微生物・発酵基礎知識・培養

オーバーフロー代謝と酢酸生成とは?大腸菌発酵の生産性を落とす壁

大腸菌の培養で酢酸が蓄積しはじめると、菌体密度の伸びが鈍り、目的タンパク質の発現量が落ちる。流加の設計を見直しても改善しない——そんな経験をしたことはないでしょうか。その背景にあるのがオーバーフロー代謝グルコースが潤沢なとき解糖が過剰になり、余った分を乳酸として排出する余剰代謝。です。大腸菌や酵母は、炭素源微生物発酵でエネルギー源となる糖類などの炭素源と、目的遺伝子の発現を促す誘導物質のことです。詳しく →(糖)を与えすぎたり、増殖を急がせすぎたりすると、余った炭素を別の副産物へ流してしまいます。大腸菌なら酢酸(アセテート)、酵母ならエタノール。この現象がオーバーフロー代謝であり、酵母で古くから知られる同種の挙動はクラブトリー効果と呼ばれます。困るのは、こうして生じた副産物が、菌自身の増殖と目的物の生産をむしろ妨げてしまう点です。

大腸菌発酵培地酵母発酵培地フィード調製装置小型バイオリアクター#オーバーフロー代謝#酢酸生成#クラブトリー効果#流加培養
基準工程マップ|微生物・発酵大腸菌この製造の全体像を、工程マップで見る
オーバーフロー代謝と酢酸生成とは?大腸菌発酵の生産性を落とす壁

酸素が十分にある好気条件でも起きる——これがオーバーフロー代謝をやっかいにしている点です。原因は、糖を完全に酸化しきる呼吸鎖やTCA回路の処理能力に上限があることにあります。取り込んだ炭素のフラックス膜を単位時間・単位面積あたり透過していく流れの量。粘度に反比例し、高濃度で大きく低下する。がこの上限を超えると、あふれた分が酢酸やエタノールへ流れ出ます。つまりオーバーフロー代謝は「酸素が足りないから」ではなく、「処理能力に対して炭素が速く入りすぎるから」起こる、供給と処理のミスマッチです。だから実務での正しい問いは「どうすれば一番速く増えるか」ではなく、「菌が炭素を取りこぼさずに酸化できる速さはどこまでか」になります。

本稿は製造プロセスの技術的な解説であり、特定製品の効能を主張するものではありません。臨界となる比増殖速度細胞集団が増える速さの指標。高浸透圧で大きく低下し、比生産性とトレードオフになる。や酢酸が出始める濃度といった数値は、菌株・培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。・装置・スケールに強く依存します。ここで挙げる機序や傾向は範囲として捉え、実際の設計は自社の系での実測とDOEで確定してください。

この記事の要点
  • オーバーフロー代謝は炭素の取り込みが呼吸・TCA回路の処理能力を超えたときに起こり、好気条件でも大腸菌は酢酸、酵母はエタノールを排出します。
  • 生じた副産物は炭素とエネルギーを浪費し、増殖や組換えタンパク質の発現を阻害してpHや下流工程にも負荷をかけます。
  • 対策は流加培養で糖を律速供給し比増殖速度μを臨界値以下に保つ運転と、副産物を出しにくい宿主選択の両輪です。

オーバーフロー代謝とは:あふれ出す炭素

大腸菌にグルコースを与えると、解糖系からピルビン酸解糖系で生じる代謝中間体。ミトコンドリアで処理しきれない分が乳酸へ変換される。、アセチルCoAを経てTCA回路で完全に酸化され、多くのATPと二酸化炭素になる。これが通常の経路です。ところがグルコースが過剰になり、取り込み速度が呼吸鎖・TCA回路の容量を超えると、処理しきれないアセチルCoAがPta-AckA経路を通って酢酸として菌体外へ排出されます。酸素があっても起こるため、好気的酢酸生成(aerobic acetate overflow)とも呼ばれます。

酵母(Saccharomyces cerevisiaeパン・ビール酵母として食経験が長い酵母。遺伝子操作ツールが豊富で、経口・食品関連の用途と親和する。)でも同じ構図が、エタノール発酵という形で現れます。好気であってもグルコース濃度が一定以上になると、呼吸ではなく発酵に代謝が傾き、エタノールを生成する。これがクラブトリー効果です。ワインやビールの醸造ではこの性質が有用ですが、菌体や組換えタンパク質遺伝子組換えで微生物や細胞に作らせた目的タンパク質。宿主により折りたたみやコスト、糖鎖が異なる。を増やしたい発酵では、炭素とエネルギーの浪費であり、生産を妨げる要因になります。

近年の研究では、大腸菌の酢酸生成は単なる酸素不足の代替経路ではなく、限られたタンパク質資源(プロテオーム)を効率的に配分した結果として、速い増殖では発酵的な代謝の方が割に合うために選ばれる、という理解も示されています。解釈はともあれ、実務上の要点は一つ——速く増やそうとするほど、炭素が副産物へ漏れやすくなる。

