高密度発酵と酸素供給とは?濃く育てるほど酸素と熱が足りなくなる

大腸菌をいちばん濃く育てた培養は、いちばん速く育てた培養ではありません。Shiloach と Fass の総説は、指数関数的に増え続ける培養は乾燥菌体重量で1 Lあたり50 g前後が上限とされてきた一方、増える速さを落としてゆっくり育てれば、代謝上の障害を越えられた場合に190 g/Lまで届きうる、と整理しています。
発酵槽を増やさずに生産量を増やすなら、菌を濃くするのがいちばん直接的な手です。大腸菌では、乾燥菌体重量で100 g/Lを超える濃さをめざす高密度発酵(high cell density cultivation)の方法が、フェドバッチ(糖を少しずつ足しながら育てる流加培養培養の途中で栄養(フィード)を追加しながら細胞を高密度まで育てる培養方式。詳しく →)で開発されてきました(Lee の1996年の総説)。ただし濃くしようとすると、最初に酸素が足りなくなります。菌が増えるほど吸う酸素は増えるのに、酸素は水にほとんど溶けず、送り込める速さに物理的な上限があるからです。そのあとに、熱の除去、糖の与えすぎによる酢酸、槽が大きくなったときの混ざりムラが続きます。
発酵槽大腸菌や酵母などの微生物を高密度で培養する培養槽で、高い酸素供給や蒸気滅菌に対応した発酵用の設備です。詳しく →を選ぶ設備の担当、ガスや培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →を手配する購買、槽や制御を提案するメーカーの営業にも、どこに上限があるのかを知っておく価値のある話です。
最初の壁は酸素 ― 水に溶けにくく、菌は待ってくれない
高密度発酵で最初に足りなくなるのは、糖でも培地でもなく酸素です。
空気で飽和させても、培養液に溶けている酸素は1 Lあたり数mgにすぎません。菌が濃い培養では、送り込みが止まれば、その酸素はごく短い時間で使い切られます。菌が吸う酸素の量が、溶け込む酸素の量を超えた瞬間に、溶存酸素(DO)培養液などに溶け込んでいる酸素の量。細胞培養では制御対象となる重要なパラメータ。は一気にゼロへ向かいます。溶け込む速さを決めるのが、酸素移動容量係数(kLa)です。大きいほど酸素が速く溶けます(溶存酸素とkLaの解説)。
酸素が切れると、菌は酸素を使わない代謝に傾き、大腸菌では酢酸などの副産物を出します。これらは増殖と目的タンパク質の発現を妨げ、pHを乱し、精製の負担も増やします。酸素の供給は、菌を生かすためだけでなく、代謝の質と生産性そのものを決めています。
実際の運転を、Sartorius の応用資料(BIOSTAT A、5 Lのガラス槽)で見てみます。大腸菌のフェドバッチで、送るガスに純酸素を混ぜながら、乾燥菌体重量で70 g/L台まで育てています。増える速さは、倍になるのに数時間かかる控えめな設定でした。濃く育てた培養は、酸素を足しながら、増える速さを抑えて到達しています。
高密度発酵の出発点は、菌の数に比例して増える酸素の消費と、上限のある酸素の供給との綱引きです。
酸素を増やす手と代償 ― 4つの手段と、追いつかなくなる熱
酸素を増やす手は、溶ける速さを上げるか、溶ける量の上限を上げるかのどちらかです。
| 手段 | すること | 代わりに起きること |
|---|---|---|
| 撹拌を強める | 気泡を細かく砕き、液を混ぜる | 細胞や菌へのせん断、発熱、モーターの上限 |
| 通気を増やす | 送る酸素の量を増やす | 泡立ち、気泡で翼が空回りするフラッディング通気量が過大で撹拌翼が気泡に覆われ、分散能力が低下する状態。 |
| 純酸素を混ぜる | 空気(酸素は約2割)に純酸素を足す | ガスの費用、酸素の濃い環境の安全対策 |
| 槽を加圧する | 圧力を上げて酸素を溶けやすくする | 二酸化炭素も溶けて溜まる、耐圧設計 |
運転では、持ち駒を順に切っていきます。まず撹拌と通気で対応し、足りなければ純酸素を混ぜ、必要なら背圧をかけます。DOを一定に保つように撹拌速度や酸素流量を自動で追わせるカスケード制御が、広く使われています(培養制御システム)。
