CHO細胞フェドバッチのフィード設計:添加時期と浸透圧

だから「何を入れるか」を突き詰めても答えは出ません。効くのは「いつ・どれだけ・どう入れるか」です。フェドバッチ種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →培養は基礎培地で立ち上げたあと、消耗する栄養を濃縮したフィードで追い足し、培養後半まで生産を引っ張ります。同じ組成のフィードでも、与え方ひとつで浸透圧溶液中の溶質濃度で決まる、水を引き込む圧。培養では上昇が細胞ストレスになる管理項目。詳しく →も副産物も着地が変わる。組成を詰める前に、与え方のほうを決めます。フィードの中身を議論するのは、そのあとです。
本稿では、フィードをいつ入れるかから整理します。ボーラスと連続の選び方、グルコース微生物発酵でエネルギー源となる糖類などの炭素源と、目的遺伝子の発現を促す誘導物質のことです。詳しく →濃度への連動、浸透圧の上限と比増殖速度細胞集団が増える速さの指標。高浸透圧で大きく低下し、比生産性とトレードオフになる。詳しく →のトレードオフ。最後に決める順番まで並べます。数値は細胞株や培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →で動くので、絶対値ではなく範囲と条件依存として読んでください。他社の条件をそのまま持ってきても当たらないのは、この記事の全体に共通する前提です。
- フェドバッチのフィード設計は、栄養の枯渇に合わせて「いつ・どれだけ・どう入れるか」を決めることが基本です。
- ボーラスか連続かで浸透圧や乳酸・アンモニアの振れ幅が変わり、グルコースに連動させて与えすぎを避けます。
- 浸透圧は比生産性を上げる一方で比増殖速度や品質を下げるため、上限は力価・糖鎖・生存率をあわせて見て決めます。
フィードをいつ入れるか ― 立ち上げ後の枯渇に合わせた設計
フェドバッチのフィードは、基礎培地の栄養が枯れ始めるタイミングから開始します。接種直後は基礎培地でまかなえるため、フィードは不要。増殖が進んで生細胞密度培養液中の生きた細胞の密度。灌流速度はCSPR×密度×体積で決まる。詳しく →が上がると消費が加速し、糖やアミノ酸が目に見えて減り始めます。この枯渇に合わせてフィードを立ち上げるのが基本です。
多くのプロセスでは、接種から数日後にフィードを始め、そこから培養終盤まで続けます。「数日後」をどこに置くかで、結果は両側に振れます。早すぎれば栄養が余って代謝副産物へ流れ、遅すぎれば後半で失速する。力価と副産物の両方を睨みながら決める、最初の判断点です。
グルコースを例にとると、培養液中の濃度をおおむね 3〜4 g/L 程度に保つよう運用する報告が知られています。基礎培地の糖が消費されて 3 g/L 付近まで下がったところでフィードを入れる、という連動のさせ方です。 フィードの開始と量は、栄養の枯渇曲線に合わせて決めるのが出発点 です。
フィードは「早く濃く」ではなく「枯れる分を補う」設計が基本。過剰添加は栄養を副産物へ流し、不足は後半の失速を招きます。
ボーラス添加と連続添加 ― 浸透圧の振れ方が違う
同じ量のフィードでも、与え方で挙動が変わります。
ボーラス添加フィードを1日一度などまとめて一気に加える方式。操作は簡単だが浸透圧や栄養濃度が急に上下する。は、1日に一度などまとまった量を一気に加えます。操作が簡単で、多くのラボスケールで使われている方式です。ただし添加直後に栄養濃度と浸透圧が急に跳ね上がり、その後は消費で下がる。この上下動を毎日繰り返します。
連続添加フィードをポンプで少しずつ流し続ける方式。浸透圧や栄養濃度の振れ幅を小さく抑えられる。は、ポンプで少しずつ流し続けます。栄養濃度と浸透圧の振れ幅が小さく、細胞がさらされる環境がなだらかになる。そのかわり設備と制御の手間は増えます。送液には Watson-Marlow や Masterflex のチューブポンプが使われ、フィード液そのものは Thermo Fisher Scientific の Gibco EfficientFeed+、FUJIFILM Biosciences の BalanCD CHO抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく → Feed 4、Merck の Cellvento、Cytiva の HyClone ActiSM といった濃縮フィードから選びます。
