研究用試薬からGMPグレードへ、いつ・何を替えるのか

細胞・遺伝子治療の製造では、研究の段階で使っていたサイトカイン細胞が放出する免疫の情報伝達物質。細胞治療では効果と安全性のリードアウトになる。詳しく →や酵素、抗体、培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →を、臨床用の製造に合う品質の原料へ替える判断が要ります。プロセス開発、購買、品質保証の担当が、いつ、どの試薬から替えるかを決める話です。
ただ、ラベルに「GMPグレード医薬品の製造品質管理基準(GMP)に適合した製造管理と品質試験のもとで製造・出荷された試薬・原料の品質区分。詳しく →」とあるだけでは、その試薬を使ってよいとは決まりません。使ってよいかを判断し、その根拠を残すのは、試薬を買って製造に使う側です。
替える期限がどこにあるのか、表示の代わりに何を確かめるのか、どの試薬から順に替えるのかが分かります。
- 何が違うのか:分子ではなく、由来の情報、製造の記録、規格と試験成績、変更の知らせ方が違います。
- いつまでに替えるのか:細胞バンクやウイルスの種のように、作り直せないものを作る前です。
- どの試薬から替えるのか:製品の品質や工程の性能に強く効く試薬から替えます。
1. 研究用試薬とGMPグレードは、何が違うのか
違うのは分子そのものではなく、その試薬に付いてくる情報と管理です。 同じサイトカインでも、何に由来し、どう作られ、ロットごとに何を試験したかが分かるかどうかで、製造に使えるかの判断が変わります。
米国食品医薬品局(FDA)の遺伝子治療の治験届の CMC医薬品の化学・製造・品質管理に関する申請資料。原薬と製剤で章立てが分かれる。詳しく →(製造と品質)の指針は、製造に使う材料について、名前と供給者に加えて、品質(臨床グレード、FDA の承認品など)、由来(動物、ヒト、昆虫など)、どの工程で使うかを一覧にして示すよう求めています。研究用の試薬では、このうち由来や製造の情報が手に入らないことがあります。
ここでいう試薬は、製品の成分にはならないものの、細胞の増殖、分化、選別、精製などに使う材料です。この指針は、ウシ胎児血清、トリプシンのような酵素、成長因子、サイトカイン、抗体、抗体を付けたビーズ、培地などを例に挙げ、こうした試薬が最終製品の安全性、効き目、純度に影響しうるとしています。
細胞治療生きた細胞そのものを有効成分とする医薬。CAR-Tなどが代表。詳しく →では、細胞そのものが製品です。培地に入れたサイトカインは洗い流しても、その品質が細胞の性質を左右します。だからこそ、試薬の素性が分からないままでは、製品の品質を説明できません。
2. なぜ、替える時期が問題になるのか
作り直せないものに一度入った原料の影響は、あとから原料を替えても取り除けないからです。 その例が、2010年に見つかったロタウイルスワクチンへのブタサーコウイルス1型(PCV1)の DNA の混入です。
世界保健機関(WHO)のワクチン安全性の諮問委員会の報告によると、製造元は、PCV1 の DNA がマスター細胞バンクとウイルスのマスターシード(種)の両方から見つかったと報告しました。承認前の臨床試験で使ったワクチンも含め、臨床開発の段階からずっと製品に入っていたということです。なお、PCV1 も、同じ年に別のロタウイルスワクチンで見つかったブタサーコウイルス2型(PCV2)も、ヒトに感染して病気を起こすことは知られていません。

欧州医薬品庁(EMA)の評価報告は、混入のいちばん可能性の高い由来を、細胞バンクなどの出発材料を作るときに使ったブタ由来のトリプシンか、動物由来のアミノ酸としています。1983年にマスター細胞バンクを作ったときの、放射線を当てていないトリプシンに PCV1 が含まれていた可能性も否定できないとしました。
製造元は、PCV1 の無いワクチンの開発に取り組むと約束しています。バンクを作る前から入っていたものは、いま使う原料を替えるだけでは製品から消えません。FDA の指針も、動物由来の材料は外来性の病原体を持ち込む危険を高めるとし、無血清培地血清を加えずに調製された培地で、血清の代わりに精製タンパク質や成長因子などの個別成分を補った設計のもの。詳しく →や組換えの酵素のように、動物由来でない試薬をできれば使うよう検討を勧めています。
3. GMPグレードの試薬に替えれば、それで足りるのか
足りません。製造する側が、その試薬が使い道に合っていることを確かめ、記録に残します。 欧州委員会の先端医療製品(ATMP)向けの GMP医薬品を一定の品質で安全に造るために守るべき製造・品質管理の基準(適正製造規範)です。詳しく → の指針は、原料は使い道に照らして適切な品質であるべきとし、どの原料が重要かの判断は製造業者が行い、記録すべきとしています。