POINT

オーバーフロー代謝は「酸素が足りないから」ではなく、糖の取り込みが呼吸・TCA回路の処理能力を超えたときに起こります。大腸菌は酢酸、酵母はエタノール(クラブトリー効果)として、あふれた炭素を排出する。好気条件でも生じるのが特徴です。

なぜ酢酸・エタノールは生産性を落とすのか

副産物が問題になる理由は、大きく三つあります。

第一に、炭素とエネルギーの浪費です。せっかく与えた糖の一部が菌体にもタンパク質にもならず、酢酸やエタノールとして排出されます。炭素あたりの菌体・目的物の収率が下がる、直接の原因です。

第二に、増殖と発現の阻害。とくに大腸菌の酢酸は、一定濃度を超えると比増殖速度を下げ、組換えタンパク質の発現量も落とすことが繰り返し報告されています。酢酸は弱酸として細胞内へ入り込み、細胞内pHやプロトン駆動力を乱すと考えられています。炭素の無駄であるだけでなく、それ自体が増殖と生産を抑制する阻害物質試料に混入し、PCRの増幅反応を妨げてシグナルの低下や偽陰性を引き起こす夾雑物質の総称。として働くわけです。

第三に、運転と下流への負荷です。酢酸生成はpHを下げるため、中和低pH条件で溶出されたサンプルに緩衝液を加えてpHを中性付近に戻し、製品へのダメージを防ぐ操作。のためのアルカリ添加が増えます。副産物は培養液の組成を変え、後段の精製で除くべき不純物やストレス要因にもなります。高密度発酵で到達菌体密度が伸び悩む背景には、しばしばこの副産物の蓄積があります。

引き金は基質過剰と高い比増殖速度

副産物を出させる引き金は、突き詰めると「炭素が処理能力に対して速く入りすぎること」に集約されます。具体的には、次のような条件が重なると生じやすくなります。

引き金何が起きるか
糖の過剰供給取り込みが処理能力を超え、酢酸・エタノールへあふれる
高い比増殖速度 μ代謝フラックスが増え、余剰炭素が副産物へ流れやすい
溶存酸素培養液に溶けている酸素の濃度。細胞の呼吸を支えるため一定に保つ制御対象。の不足完全酸化ができず、発酵的な経路へ傾く
大スケールでの基質勾配フィードフェドバッチで追い足す濃縮した栄養液。いつ・どれだけ・どう入れるかが生産性と品質を左右する。添加点の近くだけ糖が濃くなり、その領域で副産物を生む

なかでも比増殖速度 μ の影響は大きい。多くの系には、それ以下なら副産物をほとんど出さずに増えられる臨界比増殖速度が存在し、μ をこの値以下に保てるかどうかが分かれ目になります。臨界値そのものは菌株・培地・温度で動くため一律には言えませんが、「速く増やす」ことと「副産物を出さない」ことがトレードオフの関係にある、という構図は共通です。回分・流加・連続といった培養様式ごとの特徴は微生物発酵の培養モードで整理しています。

流加培養で基質供給を絞る

副産物を出させない運転の基本は、炭素源を一度に与えず、菌が処理できる速さに合わせて少しずつ供給することです。これを実現するのが流加培養(フェドバッチ種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →)です。

典型的な手順はこうです。まず回分(バッチ)相で初期の糖を消費させ、糖が枯れたところで流加相に切り替える。以降はグルコースを律速に保ちながら供給し続けるため、菌の周囲には常に低濃度の糖しか存在しません。過剰がなくなればオーバーフローも起きにくくなる、という理屈です。

供給の制御には代表的な方式がいくつかあります。目標とする比増殖速度 μ を決め、菌体量の指数的な増加に合わせて供給量を指数関数的に増やす指数供給(exponential feeding)は、μ を臨界値以下に固定できる王道です。ほかに、糖が枯れると溶存酸素が跳ね上がる挙動を使うDO-stat、糖枯渇時のpH上昇を使うpH-statもあります。いずれも「糖を余らせないタイミングで供給する」という目的は同じです。フィードそのものの組み立てや培地との対応は発酵培地とフィード設計で詳しく扱っています。

POINT

オーバーフロー代謝を抑える運転の第一原理は、炭素源を律速にして少しずつ供給することです。回分相で初期糖を使い切ってから流加へ切り替え、指数供給などで比増殖速度 μ を臨界値以下に保つのが定石です。

溶存酸素と比増殖速度をどう管理するか

流加で糖を絞っても、溶存酸素(DO)培養液などに溶け込んでいる酸素の量。細胞培養では制御対象となる重要なパラメータ。が切れれば副産物は出ます。酸素が足りなければ糖を完全に酸化できず、発酵的な経路へ流れてしまうからです。糖の供給を絞ることと、DOを一定以上に保つこと——この二つは常にセットで管理する必要があります。

