バイオリアクターのせん断と細胞損傷とは?気泡と撹拌の壁
動物細胞は細胞壁を持たず、脂質二重膜がむき出しです。植物細胞や微生物に比べて物理的な力に弱く、培養中のわずかなストレスでも傷つきます。バイオリアクター細胞やウイルスの培養を制御された環境下で大規模に行うための培養槽で、商業規模の製造に用いられる。で細胞を増やすうえで、この「せん断流れの中で分子にかかる物理的な力。強すぎると抗体の凝集や微粒子発生を招く。」との折り合いは避けて通れません。ただし、多くの人がまず疑う撹拌は、実は主犯ではないことが分かっています。

- 動物細胞の損傷の主犯は撹拌そのものより、気泡が破裂する気液界面で生じる強い力です。
- 界面活性剤のプルロニックF-68を加えると、細胞が気泡に付着するのを防ぎ、破裂の巻き添えを大きく減らせます。
- 散気を細かくすると酸素供給(kLa)は上がるが損傷も増える、というトレードオフの中で設計します。
主犯は撹拌ではなく気泡の破裂
「撹拌を強めると細胞が壊れる」と考えがちですが、一般的な動物細胞培養のスケール・回転数では、羽根(インペラ発酵槽内で液を撹拌し、気泡を分散させる撹拌翼。)による直接のせん断で細胞が死ぬことはさほど多くありません。撹拌によって生じる乱流の渦(エディ)が細胞と同程度かそれより小さくなると初めて細胞に効きますが、通常の運転条件では渦は細胞よりずっと大きく、細胞は流れに乗って運ばれるだけで済みます。実際の主犯は 気泡の破裂 です。
酸素を送るために吹き込んだ気泡は、液面や泡の層で破裂します。その瞬間、ごく狭い範囲に非常に強いエネルギーが集中し、近くにいた細胞が引き裂かれます。とくに細胞が気泡の表面に貼り付いていると、破裂の巻き添えをまともに受けます。細かい気泡ほど酸素供給には有利ですが、その分だけ破裂の回数と界面の総量が増え、損傷のリスクも高まる——ここに供給と保護のジレンマがあります。
泡層に細胞が集まるという問題
気泡が液面で消えきらずに 泡(フォーム)の層 をつくると、事態はさらに悪化します。泡の膜には細胞やタンパク質が濃縮されやすく、そこで気泡が次々に割れると、集まった細胞がまとめて損傷を受けます。つまりフォームは、酸素供給を妨げるだけでなく、細胞損傷のホットスポット脱アミド化や酸化などの化学的分解が起きやすい配列上の箇所。配列を見て先読みできる。にもなります。だから消泡剤による泡の制御は、単に槽から泡が溢れるのを防ぐだけでなく、細胞保護の観点でも意味を持ちます。ただし消泡剤培養や撹拌で生じる泡を抑えるために加える添加剤で、泡による酸素供給の低下やあふれを防ぎます。詳しく →は気泡を合一させてkLa小型培養で確立した条件を、より大きなバイオリアクターへ拡大する取り組みです。酸素供給の指標kLaなどを揃え、性能を再現します。詳しく →を下げる副作用があり、酸素供給とのバランスで使います。
プルロニックF-68による保護
この気泡起因の損傷を抑える定番が、非イオン性界面活性剤電荷を持たず、水になじむ部分と油になじむ部分を併せ持つ界面活性剤。の プルロニックF-68(ポロキサマー188抗体製剤で使われる界面活性剤の一つ。ポリソルベートより分解しにくいとして選ばれる場合がある。) です。培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。に加えると、細胞が気泡の表面に付着しにくくなり、破裂の巻き添えを避けられます。また細胞膜自体を安定化させ、物理的ストレスへの耐性を高める働きも報告されています。無血清・ゼノフリー培地ではとくに重要な添加剤で、血清が持っていた保護作用を代替する役割も担います。実際、そのロット差が培養の生存率を大きく左右した事例が知られており、原料の品質管理遺伝子治療製品の品質・安全性・有効性を保証するために製造・出荷の各段階で実施する試験・管理の総体。の重要性を示す例としてよく引かれます。ただし高細胞密度では保護効果が相対的に弱まる、といった限界も指摘されており、万能ではありません。
