抗体の糖鎖とは?なぜ培養の条件で形が変わり、品質として管理するのか

抗体の糖鎖タンパク質に付加される糖の鎖状構造で、抗体の有効性・免疫原性などに影響する重要な品質特性。詳しく →とは、抗体医薬のタンパク質に付く糖の鎖のことで、その形が薬の効き方や体の中での残り方を変えます。この記事は、抗体を培養で作る人、品質を測る人、規格や変更の可否を決める人に向けたものです。
ただし、糖鎖の形は遺伝子では決まらず、培養の条件しだいで同じ細胞株でも比率が動きます。そのため糖鎖は、作り終えてから測るだけでなく、培養の運転で作り込む対象として扱います。
この記事では、糖鎖とは何か、どの形が何を変えるのか、なぜ培養で動くのか、規格の範囲をどう決めるのかを順に説明します。
- 抗体の糖鎖とは:細胞が抗体を作るときに、培養の中で後から付け足す糖の鎖です。形の違いで効き方と血中での消え方が変わるため、品質として管理します。
- なぜ培養で変わるのか:糖を付けるのは細胞の中の酵素で、材料の糖の量と酵素が働く環境は、培地・アンモニア・浸透圧・pH・槽の大きさで動くためです。
- 規格の範囲は:工程が実際に動く幅と、機能が保たれる幅の2つを重ねて決めます。
1. 抗体の糖鎖とは何か
抗体の糖鎖とは、細胞が抗体を作るときに、タンパク質の決まった位置へ後から付け足す糖の鎖のことです。 アミノ酸の並びは遺伝子どおりに決まりますが、そこに付く糖は、培養している細胞が培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →や環境に応じて組み立てます。
抗体の糖鎖は、Fc領域(抗体の根もとで、免疫細胞や補体とつながる部分)に付いています。糖鎖は1種類ではなく、根もとのフコースの有無、先端のガラクトースの数などが違う形が混ざっています。その形ごとの割合の一覧を、糖鎖プロファイル抗体などのタンパク質に結合した糖鎖の種類や割合を調べる分析です。効果や安定性、免疫原性に影響するため構造を確認します。詳しく →と呼びます(読み方は糖鎖分析)。
形が変わると効き方や安全性も変わるため、糖鎖は重要品質特性(CQA)製品の品質・安全性・有効性を保証するため規格内に収めるべき重要な品質特性。に数えられます。CQA製品の品質を保つために、適切な範囲に収まっている必要がある物理的・化学的・生物学的・微生物学的な性質です(ICH Q8)。規格試験だけでなく、工程の管理で保証するものも含みます。詳しく → とは、効き目や安全性に関わるため、決まった範囲に収めて管理する性質のことです。

つまり、糖鎖は配列のように設計図で固定できる性質ではなく、製造の運転で決まる品質です。では、どの形の違いが、薬の何を変えるのでしょうか。
2. どの糖鎖の違いが、効き方や安全性を変えるのか
管理の対象になる糖鎖の違いはおおむね4つで、それぞれ変えるものが違います(Reusch と Tejada、2015年)。
- フコースが外れる(アフコシル化Fc糖鎖の根元のフコース(コアフコース)を欠いた状態。FcγRIIIaへの結合が強まりADCCが増強する。詳しく →):免疫細胞の受容体 FcγRIIIaNK細胞などが持つ活性化型のFc受容体。抗体Fcとの結合でADCCの引き金になる。詳しく → への結合が強まり、ADCC抗体FcがNK細胞などのFcγRIIIaに結合し、そのエフェクター細胞に標的細胞を傷害させる作用。詳しく →(免疫細胞が標的の細胞を壊す働き)が上がります。抗がん抗体でフコースを狙って減らす設計があるのはこのためです(アフコシル化の解説)。
- ガラクトースが付く:糖鎖の先端に付くほど、CDC抗体Fcに補体C1qが結合してカスケードが進み、膜侵襲複合体が標的細胞の膜を破壊する作用。詳しく →(補体が標的の細胞を壊す働き)が強まる方向に働きます。ADCC には、ほとんど影響しないとされます(違いはADCC・CDCとは?)。
- 高マンノース型マンノースに富むN型糖鎖。フコースを欠くがクリアランスが速く、ADCC増強手段としては別扱いで監視する。詳しく →が残る:糖鎖の枝が伸びきらず、マンノースのまま止まった形で、Man5 が代表です。この形の抗体は、ヒトの血中から速く消えると報告されています。
- ヒトにない糖が付く:マウス由来の Sp2/0 細胞で作るセツキシマブは、α-ガラクトースという糖を持っていました。この糖に対する IgE 抗体を投与前から持つ人が、投与直後にアナフィラキシーを起こしたと報告されています(Chung ら、2008年)。
高マンノース型の報告では、ヒトの血中で Man5 の割合だけが時間とともに下がりました(Goetze ら、2011年)。4分子中3つでは血中濃度の総量への影響は小さめでしたが、著者らは投与量と割合しだいで無視できないとして、品質特性として扱うよう勧めています。
どの糖鎖が重くなるかは、その抗体が何で効くかで決まります。 ADCC で効く抗体ならフコースの有無が、血中に長く残したい抗体なら高マンノース型が先に来ます。宿主の細胞を選ぶときは、ヒトにない糖の有無も確かめます。
このように、どの糖鎖を重く見るかは作用の仕組みから決まります。次に知りたいのは、その割合がなぜ培養で動いてしまうのかです。
3. なぜ同じ細胞株でも、培養で糖鎖が変わるのか
糖鎖が変わるのは、糖を付ける酵素の材料と、酵素が働く環境の両方が、培養の条件で動くためです。 糖鎖を付けるのは、細胞の中のゴルジ体(作ったタンパク質に糖を足して仕上げる場所)にある糖転移酵素です。
培養のどの条件で、どの糖鎖が動くのか
報告されている主な条件は、次のとおりです。
| 培養の条件 | 動きやすい糖鎖 | 報告されていること |
|---|---|---|
| 培地・フィードの成分 | ガラクトース | ウリジン、塩化マンガン、ガラクトースを組み合わせて足すと、ガラクトースの付き方が相乗的に高まり、量に応じて頭打ちになった(Gramer ら、2011年) |
| アンモニア | シアル酸糖鎖の末端に付く酸性の糖。負電荷を加えるため酸性バリアントに寄与し、薬物動態にも関わる。詳しく →、枝の数 | エリスロポエチンを作る CHO抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →(チャイニーズハムスター卵巣)細胞でアンモニアを加えると、糖鎖の枝の数とシアル酸(枝の先端に付く酸性の糖)が減った(Yang と Butler、2000年) |
| 浸透圧溶液中の溶質濃度で決まる、水を引き込む圧。培養では上昇が細胞ストレスになる管理項目。詳しく →・培養の日数・培地のマンガン | 高マンノース型(Man5) | Man5 の割合に効く条件として挙がった(Pacis らの学会発表、2008年と、関連する特許) |
