マイコプラズマ試験とは?培養法・指標細胞法・NAT(核酸増幅法)
細胞を培養していると、培地の色や濁りに大きな変化がないのに、増殖が鈍る、産生量が落ちる、実験データが再現しない——そんな不可解な事態に出会うことがあります。原因の一つとして疑われるのが、マイコプラズマ(Mycoplasma)による汚染です。マイコプラズマは細胞壁を持たない非常に小さな細菌で、多くは肉眼で分かる濁りを起こさないまま培養系に潜み、細胞の代謝や遺伝子発現を静かに乱します。

やっかいなのは、その小ささです。一般的な細胞や細菌より小さく、変形もするため、除菌に使う 0.2µm(マイクロメートル)の無菌フィルターをすり抜けてしまうことがあります。つまり「無菌ろ過をしたから大丈夫」とは言い切れません。医薬品製造、とりわけ生きた細胞を原料とするバイオ医薬品や細胞治療では、原料や中間体、最終製品がマイコプラズマに汚染されていないことを、専用の試験で確かめる必要があります。
本記事では、マイコプラズマ試験の中心となる薬局方の二本立て——培養法(agar/broth)と指標細胞法(DNA染色法)——の原理と役割分担、そして迅速な結果を返す NAT(核酸増幅法、PCR/qPCR)とそのバリデーションの考え方を整理します。あわせて、製品寿命が短い細胞治療でなぜ迅速法が実質的に必須になるのか、という背景も見ていきます。
マイコプラズマは「小さくて壁がない」ことがすべての起点
マイコプラズマ(Mycoplasma、広義にはモリキューテス綱に属する細胞壁を持たない細菌の総称)は、既知の自己増殖する生物の中でも最小クラスの微生物です。大きさはおおむね 0.2〜0.3µm 程度とされ、通常の細菌より一桁小さい世界にいます。さらに細胞壁を持たないため形が定まらず、狭い隙間を通り抜けやすいという特徴があります。
この二つの性質が、品質管理上の悩みを生みます。 マイコプラズマは無菌フィルター(0.2µm)を通過しうるため、無菌ろ過や一般的な無菌試験だけでは検出も除去も担保できません 。だからこそ、無菌試験(Sterility Test)やエンドトキシン試験とは別に、マイコプラズマ専用の試験が薬局方で規定されています。
| 項目 | マイコプラズマ | 一般的な細菌 |
|---|---|---|
| 細胞壁 | ない | ある |
| 大きさの目安 | 0.2〜0.3µm | 0.5〜数µm |
| 0.2µmフィルター | 通過しうる | 通常は除去される |
| 培地の濁り | 出にくいことが多い | 出やすい |
| 標準的な無菌試験での検出 | 検出できないことがある | 検出しやすい |
汚染源は多岐にわたります。ヒトや動物由来の細胞株そのものが持ち込むこともあれば、血清などの生物由来原料、あるいは作業者由来(口腔・気道に常在するマイコプラズマ)で持ち込まれることもあります。汚染に気づかないまま継代を続けると、培養系全体に広がり、細胞株やセルバンクを丸ごと汚染してしまう恐れがあります。
マイコプラズマは「小さく、細胞壁がなく、濁りを起こしにくい」ため、無菌ろ過や通常の無菌試験をすり抜けます。専用の試験でしか担保できない、独立した安全性管理項目だと捉えるのが出発点です。
薬局方の柱は「培養法」と「指標細胞法」の二本立て
マイコプラズマ試験の基準となるのは、各極の薬局方です。米国薬局方 USP <63>、欧州薬局方 Ph.Eur. 2.6.7、日本薬局方の参考情報(細胞基材のマイコプラズマ否定試験)が該当し、これらは三極薬局方検討会議(PDG)を通じて内容の調和が図られてきました。細部は改訂で動きますが、伝統的な手法の骨格は共通していて、大きく二つの方法から成ります。
一つ目が 培養法(agar/broth、寒天培地・液体培地法)です。検体をマイコプラズマ用の栄養に富む寒天培地と液体培地に接種し、長期間培養して、コロニーの形成や液体培地から寒天への継代でマイコプラズマの増殖を確かめます。二つ目が 指標細胞法(indicator cell culture、DNA染色法)です。マイコプラズマの増殖を支える指標細胞(Vero細胞などが代表的)に検体を接種し、数日培養したのち、DNAに結合する蛍光色素で染めて蛍光顕微鏡で観察します。
なぜ二つ必要なのか。マイコプラズマには、人工培地でよく増える株と、培地では育ちにくいけれど細胞と一緒だと増える株(培地非依存的に増えにくい種、たとえば Mycoplasma hyorhinis の一部株など)があるためです。 培養法は「培地で育つ株」を、指標細胞法は「培地では育ちにくいが細胞上では検出できる株」を、それぞれ補い合ってカバーします 。片方だけでは取りこぼしが出るため、二本立てが基本形になっています。
| 方法 | 検出の仕組み | 主な検出対象 | おおよその所要期間 |
|---|---|---|---|
| 培養法(agar/broth) | 専用培地での増殖・コロニー形成 | 培地で増える株 | 約28日(一つの目安) |
| 指標細胞法(DNA染色) | 指標細胞上で増えた菌のDNAを蛍光染色 | 培地で育ちにくい株 | 数日〜1週間程度 |
