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遺伝子治療基礎知識・選び方シリーズAAVベクターをどう作るか6/10基本

AAV製造の培養法:浮遊と接着、面積と容量の読み方

Proglenth 編集部公開 2026-07-22更新 2026-10-09約6分で読めます
AAV製造の培養法:浮遊と接着、面積と容量の読み方

AAVの製造設備のカタログには、固定床バイオリアクター担体を詰めた床に接着細胞を保持し、そこへ培地を循環させて高密度に培養するタイプのバイオリアクターです。詳しく →の培養面積500 m²と、撹拌槽撹拌翼で機械的に混ぜ、スパージャーで通気する最も標準的なバイオリアクターの型式。詳しく →の2,000 Lという数字が並びます。どちらが大きいのでしょうか。答えは、比べられない、です。面積と容量は単位が違うからです。本当に知りたいのは、そこから取れるベクターゲノムの量です。

AAVを作るHEK293細胞ヒト胎児腎臓由来の細胞。遺伝子導入効率が高く一過性発現に向くが、商業生産の実績はCHOより限定的。詳しく →は、容器に貼り付けて育てる接着培養でも、液に浮かべて育てる浮遊培養細胞を容器壁に付着させず液中に浮遊させて増やす培養。バイオリアクターでの大容量化に向く。詳しく →でも使えます。接着は面積を足して、浮遊は容量を足して規模を伸ばします。伸ばす向きが違うので、小さな装置で決めた条件を大きな装置へ運ぶとき、作り直しになる部分も違います。

製造の方式を選ぶ開発の人にも、カタログや見積もりを読む購買や営業の人にも、将来の製法変更で比較のデータを求められる品質保証の人にも、数字の読み方と聞くことの物差しとして使えます。

この記事の要点

  1. 同じHEK293でも、育てる箱が変われば、増やし方の原理から条件の運び方まで変わります。二つの育て方 ― 貼り付けるか、浮かべるか ↓
  2. どちらが優れるかではなく、小さい装置から大きい装置へ移るとき、どちらの作り直しなら耐えられるかで選びます。規模の伸ばし方 ― 面積を足す固定床、容量を足す撹拌槽 ↓
  3. カタログの面積と容量は選ぶための出発点で、答えは自社の血清型での実収量です。カタログの数字の読み方 ― 面積と容量は比べられない ↓

二つの育て方 ― 貼り付けるか、浮かべるか

接着培養は、容器の表面に細胞を貼り付けて増やします。研究室の手順をそのまま持ち込めるので立ち上げが速く、トランスフェクション培養細胞に外来の核酸を導入する操作。ウイルスベクターの一過性の産生などに用いられる。詳しく →(プラスミドを細胞へ入れる操作)の効率も出しやすいと言われます。多層フラスコ培養面を何層にも重ねて設置面積あたりの培養面積を増やし、接着細胞を効率よく増やすための容器です。詳しく →は、少量で多品種の前臨床によく合います。ただし必要量が増えるほど、段数と人手と設置面積が比例して増えます。その先にあるのが固定床で、不織布などの担体に細胞を貼り付け、培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →を循環させて育てます。容器の選び方は付着細胞の大量培養に整理しています。

浮遊培養は、接着する性質を外したHEK293を撹拌槽(単回使用のバイオリアクター細胞や微生物を、温度・pH・溶存酸素などを制御しながら培養する槽です。数リットルの開発用から数千リットルの商業生産用まであり、ステンレス製と使い捨て(シングルユース)があります。詳しく →など)で育てます。抗体医薬で確立した「槽を大きくする」考え方をそのまま持ち込めるのが、多層フラスコとの決定的な違いです。扱いやすく規模を伸ばしやすい代わりに、浮遊への馴化と、浮遊に合わせた導入条件の作り込みが要ります。

