iPS細胞のゲノムは培養で変わるのか?核型解析で何が分かり、何を見落とすのか

iPS細胞は、培養して増やすうちに染色体や遺伝子が変わることがあり、その変化を核型解析(染色体の数と形を顕微鏡で調べる検査)などで見つけます。この検査は、マスターセルバンク製造の起点となる細胞を段階的に均質に凍結保存した在庫(マスター/ワーキングセルバンク)。詳しく →(製造の出発点として凍結保管する細胞)の品質保証と、製造に使える継代増殖した細胞を定期的に希釈・移植して培養を維持する操作で、回数が増えると細胞の性質が変化するリスクがある。詳しく →(細胞を分けて植え継ぐこと)の上限の決め方に関わります。
ただし、報告書にある「正常」は、その時点の細胞を、その手法で見える範囲で調べた結果です。小さな変化や、一部の細胞だけに起きた変化は、手法によっては見えません。
この記事では、ゲノムが変わる理由と困ること、方法ごとに見えるものと見えないもの、組み合わせ方、自家と他家での違い、報告書で確かめる点を順に説明します。
- ゲノムはなぜ変わるのか:元の細胞からの持ち込み、初期化の操作、培養中の選択の3つで、培養では増えやすい変異細胞の割合が継代とともに増えます。
- 核型が正常なら安心か:核型解析で見えるのは大きな変化と、一定の割合を超えた異常細胞だけで、小さな増減や塩基の変異は別の方法で調べます。
- 自家と他家で何が変わるのか:自家は患者ごとに一から検査し、他家は少数の株を深く検査して選び、多くの患者に使います。
1. iPS細胞のゲノムは、なぜ培養で変わるのか
iPS細胞体細胞を初期化して作る多能性幹細胞。同一株から繰り返し分化・製造でき均質性を高めやすい。詳しく →のゲノムの変化は、元の細胞からの持ち込み、初期化の操作、培養中の選択という3つの場面で生まれます。
- 元の細胞からの持ち込み:iPS細胞の株は、初期化(体の細胞を、さまざまな細胞になれる状態に戻す操作)を受けた1個の細胞から増やした系統です。そのため、元の細胞の変異は株の全体に入ります。
- 初期化の操作:初期化から株の樹立までの間にも、新しい変異が入ることがあります。
- 培養中の選択:増殖や生存に有利な変異をもつ細胞が、継代のたびに多く残ります。
継代を重ねるほど影響が大きくなるのは3つ目で、最初はわずかだった変異細胞が、やがて集団の大きな部分を占めることがあります。この現象を培養適応と呼びます。
代表的な例が、20番染色体の一部の領域(20q11.21)が増える変化です。この領域には細胞死(アポトーシス細胞が遺伝的プログラムに従って自発的に死に至る過程で、壊死とは異なり膜の完全性が初期段階では保たれる。詳しく →)を抑えるBCL2L1という遺伝子があり、増えた細胞は死ににくくなるため、培養の中で数を増やします。
TP53(細胞のがん化を防ぐ遺伝子)の変異も、同じように広がります。2017年の研究では、ヒトES細胞(胚から作る、iPS細胞と性質の近い幹細胞)140株のうち5株にTP53の変異があり、変異をもつ細胞の割合は継代とともに増えていました。同じ研究は、公開データの中のiPS細胞の株にも、この遺伝子の変異を見つけています。
このように、培養を長く続けるほど、変異細胞が広がる時間も長くなります。では、その変化は製品にとって何が問題なのでしょうか。
2. ゲノムが変わると、何が問題になるのか
培養で増える変化には、がんで見られる変化と重なるものがあり、見つかった細胞は移植に使えなくなることがあります。
20q11.21の増幅は一部のがん(胚性がん)の細胞株でも見つかり、TP53の変異はヒトのがんで最も多く見られる型でした。ただし、見つかった変化が移植のあとに何をもたらすかは、すぐには判断できないことがあります。
規格に合格しても、移植が延期された例
患者本人のiPS細胞から網膜色素上皮網膜の外側にある色素を持つ上皮細胞。iPS細胞からの分化誘導で作られ、再生医療での臨床応用が進む系統。詳しく →(網膜の外側で視細胞を支える細胞の層)を作り、加齢黄斑変性の患者に移植した最初の臨床研究があります。1例目は2014年9月に移植され、1年後も移植片に腫瘍や拒絶は見られませんでした。
2例目の細胞シートは、規格試験と、動物に移植して腫瘍ができないかを見る造腫瘍性試験の両方に合格していました。ところが、参考データとして行ったゲノム解析で、X染色体上の遺伝子の欠失(DNAの一部が欠けてコピー数が減る変化)などが見つかりました。
この欠失の意味については統一した解釈が得られず、患者の病状が既存の治療で落ち着いていたこともあって、移植は延期されました。出荷の規格に合格した細胞でも、ゲノムの検査で止まることがあります。
つまり、変化が見つかったときの判断まで前もって決めておかないと、製造の最後で迷うことがあります。では、何で調べると、どこまで見えるのでしょうか。
