溶存酸素とkLa(酸素移動容量係数)とは?培養の酸素供給
細胞は空気中の酸素を直接は使えません。使えるのは培養液に溶けた酸素——溶存酸素培養液に溶けている酸素の濃度。細胞の呼吸を支えるため一定に保つ制御対象。(DO:Dissolved Oxygen)だけです。ところが酸素は水に溶けにくく、増えた細胞がどんどん消費するため、供給が追いつかないとすぐ枯渇します。だから培養では、酸素を送り込む速さと細胞が食べる速さの綱引きを、いかに釣り合わせるかが問われます。その供給側の実力を表す指標が kLa小型培養で確立した条件を、より大きなバイオリアクターへ拡大する取り組みです。酸素供給の指標kLaなどを揃え、性能を再現します。詳しく →(酸素移動容量係数) です。

- 溶存酸素は通常、空気飽和の30〜50%程度を目標に、散気(スパージング)と撹拌で一定に保ちます。
- 酸素の供給速度(OTR)は kLa×(飽和濃度−現在のDO)で決まり、kLaは気泡の細かさ・ガス流量・撹拌で変わります。
- 細胞の酸素要求(OUR=比酸素消費速度×細胞密度)が供給を上回ると枯渇し、スケールアップでは酸素供給とCO2排出が律速になりやすくなります。
供給と消費の綱引き
酸素の供給速度(OTR:Oxygen Transfer Rate気相から液へ酸素が溶け込む速度。kLaと濃度差の積で表す酸素移動速度。)は、おおまかに次の関係で表せます。
OTR培養液へ酸素が移動する速さ。kLaと溶存酸素の濃度差の積で表される。 = kLa ×(C* − C)
C* は飽和溶存酸素濃度、C は現在の溶存酸素濃度です。両者の差(=溶け込む余地)が大きいほど、そして kLa が大きいほど、酸素は速く溶け込みます。一方で細胞側の消費速度は OUR(Oxygen Uptake Rate細胞が単位時間あたりに消費する酸素の速度。酸素要求速度。)で、比酸素消費速度に生細胞密度(VCD)を掛けたものです。培養が進んで細胞が増えるほどOURは大きくなり、供給がこれを下回るとDOが落ちていきます。溶存酸素を一定(たとえば空気飽和の40%)に保つとは、この供給と消費を刻々と釣り合わせることにほかなりません。定常状態増殖と引き抜きが釣り合い、細胞密度や代謝の指標が時間で大きく動かない状態。では OTR = OUR細胞が単位時間あたりに消費する酸素の速度。酸素要求速度。 が成り立ち、この関係を使って培養中のOURを推定する手法(動的なガス収支から求めるソフトセンサー)も使われます。
溶存酸素をどう測り、どう制御するか
DOはリアクターに挿したDOプローブ(電気化学式のポーラログラフ式や、蛍光の消光を利用する光学式)で連続測定します。測定値が設定値を下回ると、制御系が供給を強める——この調整は 制御カスケード として段階的に組むのが一般的です。まず撹拌を上げ、それでも足りなければガス流量を増やし、さらに酸素富化(空気に純酸素を混ぜてC*を上げる)へと進む、という順序です。段階を分けるのは、いきなり散気を強めると細胞損傷や泡の問題を招くためで、細胞にやさしい手段から先に使うのが定石です。DOを高く保ちすぎると活性酸素種の負担が、低すぎると代謝の乱れが生じるため、モダリティ抗体・低分子・核酸・細胞治療など、医薬品の種類・創薬手法の区分。や細胞株ごとに適切な窓を定めます。
kLaを決めるもの
kLaは「気液の接触面積」と「その面をどれだけ酸素が通りやすいか」で決まります。実務で効くつまみは主に二つです。