カタログの数字は、手段の強さを知る手がかりです。Eppendorf は、BioBLU f シリーズの BioBLU 3f(作動容量1.25〜3.75 L)が、大腸菌の発酵で1時間・1 Lあたり酸素300 mmolを超える酸素移動速度培養液へ酸素が移動する速さ。kLaと溶存酸素の濃度差の積で表される。詳しく →に達したと発表しています。Thermo Fisher Scientific の HyPerforma e.S.U.F. は、3枚の放物面タービン翼を備え、同社の従来型の使い捨て発酵槽に比べて酸素供給を約4倍に高めるとしています。ただしどちらもメーカーが条件を決めて測った値で、自社の培地と泡の状態で同じ値が出るとは限りません。メーカーに聞くのは「公称の数字はいくつですか」ではありません。「この培地と、この泡の量で、どこまで保てますか」です。
酸素の手を足すたびに、泡や二酸化炭素や熱という別の上限が近づきます。なかでも見落とされやすいのが、酸素の問題と表裏一体で立ち上がる熱です。
菌が糖を酸化してエネルギーを得るとき、熱が出ます。酸素をたくさん使う培養ほど発熱も大きく、そこへ強い撹拌の熱が加わります。酸素を無理に送り込めば、除くべき熱も増えます。
熱は、槽のジャケットや内部のコイルを流れる冷却水で奪います。ところが、冷やす能力は伝熱面積に比例するのに対し、熱を出す菌は液の量に比例して増えます。大きな寸胴鍋ほど冷めにくいのと同じで、槽が大きいほど不利です。夏に冷却水の温度が上がる季節の変動も、見逃せません。高密度で高温の培養では、酸素より先に熱の除去が壁になる場合もあります。
対策は、冷却能力に見合うところまで増える速さと糖を与える速さを抑える、培養温度の設定を見直す、外部の熱交換器を併用する、といったものです。誘導のあとに温度を下げる運転は、封入体になるのを避けて可溶性の発現を狙うほかに、発熱と酸素需要のピークをならす効果も持ちます。

酸素を稼ぐ手を足すほど、冷やすものも増えます。冷却水の温度が最も高い季節に余力が残るかを、設計の段階で確かめておきます。
糖の与え方 ― 酸素と熱の枠に収める
糖の与え方も、酸素と熱の上限に合わせて決めます。
手早く濃く育てようと最初に糖を高濃度で入れると、かえって密度が伸びません。高濃度の糖は浸透圧溶液中の溶質濃度で決まる、水を引き込む圧。培養では上昇が細胞ストレスになる管理項目。詳しく →のストレスや基質阻害を招き、菌が糖を取り込む速さが処理能力を上回ると、余った炭素を酢酸としてあふれさせます。そこで、限られた量の糖でバッチ培養を回し、使い切ったところから糖を少しずつ足すフェドバッチが標準になっています。酢酸が出る仕組みはオーバーフロー代謝と酢酸生成に、糖の渡し方は発酵培地とフィード設計にまとめています。
ここで酸素の話とつながります。糖を速く足せば菌は速く育ちますが、酸素の需要と熱も一緒に跳ね上がります。フィードは、酢酸を出さない範囲であると同時に、槽の酸素供給と冷却が受け止められる範囲でなければなりません。糖、酸素、熱という3つの上限のうち、そのときいちばんきつい制約に合わせて、供給の速さを決めます。
増える速さを先に決めておく指数フィードは、酸素と冷却の上限より低めに設定しておけば、密度が上がっても需要が能力を超えないように設計できます。DOが跳ね上がったときを「糖切れ」の合図にして糖を足すDO-statは、実測に連動して酢酸を抑えます。実際に増えている速さは、2点の菌体量と時間から、比増殖速度μ・倍加時間の計算ツールで確かめられます(単位をそろえて入れます)。
フィードは「速く濃く育てる」ためのアクセルであると同時に、酸素供給と発熱除去の上限を超えないためのブレーキでもあります。濃さだけを追うと、酢酸や品質のばらつきという形で跳ね返ります。
フィード速度は、糖の都合ではなく、槽の酸素と冷却の余力から逆に決めます。
槽を大きくすると出る混ざりムラ ― 小さな槽で通った条件が通らない理由
実験室の小型槽でうまくいった高密度発酵が、製造の規模で同じように再現できるとは限りません。