指標細胞法で使う蛍光色素は、DNAに結合してマイコプラズマの核酸を光らせるタイプが用いられます。細胞の核とは別に、細胞質や細胞外に細かな蛍光点として観察されるのがマイコプラズマ由来のシグナルです。判定は観察者の目視に依存する部分があり、読み取りには経験と適切な陽性・陰性対照が欠かせません。
なお、どの検体をどの方法で試験するかは規制側の考え方に沿って決まります。日本薬局方の参考情報では、マスターセルバンク(MCB)やワーキングセルバンク(WCB)、製造用の細胞ロットは培養法または指標細胞法(DNA染色法)で試験し、適切にバリデートされたNATを代替として用いてよい、という整理が示されています。
培養法が「28日」かかる理由と、その代償
培養法は感度が高く、生きたマイコプラズマの存在を直接とらえられる信頼性の高い方法です。しかしその代わりに、時間がかかります。マイコプラズマは増殖が遅い種を含み、微量の汚染を確実に拾うには十分な培養期間が要ります。薬局方の培養法では、 総じて約28日という長い培養期間が一つの目安になっており、これが伝統的なマイコプラズマ試験の最大のボトルネックです 。
この所要時間は、製品によって重みが大きく変わります。抗体医薬のように、細胞バンクを起点に安定した工程で製造し、原薬・製剤の保存性もある製品なら、28日待つ余裕を工程設計に織り込めます。セルバンクの特性解析で一度しっかり試験しておけば、その後の製造で繰り返し確認する頻度も設計できます。
問題になるのは、製品そのものの寿命が短い場合です。代表例が自家由来の細胞治療です。患者から採った細胞を加工して同じ患者に戻す製品では、製造から投与までの猶予がそもそも短く、細胞は生きたまま扱われるため長期保存もしにくい。ここで最終製品を28日培養してから出荷判定していては、製品が使えなくなってしまいます。培養法は「正確だが遅い」という性質を持ち、短寿命製品ではその遅さが致命的になりうるのです。
培養法は感度・信頼性の高い基準法ですが、約28日という所要期間が壁になります。原薬・製剤の保存性がある製品では設計に織り込めますが、細胞治療のように短寿命・オンデマンドの製品では、この待ち時間が製品供給を成り立たなくします。
迅速法としてのNAT(PCR/qPCR)——速さと引き換えに問われるバリデーション
この時間の壁を越える手段が、NAT(Nucleic acid Amplification Technique、核酸増幅法)です。マイコプラズマ特有の遺伝子配列(保存性の高い 16S rRNA遺伝子領域などが標的にされます)を、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)やqPCR(リアルタイム定量PCR)で増幅して検出します。増殖を待つ必要がないため、 NATは数時間〜1日程度で結果を返せる迅速法であり、短寿命製品の出荷判定を現実的なものにします 。
ただし、速さは無条件で手に入るものではありません。NATを薬局方の培養法・指標細胞法の代替として使うには、伝統法と同等以上であることをバリデーションで示す必要があります。とくに重要なのが次の点です。
- 検出限界(LOD、Limit of Detection):薬局方が想定する低い菌量まで確実に検出できること。伝統法と同等以上の感度を、目標とする種のパネルで示します。
- 特異性(Specificity):ヒト細胞や近縁菌のDNAに非特異的に反応しないこと。狙った配列だけを増幅していることを確認します。
- 頑健性・再現性:装置・試薬ロット・作業者が変わっても結果が安定していること。
- 阻害・回収の確認:検体マトリックス(細胞、培地成分など)がPCRを阻害しないこと。内部標準(インターナルコントロール)で偽陰性を防ぎます。
もう一点、NAT特有の限界も押さえておきます。NATは核酸(DNA)を検出するため、原理的には死んだ菌や遊離した核酸断片にも反応しえます。つまり「生きているか」を直接は区別しません。培養法が生菌の増殖を見るのとは、見ているものが違うわけです。この差をどう扱うか(陽性時の確認手順、生死判定の追加試験など)は、方法バリデーションと運用手順で補います。
| 観点 | 培養法・指標細胞法 | NAT(PCR/qPCR) |
|---|---|---|
| 見ているもの | 生きた菌の増殖 | 特定の核酸配列 |
| 所要時間 | 数日〜約28日 | 数時間〜1日程度 |
| 生死の区別 | 生菌をとらえる | 原理的には死菌・遊離DNAも拾いうる |
| 導入時に必要なこと | 確立された基準法 | 伝統法と同等以上を示すバリデーション |
| 短寿命製品への適性 | 低い(間に合わないことがある) | 高い |
