iPS細胞の分化誘導と品質管理とは?未分化維持から目的細胞まで
iPS細胞を使った製品開発で最初につまずくのは、原理でも定義でもありません。この細胞が、そのままでは製品にならないという点です。神経でも心筋でも網膜色素上皮網膜の外側にある色素を持つ上皮細胞。iPS細胞からの分化誘導で作られ、再生医療での臨床応用が進む系統。でも、目的の細胞へ分化させ、不要な細胞を除いて初めて最終製品と呼べます。出発材料と製品のあいだに、工程がまるごと一つ挟まっています。しかもその工程は、ほかの細胞医薬にはそもそも存在しません。

核心は一点です。同じ細胞に対して、工程の前半と後半で正反対の要求が課されます。前半では未分化のまま、ゲノムを壊さずに増やしてほしい。後半に入った途端、狙った細胞へ確実に分化させ、未分化のまま残ったものは一つ残らず消してほしい、に変わります。前半の品質が崩れれば後半の収率と均一性が揺れ、後半が甘ければ造腫瘍性iPS細胞などに由来する製品で、分化しきらず腫瘍化する恐れのある細胞が残っていないか調べる安全性評価です。詳しく →のリスクが残ります。同じ細胞に、時期をまたいで逆の注文を出している格好です。
この記事では、未分化維持iPS細胞を多能性マーカーの発現を保ったまま、ゲノムを安定に保って増やす培養工程。後工程すべての土台。の足場から始めて、分化誘導幹細胞を、発生過程を模した因子の切り替えによって神経・心筋など目的の細胞へ段階的に方向づける操作。の組み立て方、純化と残存未分化細胞の検出、ゲノムの安定性、そして他家健常ドナー由来の細胞から在庫型で製造するCAR-T。拒絶やGvHDを避ける改変を要する。詳しく →ストックからの供給の順に解説します。どれも、この正反対の要求をどこで切り替えるかという同じ問題につながっています。最後に、品質を設計する順序を並べます。
- 工程の前半と後半で要求が反転するため、切り替え点をどこに置くかが品質設計の中心です。
- 心筋では乳酸を使った代謝選択で 99% 近い純度が得られ、純化の方法が分化の設計を左右します。
- 残存未分化細胞は qRT-PCR で 0.002% まで見えますが、何を測るかで検出限界が変わります。
未分化維持 ― 足場と培地で条件を固める
未分化を保つのは、放っておいてできることではありません。
条件が少しずれると勝手に分化が始まるので、培養基材と培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →で環境を固定します。かつてはマウス胎児線維芽細胞をフィーダーに敷いていましたが、臨床用途では動物由来成分を避けたいので、いまはフィーダーフリーの基材が標準です。Corning のマトリゲルのような基底膜抽出物から、ラミニン511のE8フラグメント細胞接着を担う細胞外マトリックスタンパク質の一種。E8フラグメントなどが幹細胞の未分化維持の接着基材に使われる。やビトロネクチン支持細胞(フィーダー)を使わずに幹細胞を培養するため、培養皿表面をラミニンやビトロネクチンなどの接着タンパクでコーティングする基材です。詳しく →といった規定組成の基材へ移ってきた流れがあります。
培地も同じ方向に動きました。Ajinomoto の StemFit、STEMCELL Technologies の mTeSR、Thermo Fisher Scientific の Essential 8 が代表格で、いずれも組成が規定されています。剥がして播き直すときは、アポトーシス細胞が遺伝的プログラムに従って自発的に死に至る過程で、壊死とは異なり膜の完全性が初期段階では保たれる。詳しく →を防ぐために Y-27632 のような ROCK 阻害剤トランスポーターの働きをふさぐ薬。他の基質薬の輸送を妨げ、短期間で濃度を変える。詳しく →を 10 µM の桁で入れるのが定石です。
未分化維持は「何もしない」工程ではなく、分化させない条件を毎日作り続ける工程です。
分化誘導 ― 発生の順番をなぞる
分化誘導は、発生で起きる順番を体外で再現する作業です。
いきなり目的の細胞は作れません。中胚葉なり外胚葉なりを経由させ、段階ごとに違うシグナルを与えます。心筋なら Wnt 経路で、最初に CHIR99021 のような GSK3 阻害剤で活性化T細胞を抗原刺激や人工的な刺激試薬で活性化し、増殖・機能発揮できる状態に誘導する操作。詳しく →し、数日後に今度は阻害剤で切る。この二段の切り替えのタイミングが数時間ずれると、収率が大きく変わります。神経なら二種類の阻害剤で SMAD 経路を同時に抑える方法があり、11日 ほどで神経前駆細胞のマーカーが大半の細胞に出ます。網膜色素上皮は時間がかかり、色素を持った細胞が並ぶまでに 40〜60日 を見ます。