小型槽では数秒で混ざる中身も、大型槽では混ぜるのに時間がかかり、濃度の偏りが生まれます。フィードを入れる場所の近くは糖が濃く、通気口の近くはDOが高く、離れた場所は糖もDOも低くなります。菌はこの勾配の中を循環して、高糖・高DOの場所と、低糖・低DOの場所を数十秒の周期で行き来します。その揺らぎで、菌が一時的に酢酸を出したり、ストレス応答を起こしたりして、収率や品質が想定とずれます。
ずれを事前に見つけるために、小型槽で濃度の変動を人工的に再現するスケールダウンモデル大スケールで起こる勾配やストレスを小さな槽で再現し、事前にリスクを評価する実験系。詳しく →や、槽の中の流れを計算で可視化する手法が使われます(スケールダウンモデルの解説)。フィードを入れる位置や、通気と撹拌の設計、フィード速度の上限に、その結果を反映します。大腸菌発酵大腸菌などの微生物を培養槽で増やし、目的タンパク質などを作らせて回収する製造工程です。詳しく →のスケールアップは微生物発酵のスケールアップで扱っています。
最大の密度と最良の品質は、同じ運転点にあるとは限りません。
明日から確かめられること
培養の担当なら、直近の発酵の記録で、DOが下がり始めた時刻に、撹拌・通気・純酸素のうちどこまで使い切っていたかを調べてみてください。余力が残っていたのに下がったのなら、制御の設定に原因があります。使い切っていたなら、その規模での密度の上限です。
設備の担当は、カタログの酸素供給の数字がどの条件で測った値かと、夏の冷却水の温度で冷却が足りるかを確かめます。購買の担当は、純酸素を使う運転なら、供給元と配管、安全対策を含めて計画に入れます。
高密度発酵の確認チェックリスト
- DOが下がった時刻に、撹拌・通気・純酸素のどこまで使い切っていたか
- 酸素供給能力の公称値は、どの培地・どの泡の条件で測った値か
- 冷却水の温度が最も高い季節でも、冷却の余力が残るか
- 糖の添加と同時に、酢酸(エタノール)とDOを記録しているか
- フィード速度の上限を、糖ではなく、酸素と冷却の側から決めているか
- 小型槽と製造の槽で、フィードを入れる位置と混ざり方を比べたか
槽と制御の候補は卓上型バイオリアクターと培養制御システムで、培地は大腸菌 高密度発酵用培地・フィードで探せます。工程全体の流れは微生物発酵(大腸菌)の製造工程で、運転方式の違いは微生物発酵の運転方式で読めます。
参考文献
- Shiloach J, Fass R. Growing E. coli to high cell density: a historical perspective on method development. Biotechnol Adv. 2005;23(5):345-357.(酸素供給が高密度発酵の物理的な要であること、増える速さを保つ培養の密度の上限と、ゆっくり育てた培養の高い到達密度)
- Lee SY. High cell-density culture of Escherichia coli. Trends Biotechnol. 1996;14(3):98-105.(乾燥菌体重量で100 g/Lを超える大腸菌のフェドバッチ培養、流加の方法)
- Sartorius, Application Note: BIOSTAT A, E. coli, stirred glass bioreactor(PDF。5 Lのガラス槽での大腸菌高密度フェドバッチ)
- Eppendorf, BioBLU f シングルユース使い捨ての樹脂製バッグや容器を用いる製造方式です。洗浄・滅菌の手間を減らせる一方、ステンレス設備と比べて特徴が異なり、目的に応じて選び分けます。詳しく →容器の発表(BioBLU 3f で大腸菌発酵時に300 mmol O2/L/hを超える酸素移動速度)
- Thermo Fisher Scientific, HyPerforma e.S.U.F. 製品情報(放物面タービン翼3枚、従来型の使い捨て発酵槽比で酸素供給を約4倍とする記載)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/high-cell-density-fermentation-oxygen