3. 何で調べるのか、方法ごとに何が見えるのか
Gバンド核型分析で見えるのは、5〜10 Mb(Mbは100万塩基対DNA二本鎖において互いに水素結合で対をなすヌクレオチドの単位で、DNA断片の長さを表す基本単位として使われる。詳しく →)以上の大きな変化と、一定の割合を超えた異常細胞だけです。
4つの方法は何が違うのか
- Gバンド核型分析:分裂の途中で凝縮した染色体を染め分け、その像(中期像)を顕微鏡で見て、1本ずつ数と形を確かめます。ほかの方法と違い、量の変わらない染色体の入れ替え(均衡型転座)も見えます。
- SNPアレイ:取り出したDNAの量の増減を、ゲノム上の多数の目印(SNP:人によって塩基が違う位置)で読みます。両方のコピーが片方の親に由来する部分(コピー数中立LOH)も見えます。
- ddPCR(ドロップレットデジタルPCR):試料を多数の微小な液滴に分け、PCR(狙ったDNAを増やして検出する反応)で、その場所のコピー数を数えます。
- 全エクソーム・全ゲノム解析:次世代シーケンサー膨大な数の断片を並列に読み取り、ゲノムや遺伝子の配列を大量・高速に解読する手法です。変異や混入配列の網羅的な確認に使います。詳しく →で塩基配列を読み、TP53のような塩基1つの変異まで調べます。全エクソーム解析が読むのは、タンパク質の情報をもつ部分(エクソン)だけです。
| 方法 | 見える大きさ | 異常細胞の割合の目安 | 見えないもの |
|---|---|---|---|
| Gバンド核型分析 | 5〜10 Mb以上 | 中期像20個で14%以上(数を増やせば下がる) | それより小さい増減、塩基の変異 |
| SNPアレイ | 数百kb(kbは千塩基対)以上。機種と解析の設定による | 8〜20%程度から | 均衡型転座、塩基の変異 |
| ddPCR | 狙った領域の増減 | 5〜10%程度から | 狙っていない場所の異常 |
| 全エクソーム・全ゲノム解析 | 塩基1つから | 読む深さで変わる | 全エクソームではエクソンの外側 |
割合は、Gバンドが95%の確からしさで否定できる値、アレイが臨床検体、ddPCRが混合実験での報告で、条件によって動きます。
「異常なし」は何を意味するのか
Gバンドの「異常なし」は、数えた中期像の数で意味が変わります。20個がすべて正常でも、14%より少ない異常細胞は見逃すことがあり、正常と判定された培養に、異常細胞が最大で1割ほど含まれていることもあります。
国際的な共同調査では、核型が正常と判定されたヒトES細胞の株の25%で、20q11.21の増幅が見つかりました。この増幅の多くは核型解析培養した細胞の染色体の数や構造に異常がないかを調べ、ゲノムが安定しているかを確認する評価です。詳しく →で見える大きさを下回るため、アレイやPCRで別に調べます。
核型解析の自動化で減るのは、中期像を探して染色体を並べる人の手間で、見える大きさの下限は変わりません。ただし、数える中期像を増やしやすくなるので、低い割合まで見る設計は組みやすくなります。
このように、1つの方法でゲノム全体を細かく、しかも低い割合まで見ることはできません。では、方法をどう組み合わせればよいのでしょうか。
4. 全体を見る方法と、起きやすい場所を見張る方法は、どう組み合わせるのか
ゲノム全体を見る方法は節目の時点に置き、起きやすい場所を見張る方法は培養の途中で回数を多く回します。
- 株を選ぶとき、マスターセルバンクを作るとき:Gバンドとアレイ、必要に応じて塩基配列の解析で、ゲノム全体を押さえます。移植する製品の出荷前に、もう一度ゲノム全体を調べることも提案されています。
- ゲノム編集標的の遺伝子を狙って改変する技術。他家CAR-TでTCRを壊してGvHDを抑えるなどに使う。や、1個の細胞から株を作り直す操作の前後:細胞に強い選択がかかるため、前後で調べることが勧められています。
- 培養の途中:20q11.21や1番・12番・17番染色体のように繰り返し報告される場所を、ddPCRなどで見張ります。変異細胞は短期間で集団を占めることがあるため、間隔を空けすぎないようにします。
- 製造に使う継代の上限:ICH Q5D生物薬品の製造に使う細胞基材の樹立と特性解析について定めた国際調和ガイドライン。詳しく →は、継代の少ない細胞と、製造に使う細胞齢(バンクの解凍からの継代数細胞を植え継いだ回数。培養履歴を表し、産生量や品質の再現性に影響する。詳しく →や倍加回数など)の上限か、それを超えた細胞の少なくとも2時点で、安定性を確かめるよう求めています(2.3.3)。
ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → Q5Dの対象はタンパク質やワクチンなどを作るための細胞基材(製造に使う細胞)で、細胞そのものを製品にするiPS細胞にどこまで当てはめるかは、製品ごとに検討します。