観点接着(多層フラスコ・固定床)浮遊(撹拌槽)
規模の伸ばし方培養面積を足す槽の容量を足す
大きくしたとき作り直すもの面積あたりの条件を保てば少ない混合と酸素の溶け込み方の条件
立ち上げ研究の手順を持ち込めて速い浮遊への馴化と導入条件の作り込みが要る
向く場面少量多品種の前臨床、固定床で伸ばす開発大量供給を見据えた開発

昆虫細胞のSf9とバキュロウイルス昆虫細胞に感染するウイルス。AAV遺伝子を組み込んでSf9を感染させ、ベクターを産生させる。詳しく →を使う方式は、プラスミド大腸菌の中で複製・増幅させる環状DNA。核酸医薬やベクター製造の伝統的な出発材料。詳しく →を入れず感染で作る別建ての生物学なので、ここでは扱いません。全体の流れはAAVの製造工程に、プラスミドを入れる方式と安定産生細胞株ベクター産生に必要な遺伝子を組み込んで維持し、繰り返しウイルスを作れる細胞株。詳しく →の比較はAAV製造の一過性トランスフェクションと安定産生細胞株にあります。

同じHEK293ヒト胎児腎由来の細胞株。アデノウイルスのE1機能を持ち、AAV産生の三重トランスフェクションで広く使われる。詳しく →でも、育てる箱が変われば、増やし方の原理から条件の運び方まで変わります。

規模の伸ばし方 ― 面積を足す固定床、容量を足す撹拌槽

固定床の強みは、面積に比例して広げられることです。Cytotherapy誌に載った臨床用AAV9の製造の報告では、小型のiCELLis Nanoで決めた条件を、培養面積333 m²のiCELLis 500へ線形に拡大でき、粗収量は10の16乗ベクターゲノムを超えました。iCELLis 500系列は最大500 m²、Univercells(Donaldson傘下)のscale-X nitroは200 m²と600 m²の機種を持ちます。nitro用のコントローラは従来の付着法に比べて36〜82%のコスト低減をうたいますが、メーカーの公表値です(ニュース)。

撹拌槽は、槽を大きくするだけで規模が伸びます。そのかわり、容量を上げるたびに、混合と酸素の溶け込み方が変わります。もう一つ見るのが、満量に対してどこまで少ない液量で運転できるかを示すターンダウン比です。小さい液量で運転できないと、種培養少量の細胞を段階的に大きな容器へ植え継ぎ、本培養に必要な量まで増やしていく一連の種培養です。各段階で健全に増えているかを確認します。詳しく →の段数が増えます。Thermo FisherのDynaDriveは撹拌を槽の底から駆動する構成で、500 L機で20対1、50 L機で10対1まで下げられると説明しています。壊れ方の詳細はターンダウン比の記事に、装置の選び方はバイオリアクターの選び方にあります。

左右に二つのパネルを並べた概念図。左は接着の固定床で、担体に細胞を貼り付けた小さい機種から大きい機種へ、培養面積を足して規模を伸ばす(例として培養面積500平方メートル)。培地は循環し、面積を足す設計なので条件を運びやすいと説明される。右は浮遊の撹拌槽で、羽根のついた小さい槽から大きい槽へ、容量を足して規模を伸ばす(例として2,000リットル)。容量を上げるたびに混合と酸素の条件が変わる。下の枠に、面積と容量は単位が違うので、比べられるのはそこから実際に取れるベクターゲノムの量であり、直近のロットの実収量とばらつきを、血清型と力価の測り方をそろえて聞く、と書かれている。
接着の固定床は面積を足し、浮遊の撹拌槽は容量を足す。比べるのは実際に取れるベクターゲノムの量(概念図)
図をダウンロード(会員・無料)
POINT

固定床は面積を足す設計なので、小さい機種の条件を大きい機種へ運びやすいと説明されます。撹拌槽は、容量を上げるほど混合と酸素の条件が変わります。ターンダウン比の数字だけでなく、実際に仕込む容量での実測を確かめてください。どちらの原理で伸ばすかが、方式選びの骨格です。

