超低温フリーザーの温度マッピングと適格性評価の進め方

温度マッピングは、庫内の温度が場所によってどれだけ違うかを実測して、保管してよい範囲と、監視センサーを置く場所を決める作業です。カタログの「-80℃」は設定値で、庫内のどこでもその温度だという意味ではありません。
ただし、空の庫で測った結果だけでは足りません。荷が入れば熱容量と空気の流れが変わり、扉の開閉や停電のときの振る舞いも、庫と積み方ごとに違います。
この記事では、マッピングの目的、何をどう測るか、機種を選ぶときの判断軸、警報をめぐる失敗、適格性評価と購入前の確認項目を順に説明します。
1. 温度マッピングの目的 ― 内蔵センサーが見ていない場所
フリーザーの内蔵センサーは、庫内の奥の中央に付いていることが多く、そこが庫内でいちばん温かい場所とは限りません。
検体管理の事業者が満載の縦型フリーザーを検証してポスターで報告した例では、内蔵センサーが-83℃を示す一方で、最上段は最大で33℃高い値を示しました。空気の通り道が少ない庫で、ばらつきが大きかったとも報告されています。
ただし、少数の庫を調べたポスターなので、どの庫でも同じ幅になるとは限りません。ある機種のメーカー資料では、いちばん温かいのはプローブの差し込み口の付近で設定値より5℃ほど高く、いちばん冷たいのは奥の壁際の中央とされており、機種ごとに癖が違います。
そこでマッピングでは、平均ではなく最悪の場所を探します。測る目的は次の四つです。
- 最も温かい場所を見つける:庫内のどこが最悪の条件になるかを実測で突き止めます。
- 保管してよい範囲を決める:その場所でも保てる温度から、保管してよい範囲を決めます。
- 監視センサーの位置を決める:測った結果をもとに、監視用のセンサーをどこに置くかを決めます。
- 庫の振る舞いを知る:扉の開閉や停電のときに、庫内の温度がどう動くかを把握します。
細胞のバンク、原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →、臨床検体のように、止まったら作り直せない物を預ける庫では、測り方と警報への動き方を決めておく必要があります。
カタログの-80℃は設定値です。保管してよい範囲は、自分の庫を測って決めます。
2. 何をどう測るか ― 空と満載、扉の開閉、停電
測定点は、各棚の手前と奥、四隅と中央、扉の際、内蔵センサーの近くに置き、点数は庫の容量と棚の数で決めます。センサーが庫の壁や扉に触れると、不正確な値が出ます。
センサーの使用温度範囲に-80℃が入っているか、校正が-80℃付近で行われているかも、測る前に確かめます。
測定は空の状態だけでは足りません。荷が入ると熱容量が増えて空気の流れも変わるため、空の庫で速く戻る装置が満載でも速いとは限らず、実際の積み方に近い状態でもう一度測ります。
扉の開閉は、運用で想定する時間だけ開けて閉め、元の温度に戻るまでの時間を、同じ測定点で測ります。戻りが遅いのは最上段になりやすく、暖かい空気がたまるためと説明する資料があります。
メーカーが公表する回復時間には、30分前後の例があります。ただし、メーカーが決めた条件で測った値であり、自分の荷と開け方での値とは別です。
停電の試験は、電源を切って、許容する上限の温度に達するまでの時間を測ります。この時間が、警報が鳴ってから人が動くまでの持ち時間になり、バックアップ(CO2や液体窒素、非常用電源、予備の庫)をどこまで備えるかも、この数字から決まります。
大きな修理、設置場所の変更、積み方の大きな変更のあとは、取り直しの要否を判断します。頻度は保管物の重要度から、品質リスクマネジメントの考え方(ICH Q9リスクに基づいて品質を判断する、品質リスクマネジメントの考え方を示すICHのガイドライン。詳しく →(R1))で決めます。
空、満載、扉の開放、停電の四つの条件を、同じ測定点で測ると、庫の癖と持ち時間が数字で分かります。
3. 選ぶときの判断軸 ― カタログの数字と、止まったときの備え
均一性と回復時間は、どの機種のカタログにも載っています。けれど、荷の量、開けている時間、周囲の温度といった試験条件が違えば、数字は比べられません。
購入前に条件をメーカーに聞き、デモ機があれば自分の積み方で測ります。
機種は、故障への備えで分かれます。圧縮機が一系統だけの庫は、故障すると全体が止まります。
- PHCbi の TwinGuard:独立した二系統の冷却を持ち、片方が故障しても-70℃を保つとされています。
- Stirling Ultracold:スターリングエンジンで冷やし、短い回復時間を特長に掲げています。
- Eppendorf の CryoCube:CO2や液体窒素のバックアップを選べる機種があります。
霜も判断材料です。内扉に霜が付くと扉の密着が甘くなり、開けたあとの回復が遅れます。
霜取りのために中身を別の庫へ移す作業が、そのつど温度の履歴を作ります。内扉に真空断熱パネルを入れて霜を減らす設計も出ています(PHCbiの新機種のニュース)。
放熱のための周囲の空間、電源、室温といった設置条件も均一性に響くため、導入の前に確かめます。
カタログの均一性と回復時間は、メーカーの試験条件で測った値です。自分の積み方と開け方で測り直して、初めて選定の材料です。
4. よくある失敗 ― 警報があっても人が動かない
米国のコロンビア大学の環境安全部門は、2014年9月の広報誌で、ある研究室の超低温フリーザーおおむねマイナス80℃前後の低温を保ち、細胞や試料を長期間安定して保存する冷凍庫です。詳しく →が警報も通知もないまま故障した例を載せています。庫内にカビが生えた状態で見つかり、故障は発見の1週間以上前に始まったとみられ、10年分を超える研究試料がすべて失われました。
