細胞治療の培地を無血清・ゼノフリー化する:血清を抜くと何が起きるか
血清入りの培地で育てた細胞を投与された患者で、ウシのタンパク質に対する抗体ができた。2007年にBlood誌に載った報告です。3種類の細胞療法を受けた患者の多くで、2回目の投与のあとに、ウシのアポリポタンパク質脂質とタンパク質の複合体。EVと密度やサイズが近く、精製で分離しにくい夾雑物になる。詳しく →B-100への抗体が現れました。細胞が培養中に血清のタンパク質を取り込み、そのまま体内に入ったためです。

ウシ胎児血清(FBS)従来の細胞培養に広く使われる血清。ウシ由来のEVを多く含み、EV製造では混入が問題になる。を培地から抜きたい理由は、これだけではありません。血清は成分が決まっていない混合物で、ロットによって細胞の増え方が変わります。ウイルスやマイコプラズマ細胞培養に混入しうる微小な細菌。セルバンクなどで否定試験が求められる。詳しく →、プリオンの混入も懸念されます。需要が増え、価格も高く、供給にも不安があります。
ただし、抜けば解決する話ではありません。血清は成長因子のほかに、鉄や脂質の運び屋、接着の足場、せん断からの保護まで、いくつもの仕事を一度にこなしています。抜くことは、その仕事を一つずつ誰かに割り当て直すことです。培地を決める開発担当だけでなく、原材料を手配する購買や、変更管理工程・設備・手順などの変更を評価・承認し、品質への影響とともに記録する仕組み。詳しく →を見る品質保証にも関わる問いです。
- 血清を抜く理由は、ロット差、ウイルスなどの混入の懸念、供給に加えて、患者がウシのタンパク質に免疫反応を起こした報告です。
- 血清はいくつもの仕事をしているので、抜くときは仕事ごとに代わりを決め、その代わりの管理を引き受けます。
- ヒト由来にすれば安全とは言えません。培地を変えたら、増殖だけでなく、細胞の性質と効力まで比べます。
血清を抜く理由 ― ばらつき、混入、患者への影響
血清の弱点は、成分が決まっていないことです。
FBS従来の細胞培養に広く使われる血清。ウシ由来のEVを多く含み、EV製造では混入が問題になる。は、ウシの胎児の血液から取った液体です。ドナーとなる牛の個体、採取の時期、製造のロットで、成長因子やホルモンの量が変わります。同じ培養条件でもロットが替われば増え方が動くので、事前にロットを評価して、性能の近いものを選ぶ運用が要ります。出発材料のばらつきが大きいMSC製造のような細胞治療生きた細胞そのものを有効成分とする医薬。CAR-Tなどが代表。詳しく →では、この負担がさらに重くなります。
安全の面では、動物由来の血清は加熱滅菌できないため、ウイルスやマイコプラズマが混ざる懸念が残ります。牛海綿状脳症(BSE)の懸念から、原産国の管理も問われます。患者への影響は、冒頭の2007年の報告のとおりです。細胞ワクチンの治験計画書にも、製造に使う成分として、ウシ胎児血清やブタ由来のトリプシンタンパク質を決まった位置で切ってペプチド断片にする酵素です。質量分析で配列や修飾を確認する前処理に使います。詳しく →が挙げられ、感作された人ではアレルギー反応のおそれがあると書かれています。
供給にも不安があります。血清は畜産の副産物で、細胞培養のために作られているわけではありません。需要の増加と価格の高さが続く中、商用製造の計画を血清に預けるのは、落ち着きません。
ばらつきは工程の中で吸収できても、患者への影響と供給の細りは、工程の外から製造計画を揺るがします。
抜くと何が起きるか ― 血清の仕事の割り当て直し
血清は、成長因子だけを運ぶ液体ではありません。
細胞が必要とするものを、一度に、ほどよく供給しています。抜くと、これらの仕事が宙に浮きます。
| 血清がしていた仕事 | 抜いたあとの代わり | 新しく管理するもの |
|---|---|---|
| 増殖を促す成長因子、ホルモン | 組換えのサイトカイン細胞が放出する免疫の情報伝達物質。細胞治療では効果と安全性のリードアウトになる。詳しく →やインスリンを個別に加える | 各因子の活性と濃度の規格 |
| 鉄の運搬 | 組換えのトランスフェリンや、鉄の化合物 | 供給者と由来 |
| 脂質の運搬、毒性物質の吸着 | アルブミン血漿タンパクの約6割を占め、結合容量は大きいが親和性は高くない受け皿。詳しく →、脂質の添加剤 | アルブミンの由来、添加剤の組成 |
| 接着の足場 | 培養面のコーティング、合成の基質 | 接着細胞では必須、浮遊培養細胞を容器壁に付着させず液中に浮遊させて増やす培養。バイオリアクターでの大容量化に向く。詳しく →では不要 |
| せん断流れの中で分子にかかる物理的な力。強すぎると抗体の凝集や微粒子発生を招く。詳しく →や気泡からの保護 | プルロニックF-68などの界面活性剤タンパク質の凝集や容器壁への吸着を防ぐため製剤へ少量加える添加剤で、細胞培養で細胞を保護する目的でも使われます。詳しく → | ロットごとの性能 |