全体と見張りのどちらに比重を置くかは、培養の条件で変わります。細胞を1個ずつにばらす継代では、塊のままの継代で出なかった変化が出た報告もあり、こうした条件では見張る回数を増やします。
つまり、検査の時点は、製造にどの継代まで使うかと一緒に決めます。その決め方は、株を患者ごとに作るか、共通の株を使うかで変わります。
5. 自家と他家で、検査のしかたは何が変わるのか
自家では患者ごとに株を作って一から検査し、他家では少数の株を深く検査して選んだうえで、多くの患者に使います。
自家は患者本人の細胞から、他家は他人(ドナー)の細胞から作る方法です。他家ではHLA細胞表面にあり自己と非自己を見分けるヒトの主要な組織適合抗原。他家では不一致が拒絶の原因になる。詳しく →(細胞の表面にあり、免疫が自己と他人を見分ける目印になる分子)の型が合わないと、移植した細胞が拒絶されやすくなります。
そこで京都大学iPS細胞研究財団は、HLAの型を両親から同じものとして受け継いだ(ホモ接合の)ドナーからiPS細胞を作り置きしています。2022年の報告では、HLA-A・B・DRの3か所がホモ接合のドナー7人から27株を樹立し、日本人の約40%と適合すると見積もっています。型の違う株を10・75・140種類揃えれば、日本人の約50%・80%・90%に適合するという試算もあります。
少数の株に絞ると、何を深く調べられるのか
株の数を絞ると、候補を多く作って深く調べ、振り落としてから選べます。財団の報告では、次のように調べて合格した株をストックにしています。
- 塩基の変異:全エクソーム解析や全ゲノム解析で調べ、がんに関わる遺伝子に変異がある株を外しました。
- コピー数の変化と構造の異常:SNPアレイや全ゲノム解析で調べ、11番染色体に特徴的な構造の変化を見つけています。
- 核型:Gバンドで調べ、1人のドナーから作った初期の株の4割近くで異常が見つかりました。ほかのドナーではほとんど見られず、加齢の影響が考えられています。
どれも、1つの株から多くの患者分を作るからこそ時間をかけられる検査です。財団も、患者本人の細胞から作る方法は拒絶の点で望ましい一方、製造と品質試験に時間と費用がかかると説明しています。両者の違いは、製造・品質保証・調達の面から自家と他家の細胞治療で比べています。
つまり、他家では株を選ぶ段階の検査を厚くでき、自家では患者ごとに同じ検査を一から繰り返します。では、手元の報告書では何から確かめればよいのでしょうか。
6. 報告書と見積もりでは、何から確かめるのか
報告書では、どの継代の細胞を、どの方法で、どこまでの大きさと割合まで見たかを先に確かめます。
- 細胞の継代:調べた細胞が何継代目で、製造に使う上限とどれだけ離れているかを見ます。
- 方法と条件:Gバンドなら数えた中期像の数、アレイなら機種と判定の下限が書かれているかを見ます。
- 見えない範囲:均衡型転座、コピー数中立LOH、低い割合の異常細胞、塩基の変異のうち、どれが対象外かを書面で受け取ります。
- 見張りの計画:起きやすい場所を、どの継代で何の方法で見張るかを決めます。「9割以上が対象」のような数字は、分母も確かめます。
- 見つかったときの判断:どの変化がどの割合なら、そのバンクを使い続けるか止めるかを、前もって決めておきます。
- 方法を変えるとき:検査会社や方法を変えるとき、同じ試料を新旧で測って比べる手順があるかを確かめます。
どれも、報告書の「正常」が何を見た結果なのかを、数字と文面で受け取るための項目です。検査と装置は、核型分析、次世代シーケンサー(NGS)、デジタルPCRの各ページで比べられます。
iPS細胞から目的の細胞を作る流れはiPS細胞の分化誘導で、分化のあとに残ったiPS細胞の見つけ方は純化と残った未分化細胞の見つけ方で説明しています。
参考文献
- Merkle FT, et al. Human pluripotent stem cells recurrently acquire and expand dominant negative P53 mutations. Nature. 2017;545(7653):229-233.(ヒトES細胞のエクソーム解析で見つかったTP53の変異と、継代で増える割合。公開データのiPS細胞の株での変異。株の選択・バンクの特性解析規格試験より高い分解能で製品の品質特性を詳しく調べること。比較可能性の評価などで用いる。詳しく →・移植前の最終段階・ゲノム編集やクローン化の前後での検査の提案)
- International Stem Cell Initiative; Amps K, et al. Screening ethnically diverse human embryonic stem cells identifies a chromosome 20 minimal amplicon conferring growth advantage. Nat Biotechnol. 2011;29(12):1132-1144.(20q11.21の最小増幅領域と、BCL2L1を候補に挙げたこと)