厄介なのは、株ごとに最適条件がずれることです。同じプロトコルを別の株に当てると分化効率が落ちる。分化誘導培地や誘導試薬は揃っていますが、濃度とタイミングは株ごとに振り直す前提で計画します。
分化誘導の条件出しは、使う株を決めてから始めます。マスターセルバンクを作る前に条件を固めると、株を替えた時点でやり直しです。逆に言えば、株の選定と分化条件の条件出しは、順番を間違えなければ一度で済みます。
純化と残存未分化細胞 ― 0.002% を見に行く
分化させただけでは、まだ製品になりません。
目的細胞の純度を上げ、未分化のまま残ったものを消す必要があります。純化の手として面白いのが、心筋での代謝選択です。未分化iPS細胞はグルコースに依存しますが、心筋細胞は乳酸を燃やせます。そこでグルコースを抜いて乳酸だけを与えると、未分化細胞は生き残れず、心筋細胞の純度が 99% 近くまで上がります。表面マーカー細胞表面に出るタンパク質などの目印。MSCではCD73・CD90・CD105の発現などで細胞を見分けます。詳しく →で選別する方法と違い、抗体もソーターも要りません。
残った未分化細胞をどう見つけるかは、別の問題です。検出法には、造腫瘍性を直接見る免疫不全動物への移植、軟寒天でのコロニー形成、フローサイトメトリー細胞を一つずつ測定し、表面マーカーや性質を調べる手法です。細胞の種類・純度・活性の確認に使います。詳しく →での TRA-1-60 や SSEA-4 の検出、そして未分化マーカー遺伝子の qRT-PCR があります。感度が桁違いに高いのは最後の方法で、LIN28 を標的にした系では 0.002% まで見えると報告されています。
ただし、感度が高いことと正しく測れることは別です。何を未分化マーカーと定めるかで検出限界検出できる最小量。分析法の性能を示すバリデーション項目の一つ。詳しく →が変わり、分化細胞側の背景発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく →があれば見かけの感度は落ちます。残存未分化細胞の管理は、検出法の選択と、その方法での検出限界をどう説明するかの両方を含みます。
ゲノムの安定性 ― 核型と再発性の異常
長く培養していると、ゲノムは変わります。
培養に有利な変異を持った細胞が選択されて増えるためで、出てくる異常には偏りがあります。12番や17番のトリソミー、20番長腕の 20q11.21 領域の増幅、1番長腕の増加。どれも多能性幹細胞さまざまな細胞へ分化できる能力を持つ幹細胞。オルガノイドなどの出発材料になる。詳しく →で繰り返し報告されてきたもので、増殖やアポトーシス抵抗性に効くと考えられています。
見つけ方は二通りです。G分染法による核型解析は染色体全体を一度に見られますが、数十の分裂像しか数えないので、少数の異常細胞は見落とします。デジタルPCR反応液を無数の微小区画に分けて増幅し、陽性区画の数から核酸の量を絶対値で数える装置です。ごく微量の検出や定量に強みがあります。詳しく →で再発性の領域だけを狙う方法は感度が高く、Stem Genomics の系はこの考え方で組まれています。網羅性を取るか感度を取るかで、両者を使い分けます。
実例もあります。自家iPS細胞体細胞を初期化して作る多能性幹細胞。同一株から繰り返し分化・製造でき均質性を高めやすい。詳しく →由来の網膜色素上皮を移植した最初の症例では、1例目は問題なく経過しましたが、2例目はiPS細胞にコピー数の変化が見つかったため移植に進みませんでした(Mandai M, et al. 2017)。ゲノムの検査が、実際に製品を止めています。
ゲノムの安定性は、継代数細胞を植え継いだ回数。培養履歴を表し、産生量や品質の再現性に影響する。詳しく →とともに劣化する変数です。10継代増殖した細胞を定期的に希釈・移植して培養を維持する操作で、回数が増えると細胞の性質が変化するリスクがある。詳しく → ごとに見る、といった頻度の設計まで含めて規格を書きます。
他家ストック ― 1本の株がどこまで届くか
自家で作ると、患者ごとに一から始めるしかありません。
出発材料の採取、初期化、株の樹立と特性解析規格試験より高い分解能で製品の品質特性を詳しく調べること。比較可能性の評価などで用いる。詳しく →、そして分化。時間も費用も患者の人数だけ積み上がります。そこで、あらかじめ樹立した株から多数の患者分を作る他家の考え方が出てきます。ここで効くのが、HLA細胞表面にあり自己と非自己を見分けるヒトの主要な組織適合抗原。他家では不一致が拒絶の原因になる。詳しく → の型がホモ接合のドナーです。ホモ接合の株は、対応するハプロタイプを持つ多くの患者と適合します。
