PFAS規制は医薬品製造の部材にどう効いてくるか

PFAS(有機フッ素化合物)は、炭素にフッ素が隙間なく付いた部分を持つ物質群で、医薬品製造では、ろ過膜、チューブ、Oリング、シール材といった資材の材質として関わります。薬の成分ではなく、工程に使う部材の側の問題です。
ただし、欧州でPFAS全体をまとめて制限する提案は審議が終盤に入ったところで、いつから、どの資材にどれだけの猶予が付くかは、2026年10月の時点で決まっていません。
この記事では、フッ素樹脂がどの部材に入っているか、欧州の制限案の審議の状況、供給者への聞き方、代替に動く前に確かめることを順に説明します。
1. フッ素樹脂という資材 ― どこに入っているか
医薬品製造で関係が深いのは、PTFEやPVDFなどのフッ素樹脂を使った部材です。
PFASは、炭素にフッ素が隙間なく付いた部分(CF2やCF3)を1つでも持つ物質の総称で、欧州の提案は1万種を超える化合物を対象にしています。この定義では、PTFE(いわゆるテフロン)やPVDFも入ります。
使われている場所は、除菌ろ過に使うPVDFやPTFEの膜、タンクやバッグの通気フィルタータンクやバイオリアクターの通気・排気ラインに付け、出入りする空気を除菌して内部の無菌を保つ疎水性フィルターです。詳しく →、チューブとその継手、バルブのシートやダイアフラム、Oリングやガスケットなどです。
バイオ医薬品抗体や組換えタンパク質など、生きた細胞や微生物に作らせる医薬品の総称です。細胞治療・遺伝子治療の製品を含めて呼ぶこともあります。化学合成で作る核酸医薬やペプチドは、ふつう含めません。詳しく →の使い捨て製品を扱う業界団体のBPSAは、2023年に欧州化学品庁(ECHA)へ出した意見書で、PTFEやPVDFがバイオ医薬品の製造で最も一般的なPFASの種類にあたると説明しました。錠剤の離型剤や容器の内面処理に使われてきた例もあります。
フッ素樹脂が選ばれてきたのは、化学的に不活性で溶け出しにくく、熱や薬品に耐え、滑りがよいからです。薬に触れる資材としては理想に近い性質で、代わりが見つかりにくい材質です。
その同じ性質が、環境の側では分解されずに残り続ける問題になりました。PFASは、水も油もはじき、熱や薬品に強く、摩擦も小さい物質群で、この性質のおかげで医薬品製造の資材に広く入り込んでいます。
ステンレス設備にもガスケットやダイアフラムはあります。ただし使い捨てのラインは、膜、チューブ、継手、バッグの通気口までレジン部材の集まりなので、部材の数が多いぶん、材質を一つずつ確かめる手間が増えます。ラインの構成はシングルユースアッセンブリーの記事で図解しています。
PFASは、薬に入る成分ではなく、工程にいる資材として効いてきます。
2. 欧州の制限案はどこまで進んだか
欧州の制限案は、2023年1月の提出から3年あまりで科学的な審議が終盤に入りましたが、最後の手続きが残っています。
| 段階 | 2026年10月時点の状態 |
|---|---|
| 提案の提出(デンマーク、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデン) | 2023年1月13日に提出。2025年8月に更新版を公表 |
| RAC(リスク評価委員会)の意見 | 2026年3月2日に採択済み |
| SEAC(社会経済分析委員会)の意見 | 草案を2026年3月26日に公表し、意見募集は5月25日まで。最終意見は2026年末までの見込み |
| 欧州委員会の法案、加盟国のREACH委員会での採決 | これから。ECHA は2026年末までに意見と寄せられた意見を欧州委員会へ送る |
| 施行の時期、猶予期間、用途ごとの適用除外 | 未定 |
ECHAの2つの委員会が意見を出し、それを受けて欧州委員会が法案をまとめ、加盟国の代表が集まるREACH委員会で採決する順です。
RACは、PFASをまとめて制限する根拠があるとする意見を採択しました。SEACは、代替の有無や費用、移行期間を見る委員会で、草案では提案の一部に異を唱えています。たとえば、医薬品の有効成分に使うPFASに提案されていた期限なしの適用除外を、期限つきにするよう勧めました。
製造の資材については、業界側が早くから動いてきました。BioPhorumは、医薬品の安全な供給に必要なフッ素樹脂を適用除外にするよう求め、BPSAは、PTFEやPVDFなどのフッ素樹脂はOECDで低懸念のポリマーとみなされていると意見書で指摘しています。
一方で提案は、フッ素樹脂も含めてPFAS全体を対象にしています。ろ過膜やシール材がどの用途にどれだけの猶予を得るかは、この用途ごとの審議の結果で決まります。
PFASをまとめて制限する流れは進んでいますが、いつから、どの用途に猶予が付くかは、まだ決まっていません。
3. 供給者に聞く ― 「含みますか」の前に材質を
「PFASを含みますか」とだけ聞いても、答えは返ってきにくいです。供給者自身が、さらに上流の部材メーカーに確かめないと分からないためです。
実務では、部材ごとに材質を開示してもらうほうが速く進みます。PTFE、PVDF、FKMのようなフッ素系の材質かどうかは、材質名が分かれば自社でも判断できます。膜だけでなく、ハウジング、Oリング、潤滑剤、通気口まで、部品ごとに聞きます。
もう1つ分けておきたいのは、含有と溶出です。抽出物・浸出物使い捨て樹脂バッグなどの材料から培養液や製品へ溶け出す成分。安全性評価が必要。詳しく →(E/L)の評価は、部材から何がどれだけ出てくるかを調べますが、フッ素樹脂は溶け出しにくく、抽出条件によっては何も出てきません。
欧州の提案が問うのは、部材にPFASがあるかどうかで、溶け出すかどうかではありません。E/Lで検出されなかったことは、PFASを含まない証拠にはなりません。E/Lの考え方はシングルユースのE&Lにまとめています。
