バイオリアクターのせん断による細胞損傷とは?回転数を下げても生存率が戻らないのはなぜか

バイオリアクター細胞や微生物を、温度・pH・溶存酸素などを制御しながら培養する槽です。数リットルの開発用から数千リットルの商業生産用まであり、ステンレス製と使い捨て(シングルユース)があります。詳しく →のせん断による細胞損傷とは、培養中の動物細胞が、液の流れや気泡から受ける力で傷み、生存率細胞集団のうち生きている細胞の割合。凍結・培養の品質を示す基本指標。詳しく →が落ちることです。抗体などを作る培養で、撹拌の強さや通気の仕方を決めるときに、この損傷をどう避けるかを考える必要があります。
ただし、通気した培養槽で細胞を壊している主な原因は、撹拌よりも、気泡が割れる瞬間だとされています。 そのため、生存率が落ちたときに回転数だけを下げても、戻らないことがあります。
この記事では、細胞がどこで傷むのか、なぜ撹拌より気泡が効くのか、何を基準に守り方を決めるのか、生存率が落ちたときに何から確かめるのかを順に説明します。
- せん断による細胞損傷とは:培養中の動物細胞が、撹拌翼のまわり、気泡が割れる液面、槽の外の配管で力を受けて傷むことです。
- なぜ回転数を下げても戻らないのか:通常の運転条件では、いちばん小さな渦でも細胞より大きく、損傷の多くは気泡が割れる界面で起きているからです。
- 何を基準に守るのか:必要な酸素の量を先に決め、そのうえで気泡の界面を減らす方法と、細胞を界面に近づけない方法を組み合わせます。
1. せん断による細胞損傷とは、どこで何が起きているのか
せん断による細胞損傷とは、細胞のまわりの液が場所によって違う速さで動くことや、気泡が割れることで、細胞の膜に力がかかって傷むことです。 培養の結果としては、生存率の低下や、死んだ細胞の増加として表れます。
動物細胞は、植物細胞や微生物と違って細胞壁を持ちません。膜がむき出しなので、同じ力でも傷みやすい性質があります。
培養の中で細胞に力がかかる場所は、主に3つあります。
- 撹拌翼のまわり:槽の中で流れがいちばん速く、渦ができる場所です。
- 気泡が割れる液面と泡の層:通気で入れた気泡が上がりきって割れる場所です。
- 槽の外の配管:灌流培養などで、細胞を含む液がポンプや細胞保持装置灌流培養で使用済みの培地を入れ替えつつ、細胞は培養槽に残すための装置です。中空糸膜などで細胞と液をより分けます。詳しく →を通る場所です。

3つの場所のうち、どこが効いているかで打つ手が変わります。つまり、生存率が落ちたときは「撹拌が強すぎる」と決めつけず、まず場所を切り分けることが出発点です。
2. なぜ、回転数を下げても生存率が戻らないのか
通常の運転条件では、撹拌でできるいちばん小さな渦でも細胞より大きく、細胞は引き裂かれずに流れに乗って運ばれるからです。 損傷の多くは、撹拌ではなく、気泡が割れる界面で起きています。
撹拌の渦は、細胞より大きい
乱流では、大きな渦が小さな渦へ次々とエネルギーを渡し、いちばん小さな渦で熱に変わります。この最小の渦の大きさをコルモゴロフ長と呼びます。動物細胞培養の通常の条件では、これが数十µmあり、直径15〜20 µmほどのCHO細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →(抗体の生産によく使う細胞)より、ひと回り以上大きくなります。
もちろん、撹拌翼のすぐ近くでは力が強く、条件によっては撹拌も損傷の原因になりえます。ただ、通気している槽では、それより桁違いに局所的で強い力が別の場所にあります。
気泡が割れる瞬間に、力が集中する
気泡が液面で割れると、膜に開いた穴の縁を波が走り、底でぶつかって上下にジェットを噴き出します。これが約1ミリ秒のうちに、ごく狭い範囲で起きます。巻き込まれるのは、気泡の近くに浮いていた細胞、薄い膜に閉じ込められた細胞、上がってくる気泡の表面に付いていた細胞です。
その規模を示す古典的な測定があります。昆虫細胞を使った実験では、直径3.5 mmの気泡が1個割れるたびに、ある培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →で約1,050個の細胞が死んだと見積もられました。 気泡の数が多い培養ほど、損傷は積み上がります。
逆に、気泡を出さずに酸素を渡すと、細胞は傷みにくくなります。保護剤のプルロニックを入れずに直接通気した培養では細胞が死んでいった一方、気泡の出ないシリコーン膜を通して酸素を渡した培養では、細胞が増えたという報告があります。