どちらが優れるかではなく、小さい装置から大きい装置へ移るとき、どちらの作り直しなら耐えられるかで選びます。

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シングルユースBR→AAV製造用トランス試薬→HEK293培地→
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カタログの数字の読み方 ― 面積と容量は比べられない

iCELLis 500系列の500 m²という数字だけを見て、2,000 Lの撹拌槽より「大きい」と読むのは誤りです。固定床の培養面積と撹拌槽の作動容量は、単位も測り方も違います。比べるべきは、そこから実際に取れるベクターゲノムの量で、単位面積あたり、単位容量あたりの実収量です。

実収量はロットごとに変わるので、カタログには載りません。メーカーに聞くのは「面積はいくつか」ではなく、「その面積、その容量で、直近のロットの実収量とばらつきはいくつか」です。血清型AAVのカプシドの種類による分類。組織指向性が異なり、狙う臓器や細胞に応じて選び分けられる。詳しく →と、力価の測り方まで揃えて聞かないと、並べても比較になりません(AAVのddPCR力価測定)。

撹拌槽の混合や酸素の数字も同じです。満量に近い条件で測った値は、下限まで絞ったときの値ではありません。

カタログの面積と容量は選ぶための出発点で、答えは自社の血清型での実収量です。

乗り換えで作り直すもの ― 試薬、条件、比較データ

臨床入りは接着で速く済ませ、商用化に向けて浮遊へ移す。固定床のまま面積を伸ばして、浮遊化を避ける。どちらの判断も、実務で珍しくありません。ただ、方式を変えると、作り直すものが三つ出ます。

一つ目は試薬です。PEI正電荷を持つカチオン性試薬。負電荷のDNAと複合体を作り細胞へ導入するトランスフェクションに使う。詳しく →系の試薬が広く使われ、PolysciencesのPEI MAXは大量のトランスフェクションの標準的な選択肢です。Polyplus(Sartorius)のFectoVIR-AAVのように浮遊HEK293の大規模製造向けとされる試薬もあり、接着と浮遊の両方に対応する試薬もあります(AAV用トランスフェクション試薬)。付着で決めた複合体の作り方(DNAの量、PEIとの比、混ぜる時間)は、浮遊の大容量にそのまま持ち込めるとは限りません。プラスミドの比の見直しはAAVのトリプルトランスフェクションで解説しています。

二つ目は導入と培養の条件です。細胞の状態、播く密度、導入のタイミングが、方式ごとに別の最適点を持ちます。

三つ目は比較のデータです。同じ血清型、同じ導入遺伝子ベクターで細胞に運んで働かせる目的の遺伝子。詳しく →でも、接着と浮遊で、できるAAVのカプシドウイルスの遺伝物質を包むタンパク質の殻。AAVでは直径数十ナノメートルの正二十面体の構造をとる。詳しく →の性質や、空カプシドと実カプシドの比の傾向が変わりうるからです。精製の方法でも空・実比全カプシドのうちゲノムを積んだ実カプシドが占める割合。投与量設計や安全性に直結する重要な品質指標となる。詳しく →は大きく動くので、比べるときは精製法を揃えます。変更前に、同じ血清型とプラスミドで両方の方式を並べ、力価、空・実比、効き目を比べるデータを取っておきます。変更の考え方は比較可能性試験(ICH Q5E)にあります。

方式を変える判断は、収量だけでなく、製品の性質を比べるデータとセットで行います。

明日から確かめられること

メーカーや受託先に、次の点を聞いてみてください。

  • 目標のスケールは、前臨床の少量か、商用の大量供給か
  • 面積や容量のかわりに、直近のロットの実収量(ベクターゲノム)とばらつきは。血清型と力価の測り方は
  • 固定床なら、小さい機種から大きい機種へ拡大した実績のデータはあるか
  • 撹拌槽なら、実際に仕込む最小の液量で、混合と酸素の実測はあるか
  • トランスフェクション試薬は、接着と浮遊のどちらで最適化されているか。乗り換えで条件を作り直すか
  • 将来、接着と浮遊を替える可能性があるなら、変更前後を比べる分析法と試料を、いま確保できているか

