高密度発酵と酸素供給とは?菌体密度を上げる律速と制御戦略
微生物で組換えタンパク質遺伝子組換えで微生物や細胞に作らせた目的タンパク質。宿主により折りたたみやコスト、糖鎖が異なる。や有用物質をつくるとき、同じ発酵槽大腸菌や酵母などの微生物を高密度で培養する培養槽で、高い酸素供給や蒸気滅菌に対応した発酵用の設備です。詳しく →からどれだけ多くを取り出せるかは、菌をどこまで濃く育てられるかで大きく変わります。培養液1リットルあたりの目的物量、すなわち容積生産性を上げる王道が、菌体密度そのものを高める高密度発酵(high cell density cultivation)です。大腸菌では乾燥菌体重量で100g/L前後に達することもあり、この「濃さ」が装置あたりの生産量とコストを左右します。

ところが、菌を濃く育てようとした瞬間に、いくつもの壁が同時に立ち上がります。もっとも普遍的なのが酸素です。菌が増えるほど酸素を吸う速度は上がりますが、酸素は水にきわめて溶けにくい気体で、供給できる速度には上限があります。ここが追いつかなくなると溶存酸素が枯れ、菌は酸性の副産物を出し、増殖も発現も鈍ります。あわせて代謝がつくり出す熱の除去、基質を入れすぎたときの阻害やオーバーフロー代謝グルコースが潤沢なとき解糖が過剰になり、余った分を乳酸として排出する余剰代謝。といった問題も、密度が上がるほど深刻になります。
この記事では、高密度発酵を成立させる中心課題を、酸素移動が律速になる仕組み(OTR/OUR・kLa)から順に整理します。通気・撹拌・純酸素富化・加圧という酸素供給を増やす工学的手段、代謝熱の除去、フェドバッチ種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →による基質と酢酸の制御、溶存酸素培養液に溶けている酸素の濃度。細胞の呼吸を支えるため一定に保つ制御対象。に連動させたフィードフェドバッチで追い足す濃縮した栄養液。いつ・どれだけ・どう入れるかが生産性と品質を左右する。、そしてスケールが上がるほど無視できなくなる混合・酸素勾配まで、生産性と品質を両立させる勘所を通しで見ていきます。工程全体の流れは大腸菌発酵の製造工程も合わせて確認してください。
高密度発酵で酸素供給が律速になる理由 ― OTR と OUR
好気培養では、菌が消費する酸素(酸素消費速度、OUR)を、培養液へ溶け込む酸素(酸素移動速度、OTR)で絶えず補い続ける必要があります。OURは基本的に菌体量に比例して増えるため、高密度になるほど大きくなります。一方でOTRには物理的な上限があり、この二つが逆転して「消費が供給を超える」瞬間に溶存酸素(DO)培養液などに溶け込んでいる酸素の量。細胞培養では制御対象となる重要なパラメータ。は一気に枯渇します。
OTRは一般に、酸素移動容量係数kLaと、酸素の溶解度差の積として表されます。kLaは気液界面空気と液の境目。抗体が吸着と剥離を繰り返してほどけ、粒子や凝集体を生む主因になる。を通した酸素の伝わりやすさを示す係数で、溶解度差は「その圧力・温度で溶けうる酸素濃度(飽和値、C*)」と「いま溶けている濃度(C_L)」の差、いわば酸素が溶け込もうとする推進力です。ここで効いてくるのが、酸素が水に溶けにくいという事実です。空気で飽和させても溶存酸素はおおむね数mg/Lのオーダーにとどまり、推進力そのものが小さいのです。だからこそ、供給を増やすにはkLa小型培養で確立した条件を、より大きなバイオリアクターへ拡大する取り組みです。酸素供給の指標kLaなどを揃え、性能を再現します。詳しく →を上げるか、飽和値C*を上げるかのどちらかが必要になります。
高密度培養菌体を高い密度まで増やして、容積あたりの生産性を高める培養。で酸素が枯れると、菌は嫌気的な代謝経路に傾き、乳酸や、大腸菌では酢酸などの副産物を出します。これらは増殖と目的物の発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。を阻害し、pHを乱し、後工程の負担も増やします。つまり酸素供給は、単に「菌を生かす」だけでなく、代謝の質と生産性そのものを規定する律速因子として捉える必要があります。
kLa を高める工学的手段 ― 通気・撹拌・純酸素・加圧
