微生物・発酵基礎知識・製造工程

抗体フラグメント(Fab・scFv)の微生物生産:全長抗体との使い分け

抗体医薬というと、Y字型をした全長のモノクローナル抗体(mAb)をCHO細胞で作る、というイメージが一般的だと思います。実際、市場の主役は今もこの全長抗体です。ただ、抗体の「抗原を認識する部分」だけを切り出した抗体フラグメント(抗体断片)という選択肢もあり、こちらは大腸菌などの微生物で作れるという性質を持っています。

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抗体フラグメント(Fab・scFv)の微生物生産:全長抗体との使い分け

なぜ微生物で作れるのかというと、鍵は「Fcを持たず、グリコシル化(糖鎖修飾=タンパク質に糖の鎖を付ける翻訳後修飾)を必要としない」という構造にあります。全長抗体をCHO細胞で作る大きな理由の一つが、Fc領域に付く糖鎖をヒトに近い形で付けることですが、抗原認識部分だけのフラグメントにはそもそも糖鎖が要りません。糖鎖を付けられない大腸菌でも、目的の機能を持ったタンパク質が作れる、というわけです。

この記事では、Fab・scFv・VHHといった代表的なフラグメントがどんな構造で、なぜ微生物で作れるのか、大腸菌での発現・折りたたみ・精製で何が勘所になるのか、そして全長抗体(CHO)とどう使い分けるのかを整理します。フラグメントの元になる抗体そのものの取得については抗体医薬の発見・スクリーニング手法を、全長抗体の製造全体像については抗体医薬の製造工程をあわせてご覧ください。

抗体フラグメントとは ― Fab・scFv・VHHの違い

抗体フラグメントは、全長抗体から抗原認識に必要な部分だけを取り出した分子で、Fcを持たないぶん小さく作りやすいのが特徴です。

全長のIgG抗体は、大きく分けて抗原を掴む「腕」の部分(Fab領域)と、免疫細胞や補体と相互作用したり血中滞留を担ったりする「土台」の部分(Fc領域)からできています。抗体フラグメントは、このうち抗原認識に関わる部分を切り出した分子群の総称です。代表的なものを整理すると次のようになります。

フラグメント構成おおよその大きさ主な特徴
Fab重鎖の一部(VH+CH1)と軽鎖(VL+CL)が1本のジスルフィド結合で連結約50 kDa2本鎖。ジスルフィド結合が多く折りたたみはやや複雑
scFvVHとVLを短いペプチドリンカーでつないだ1本鎖約25 kDa単一の遺伝子で発現できる。多価化・融合が設計しやすい
VHH(単一ドメイン抗体)ラクダ科由来の重鎖抗体の可変ドメイン1個約15 kDaVLを必要とせず対合ミスが起きない。物理的に安定

ここで「kDa(キロダルトン)」はタンパク質の大きさ(分子量)の単位で、全長IgGが約150 kDaであるのに対し、フラグメントはその1/3から1/10ほどの大きさです。小さいことには、組織への浸透性が高い、生産が比較的容易といった利点がある一方で、後述する半減期の短さという宿題もついてきます。

VHH(single-domain antibody、いわゆるナノボディ)は、ラクダやアルパカなどラクダ科動物が持つ「重鎖だけの抗体」に由来する特殊なフラグメントです。FabやscFvがVHとVLという2つのドメインの組み合わせで抗原を認識するのに対し、VHHは単一ドメインで完結するため、鎖どうしの対合ミスが起きず、遺伝子工学的な改変(多価化や融合)が設計しやすいという扱いやすさがあります。

なぜ微生物で作れるのか ― Fc・糖鎖・ジスルフィド

抗体フラグメントが大腸菌で作れる本質的な理由は、Fc由来の糖鎖修飾が不要で、必要なジスルフィド結合も適切な区画を選べば形成できるからです。

全長抗体をCHO細胞のような哺乳類細胞で作る主な理由は二つあります。一つはFc領域に付くN型糖鎖を、ADCC(抗体依存性細胞傷害)や補体活性化、血中安定性に適した形で付けること。もう一つは、複雑な多量体タンパク質を正しく折りたたみ、分泌させる仕組みが備わっていることです。抗体フラグメントは、このうち前者の「糖鎖」を必要としません。Fcがない、あるいは使わない分子なので、糖鎖が付かない大腸菌でも機能に影響しないのです。

残る課題はジスルフィド結合(システイン残基どうしがつくるS-S結合=タンパク質の立体構造を留める橋)の形成です。抗体フラグメントはこの結合を正しく作らないと機能しません。ところが大腸菌の細胞質(サイトプラズム)は還元的な環境で、S-S結合ができにくい。この問題への標準的な答えが、次章のペリプラズム発現です。加えて近年は、細胞質内でもS-S結合形成を助ける酵素を共発現させる工夫(例:CyDiscoのような系)で細胞質発現を成立させるアプローチも研究・実用化が進んでいます。