散気設計とトレードオフ
散気(スパージング)の設計は、酸素供給と細胞保護のせめぎ合いそのものです。細かい気泡を出すマイクロスパージャーはkLaを稼げますが界面が増えて損傷寄り、大きめの穴のドリルドホールスパージャーは細胞にやさしいがkLaは控えめ——という関係にあります。実務では、必要な酸素供給量から逆算しつつ、プルロニックによる保護を前提に、気泡サイズ・ガス流量・スパージャー形状を選びます。用途によっては、酸素供給用に細かい気泡、CO2排出用に粗い気泡、と役割を分けて2種類のスパージャー培養槽の底などからガスを気泡として吹き込み、酸素供給やCO₂排出を行う散気装置。を併用することもあります。
スケールアップで酸素要求が上がるほど散気を強めざるを得ず、せん断管理はいっそう重要になります。マイクロキャリア培養の付着細胞や、一部の生産細胞株はとくにストレスに敏感で、より慎重な設計が要ります。一方、微生物発酵のように頑丈な菌体を高出力で回す系では話が変わり、系ごとに「効くストレス」を見極める必要があります。
気泡以外のストレス源
損傷源は培養槽の中だけではありません。灌流やTFFでは、細胞を含む液がポンプや細胞保持デバイス灌流培養で細胞をリアクター内に残し、上清だけを抜き出す装置。ATFやTFFが代表。を繰り返し通過し、そのたびに機械的ストレスを受けます。ぜん動ポンプチューブをしごいて送液する充填ポンプ。製品接触が使い捨てチューブに限られ金属微粒子やせん断を抑えやすい。の圧閉や、遠心・フィルターでの分離、原薬の凍結融解、移送・充填時の界面や配管通過も、系によっては効くストレスになります。細胞を扱う工程だけでなく、精製後のタンパク質にとっても界面・撹拌は凝集の引き金です。
もう一つの論点が ストレスの定量 です。工学的にはエネルギー散逸率(EDR)や翼端速度撹拌翼の先端の周速。翼まわりの最大せん断の目安で、細胞損傷を避ける上限管理に使う。(tip speed)といった指標がありますが、動物細胞では「どの数値までなら安全か」を一律に決めにくく、実際には生存率細胞集団のうち生きている細胞の割合。凍結・培養の品質を示す基本指標。や品質の推移を見ながら経験的に運転域を定めるのが実務です。マイクロキャリアの付着細胞や一部の生産株はとくに敏感で、系ごとに「効くストレス」を見極める姿勢が欠かせません。
まとめ
動物細胞のせん断損傷は、撹拌そのものより気泡破裂の気液界面空気と液の境目。抗体が吸着と剥離を繰り返してほどけ、粒子や凝集体を生む主因になる。で起きるのが実態です。泡層は細胞を濃縮して損傷のホットスポットになり、泡制御も細胞保護の一部になります。プルロニックF-68は細胞の気泡付着を防いで損傷を大きく減らしますが、高密度では限界もあります。散気を細かくすると酸素は入るが損傷も増えるトレードオフの中で、気泡サイズ・スパージャー・保護剤を組み合わせて設計する——それがせん断対策の勘所です。
参考文献
- Sieblist, C. et al., Characterizing Oxygen Mass Transfer and Shear During Cell Culture(BioProcess International)
- Sieck, J.B. et al., Investigation of low viability in sparged bioreactor CHO cell cultures points to variability in the Pluronic F-68 shear protecting component(Biochemical Engineering Journal, 2015)
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