酸素供給を増やす手段は、大きく「kLaを上げる」か「飽和値C*を上げる」かに分かれます。まずkLaを左右するのは、撹拌と通気です。撹拌動力を上げると気泡が細かく砕かれて気液界面の面積が増え、液の混合も進んでkLaが上がります。通気量を増やせば供給する酸素の絶対量が増え、界面の更新も進みます。ただし、どちらも上限があります。撹拌はせん断ストレス流れの中で分子にかかる物理的な力。強すぎると抗体の凝集や微粒子発生を招く。と撹拌そのものの発熱、モーター動力の限界に、通気は泡立ちやフラッディング通気量が過大で撹拌翼が気泡に覆われ、分散能力が低下する状態。(気泡で撹拌翼が空回りする状態)に突き当たります。
飽和値C*を上げる代表的な手段が、純酸素富化です。通常の空気(酸素はおよそ2割)に純酸素を混ぜて気相の酸素分圧を高めると、ヘンリーの法則に従ってC*が上がり、同じkLaでも推進力が大きくなります。高密度発酵の終盤で酸素需要がピークに達する局面では、純酸素の添加が現実的な切り札になります。もうひとつが加圧運転で、発酵槽の全圧を上げると各気体の分圧が上がり、酸素の溶解度も増します。ただし加圧下では二酸化炭素も溶け込みやすくなり、溶存CO2培養液に溶けた二酸化炭素の分圧。大スケールで溜まりやすく、高すぎると増殖・生産性・品質を落とす。の蓄積が別のストレス要因になるため、排気とのバランスで管理します。
実際の運転では、これらを段階的に組み合わせるのが定石です。まず撹拌と通気で対応し、それでも足りなくなったら純酸素を混ぜ、必要に応じて背圧をかける、という順に「持ち駒」を切っていきます。DOを一定に保つように撹拌速度や酸素流量を自動で追従させるカスケード制御が広く使われます。
| 手段 | 主に効く因子 | ねらい | 主な制約 |
|---|---|---|---|
| 撹拌速度を上げる | kLa(気泡微細化・混合) | 界面積を増やす | せん断流れの中で分子にかかる物理的な力。強すぎると抗体の凝集や微粒子発生を招く。・発熱・動力の上限 |
| 通気量を上げる | kLa・酸素供給量 | 供給量と界面更新を増やす | 泡立ち・フラッディング |
| 純酸素富化 | 飽和値C*(酸素分圧) | 推進力を高める | コスト・安全(高酸素) |
| 加圧運転 | 飽和値C*(全圧) | 溶解度を上げる | 溶存CO2の蓄積・耐圧設計 |
発熱除去 ― 代謝熱と撹拌熱を逃がせるか
酸素供給と表裏一体で立ち上がるのが、発熱の問題です。菌が基質を酸化してエネルギーを得る過程では熱が出ます。おおまかに、酸素をたくさん消費する培養ほど発熱も大きく、OUR細胞が単位時間あたりに消費する酸素の速度。酸素要求速度。と発熱はほぼ連動して増えると考えて差し支えありません。ここに強い撹拌による機械的な発熱が加わります。つまり酸素を無理に送り込もうとすればするほど、除くべき熱も増えるという関係にあります。
発生した熱は、発酵槽のジャケットや内部コイルを流れる冷却水で奪います。問題は、冷やす能力が伝熱面積に比例するのに対し、熱を出す菌体は容積に比例して増える点です。槽が大きくなるほど容積あたりの伝熱面積は小さくなり、冷却が追いつきにくくなります。夏場に冷却水温度が上がる季節変動も、実務では効いてきます。高密度・高温での培養では、酸素移動より先に発熱除去のほうが律速になってしまう場合すらあります。
対策としては、冷却能力に見合うところまで比増殖速度細胞集団が増える速さの指標。高浸透圧で大きく低下し、比生産性とトレードオフになる。やフィード速度を抑える、培養温度の設定を見直す、外部熱交換器を併用するといった方法があります。誘導後にあえて温度を下げる運転は、封入体化を避けて可溶性発現目的タンパク質が正しく折りたたまれ、破砕後の可溶性画分(上清)に溶けた状態で得られる発現形態。を狙う意味に加えて、発熱と酸素需要のピークをならす効果も持ちます。発熱除去はスケールアップで顕在化しやすい制約であり、詳しくは微生物発酵のスケールアップで扱う論点とも深く結びついています。
基質阻害と酢酸オーバーフローをフェドバッチで抑える