供給者が「PFASフリー」と言うときは、何を根拠にしているかを聞きます。分析で裏づけるなら、方法は2種類あります。
- LC-MS液体クロマトグラフで成分を分離したうえで質量分析計にかけ、分子量を測って物質の同定や定量を行う手法です。詳しく →/MSの個別法:PFOSやPFOAのように標準品がある物質を1つずつ定量でき、規制値と直接突き合わせられますが、1万種のすべてに標準品はありません。
- AOF(吸着性有機ふっ素)法のような総量法:何が入っているかは分からない代わりに、有機フッ素の総量を測れます。
実務では、まず総量で振り分け、引っかかった試料を個別法に回します。島津製作所は2026年9月4日に、燃焼から注入までを自動でつないだAOF法の燃焼イオンクロマトグラフを発売しました(ニュース)。
変更の知らせも欠かせません。供給者がPFASを避けて材質を替えれば、部材の性能が変わります。知らないうちに替わっていることを防ぐには、契約に変更の事前通知を入れておきます。聞き方の枠組みは供給者管理と受入試験にあります。
4. 代替に動く前に ― 性能と変更管理
フッ素樹脂が選ばれてきたのは、ほかに代わりが少なかったからです。
耐薬品性、耐熱性、摩擦のどれかが落ちれば、工程の条件を見直します。ろ過膜なら、流量や目詰まり微粒子や凝集体、タンパク層が膜の孔を塞いでろ過が落ちる現象。プレフィルターでの前段保護が効く。詳しく →の挙動、タンパク質の吸着量が変わりえます。シールなら、交換の頻度が変わります。
フッ素を含まないEPDMやシリコーンなどのゴムに替える場合は、薬品への耐性に加えて溶け出す成分も変わるため、抽出物・浸出物の評価をやり直します。評価の見方は浸出物の安全性評価で解説しています。
承認申請書に載せた資材を替えるなら、当局への変更手続きも関わります。社内では変更管理の対象として、同等性を確かめたうえで切り替えます。
どの部材から手を付けるかは、製品に触れるか、無菌を守る部材かといった、品質への影響の大きさで決めます。考え方はICH Q9リスクに基づいて品質を判断する、品質リスクマネジメントの考え方を示すICHのガイドライン。詳しく →(R1)の品質リスクマネジメントです。
切り替えの検証には時間がかかり、猶予期間より長くなることもありえます。規制の動きに先回りして候補の検討を始める判断にも、要求が確定してから動く判断にも、それぞれ理があります。
どちらを選ぶにしても、部材の一覧が先にあるほうが動き出しは速くなります。容器の側では、Gerresheimerが2025年にシリコーンオイルとPFASを使わないプレフィルドシリンジあらかじめ薬液を充填した注射器そのものを製品にする容器形式。自己注射やオートインジェクターに用いる。詳しく →系を投入しました(メーカー公表。ニュース)。
5. 明日から確かめられること ― 資材の棚卸し
最初の1歩は、規制の細部を追うことではなく、自社の工程にある資材を一覧にすることです。この一覧があれば、規制がどう決まっても、供給者への聞き取りも切り替えの検討も速く進みます。
- 部材の材質の一覧:ろ過(除菌、通気)、送液(チューブ、継手、バルブ、ポンプ)、シール(Oリング、ガスケット、ダイアフラム)、そのほか(潤滑剤、離型剤、コーティング)ごとに、部材の材質を一覧にします。
- 供給者への依頼:部材ごとの材質の開示を頼み、材質を変えるときの事前通知が契約にあるかを確かめます。
- 申請書に載っている資材:承認申請書に載っている資材はどれかを洗い出し、替えるときに当局への手続きが要るのはどれかを見ます。
- 切り替えに要る期間:切り替えの候補があるなら、性能の確認、E/Lの再評価、変更管理工程・設備・手順などの変更を評価・承認し、品質への影響とともに記録する仕組み。詳しく →に要る期間を見積もります。
- 審議を追う担当:欧州の審議(SEACの最終意見、欧州委員会の法案)を定期的に見る担当を決めます。
ろ過膜の選び方孔径・材質・膜面積などを目的(除菌・清澄化・濃縮など)に合わせて選ぶ、フィルター選定の考え方をまとめたものです。詳しく →はろ過膜の選び方、製品は除菌フィルター、ベントフィルター、シングルユースアッセンブリーの製品ページで比べられます。
参考文献
- ECHA, ECHA receives PFASs restriction proposal from five national authorities(デンマーク・ドイツ・オランダ・スウェーデン・ノルウェーが2023年1月に提出)
- ECHA, ECHA publishes updated PFAS restriction proposal(2025年8月の更新版)
- Covington, ECHA launches a new public consultation on a proposed universal ban on PFAS in the EU(2026年3月。SEAC草案と意見募集の期限)
- BPSA, Response to ECHA's proposed universal restriction of PFAS(2023年9月。使い捨て製品でのフッ素樹脂とフッ素ゴムの用途)
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → Q9(R1), Quality Risk Management
- USP General Chapter 〈1663〉 Assessment of Extractables材料に実使用より厳しい条件をかけて意図的に引き出した成分。出うる成分の候補プールにあたる。詳しく → Associated with Pharmaceutical Packaging/Delivery Systems(本文は有償の USP-NF に収載)
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