一つは 散気(スパージング培養液に気体を吹き込んで酸素を供給する操作。過剰だとせん断や泡立ちで細胞を傷めます。) です。細かい気泡ほど同じガス量でも表面積が大きく、kLaが上がります。ただし細かすぎる気泡は破裂時に細胞を傷つけるため、界面活性剤タンパク質の凝集や容器壁への吸着を防ぐため製剤へ少量加える添加剤で、細胞培養で細胞を保護する目的でも使われます。詳しく →(プルロニックF-68)で保護しつつ、細かさとガス流量を調整します。もう一つが 撹拌 で、気泡を細かく砕いて滞留時間抗体が標的に結合し続ける時間。解離の遅さ(小さいkd)で長くなり、効き続けやすさに関わる。を延ばし、液を混ぜて濃度差を保ちます。ただし撹拌もせん断流れの中で分子にかかる物理的な力。強すぎると抗体の凝集や微粒子発生を招く。の源なので、動物細胞では上げすぎられません。加えて、消泡剤は気泡を合一させてkLaを下げることがあり、酸素供給の観点でも無視できません。kLaは装置ごとに実測して把握するのが基本で、無細胞生きた細胞を使わず、試験管内の酵素反応だけで目的物を合成・増幅する方式。の液に一度窒素を吹き込んで脱酸素し、そこへ空気を送ってDOの立ち上がりを追う「動的ガッシング法」がよく使われます。
スケールアップで酸素とCO2が律速になる
小さな培養槽では酸素は余裕をもって供給できますが、大型化すると事情が変わります。培養液の体積は槽径の3乗で増えるのに、酸素を送り込む界面(表面や散気の能力)はそこまで増えないため、単位体積あたりの酸素供給が相対的に苦しくなるのです。だからバイオリアクターのスケールアップでは、単位体積あたりの撹拌動力(P/V体積あたりの撹拌動力。平均的な乱流強度やせん断の目安に使われるスケール指標。)やガス流量(vvm培養液1リットルあたり毎分何リットル通気するかを表す通気速度の単位。)を指標に、kLaを維持する設計が取られます。微生物発酵のように酸素要求が桁違いに高い系では、この酸素供給の壁がいっそう厳しくなります。
見落とされやすいのが CO2の排出 です。散気は酸素を入れる一方で、細胞が出した二酸化炭素を追い出す(ストリッピング通気でガスを追い出す操作。培養では溜まったCO₂を気泡で排出することを指す。)役割も持ちます。ところが大型槽では液深が深く、気泡が抜けるまでの経路も長いため、CO2がたまりやすくなります。溶存CO2培養液に溶けた二酸化炭素の分圧。大スケールで溜まりやすく、高すぎると増殖・生産性・品質を落とす。(pCO2培養液に溶けた二酸化炭素の分圧。大スケールで溜まりやすく、高すぎると増殖・生産性・品質を落とす。)が高くなるとpHや浸透圧が乱れ、生産性や品質に影響します。つまりスケールアップでは「酸素を十分に入れる」ことと「CO2を十分に抜く」ことの両立が課題になり、散気設計はこの両面から考える必要があります。
培養局面ごとの制御と高密度化
酸素の綱引きは、培養の局面によって様相が変わります。立ち上げ期は細胞が少なくOURも小さいため、撹拌だけでDOを保てます。細胞が増えるにつれOURが上がり、制御カスケードはガス流量、さらに酸素富化へと段階的にエスカレートし、細胞密度がピークに達する頃に供給はもっとも苦しくなります。だから酸素設計は「ピーク時に供給が消費を上回れるか」で決まる、と言っても過言ではありません。
この余裕が特に問われるのが、灌流や高密度化した集約型プロセスです。細胞密度を大幅に引き上げるほどOURは跳ね上がり、通常の散気では追いつかなくなります。そこで、酸素分率を上げる、散気を強める(=せん断対策を強化する)、あるいは膜を介した無泡供給などの手段が検討されます。酸素供給の限界が、そのプロセスで到達できる細胞密度の上限を実質的に決める場面も少なくありません。
まとめ
溶存酸素は、供給(kLa×濃度差)と消費(OUR)の綱引きの結果として決まり、それを一定に保つのが酸素制御です。DOプローブで測り、撹拌→ガス流量→酸素富化という制御カスケードで供給を調整します。kLaは散気と撹拌で上げられますが、どちらも細胞損傷や泡と背中合わせで、消泡剤やCO2ストリッピング通気によって培養液中の二酸化炭素を追い出すこと。過度だと問題になる。とも絡みます。スケールが上がるほど酸素供給とCO2排出は律速になりやすく、P/Vやvvmを軸にkLaを保ちつつpCO2も抑える設計が要になります。
参考文献
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