薬局方の側も、この迅速法を正面から位置づける方向で更新が進んでいます。欧州薬局方 Ph.Eur. 2.6.7 は改訂版が2026年4月1日に発効し、NATを従来の培養法・指標細胞法と同等の方法として正式に認める枠組みが示されました。この改訂は日本薬局方や米国薬局方の記載との調和も意識されています。 迅速法は「特例的な代替」から「認められた選択肢」へと位置づけが移りつつあり、細胞治療のような短寿命製品では実質的な標準になりつつあります 。とはいえ発効時期や適用の細部は極や版で異なるため、最新の該当章と当局の要求を都度確認するのが安全です。
試験の全体像——どの検体を、いつ、どの方法で
マイコプラズマ試験は一度きりのイベントではなく、工程の複数のポイントで役割を持ちます。大きく分けると、細胞バンクや細胞株の特性解析としての試験と、製造ロットごとの試験(中間体・最終製品)の二層があります。
セルバンクの段階では、MCB/WCBの特性解析の一項目として、時間をかけてでも信頼性の高い培養法・指標細胞法でしっかり否定試験を行うのが基本です。これはセルバンクを製造の出発点として固定するセルバンク管理の考え方と一体で、一度きちんと確かめれば、その後の製造の土台になります。
一方、製造ロットごと——とくに細胞治療で患者ごとに製造・出荷する場面では、迅速性が効いてくるため、バリデートされたNATが選ばれやすくなります。また、汚染は「試験で見つける」だけでなく「持ち込まない」ことが本筋です。原材料の管理、閉鎖系での操作、そして無菌操作環境そのものを日常的に監視する環境モニタリングと培地充填試験といった予防的な管理が、マイコプラズマ試験の背後で汚染確率そのものを下げます。試験は最後の関門であって、汚染を防ぐ工程管理と組み合わせて初めて意味を持ちます。
| 段階 | 主な検体 | 重視されやすい方法 | ねらい |
|---|---|---|---|
| セルバンク特性解析 | MCB / WCB | 培養法+指標細胞法 | 出発点の細胞を確実に否定 |
| 製造中間体・最終製品 | 培養細胞・製剤 | 迅速NAT(短寿命製品) | 出荷判定に間に合わせる |
| 予防的管理 | 原材料・環境 | 環境モニタリング等 | 汚染確率そのものを下げる |
どの検体にどの方法を割り当て、陽性が出たときにどう確認・是正するか——この試験戦略の設計こそが、マイコプラズマ管理の実務の中心です。単一の合格基準や唯一の正解があるわけではなく、製品の性質(寿命・製造頻度・保存性)と規制要求に応じて組み立てます。
まとめ
マイコプラズマは、細胞壁を持たず極めて小さいために無菌フィルターをすり抜けうる、細胞培養の代表的な汚染です。濁りを起こしにくく通常の無菌試験では見逃されやすいため、専用の試験が薬局方で独立して規定されています。基準となるのは培養法(agar/broth、約28日)と指標細胞法(DNA染色)の二本立てで、培地で育つ株と細胞上でしか捕まえにくい株を補い合ってカバーします。
一方、培養法の28日という所要期間は、自家細胞治療のような短寿命製品では致命的なボトルネックになります。ここでNAT(PCR/qPCR)が、数時間〜1日という速さで出荷判定を現実的にします。ただし速さの代償として、伝統法と同等以上の検出限界・特異性を示すバリデーションが求められ、核酸を見るがゆえに生死を直接区別しないという限界も踏まえた運用が要ります。欧州薬局方の改訂に見られるように、迅速法は認められた選択肢として位置づけが進んでいます。最終的には、セルバンクでの確実な否定試験と、環境モニタリングなど予防的な工程管理を組み合わせ、製品の性質に応じた試験戦略を設計することが要になります。
参考文献
- European Directorate for the Quality of Medicines & HealthCare (EDQM): European Pharmacopoeia (Ph. Eur.) 2.6.7. Mycoplasmas. 有償規格のため詳細は組織サイトを参照(https://www.edqm.eu/en/european-pharmacopoeia)
- U.S. Pharmacopeia: General Chapter <63> Mycoplasma Tests. 有償規格のため詳細は組織サイトを参照(https://www.usp.org/)
- 日本薬局方 参考情報「生物薬品原薬又は製剤の製造に用いる細胞基材に対するマイコプラズマ否定試験」(日本薬局方第十八改正、独立行政法人 医薬品医療機器総合機構/厚生労働省): https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000945683.pdf
- Dreolini L, Cullen M, Yung E, et al. A Rapid and Sensitive Nucleic Acid Amplification Technique for Mycoplasma Screening of Cell Therapy Products. Mol Ther Methods Clin Dev. 2020;17:393-399. PMID: 32128343 / DOI: 10.1016/j.omtm.2020.01.009