溶存酸素とkLa(酸素移動容量係数)とは?培養の酸素はなぜすぐ足りなくなるのか

溶存酸素とkLaは、抗体を作るCHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →)などの培養で、酸素が足りているかを判断し、培養槽の条件を決める2つの値です。溶存酸素(DO)培養液などに溶け込んでいる酸素の量。細胞培養では制御対象となる重要なパラメータ。は液に溶けて細胞が呼吸に使える酸素の濃さ、kLa(酸素移動容量係数)はその酸素を気泡から液へ溶かし込む速さを決める係数です。
ただし、酸素は培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →にわずかしか溶けないため、細胞が増えるほど供給が追いつかなくなります。供給を強める手には、気泡で細胞が傷つく、二酸化炭素が抜けにくくなるといった別の問題がついて回ります。
この記事では、酸素が足りなくなる理由、kLa の意味と必要な値の計算、kLa を上げる手段とつまずく点、自分の培養で確かめる順番を順に説明します。
- 溶存酸素とは:培養液に溶けていて、細胞が呼吸に使える酸素です。培地にはわずかしか溶けないため、使われるのと同じ速さで溶かし込み続けます。
- kLaとは:気泡から液へ酸素が移る速さを決める係数です。溶かし込む速さは、kLa と駆動力(溶ける上限の濃さと今の濃さの差)の掛け算で決まります。
- 必要なkLaは:細胞が酸素を使う速さを、駆動力で割って求めます。細胞密度が倍になれば、必要な kLa も倍に増えます。
1. 溶存酸素(DO)とは何か
溶存酸素培養液に溶けている酸素の濃度。細胞の呼吸を支えるため一定に保つ制御対象。詳しく →(DO)とは、培養液に溶けていて、細胞が呼吸に使える酸素のことです。 気泡の中の酸素は、液に溶けて初めて細胞に届きます。
DO は、空気を通し続けてそれ以上溶けなくなった状態(空気飽和)を 100% とする割合で表すのがふつうです。CHO培養では設定値を空気飽和の 30〜50% に置くことが多く、DO が下がれば通気や撹拌を強めて元に戻します。
DO は、培養槽に挿した次の2方式のプローブで連続して測ります。
- ポーラログラフ式:電極で酸素を還元し、流れる電流から濃さを読みます。電解液の補充が要ります。
- 光学式:酸素に触れると光が弱まる蛍光色素を使い、その弱まり方から濃さを求めます。電解液が要らず、読みが少しずつずれるドリフトも小さく済みます。
下の図のように、酸素は気泡から液へ溶け込み、液の中から細胞に使われます。DO の値は、この2つの速さの差で上がり下がりします。

このように、DO は液にためてある酸素の量ではなく、溶かし込む速さと使われる速さの釣り合いを映す値です。では、なぜ酸素はすぐ足りなくなるのでしょうか。
2. なぜ培養液の酸素はすぐ足りなくなるのか
培養液の酸素がすぐ足りなくなるのは、培地には酸素がわずかしか溶けないのに、細胞がそれを速く使うためです。 37 ℃の培地を空気で飽和させても、溶けている酸素はおよそ 0.194 mM です(Place TL, et al. 2017)。
一方で、CHO細胞が1個あたり1日に使う酸素(比酸素消費速度)は、標準的な条件の灌流培養培養液を連続的に入れ替えながら細胞を高密度に保ち、長期間生産を続ける培養方式です。細胞を装置で保持し、老廃物を除きつつ栄養を補給します。詳しく →で 5.14〜5.77 pmol と報告されています(Goudar CT, et al. 2011)。以下では、中ほどの 5.5 pmol/cell/day で計算します。
生細胞密度が 20×10⁶ cells/mL なら、1リットルあたりの消費は1日 110 mmol、1時間で約 4.6 mmol です。空気で飽和させた液に溶けている分だけなら、約2.5分で使い切る計算です。
そのため DO が一定の培養では、細胞が使うのと同じ速さで、酸素を溶かし込み続けています。この使われる速さを OUR細胞が単位時間あたりに消費する酸素の速度。酸素要求速度。詳しく →(酸素消費速度)と呼び、比酸素消費速度に生細胞密度を掛けて求めます。
溶かし込む速さは OTR(酸素移動速度培養液へ酸素が移動する速さ。kLaと溶存酸素の濃度差の積で表される。詳しく →)と呼び、DO が動かないときは OTR と OUR が等しくなっています。
つまり、細胞を濃くするほど、溶かし込む速さを上げ続けなければなりません。その速さを決めるのが、次の kLa です。
3. kLa(酸素移動容量係数)とは何か
kLa とは、気泡から液へ酸素が移る速さを決める係数で、溶かし込む速さ(OTR)は kLa と駆動力の掛け算で決まります。 駆動力とは、液が溶かせる上限の濃さ(飽和濃度 C*)と、今の濃さ(現在濃度 C)の差で、式では OTR = kLa ×(C* − C)と書きます。
kL は気泡と液の境目を酸素が通り抜ける速さ、a は液の体積あたりの気泡の表面積で、kLa はこの2つの掛け算です。単位は h⁻¹ で、大きいほど同じ駆動力で多くの酸素が溶けます。
DO が液の中の酸素の濃さを表すのに対し、kLa は培養槽・培地・運転条件の側が持つ、酸素の溶かし込みやすさを表します。細胞が使う速さとは別に決まる値です。
この式を逆に使い、DO と kLa から OUR を計算して、サンプルを抜かずに細胞の呼吸を追う方法も報告されています(Goldrick S, et al. 2019)。