POINT

抗体フラグメントが微生物で作れるのは「Fcの糖鎖が要らない」から。残るジスルフィド結合の課題は、酸化的なペリプラズムに送り込むか、細胞質にS-S形成酵素を補うことで解けます。この2点が微生物生産の成否を分ける要になります。

大腸菌ペリプラズム発現の勘所

折りたたみを成立させる王道は、シグナル配列でフラグメントをペリプラズムへ運び、そこでジスルフィド結合を形成させることです。

大腸菌のペリプラズムは、内膜と外膜の間にある区画で、細胞質より酸化的な環境です。ここには DsbA/DsbB といったジスルフィド結合を作る酵素系や、間違った結合を組み替える DsbC などが備わっており、抗体フラグメントの折りたたみに向いています。実務では、タンパク質のN末端にシグナル配列(PelBやOmpAなど、ペリプラズムへの「宛先ラベル」に相当)を付けて発現させ、翻訳と同時にペリプラズムへ送り込むのが定石です。このペリプラズム発現の設計は大腸菌のペリプラズム発現・分泌で個別に掘り下げています。

ただ、ペリプラズム発現は良いことばかりではありません。実際の生産では次のような点が収量や品質のボトルネックになりやすい、というのが一般的な整理です。

  • 移行効率と容量:ペリプラズムは容積が小さく、膜を越える移行(トランスロケーション)が律速になりやすい。強すぎる発現はかえって詰まりを生みます。
  • 封入体(インクルージョンボディ):折りたたみが追いつかないと、不溶性の凝集体として溜まります。可溶性の活性型として得るには、発現量とのバランス調整が要ります。
  • リーク(漏出):ペリプラズムのタンパク質が培地側へ漏れ出ることがあり、回収戦略に影響します。溶存酸素や培地組成、宿主株の選択でも挙動が変わります。
  • シャペロンの共発現:DsbCやPDI(タンパク質ジスルフィドイソメラーゼ)などを補うと、折りたたみ効率が上がり凝集が減ることがあります。

FabはS-S結合が多く(分子内に複数〜数本)、scFvは2本と、フラグメントごとに折りたたみの難しさが違います。一般には、単一鎖で対合を気にしなくてよいscFvやVHHのほうが素直に作りやすく、Fabは条件検討により手間がかかる傾向がある、という理解が実務的な出発点になります。いずれも、宿主株・シグナル配列・発現誘導条件・培養条件を組み合わせて最適化していく世界で、単一の正解レシピはありません。

精製 ― Protein Aが使えないという前提

フラグメント精製の要点は、全長抗体の「Protein Aプラットフォーム」がそのままは使えず、分子ごとに捕捉戦略を組む必要があることです。

全長抗体の下流工程が比較的定型化しているのは、Fc領域に結合するProtein Aアフィニティークロマトグラフィーという強力な共通ツールがあるからです。ところが抗体フラグメントはFcを持たない(またはFab側のみ)ため、Protein Aがそのままでは使えません。ここが、フラグメント精製が全長抗体と大きく異なる点です。代替として、次のような捕捉手段が状況に応じて使われます。

捕捉の切り口代表例適用の目安
アフィニティータグHisタグ+金属アフィニティー(IMAC)等開発初期・研究用途。原薬ではタグ除去や許容性の検討が要る
抗体由来ドメインへの親和性Protein L(軽鎖κ可変部に結合)、Protein A(一部のVH由来断片に結合)分子の由来・配列に依存。全分子には効かない
物理化学的性質イオン交換(IEX)、疎水性相互作用(HIC)、サイズ排除(SEC)定型ツールが効かない分子でも組み合わせで精製できる

商用の原薬では、タグに頼らず分子固有の性質(電荷・疎水性・サイズ)を組み合わせて設計するのが一般的で、分子ごとに精製プロセスを作り込む前提になります。このあたりの「Protein Aで捕まえて仕上げる」定型フローと、フラグメントでの違いを対比して理解すると見通しがよくなります(全長側の流れは抗体医薬の製造工程を、微生物由来タンパクの精製一般は微生物由来タンパクの精製を参照)。

なお、大腸菌由来という点では、宿主由来タンパク質(HCP)に加えて、内毒素(エンドトキシン=グラム陰性菌の外膜成分。発熱性物質)の除去・管理が品質上の重要な論点になります。哺乳類細胞ではウイルスクリアランスが主題になるのと対照的に、微生物ではエンドトキシン管理がダウンストリームの設計に効いてきます。