酸素と並ぶもうひとつの中心課題が、基質(炭素源)の与え方です。手っ取り早く濃く育てようと、最初にグルコース微生物発酵でエネルギー源となる糖類などの炭素源と、目的遺伝子の発現を促す誘導物質のことです。詳しく →を高濃度で入れてしまうと、かえって密度が伸びません。高濃度の糖は浸透圧溶液中の溶質濃度で決まる、水を引き込む圧。培養では上昇が細胞ストレスになる管理項目。ストレスや基質阻害を招くうえ、菌が糖を取り込む速度が代謝の処理能力を上回ると、余った炭素を副産物へ「あふれさせる」オーバーフロー代謝が起きます。大腸菌ではこれが酢酸(アセテート)の生成として現れ、酢酸は増殖と目的物発現を強く阻害します。この仕組みはオーバーフロー代謝と酢酸生成で詳しく整理しています。
そこで高密度発酵の標準となるのが、フェドバッチ(流加)培養基礎培地で立ち上げた後、消耗する栄養を濃縮フィードで追い足し、培養後半まで生産を続ける様式。です。まず限られた量の基質でバッチ培養を回し、それを消費し切ったところから、炭素源を少しずつ供給し続けます。基質を律速状態に保つことで、菌の取り込み速度を代謝能力の範囲内に抑え、酢酸のオーバーフローを回避しながら密度を積み上げていく、という考え方です。供給する培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。の組成やフィードの立ち上げ方は生産性に直結するため、流加培地とフィード設計のような設計そのものが重要な検討事項になります。
ここで酸素の話と一本につながります。フィード速度を上げれば菌は速く育ちますが、それだけ酸素需要(OUR)と発熱も跳ね上がります。フィードは、酢酸を出さない範囲であると同時に、槽の酸素供給能力と冷却能力が受け止められる範囲でなければなりません。フィード制御とは、基質・酸素・熱という三つの上限のうち、そのとき一番きつい制約に合わせて供給速度を決める営みだと言えます。
溶存酸素連動フィードと比増殖速度の制御
フィードの速度をどう決めるかにはいくつかの流儀があります。ひとつが、あらかじめ設定した比増殖速度(μ)を保つように供給量を時間とともに指数関数的に増やす指数フィードです。μを槽の酸素・冷却能力の上限より低めに固定しておけば、密度が上がっても酸素需要が能力を超えないよう、あらかじめ設計できます。
もうひとつ、実測に連動させる代表がDO連動フィード(DO-stat)です。基質が枯れると菌の呼吸が止まり、消費されていた酸素が余ってDOが跳ね上がります。この「DOのスパイク既知量の基準物質を試料に添加すること。質量分析のシグナルを濃度に結びつけてHCPを定量するために行う。」を基質が尽きたサインと読み、DOが上がったらフィードを入れる、という制御です。基質が過剰にならず、酢酸生成を抑えやすいのが利点です。似た発想でpHを指標にするpH-statもあります。実務では、こうしたフィードにDOを一定に保つ酸素供給側のカスケード(撹拌・酸素流量の自動追従)を重ね、「基質を律速に保ちつつ、DOも目標値で維持する」二重の制御として運用します。
大切なのは、これらの制御がいずれも「OURをkLaと冷却能力の枠内に収める」という共通の目的を持っている点です。フィードを攻めれば生産性は上がりますが、酸素が枯れたり熱が抜けなくなったりすれば、酢酸生成や品質のばらつきという形で跳ね返ります。攻めと守りの折り合いをどこに置くかが、プロセス設計者の判断どころになります。
スケール依存の混合・酸素勾配
実験室の小型槽でうまくいった高密度発酵が、製造スケールで同じように再現できるとは限りません。大きな理由が、槽が大きくなるほど中身が均一に混ざりにくくなることです。小型槽では数秒で混ざる中身も、大型槽では混合に相応の時間がかかり、槽の中に濃度の偏り(勾配)が生まれます。
具体的には、フィードを添加する近傍では基質が局所的に濃く、通気口の近くはDOが高く、そこから離れた領域では基質もDOも低い、といった不均一が生じます。菌はこの勾配の中を循環しながら、高基質・高DOの領域と、低基質・低DOの領域を数十秒の周期で行き来します。この振動を受けて、菌は一過的に酢酸を出したり、ストレス応答を起こしたりします。小型槽では均一だった環境が、大型では「揺らぎ」に変わることで、収率や品質が想定とずれるのです。