- Avery S, et al. BCL-XL mediates the strong selective advantage of a 20q11.21 amplification commonly found in human embryonic stem cell cultures. Stem Cell Reports. 2013;1(5):379-386.(核型が正常なヒトES細胞の株での20q11.21の増幅の頻度。BCL-XLがアポトーシスへの抵抗性を通じて増殖の優位を生むこと。胚性がん細胞の株でも同じ増幅)
- Baker D, et al. Detecting genetic mosaicism in cultures of human pluripotent stem cells. Stem Cell Reports. 2016;7(5):998-1012.(数えた中期像の数とモザイクを否定できる割合、核型解析の解像度、アレイの感度の既報、混合実験でのddPCRの感度、正常と判定された培養に残りうる変異細胞の割合)
- Haake J, Steenpass L. Chromosomal quality control in hPSCs: A practical guide to SNP array analysis with GenomeStudio. Front Cell Dev Biol. 2025;13:1599923.(SNPアレイでコピー数の変化を判定する大きさの下限の例、コピー数中立LOHを検出でき均衡型転座は検出できないこと)
- Assou S, et al. Recurrent genetic abnormalities in human pluripotent stem cells: definition and routine detection in culture supernatant by targeted droplet digital PCR. Stem Cell Reports. 2020;14(1):1-8.(論文で繰り返し報告された異常の大半が20の領域に集まること。1個ずつにばらす継代で1番染色体の増加が出た例)
- Mandai M, et al. Autologous induced stem-cell-derived retinal cells for macular degeneration. N Engl J Med. 2017;376(11):1038-1046.
- 理化学研究所・京都大学ほか, 滲出型加齢黄斑変性に対する自家iPS細胞由来網膜色素上皮シート移植 ―安全性検証のための臨床研究結果を論文発表―(2017年3月。2例目の細胞シートは規格と造腫瘍性試験に合格し、参考のゲノム解析でX染色体上の遺伝子の欠失などを検出、統一した解釈が得られず病状も安定していたため移植を延期)
- Umekage M, Sato Y, Takasu N. Overview: an iPS cell stock at CiRA. Inflamm Regen. 2019;39:17.(揃える型の数と日本人での適合の試算。全エクソーム解析、SNPアレイ、全ゲノム解析によるゲノムの検査)
- Yoshida S, et al. A clinical-grade HLA haplobank of human induced pluripotent stem cells matching approximately 40% of the Japanese population. Med. 2023;4(1):51-66.e10.
- 京都大学iPS細胞研究財団, iPS細胞ストックプロジェクト10年のまとめ論文公開(2022年11月。ドナーの数と樹立した株の数、日本人での適合。株を外した理由の上位にがん関連遺伝子の変異、コピー数と構造の異常、核型の異常)
- ICH Q5D, Derivation and Characterisation of Cell Substrates Used for Production of Biotechnological/Biological Products(1.3 対象、2.3.3 細胞基材の安定性、用語集の細胞齢)
- MetaSystems, Metafer 製品情報(スライドの自動走査と中期像の自動探索)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/ipsc-genomic-stability-karyotyping