高密度になるほど菌体あたりの酸素要求(OUR)は跳ね上がり、供給(OTR)が追いつかなくなりがちです。通気・撹拌を強めてkLa小型培養で確立した条件を、より大きなバイオリアクターへ拡大する取り組みです。酸素供給の指標kLaなどを揃え、性能を再現します。詳しく →を確保し、必要なら純酸素の富化や槽内圧の利用でDOを維持します。この酸素供給の作り込みと、スケールを上げたときに現れる基質勾配の問題は微生物発酵のスケールアップで詳しく扱っています。大スケールでは混合が遅れ、フィード添加点の近くだけ糖が濃くなるため、小スケールでは見えなかった局所的な副産物生成が顔を出すことがあります。

比増殖速度 μ の管理は、これらを束ねる制御変数です。μ を上げれば生産は速くなりますが、酸素要求も副産物リスクも一緒に上がります。実務では、μ を臨界値以下の安全域に保ちつつ、DOが下限を割らない範囲で運転する、という綱引きになります。オンラインで基質や副産物を測るPAT主に低分子製造で、化学反応の進み具合(転化率など)を製造中にその場で追跡する手法です。こうしたリアルタイム測定・制御の技術はPATと呼ばれます。詳しく →的な手法を使えば、μ をよりリアルタイムに一定化することも可能です。運転全体の組み立ては微生物発酵の製造解説も参照してください。

宿主株を改良する:作らせない・食べさせる

運転条件の作り込みに加えて、そもそも副産物を出しにくい宿主株を使う、あるいは作るという方向性もあります。

大腸菌では、酢酸排出の主経路であるPta-AckA経路に関わる遺伝子(ptaやackAなど)を改変して酢酸生成を抑える試みが古くからあります。ただし単純に止めると、今度はピルビン酸など別の副産物が溜まることがあり、代謝全体のバランスを見た設計が要ります。また、糖の取り込み速度そのものを穏やかにして、処理能力を超えないようにするアプローチもあります。実用面では、発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。用によく使われるBL21系統が、K-12系統にくらべて酢酸を溜めにくいことが経験的に知られており、宿主選択の段階で副産物リスクを下げられる場合があります。

酵母では、クラブトリー効果の強いSaccharomyces cerevisiaeに対し、クラブトリー効果が弱く高濃度グルコースでも発酵に傾きにくいPichia pastoris(Komagataella phaffiiメタノールを炭素源にできる酵母。強力なAOX1誘導と分泌生産に向き、高密度培養で組換えタンパク質を作る。)などのメタノール資化性酵母メタノールを炭素源として利用できる酵母。Pichiaが代表で、この性質をAOX1誘導による生産に活かす。が、組換えタンパク質生産で広く使われます。宿主としての酵母の特徴や使い分けは酵母での組換えタンパク質生産で整理しています。株の改良は運転の工夫と相補的で、どちらか一方ではなく、両輪で副産物を抑えるのが現実的です。

POINT

対策は運転と株の両輪です。流加とDO・μの管理で「作らせない運転」を構築しつつ、酢酸を出しにくい宿主(大腸菌のBL21系統やクラブトリー効果の弱い酵母)を選ぶことで、副産物リスクを設計段階から下げられます。

まとめ

オーバーフロー代謝(大腸菌の酢酸、酵母のクラブトリー効果によるエタノール)は、炭素が呼吸・TCA回路の処理能力を超えて速く入るときに、好気条件でも起こる供給と処理のミスマッチです。生じた副産物は炭素とエネルギーを浪費するだけでなく、増殖と組換えタンパク質の発現を阻害し、pHや下流にも負荷をかけます。引き金は基質過剰・高い比増殖速度・酸素不足・大スケールの基質勾配であり、対策は一貫して「炭素を処理できる速さで与える」ことに帰着します。流加培養で糖を律速に供給し、指数供給などで比増殖速度 μ を臨界値以下に保ち、DOを切らさない。そのうえで酢酸を出しにくい宿主を選ぶ。これらを両輪で組み合わせることが、微生物発酵大腸菌などの微生物を培養槽で増やし、目的タンパク質などを作らせて回収する製造工程です。詳しく →の生産性を守る要になります。数値は株・培地・装置で動くため、範囲と条件依存として扱い、自社の系での実測を前提に設計してください。

参考文献

主な文献

ガイドライン

Newsletter

この分野の新着を、メールで受け取る

こうした製造・分析・品質の解説記事と、装置・試薬の新製品ニュースを月数回お届けします。登録は無料で、いつでも解除できます。

登録によりプライバシーポリシーに同意したものとみなします。

次に読む

目次・関連閉じる
編集メモ:この記事はProglenth編集部が、微生物・発酵に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。