どの仕事が自社の細胞で効いているかは、細胞ごとに違います。浮遊して増えるT細胞なら足場は要りませんが、MSC免疫抑制や組織修復に働く体性幹細胞。免疫や炎症を鎮める向きで効くため、効力の測り方がCAR-Tと逆になる。詳しく →のような接着細胞は足場が無いと付きません。撹拌や通気のある槽で培養するなら、せん断からの保護が効いてきます。この保護の話はバイオリアクターのせん断と細胞損傷にあります。
血清を抜くとは、いくつもの仕事を、個別の成分に分けて割り当て直すことです。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる抜き方の段階 ― 無血清、ゼノフリー、化学的に定義された培地
血清を減らす取り組みには、定義の度合いに応じた段階があります。
無血清(serum-free)は、血清そのものを加えない培地です。ただし、血清から精製したアルブミンやトランスフェリンを加える場合があり、動物成分がゼロとは限りません。ゼノフリー(xeno-free培地などにヒト以外の動物由来成分を含まないこと。安全性やロット間の再現性を高める狙いで選ばれます。)は、培養する細胞から見て異種にあたる動物由来の成分を排除し、ヒト由来か組換えの成分に置き換えたものです。化学的に定義された培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →(chemically defined)は、含まれる成分と濃度がすべて明らかで、未定義の生物由来の抽出物を含みません。進むほどロット間の再現性は上がりますが、前の節の仕事を、個別の成分で補う必要が増えます。
代わりの選択肢にも、引き受ける管理が付いてきます。ヒト血小板溶解物(hPL)ヒト血小板から得られる培地添加物。FBSに代わる細胞増殖の補助として使われることがあります。は、ヒトの血小板が蓄えた成長因子を豊富に含みます。ただしヒト血液由来なので、ドナーの感染症のスクリーニングとウイルス低減、プールするドナーの組み合わせで生じるロット間差を引き受けます。組換えの成長因子は、由来の不安は小さい一方で、活性の一貫性を規格で管理する必要があります。
「動物由来かヒト由来か」だけで、安全性は決まりません。ヒト由来のhPLにはドナー管理とプール管理が、組換えの成長因子には活性と力価の規格が要ります。どちらも未定義の混合物を避けるための選択ですが、引き受ける管理の中身は別物です。
定義の度合いを上げることは、管理の負担を、血清の由来管理から、個別成分の最適化へ移すことです。
移行後に起きること ― 増殖と細胞の性質の食い違い
無血清へ移すと、増え方も、細胞の性質も、動くことがあります。
T細胞の拡大培養では、無血清にした効果が、報告によって違います。3種類の無血清培地を、FBS入りの標準的なCAR-T培地CAR-T療法などで採取したT細胞を活性化し、必要な数まで増やして育てるための培地です。詳しく →と比べた2023年の報告では、増殖と生存率細胞集団のうち生きている細胞の割合。凍結・培養の品質を示す基本指標。詳しく →に差はありませんでした。傷害活性は、クロム放出試験では無血清で育てた細胞のほうが高く、長期の共培養ではFBSで育てた細胞のほうが優れていました。
さらに、増えた数が同じでも、中身が同じとは限りません。Medvecらは2018年に、血清を使わない培地で拡大したT細胞を、マウスで調べた結果を報告しました。この培地で拡大したT細胞は、マウスのモデルで長く腫瘍を抑えたのに対し、血清入りの培地で拡大した細胞は、一時的にしか抑えませんでした。ただし、この培地は分化が進んだ型の細胞を多く増やしました。一般に、分化の進んでいない型のほうが体内で長く残るとされるので、この結果は単純には説明できません。
つまり、無血清に移すときの比較は、増殖数だけでは足りません。細胞の表面マーカー細胞表面に出るタンパク質などの目印。MSCではCD73・CD90・CD105の発現などで細胞を見分けます。詳しく →のような同一性、目的の効力、不純物や外来性因子細胞や製品に意図せず混入しうるウイルスなどの汚染因子。特にMCBで重点的に評価する。詳しく →まで、変更の前後で比べます。比較の考え方は自家細胞治療の同等性評価に、何を品質特性として指標にするかは細胞治療の品質管理(CQA)にあります。
増殖が良くなっても、細胞が同じとは限りません。変更の前に、何で同じと言うのかを決めておきます。
明日から確かめられること ― 血清を抜く前と、培地を変える前
血清を使っている工程や、培地の変更を考えている工程では、次の点を確かめます。