CiRA財団のストックでは、4種類の HLA 型についてホモ接合のドナー7人から 27 の株が樹立され、日本人のおよそ 40% をカバーすると見積もられています。さらに株を増やした場合の試算もあり、10、75、140 の株でそれぞれ 50%、80%、90% に届くとされます。株を増やすほど効率は落ちていく形です。
1本の株から始められるということは、その株の特性解析を徹底的にやる価値があるということでもあります。自家では患者ごとに分散していた品質保証の負荷が、他家では少数の株に集中します。
品質を設計する順序
iPS細胞由来製品の品質を組むとき、次の順で決めると後戻りが減ります。
一番目は、株を決めることです。 自家か他家か、他家ならどのストックのどの株か。分化条件も規格も株に紐づくので、ここが動くと全部が動きます。二番目に、目的細胞への分化プロトコルを固めます。段階ごとのシグナルと切り替えのタイミングを、その株で振り直します。
三番目が純化の方法です。心筋の乳酸選択のように工程で除けるなら、そこに寄せたほうが後段は楽です。四番目に、残存未分化細胞の検出法を決めます。何をマーカーにするか、その方法の検出限界をどう出すかまで含めて決めておかないと、規格値を書けません。
最後に、ゲノムを見る頻度と方法を決めます。核型で網羅的に見るのか、デジタルPCRで再発性の領域を狙うのか、あるいは両方か。継代数のどこで測るかも同時に決めます。詳しい位置づけはiPS細胞のゴールドスタンダードにもまとめています。未分化を保つ段と、未分化を消す段。この切り替え点を先に決めておくと、規格は自然に並びます。
参考文献
ガイドライン・基準
- ISSCR Guidelines for Stem Cell Research and Clinical Translation(International Society for Stem Cell Research). https://www.isscr.org/guidelines
- 再生医療等製品の審査(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 PMDA). https://www.pmda.go.jp/english/review-services/reviews/0003.html
主な文献
- Takahashi K et al. Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors. Cell. 2006;126(4):663-676. PMID: 16904174. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16904174/
- Takahashi K et al. Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors. Cell. 2007;131(5):861-872. PMID: 18035408. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18035408/
- Mandai M et al. Autologous Induced Stem-Cell-Derived Retinal Cells for Macular Degeneration. N Engl J Med. 2017;376(11):1038-1046. PMID: 28296613. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28296613/
- Lovell-Badge R et al. ISSCR Guidelines for Stem Cell Research and Clinical Translation: The 2021 update. Stem Cell Reports. 2021;16(6):1398-1408. PMID: 34048692. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34048692/
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