CHO細胞のフェドバッチで両者を比べた研究では、連続添加はボーラス添加より浸透圧を低く抑えられ、培養後半の乳酸とアンモニウムイオングルタミンの代謝と化学分解で生じる代謝副産物。蓄積すると増殖・生存を落とし、糖鎖の質にも影響する。詳しく →の蓄積が大きく減ったと報告されています。同じ研究では、乳酸で約45%、アンモニウムイオンで約80%程度の低減が示されています。ボーラスで栄養を一気に入れると、その瞬間だけ濃度が過剰になり、余った糖が乳酸へ流れやすくなる。この説明とも整合する結果です。
代謝副産物の詳しい振る舞いは乳酸の代謝シフトの側で扱いますが、フィードの与え方はこのシフトの起こりやすさにも関わります。 ボーラスと連続の選択は、浸透圧と副産物の振れ幅をどこまで抑えたいかで決まります 。
グルコースに連動させる ― 与えすぎを避ける
フィード設計でグルコースが扱いにくい理由は明確です。潤沢に与えれば増殖は伸びますが、余った糖は解糖系グルコースを分解してエネルギーを得る代謝経路。過剰に働くと、余ったピルビン酸が乳酸へ流れる。詳しく →で乳酸へ流れ、pHと浸透圧を乱します。逆に絞りすぎれば、後半でエネルギー源が足りず失速する。どちらに外れても代償が来ます。
そこで、グルコース濃度を測りながらフィード量を調整する連動型の運用が使われます。培養液中のグルコースを低めの一定水準に保つよう追い足すと、糖が乳酸へ流れる量を抑えられます。低グルコース・低グルタミン細胞のエネルギー源・窒素源となるアミノ酸。細胞の代謝でも培地中の化学分解でもアンモニアを放出する。詳しく →条件では、細胞の代謝が乳酸を「作る」側から「使う」側へ切り替わることが報告されており、この切り替えが起きた培養のほうが力価が高い傾向も示されています。
ただし、絞りすぎは危険と背中合わせです。グルコースを枯渇近くまで下げる運用は、測定や制御の遅れがあると一気に飢餓へ振れます。オンラインのグルコース計測や、あらかじめ消費速度を見込んだ供給プロファイルなど、外れたときに戻せる仕組みとセットで組みます。測定側は Nova Biomedical の BioProfile FLEX2、YSI の 2900D、Roche CustomBiotech の Cedex Bio あたりが使われます。
浸透圧は、後から計算する数字ではない
ここで見落とされやすいのが浸透圧です。BioProfile FLEX2 は凍結点浸透圧測定を内蔵していて、代謝物と同時に読めます。専用機なら Advanced Instruments の OsmoTECH。浸透圧は培養が終わってから計算する数字ではなく、フィード制御の入力に使える測定値です。
三つを並べると差がはっきりします。ボーラス添加は浸透圧が添加直後に急上昇し、過剰添加時には乳酸とアンモニアが増えやすい。かわりに運用の手間は少ない。連続添加は浸透圧がなだらかで副産物も抑えやすく、手間は多い。グルコース連動は浸透圧の振れが目標設定に依存し、低めに保てば副産物を抑えられますが、計測と制御の仕組みが要ります。
浸透圧の上限と比増殖速度のトレードオフ
フィード設計で外せないのが浸透圧です。基礎培地の浸透圧はおおむね 300 mOsm/kg 前後で、CHO細胞のフェドバッチでは 300〜350 mOsm/kg 程度で運用されることが多いとされます。濃縮したフィードを足していくと浸透圧は上がっていき、培養後半には 400 mOsm/kg を超える場面も出てきます。