- 今使っている血清(またはhPL血小板由来の成長因子を含む培地添加物で、ウシ血清の代わりに細胞の増殖を助けるために加えます。詳しく →)のロットと、原産国、由来、ウイルス検査の記録が、文書で追えるか
- 血清の仕事のうち、自社の細胞で効いているのはどれか。小さなスケールで、仕事を一つずつ外して確かめたか
- 代わりの選択肢が引き受ける管理を、受け入れられるか。ドナー管理とプール管理か、成長因子の活性規格か
- 変更の前後で比べる項目と判定の基準を、先に決めたか。増殖と生存率だけでなく、同一性出荷ロットが意図した細胞集団であることを、表現型マーカーや追跡記録によって確認する品質項目。詳しく →、効力、不純物と外来性因子まで含めたか
- 添加剤の供給者の変更通知が来る契約か。代わりの調達先があるか
原材料製造の起点となる原料で、その品質や持ち込む不純物が最終製品の品質に影響しうるため、規格管理が重視される物質。詳しく →の由来管理はクローズドシステムでの製造とあわせて考えると整理しやすくなります。研究用の原料をどこまで製造用に替えるかは、研究用試薬からGMPグレードへにあります。細胞ごとの培地は、T細胞・CAR-T培養培地、間葉系幹細胞の培地、NK細胞の培養培地の製品ページから引けます。T細胞の培養そのものはT細胞の活性化と拡大培養が続きの記事です。
参考文献
- Sakamoto N, et al. Bovine apolipoprotein B-100 is a dominant immunogen in therapeutic cell populations cultured in fetal calf serum in mice and humans. Blood. 2007;110(2):501-508.(血清培養した細胞の投与後に、ウシのアポリポタンパク質B-100への抗体ができた報告)
- Medvec AR, et al. Improved Expansion and In Vivo Function of Patient T Cells by a Serum-free Medium. Mol Ther Methods Clin Dev. 2018;8:65-74. DOI: 10.1016/j.omtm.2017.11.001(無血清培地血清を加えずに調製された培地で、血清の代わりに精製タンパク質や成長因子などの個別成分を補った設計のもの。詳しく →で拡大したT細胞のマウスでの機能)
- Fetal bovine serum: how to leave it behind in the pursuit of more reliable science(FBSの再現性、安全性、代替の現状)
- A Neoadjuvant Study of Androgen Ablation Combined With Cyclophosphamide and GVAX Vaccine for Localized Prostate Cancer(治験計画書、NCT01696877)(培養由来で残りうる成分としての血清、トリプシンの記載)
- Eberhardt F, et al. Impact of serum-free media on the expansion and functionality of CD19.CAR T-cells. Int J Mol Med. 2023;52(1):58.(無血清培地とFBS入りの標準培地でのCAR-T患者や健常ドナーのT細胞にCAR(キメラ抗原受容体)を導入し、がん細胞を攻撃させる細胞治療。詳しく →細胞の比較)
- USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく → 〈90〉 Fetal Bovine Serum: Quality Attributes and Functionality Tests
- USP 〈92〉 Growth Factors and Cytokines Used in Cell Therapy Manufacturing
- USP 〈1043〉 Ancillary Materials for Cell, Gene, and Tissue-Engineered Products
- Ph. Eur.欧州医薬品品質局(EDQM)が発行する、医薬品の品質基準を定めた公定書で、署名国・加盟国の規制に法的効力を持つ。詳しく → 5.2.12 Raw materials of biological origin for the production of cell-based and gene therapy medicinal products
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/cell-therapy-media-serum-free