こうしたスケール依存の勾配を見越すために、あえて小型槽で濃度変動を人工的に再現するスケールダウンモデル大スケールで起こる勾配やストレスを小さな槽で再現し、事前にリスクを評価する実験系。や、槽内の流れを計算で可視化する手法が使われます。狙いは、実生産槽で菌がさらされる環境の揺らぎを事前に把握し、フィード添加点や通気・撹拌の設計、フィード速度の上限に反映することです。スケールアップの勘所は独立した論点として微生物発酵のスケールアップでさらに掘り下げています。
生産性と品質のバランス
高密度発酵は容積生産性を押し上げる強力な手段ですが、密度・速度を追い求めるほど、酸素・熱・基質の制約と、勾配による品質のばらつきが顕在化します。増殖を速めれば酸素が枯れて酢酸が出やすく、フィードを攻めれば発熱が抜けにくくなり、スケールを上げれば環境の揺らぎが増えます。つまり、最大密度と最良品質は必ずしも同じ運転点にはありません。
そのため実務では、目的物の性質(可溶性か封入体か、分解やミスフォールドを起こしやすいか)や後工程の負担を見ながら、少し余力を残した運転点を選ぶことが多くなります。最終的な密度や生産性の数値は、宿主・目的物・装置の組み合わせで大きく変わるため、確立した機序と制約の理解を土台に、一次情報(薬局方・ICH/GMP医薬品を一定の品質で安全に造るために守るべき製造・品質管理の基準(適正製造規範)です。詳しく →・装置メーカー資料)とスケールダウン検討で自らの系に合わせて確認していくことが欠かせません。
まとめ
高密度発酵の中心には、菌体量に比例して増える酸素消費(OUR)を、物理的な上限を持つ酸素移動(OTR培養液へ酸素が移動する速さ。kLaと溶存酸素の濃度差の積で表される。)でどこまで支えられるか、という綱引きがあります。酸素は水に溶けにくく推進力が小さいため、撹拌・通気でkLaを上げ、純酸素富化や加圧で飽和値を上げて供給を積み増しますが、そのたびに発熱の除去という裏の制約が立ち上がります。基質側ではフェドバッチで供給を律速に保ち、酢酸のオーバーフロー代謝を避けながら密度を積み上げ、指数フィードやDO連動フィードで運転点を酸素・熱の枠内に収めます。さらにスケールが上がると槽内の混合・酸素勾配が品質のばらつきを生むため、スケールダウン検討で事前に見通しておくことが求められます。生産性と品質は同じ運転点で最大化されるとは限らず、制約の理解に基づいて折り合いを設計することが、高密度発酵を実生産で成立させる鍵になります。
参考文献
- ICH Q11 "Development and Manufacture of Drug Substance培養・精製を経て得られる抗体そのもの。製剤にする前の有効成分で、製剤と区別して管理される。s (Chemical Entities and Biotechnological/Biological Entities)"(工程設計・管理戦略工程を管理された状態に保つための管理の束。工程条件や試験、規格などを組み合わせて設計する。の考え方)
- ICH Q6B "Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products"
- ICH Q5A(R2) "Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products"(宿主・原材料製造の起点となる原料で、その品質や持ち込む不純物が最終製品の品質に影響しうるため、規格管理が重視される物質。管理の考え方)
- FDA Guidance for Industry "Process Validation: General Principles and Practices"(工程パラメータとスケールの管理)
- PIC/S GMP Guide(原薬・バイオ医薬品抗体・タンパク質・核酸など生体由来の分子を利用して製造された医薬品の総称。製造の一般要件)
- 日本薬局方(PMDA) ― 参考情報「バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品」関連
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