ここに相反があります。適度な高浸透圧、たとえば 350〜450 mOsm/kg 程度の範囲では、CHO細胞の比生産性(細胞あたりの生産速度)が1.5〜3倍ほど高まる例が報告されています。細胞一つあたりの生産量は伸びます。一方で同じ高浸透圧は、最大比増殖速度を大きく下げます。研究によっては、検討した範囲の浸透圧変化で最大増殖速度が半分程度まで落ちたとするものもあります。さらに高い浸透圧、たとえば 500 mOsm/kg を超える水準では、細胞は増殖を止め、体積を大きく膨らませることが観察されています。
つまり、浸透圧を上げると「一つあたりの生産性」は伸びるが「細胞の数の伸び」は鈍る、という綱引きです。力価は細胞数と比生産性の積で決まるため、どちらに寄せるのが全体で得かは細胞株と培養プロファイルで変わります。高浸透圧は糖鎖のパターンにも影響することが知られており、高マンノース型マンノースに富むN型糖鎖。フコースを欠くがクリアランスが速く、ADCC増強手段としては別扱いで監視する。詳しく →の割合が増えるといった報告もあります。品質面の制約も同時に見る必要があります。
浸透圧はおよそ 400 mOsm/kg 級から先が難所です。比生産性の上乗せと増殖・品質の低下が綱引きするため、上限は力価だけでなく糖鎖と生存率も見て決めます。
この綱引きをどう解くかは、フィードの組成・タイミングと切り離せません。フィードを濃くして少量で足せば浸透圧の上がり方は変わりますし、連続添加でならせば同じ総量でもピークを抑えられます。設計で得た条件は、培地・フィードのDoE設計の枠組みで力価・品質・代謝を同時に見ながら詰めていくのが現実的です。そして小スケールで決めた添加プロファイルは、酸素供給や混合の違うタンクでそのまま最適とは限らないため、本培養の条件と一体で再確認します。
決める順番
最後に、フィード設計をどの順で決めるかを並べます。
先に決まるのは浸透圧の上限です。力価だけで決めれば、400 mOsm/kg を超えたあたりで糖鎖と生存率細胞集団のうち生きている細胞の割合。凍結・培養の品質を示す基本指標。詳しく →が動き出します。自社の細胞株で、どこから比増殖速度が落ちるのか、どこから高マンノース型が増えるのか。この天井が決まらないうちにフィードの濃度を決めれば、後で全部やり直しです。
次に、その天井から逆算してフィードの総量を出します。濃縮フィードを少量で足すのか、薄めを多めに入れるのか。同じ総栄養量でも、濃度が違えば浸透圧の上がり方が変わります。
そのうえで与え方を選びます。ボーラスか、連続か、グルコース連動か。浸透圧と副産物の振れ幅をどこまで抑えたいかで決まり、そのまま設備と制御の手間が決まります。連続を選ぶならポンプと制御が、グルコース連動を選ぶならオンライン計測が要ります。
最後に開始日を決めます。接種から数日後のどこに置くか。早すぎれば栄養が余って副産物へ流れ、遅すぎれば後半で失速する。開始日だけは、他の三つが決まってからでないと決められません。
参考文献
- ICH Q8医薬品開発とQbDの考え方を示すICHガイドライン。重要品質特性(CQA)を定義している。詳しく →(R2), Pharmaceutical Development
- ICH Q11原薬の開発・製造を扱い、原薬側の管理戦略の作り込みを示すICHのガイドライン。詳しく →, Development and Manufacture of Drug Substances
- ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく →, Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products
- FDA, Guidance for Industry: Q8(R2) Pharmaceutical Development
- USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく → General Chapter <785> Osmolality and Osmolarity, United States Pharmacopeia
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