このように、酸素の供給を増やす手は、kLa を上げるか、駆動力を広げるかの2つに分けられます。では、自分の培養にはどれだけの kLa が要るのでしょうか。
メールアドレスの登録だけで、この先を読めます
- 4. 必要な kLa はどうやって計算するのか
- 5. kLa を上げるには何を動かすのか
- 6. 酸素の供給を強めると、どこでつまずくのか
- 7. 自分の場合は何から確かめるのか
登録済みの方は、同じアドレスを入れると続きが開きます(別の端末やブラウザで開いたときも同じです。確認のメールは届きません)。新着の解説記事と製品ニュースを毎週水曜の朝にお届けし、いつでも解除できます。登録によりプライバシーポリシーに同意したものとみなします。閲覧の記録(どのページから、どの会社のサイトへ移ったか)を、ご案内のために使います。
ほかの会員向けの記事を見る →参考文献
- Goudar CT et al., Estimating cell specific oxygen uptake and carbon dioxide production rates for mammalian cells in perfusion culture, Biotechnology Progress, 2011.(CHO細胞の灌流培養。標準条件(DO 50%、pH 6.8、36.5 ℃)で比酸素消費速度 5.14〜5.77 pmol/cell/day、呼吸商 0.98〜1.23。DO 20% と 100% で 4.64 と 4.57)
- Place TL et al., Limitations of oxygen delivery to cells in culture: An underappreciated problem in basic and translational research, Free Radical Biology and Medicine, 2017.(培地に溶ける酸素の量と、細胞の消費で酸素が減る仕組み)
- Chaudhry MA, Lessons in Bioreactor Scale-Up, Part 3: Experimental Determination and Application of Oxygen Mass-Transfer Rate, Mass-Transfer Coefficient, and Oxygen-Uptake Rate(BioProcess International、2024年9月)(OTR・kLa・OUR の求め方と動的ガッシング法)
- Goldrick S et al., Oxygen Uptake Rate Soft-Sensing via Dynamic kLa Computation(Frontiers in Bioengineering and Biotechnology, 2019)(DO と kLa から OUR を推定する方法)
- 1抗体医薬の製造工程とは?どの工程で品質が決まり、どこで戻せなくなるのか
- 2CHO細胞とは?抗体をヒトでなくハムスターの細胞で作るのはなぜか
- 3シードトレインとは?本培養の前に細胞を何段にも分けて増やすのはなぜか
- 4本培養とは?力価が伸びているのに、なぜ培養を止めるのか
- 5フェドバッチのフィードとは?多く足しても抗体が増えるとは限らないのはなぜか
- 6溶存酸素とkLa(酸素移動容量係数)とは?培養の酸素はなぜすぐ足りなくなるのかいま読んだ記事
- 7バイオリアクターのせん断による細胞損傷とは?回転数を下げても生存率が戻らないのはなぜか
- 8CHO培養のpH制御とは?pHが合っていても大きな槽でCO2が溜まるのはなぜか
- 9CHO培養の乳酸の代謝シフトとは?溜まった乳酸が途中で減り始めるのはなぜか
- 10CHO培養のアンモニアはどこから来る?発生源と抑える順番
- 11バイオリアクターのスケールアップとは?同じ設定で培養が変わる理由
- 12灌流培養(パーフュージョン)とは?流加培養と比べて何がよく、どこでつまずくのか
- 13N-1灌流とは?本培養の一段手前で細胞を濃くすると、なぜ抗体が増えるのか
次に読む
抗体医薬/モノクローナル抗体この製造の全体像を、工程マップで見る目次・関連閉じる
- 1抗体医薬の製造工程とは?どの工程で品質が決まり、どこで戻せなくなるのか
- 2CHO細胞とは?抗体をヒトでなくハムスターの細胞で作るのはなぜか
- 3シードトレインとは?本培養の前に細胞を何段にも分けて増やすのはなぜか
- 4本培養とは?力価が伸びているのに、なぜ培養を止めるのか
- 5フェドバッチのフィードとは?多く足しても抗体が増えるとは限らないのはなぜか
- 6溶存酸素とkLa(酸素移動容量係数)とは?培養の酸素はなぜすぐ足りなくなるのか
- 7バイオリアクターのせん断による細胞損傷とは?回転数を下げても生存率が戻らないのはなぜか
- 8CHO培養のpH制御とは?pHが合っていても大きな槽でCO2が溜まるのはなぜか
- 9CHO培養の乳酸の代謝シフトとは?溜まった乳酸が途中で減り始めるのはなぜか
- 10CHO培養のアンモニアはどこから来る?発生源と抑える順番
- 11バイオリアクターのスケールアップとは?同じ設定で培養が変わる理由
- 12灌流培養(パーフュージョン)とは?流加培養と比べて何がよく、どこでつまずくのか
- 13N-1灌流とは?本培養の一段手前で細胞を濃くすると、なぜ抗体が増えるのか
Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/dissolved-oxygen-kla-oxygen-transfer