細かい気泡ほど、不利が重なります。気体と液体の境目(気液界面)の総量が増え、泡の層も安定して厚くなり、そこに細胞が多く捕まります。泡の層は、細胞が集まる場所と気泡が割れ続ける場所が重なった所です。
このように、生存率を守るには、撹拌を弱めるより、気泡の数と細かさ、泡の層の扱いを見直す必要があります。では、気泡を使いながら細胞を守るには、何を基準に決めればよいのでしょうか。
3. では、何を基準に守り方を決めるのか
必要な酸素の量を先に決め、そのうえで、気泡の界面を減らす方法と、細胞を界面に近づけない方法を組み合わせます。 酸素が足りなければ培養が成り立たないため、守りはその範囲の中で選びます。
界面を減らす:散気の選び方
散気(スパージング)とは、槽の底の部品(スパージャー培養槽の底などからガスを気泡として吹き込み、酸素供給やCO₂排出を行う散気装置。詳しく →)から気体を吹き込んで、酸素を渡すことです。気泡の細かさで、酸素の渡しやすさと細胞への穏やかさが逆に動きます。
- 細かい気泡(焼結金属などの微細孔):酸素を効率よく渡せますが、気液界面と泡が増えます。
- 粗い気泡(孔の大きいドリルドホール型):細胞には穏やかですが、酸素の移動は控えめです。
両方の良さを取る組み方もあります。二酸化炭素の追い出しは、気泡の数より通したガスの体積が効くため、追い出しは粗い気泡に任せ、酸素用の細かい気泡を減らせます。同じ酸素の量を、ガスの量を増やす代わりに酸素濃度の高いガスで補えば、気泡の数も減ります。
槽が大きくなるほど酸素の要求が増え、散気を強めたくなります。スケールアップでは、細胞を守る余裕がそのぶん削られることを見込んでおきます。付着細胞のように特に敏感な系は、マイクロキャリア培養で扱っています。
細胞を界面に近づけない:プルロニックF-68
細胞を守る添加剤の定番が、界面活性剤のプルロニックF-68(一般名ポロキサマータンパク質の凝集や容器壁への吸着を防ぐため製剤へ少量加える添加剤で、細胞培養で細胞を保護する目的でも使われます。詳しく →188)です。培地には1 g/L(0.1%)前後を加えるのが標準です。血清を抜いた培地では、血清が持っていた保護を、この添加剤が肩代わりします。
効き方は、細胞が気泡の表面に付くのを防ぐことだと考えられています。 界面に細胞がいなければ、気泡が割れても巻き添えになりません。付くのを防ぐ理由には、細胞表面の水をはじく性質(疎水性)を下げる、膜に入り込んで守るなどの説があり、まだ決着していません。
ただし、同じ名前と同じ濃度でも、守る力は同じとは限りません。通気したCHO培養で生存率が低かった原因を追ったところ、プルロニックF-68の性能のばらつきに行き着いたという論文があります。ポロキサマー188の特許文献にも、市販品はロットによって細胞培養での性能が大きくばらつくと書かれています。
プルロニックF-68は、ロットごとに守る力が違いうる原材料です。ロットが変わったときは、濃度だけでなく、通気のある小さなスケールで生存率を従来のロットと並べて見ます。
泡を消泡剤培養や撹拌で生じる泡を抑えるために加える添加剤で、泡による酸素供給の低下やあふれを防ぎます。詳しく →で抑える手もありますが、消泡剤は酸素の移りやすさ(kLa、酸素移動容量係数)を下げることがあります。仕組みと選び方は消泡剤とフォーム制御にまとめてあります。
つまり、散気の設計で界面の量を決め、プルロニックF-68で残った界面から細胞を遠ざけるという2段で考えると、どちらを動かしたかを後から説明できます。
メールアドレスの登録だけで、この先を読めます
- 4. 生存率が落ちたとき、自分の場合は何から確かめるのか
登録済みの方は、同じアドレスを入れると続きが開きます(別の端末やブラウザで開いたときも同じです。確認のメールは届きません)。新着の解説記事と製品ニュースを毎週水曜の朝にお届けし、いつでも解除できます。登録によりプライバシーポリシーに同意したものとみなします。閲覧の記録(どのページから、どの会社のサイトへ移ったか)を、ご案内のために使います。
ほかの会員向けの記事を見る →参考文献