装置は、製品データベースのシングルユースバイオリアクターと固定床バイオリアクター(接着細胞用)で比べられます。受託先を選ぶときの確認点はウイルスベクターCDMOの選び方に、捕捉工程の樹脂はAAVアフィニティー樹脂の選び方にまとめています。

参考文献

  • Legmann R, et al. Transient transfection at large scale for clinical AAV9 vector manufacturing. Cytotherapy. 2020;22(5 Suppl):S151.(iCELLis NanoからiCELLis 500への拡大と粗収量)
  • Viral vector production in the integrity iCELLis single-use fixed-bed bioreactor, from bench-scale to industrial scale(iCELLis 500の培養面積の範囲)
  • Univercells Technologies (Donaldson), Univercells Technologies Debuts the scale-X nitro Controller to Expand Access to Large-Scale Viral and Advanced Therapy Manufacturing(プレスリリース)(200 m²と600 m²の機種、コスト低減率は公表値)
  • Thermo Fisher Scientific, Streamlining seed train scale-up through utilization of the HyPerforma DynaDrive S.U.B. turn down ratio(Application Note)(ターンダウン比)
  • ICH Q5E製造工程の変更前後で製品が同等・比較可能かを評価する考え方を定めたガイドライン。詳しく →, Comparability of Biotechnological/Biological Products Subject to Changes in Their Manufacturing Process(製造方法の変更前後の同等性評価製造プロセス変更の前後で原薬・製剤の品質特性が実質的に同等であることをデータにより確認する評価手順。詳しく →)
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  9. 9AAV製剤のfill-finishとは?力価が目減りする三つの場面
  10. 10AAVカプシドエンジニアリングとは?指向性進化の強みと落とし穴
シングルユースBR ↗AAV製造用トランス試薬 ↗HEK293培地 ↗小型バイオリアクター ↗#AAV#浮遊培養#接着培養#HEK293
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この記事の目次
  1. 二つの育て方 ― 貼り付けるか、浮かべるか→
  2. 規模の伸ばし方 ― 面積を足す固定床、容量を足す撹拌槽→
  3. カタログの数字の読み方 ― 面積と容量は比べられない→
  4. 乗り換えで作り直すもの ― 試薬、条件、比較データ→
  5. 明日から確かめられること→
  6. 参考文献→
シリーズ6 / 10
AAVベクターをどう作るか
  1. 1遺伝子治療ベクターの選び方とは?AAV・レンチ・非ウイルスの判断軸
  2. 2AAVの血清型と組織指向性とは?選び方と選び間違えたときの代償
  3. 3AAVベクターの製造工程とは?培養から空・実カプシド分離まで
  4. 4AAVのトリプルトランスフェクション、プラスミド比の決め方と確認点
  5. 5AAV製造の一過性トランスフェクションと安定産生細胞株:違いと選び方
  6. 6AAV製造の培養法:浮遊と接着、面積と容量の読み方
  7. 7付着細胞の大量培養とは?多層・マイクロキャリア・固定床の選び方
  8. 8AAVアフィニティー樹脂の選び方:結合容量の桁より見るべきこと
  9. 9AAV製剤のfill-finishとは?力価が目減りする三つの場面
  10. 10AAVカプシドエンジニアリングとは?指向性進化の強みと落とし穴
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  1. 二つの育て方 ― 貼り付けるか、浮かべるか→
  2. 規模の伸ばし方 ― 面積を足す固定床、容量を足す撹拌槽→
  3. カタログの数字の読み方 ― 面積と容量は比べられない→
  4. 乗り換えで作り直すもの ― 試薬、条件、比較データ→
  5. 明日から確かめられること→
  6. 参考文献→
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  7. 7付着細胞の大量培養とは?多層・マイクロキャリア・固定床の選び方
  8. 8AAVアフィニティー樹脂の選び方:結合容量の桁より見るべきこと
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