この指針の求めは、次のように整理できます。
- 規格を供給者と取り決める:重要な原料は、使い道に合う品質の要求と合否の基準を規格に入れます。承認後の製品では供給者と合意した規格とし、治験の段階でも、できる限り供給者と技術的な規格を取り決めます。
- 確かめる深さはリスクに合わせる:製造業者は、供給者の品質が取り決めた規格に合うかを確かめ、追加の試験の程度は原料のリスクに見合ったものにします。
- 試験成績書に頼れる条件:リスクを理解し、供給者の適格性評価のような対策で許容できる水準まで下げていれば、供給者の試験成績書に頼ってよいとしています。
では、研究用の試薬は使えないのでしょうか。同じ指針は、原料は医薬品のグレードであるべきとしつつ、研究用しか手に入らない場合があることを認めています。その場合は、量を増やして製造するときの供給の続き方も含めてリスクを理解し、必要に応じて機能や安全性の試験で使い道に合うことを確かめるべきとしています。
FDA の指針も、承認品や臨床グレードの材料が手に入るならそれを使うよう勧め、そうでなければ製造や試験の情報を追加で求めることがあるとしています。表示の名前ではなく、手元にある情報と試験で、使えるかどうかを判断します。
4. どの試薬から、GMPグレードに替えるのか
製品の品質や工程の性能に強く効く試薬と、動物由来の試薬から先に替えます。 欧州委員会の ATMP の GMP 指針は、原料のリスクを、原料そのものの性質と工程での使い方の2つから見るとしています。
- 原料の性質:成長因子は基礎培地より、サイトカインを含む培地は含まない培地より、動物由来の原料は患者自身の血漿より、リスクが高い例として挙がっています。
- 工程での使い方:出発材料である細胞に触れる原料は、リスクが高いとしています。
この2つで並べると、細胞に直接触れて増殖や分化を決めるサイトカインや成長因子、細胞を選ぶ抗体やビーズ、動物由来の酵素や血清が、先に替える候補として上がってきます。反対に、性質のリスクが低く、細胞に触れない原料は、リスク評価の結果として後に回せる場合があります。
一度にすべてを替える必要もありません。同じ指針は、製品の理解は開発とともに深まり、品質を保つための取り組みも段階的に強まっていくことを認めたうえで、製造の手順と管理の方法は、後の段階の臨床試験ほど詳しくなっていくものとしています。どの試薬をいつ替えたかと、その理由を、リスク評価として文書に残しておくことが前提です。
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- 5. 切り替える前に、何を決めておくか
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ほかの会員向けの記事を見る →参考文献
- FDA, Chemistry, Manufacturing, and Control (CMC) Information for Human Gene Therapy Investigational New Drug Applications (INDs)(2020年1月。材料の一覧と試薬は 3.2.S.2.3、同等性/同質性と検体の保管は 3.2.S.2.6)
- 欧州委員会, Guidelines on Good Manufacturing Practice specific to Advanced Therapy Medicinal Products(EudraLex Volume 4, Part IV)(2017年11月採択。原料のリスクは 2.3.1、段階的な品質の強化は 2.22、原料は 7.12〜)
- WHO GACVS, Porcine circoviruses and rotavirus vaccines(2010年6月の会合の報告)
- EMA, Rotarix, Article 20 procedure assessment report(混入の由来の評価)
- Ph. Eur.欧州医薬品品質局(EDQM)が発行する、医薬品の品質基準を定めた公定書で、署名国・加盟国の規制に法的効力を持つ。詳しく → 5.2.12 Raw materials of biological origin for the production of cell-based and gene therapy medicinal products(EDQMの採択告知。ATMP の GMP 指針 7.13 が、できる限り考慮するよう挙げている章)
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