- Sieblist C, et al. Characterizing Oxygen Mass Transfer and Shear During Cell Culture: Calculating the Maximum Cell Density Supported by a 20,000-Liter Stirred-Tank Bioreactor. BioProcess International.(酸素移動とせん断の関係)
- Investigation of low viability in sparged bioreactor CHO cell cultures points to variability in the Pluronic F-68 shear protecting component. Biochemical Engineering Journal. 2015.(通気したCHO培養の低い生存率と、プルロニックF-68のロット差)
- Trinh K, Garcia-Briones M, Hink F, Chalmers JJ. Quantification of damage to suspended insect cells as a result of bubble rupture. Biotechnol Bioeng. 1994;43(1):37-45.(気泡の破裂による昆虫細胞の死滅数)
- Vélez Suberbie ML. Doctoral thesis, University College London.(気泡の有無による細胞損傷の切り分け、プルロニックの保護)
- US 11891510 B2: Poloxamer compositions and methods of making and using same(ポロキサマー188のロット間のばらつきと、平均分子量を下げた組成に関する記述)
次に、何を調べますか?
- 1抗体医薬の製造工程とは?どの工程で品質が決まり、どこで戻せなくなるのか
- 2CHO細胞とは?抗体をヒトでなくハムスターの細胞で作るのはなぜか
- 3シードトレインとは?本培養の前に細胞を何段にも分けて増やすのはなぜか
- 4本培養とは?力価が伸びているのに、なぜ培養を止めるのか
- 5フェドバッチのフィードとは?多く足しても抗体が増えるとは限らないのはなぜか
- 6溶存酸素とkLa(酸素移動容量係数)とは?培養の酸素はなぜすぐ足りなくなるのか
- 7バイオリアクターのせん断による細胞損傷とは?回転数を下げても生存率が戻らないのはなぜかいま読んだ記事
- 8CHO培養のpH制御とは?pHが合っていても大きな槽でCO2が溜まるのはなぜか
- 9CHO培養の乳酸の代謝シフトとは?溜まった乳酸が途中で減り始めるのはなぜか
- 10CHO培養のアンモニアはどこから来る?発生源と抑える順番
- 11バイオリアクターのスケールアップとは?同じ設定で培養が変わる理由
- 12灌流培養(パーフュージョン)とは?流加培養と比べて何がよく、どこでつまずくのか
- 13N-1灌流とは?本培養の一段手前で細胞を濃くすると、なぜ抗体が増えるのか
次に読む
抗体医薬/モノクローナル抗体この製造の全体像を、工程マップで見る目次・関連閉じる
- 1抗体医薬の製造工程とは?どの工程で品質が決まり、どこで戻せなくなるのか
- 2CHO細胞とは?抗体をヒトでなくハムスターの細胞で作るのはなぜか
- 3シードトレインとは?本培養の前に細胞を何段にも分けて増やすのはなぜか
- 4本培養とは?力価が伸びているのに、なぜ培養を止めるのか
- 5フェドバッチのフィードとは?多く足しても抗体が増えるとは限らないのはなぜか
- 6溶存酸素とkLa(酸素移動容量係数)とは?培養の酸素はなぜすぐ足りなくなるのか
- 7バイオリアクターのせん断による細胞損傷とは?回転数を下げても生存率が戻らないのはなぜか
- 8CHO培養のpH制御とは?pHが合っていても大きな槽でCO2が溜まるのはなぜか
- 9CHO培養の乳酸の代謝シフトとは?溜まった乳酸が途中で減り始めるのはなぜか
- 10CHO培養のアンモニアはどこから来る?発生源と抑える順番
- 11バイオリアクターのスケールアップとは?同じ設定で培養が変わる理由
- 12灌流培養(パーフュージョン)とは?流加培養と比べて何がよく、どこでつまずくのか
- 13N-1灌流とは?本培養の一段手前で細胞を濃くすると、なぜ抗体が増えるのか
Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/bioreactor-shear-sparging-cell-damage