警報があっても、動き方が決まっていなければ同じです。報道によると、米国のレンセラー工科大学は、警報に反応した清掃員がブレーカーを操作して研究室の超低温フリーザーが止まり、庫内が-80℃から-32℃まで上がったとして、清掃会社を訴えました。
警報への対応を誰がどこまで行うかは、手順で決めておく必要があることを示す例です。
日々の運用でも、似た失敗が起きます。内蔵センサーの値だけを見て最も温かい場所を見ていなかったり、何℃を何分超えたら逸脱承認された手順や規格から外れた事象。GMPでは発見したら記録し、製品品質への影響を評価してロットの可否を判断します。詳しく →とするかを決めていないために毎回議論が起きたりします。
逸脱の基準は、装置の仕様ではなく、中身の安定性から決めます。細胞は-80℃では長期の保管に向かず、バンクは液体窒素の気相で持つのが一般的です(細胞治療の凍結保存とコールドチェーン)。
原薬なら、凍結と融解の影響を測ったデータが基準です(原薬の凍結・融解)。逸脱が出たあとの流れは、逸脱・OOS・CAPAの枠組みに載せます。
警報は、鳴ったあとに誰がどこまで動くかが決まって初めて備えです。
5. 明日から確かめられること ― 適格性評価と購入前の確認項目
最新のマッピング報告書と、保管の手順書作業の手順を定めた文書。品質システムの要素を具体化し、査察でも運用が確認される。詳しく →を開いて、次の順に確かめてください。
- 四つの条件:空と満載、扉の開放、停電の結果が、報告書に揃っているかを見ます。
- 測定点と監視位置:測定点の図があり、最も温かい場所と監視センサーの位置が一致しているかを確かめます。
- センサーの校正:使ったセンサーの校正が、-80℃付近で行われているかを見ます。
- 逸脱の基準:何℃を何分で逸脱とするかが、保管物の安定性から決められているかを確かめます。
- 警報への動き方:警報の連絡先、夜間と休日の対応者、到着までの時間が決まっているかを見ます。
- バックアップ:停電試験の結果から、バックアップの要否が判断されているかを確かめます。
- 取り直しの判断:修理、移設、積み方の変更のあとに、取り直しの要否が判断されているかを見ます。
- 購入前の確認:メーカー公表の均一性と回復時間について、試験条件をメーカーに聞いたかを確かめます。
GMP医薬品を一定の品質で安全に造るために守るべき製造・品質管理の基準(適正製造規範)です。詳しく →の対象となる保管では、温度の記録にデータインテグリティの要求がかかります。誰がいつ設定を変えたか、警報を誰が確認したかを、監査証跡いつ誰が何をしたかを記録し、改ざんや削除ができないようにした操作履歴。記録の信頼性を支える。詳しく →が残る形で保存します。
適格性評価製造装置やユーティリティが意図どおりに据え付けられ、動き、性能を出せることを文書で裏づける活動。詳しく →(装置が目的の性能を出せることを確かめる作業)の枠組みはIQ/OQ/PQにあり、マッピングは運転時の性能を確かめる段階にあたります。
機種や監視システムを探すときは、超低温フリーザーと温度モニタリングの製品ガイドから、液体窒素での保管と比べたいときは液体窒素保存タンクから読めます。セルバンク目的物質を作る細胞をあらかじめ大量に凍結保存し、製造のたびに同じ素性の細胞を使えるようにした細胞の在庫(MCB/WCB)のことです。詳しく →を別の拠点に分けて持つ考え方は、MCBとWCBの違いにあります。
参考文献
- Upright ULF T variability(ポスター。満載の縦型-80℃フリーザーの位置による温度差)
- Stirling Ultracold, SU780XLE SenseAnywhere Probe Instructions(MKT-LIT-00014-A)(機種別の温度の癖とプローブの位置)
- Stirling Ultracold, Using your ULT wisely: a case study into the impact of freezer performance and the use of racking(ラックと扉開放後の回復)
- CASRAI, Freezer and cold room temperature mapping protocol(空と満載の両方で測る)
- Columbia University Environmental Health & Safety, Avoiding Meltdown(Santayana Reports, 2014年9月)
- Gigazine, Cleaner accidentally destroyed research(2023年6月28日)
- WHO, TRS 961 Annex 9 Supplement 8: Temperature mapping of storage areas(対象は冷蔵室・冷凍室などの保管エリアで、小型の冷凍庫は対象外。考え方の参考)
- 欧州委員会, EU GMP Annex 15: Qualification and Validation
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → Q9(R1), Quality Risk Management
次に読む
共通この分野の解説記事を、まとめて見る(314本)この記事から広げる
この分野の新着を、メールで受け取る
こうした製造・分析・品質の解説記事と、装置・試薬の新製品ニュースを毎週水曜の朝にお届けします。登録は無料で、いつでも解除できます。
登録によりプライバシーポリシーに同意したものとみなします。閲覧の記録(どのページから、どの会社のサイトへ移ったか)を、ご案内のために使います。
目次・関連閉じる
Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/ult-freezer-temperature-mapping-qualification