薬品関連の一般試験法 https://www.usp.org/
主な文献
- Baneyx F, Mujacic M. Recombinant protein folding and misfolding in Escherichia coli. Nat Biotechnol. 2004;22(11):1399-1408. PMID: 15529165. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15529165/
- Rosano GL, Ceccarelli EA. Recombinant protein expression in Escherichia coli: advances and challenges. Front Microbiol. 2014;5:172. PMID: 24860555. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24860555/
- de Marco A. Strategies for successful recombinant expression of disulfide bond-dependent proteins in Escherichia coli. Microb Cell Fact. 2009;8:26. PMID: 19442264. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19442264/
- Kleiner-Grote GRM, Risse JM, Friehs K. Secretion of recombinant proteins from E. coli. Eng Life Sci. 2018;18(8):532-550. https://doi.org/10.1002/elsc.201700200
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