| pH・溶存酸素培養液に溶けている酸素の濃度。細胞の呼吸を支えるため一定に保つ制御対象。詳しく → | ガラクトース、シアル酸 | pH を6.8から7.8に振ると、ガラクトースとシアル酸の付き方が約5割動いた。溶存酸素の変更でも、それぞれ最大2割と3割動いた(Ivarsson ら、2014年) |
条件は互いに独立していません。乳酸が溜まって塩基を足し続ければ、浸透圧が上がります。浸透圧は高マンノース型に効く条件なので、乳酸の対策を変えただけでも糖鎖が動くことがあります(乳酸の代謝シフト、アンモニアの管理)。
マンガンのように微量で効く成分は、培地のロットの差が糖鎖に出ることもあります(組成の振り方は培地・フィードのDoE設計)。
設定を変えていないのに、ずれるのはどんなときか
運転の設定が同じでも、糖鎖がずれる場面があります。
- スケールを上げたとき:5 L と 25,000 L の槽を比べた学会発表では、増殖と力価はそろったのに、生存率と乳酸の代謝、糖鎖が食い違いました(Xu ら、2013年)。小さな槽で糖鎖を作り込むなら、その槽が大型槽を代表しているかを糖鎖でも確かめます(スケールダウンモデル)。
- 収穫日を力価だけで決めたとき:培養の日数は高マンノース型に効く条件です。終盤で糖鎖が動いていても、力価だけを見ていると気づけません。
- クローンを選ぶとき:糖鎖の出方はクローンごとに違うため、細胞株の構築の段階で糖鎖も見ておきます。
このように、糖鎖は狙って変えた条件だけでなく、乳酸の対策や培地のロット、槽の大きさといった別の目的の変更でも動きます。だからこそ、どこまでの動きを許すかを先に決めておく必要があります。
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- 4. 規格の範囲は、何を基準に決めるのか
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ほかの会員向けの記事を見る →参考文献
- Reusch D, Tejada ML. Fc glycans of therapeutic antibodies as critical quality attributes. Glycobiology. 2015;25(12):1325-1334.(糖鎖の変化と ADCC、CDC、血中での消え方、免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →の関係)
- Goetze AM, Liu YD, Zhang Z, et al. High-mannose glycans on the Fc region of therapeutic IgG antibodies increase serum clearance in humans. Glycobiology. 2011;21(7):949-959. PubMed 21421994
- Chung CH, Mirakhur B, Chan E, et al. Cetuximab-induced anaphylaxis and IgE specific for galactose-α-1,3-galactose. N Engl J Med. 2008;358(11):1109-1117.
- Gramer MJ, Eckblad JJ, Donahue R, et al. Modulation of antibody galactosylation through feeding of uridine, manganese chloride, and galactose. Biotechnol Bioeng. 2011;108(7):1591-1602.
- Yang M, Butler M. Effects of ammonia on CHO cell growth, erythropoietin production, and glycosylation. Biotechnol Bioeng. 2000;68(4):370-380.
- Pacis E, et al. Effects of Cell Culture Conditions on Antibody N-Glycosylation: What Causes High Mannose 5 Glycoform. 2008 AIChE Annual Meeting(抄録)
- US 2011/0053223 A1, Cell culture methods to make antibodies with enhanced ADCC function(浸透圧、培養日数、培地のマンガン濃度が Man5 に効く条件として挙がる)
- Ivarsson M, Villiger TK, Morbidelli M, Soos M. Evaluating the impact of cell culture process parameters on monoclonal antibody N-glycosylation. J Biotechnol. 2014;188:88-96.
- Xu S, Abu-Absi S, Maranga L. Systematic Development of a Scale-Down Model for a 25,000 L Fed-Batch CHO Culture Process. 2013 AIChE Annual Meeting(抄録)
- CMC Biotech Working Group. A-Mab: a Case Study in Bioprocess Development. CASSS/ISPE, 2009.
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく →, Q8(R2) Pharmaceutical Development.
- ICH, Q6B Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products.
- ICH, Q5E Comparability of Biotechnological/Biological Products Subject to Changes in Their Manufacturing Process.
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