全長抗体(CHO)との使い分けと半減期の宿題

フラグメントは「小さく作りやすい」利点と引き換えに半減期の短さを抱え、用途に応じて全長抗体と使い分ける、というのが実務の落とし所です。

抗体フラグメントの最大の弱点は、血中半減期の短さです。全長IgGは、Fc領域がFcRn(新生児型Fc受容体)というリサイクル機構に結合することで、数週間という長い半減期を保っています。フラグメントはこのFcを持たないうえ、分子が小さいと腎臓から速やかにろ過されてしまうため、そのままでは血中滞留時間が非常に短くなります。この宿題への対処として、次のような設計がよく採られます。

  • PEG化(ペグ化):ポリエチレングリコールを結合させて見かけの分子サイズを大きくし、半減期を延ばす。
  • アルブミン結合:血中アルブミンに結合するモジュールを融合し、アルブミンの長い半減期に相乗りする。
  • Fc融合・多価化:目的に応じてFcや別ドメインと融合し、滞留やアビディティ(多価結合による見かけの親和性)を調整する。

一方で、半減期の短さがむしろ利点になる場面もあります。局所投与(眼内など)で作用させたい、造影・診断で速く体外へ抜けてほしい、といった用途では、小さく速く消えるフラグメントが向きます。実際に承認・上市された例を挙げると、次のように用途と設計の対応が見えてきます。

製品(一般名)フラグメント種生産系要点
ラニビズマブ(抗VEGF)Fab大腸菌眼内投与の抗VEGF。糖鎖なし、約48 kDa
セルトリズマブ ペゴル(抗TNF)Fab'(PEG化)大腸菌PEG化で半減期を延長
カプラシズマブ(抗vWF)VHH二量体(タンデム)微生物同一の単一ドメインをリンカーで連結した二価設計

全体像として整理すると、使い分けの軸は「Fcの機能(ADCCや長い半減期)が欲しいかどうか」「組織浸透や速い体内動態が欲しいかどうか」「糖鎖が要るかどうか」に集約されます。Fcの機能をフルに使いたい主力の治療用mAbは今もCHOでの全長抗体が中心で、フラグメントはその特性が活きる用途で選ばれる、という補完関係にあると捉えると分かりやすいと思います。

観点全長抗体(CHO)抗体フラグメント(微生物)
糖鎖修飾必要(Fc機能に重要)不要
半減期長い(FcRnリサイクル)短い(PEG化等で補う)
組織浸透相対的に低い高い
生産系哺乳類細胞(CHO等)大腸菌・酵母等
精製の定型性Protein Aで定型化しやすい分子ごとに設計
主なリスク管理ウイルスクリアランスエンドトキシン管理

まとめ

抗体フラグメント(Fab・scFv・VHH)は、Fc由来の糖鎖修飾を必要としないという構造上の理由から、大腸菌などの微生物で作れる抗体医薬です。折りたたみに必要なジスルフィド結合は、酸化的なペリプラズムへ送り込むか、細胞質にS-S形成を助ける酵素を補うことで成立させられます。

一方で、Protein Aによる定型精製が使えず分子ごとに捕捉戦略を組む必要があること、エンドトキシン管理がダウンストリームの主題になること、そして半減期が短くPEG化やアルブミン結合などで補う必要があることが、フラグメント特有の宿題です。Fcの機能や長い半減期を活かしたい主力mAbはCHOでの全長抗体が中心で、組織浸透や速い体内動態、局所投与が活きる用途ではフラグメントが選ばれる、という補完関係で捉えると、両者の使い分けが見通しやすくなります。

参考文献

  • Frenzel A, Hust M, Schirrmann T. "Expression of recombinant antibodies." Frontiers in Immunology (2013). PMID: 23908655 — 大腸菌ペリプラズム発現を含む組換え抗体発現の総説。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23908655/
  • Nelson AL. "Antibody fragments: Hope and hype." mAbs (2010). PMID: 20093855 — Fab/scFv/VHHなどフラグメントの特性と臨床応用の整理。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20093855/
  • Berkmen M. "Production of disulfide-bonded proteins in Escherichia coli." Protein Expression and Purification (2012). PMID: 22085722 — 大腸菌でのジスルフィド結合タンパク質生産(ペリプラズム/細胞質)。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22085722/
  • Bates A, Power CA. "David vs. Goliath: The Structure, Function, and Clinical Prospects of Antibody Fragments." Antibodies (2019). PMID: 31544834 — フラグメントの構造・機能・半減期延長戦略の総説。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31544834/
  • U.S. FDA. Cablivi (caplacizumab-yhdp) — 承認情報(VHH由来医薬品の承認例)。 https://www.accessdata.fda.gov/scripts/cder/daf/index.cfm
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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、微生物・発酵に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。
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