酵母の糖鎖をヒト型に変える:ハイパーマンノシル化の克服と残る課題

酵母の糖鎖のヒト型化(糖鎖工学細胞株や酵素で糖鎖の構造を制御し、ADCCなどの性質を作り込む技術。詳しく →)は、酵母がゴルジ体で糖鎖を伸ばす反応を止め、ヒトと同じ酵素とその材料の輸送体を持ち込んで、ヒト型の複合型糖鎖を作らせる改変です。酵母とヒトの糖鎖は小胞体真核細胞内でタンパク質の折りたたみや分泌経路への送り出しを担う区画。酵母は持ち、大腸菌にはない。詳しく →を出るまで同じ構造で、分かれるのはゴルジ体に入ってからです。
ただし、作り替えた株は増殖や分泌が落ちることがあり、N型以外の糖鎖タンパク質に付加される糖の鎖状構造で、抗体の有効性・免疫原性などに影響する重要な品質特性。詳しく →は酵母の形のまま残ります。
この記事では、糖鎖が分かれる場所、作り替えの3手、どこまで作れているか、均一さとフコースがない利点、残る課題と採用前の確認点を順に説明します。宿主全体の比較は大腸菌・酵母・糸状菌の選び方、糖鎖を付けない道は抗体フラグメントの微生物生産にあります。
- 酵母とヒトの糖鎖は小胞体を出るまで同じで、分かれるのはゴルジ体です。酵母はマンノースを足して伸ばし、ヒトは削って作り込みます。
- 作り替えは、伸ばす反応を止め、ヒト型の酵素とその材料の輸送体を足す作業です。シアル酸まで、またM6Pまで作った報告があります。
- 利点は均一さとフコースが付かないことです。一方、株への負担や、O型の糖鎖が残る課題があります。
1. 同じ道から分かれる場所 ― 小胞体からゴルジ体へ
小胞体を出るまで、酵母とヒトの糖鎖は同じです。
小胞体では、アスパラギンに共通の糖鎖が付き、そこからグルコースとマンノースがいくつか切り取られます。ここまでは、酵母の細胞の中でも、ヒトと同じ反応が起きています。
ゴルジ体に移ってから、進む向きが分かれます。
- ヒトの細胞:マンノースをさらに削り、N-アセチルグルコサミン、ガラクトース、シアル酸糖鎖の末端に付く酸性の糖。負電荷を加えるため酸性バリアントに寄与し、薬物動態にも関わる。詳しく →を順に足して、複合型と呼ばれる糖鎖を作ります。
- 酵母:マンノースを足し続けます。出芽酵母(S. cerevisiaeパン・ビール酵母として食経験が長い酵母。遺伝子操作ツールが豊富で、経口・食品関連の用途と親和する。詳しく →)では外側の鎖が長く伸びる過剰なマンノース付加(ハイパーマンノシル化)が起き、ピキアメタノールを炭素源にできる酵母。強力なAOX1誘導と分泌生産に向き、高密度培養で組換えタンパク質を作る。詳しく →(P. pastoris)でも高マンノース型が中心です。
この違いは、体内での動きに現れます。マンノースが多い糖鎖は、マンノース受容体に拾われて血中から速く消えます。
抗体は血中に3週間ほど留まる前提で用量を組むため、消失が速いと設計が崩れます。酵母型の糖鎖に対する免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →の懸念も残ります。
ヒトは削って作り込み、酵母は足して伸ばすため、同じ材料から逆向きの操作が始まります。
2. 作り替えの3手 ― 止める、削る、足す
作り替えは、まず伸ばす反応を止め、そのあとにヒト型の反応を持ち込む作業です。
1手目は、伸ばす反応の起点になる酵素OCH1を壊すことです。OCH1が最初のマンノースを外側に付けると、それを足場に次々と伸びていくため、起点を壊せば連鎖が始まりません。
ただし、これだけでは薬になりません。マンノースが8個付いた形のままでは、先ほどの血中消失の問題が残るため、OCH1を壊すのは伸ばす向きを止める一手にとどまります。
2手目と3手目が、ヒト型の酵素を持ち込む作業です。マンノースを削る酵素、N-アセチルグルコサミンを付ける酵素、ガラクトースを付ける酵素を、順に足します。
酵素は細胞内の正しい場所にいないと働かないため、小胞体やゴルジ体への局在を決める配列をつないで入れます。
材料の供給も要ります。糖を付けるには材料となる糖ヌクレオチド核酸を構成する単量体単位で、塩基・糖・リン酸から成り、DNAやRNAの最小構成要素。詳しく →(糖とヌクレオチドが結合した、糖転移反応の基質)が要り、それをゴルジ体の中へ運ぶ輸送体も一緒に入れるため、酵素と輸送体は2つで一組の設計です。
さらに難しいのがシアル酸で、酵母にはその経路が丸ごとありません。作る酵素、活性化する酵素、運ぶ輸送体、末端に付ける酵素を、すべて持ち込みます。
2006年にScience誌に載った報告では、酵母固有の4つの遺伝子を壊し、14の遺伝子を足して、シアル酸まで付いた複合型の糖鎖を持つヒトの糖タンパク質を、ピキアに分泌させました。
同じ年にMerckは、この技術を持つGlycoFi社を約4億ドルで買収しています。
酵素を一つ足すたびに、株の性質は変わります。糖鎖工学株では、増殖の悪さや細胞壁の異常が報告され、原因の一つに細胞壁の糖タンパク質(PpSpi1)が挙げられた例もあります。目標の糖鎖を先に決め、必要な改変を最小限にとどめるのが、現実的な設計です。
壊す遺伝子は4つ、足す遺伝子は14。ヒト型の糖鎖づくりの主役は、足す側の酵素と、それを支える輸送体の設計です。
3. どこまで作れているか ― 抗体、シアル酸、リソソーム酵素
作り替えた酵母で何が示されたかを、3つの例で見ます。
1つ目は抗体です。2006年にNature Biotechnology誌に載った報告では、糖鎖工学を施したピキアで、ヒトIgGの糖鎖を狙った構造にそろえて作れることが示されました。
その後も、ピキアで作ったIgGがCHO細胞産と似た安定性を示したという報告や、フコースを持たない抗体が、HEK293細胞ヒト胎児腎臓由来の細胞。遺伝子導入効率が高く一過性発現に向くが、商業生産の実績はCHOより限定的。詳しく →で作ったフコース付きの抗体より動物実験で腫瘍をよく縮めたという前臨床の報告があります。
2つ目はリソソーム細胞内で不要なタンパク質などを分解する小器官。取り込まれた抗体の多くが最終的にここへ運ばれる。詳しく →酵素です。リソソーム蓄積症の酵素補充療法では、糖鎖の末端に付くマンノース-6-リン酸(M6P)が、細胞に取り込まれるための目印として働きます。
酵母はM6Pそのものは作らず、その手前の形(M6Pの上にマンノースが覆いかぶさった形)を作ります。Tielsらは2012年に、糖鎖工学を施したヤロウィア(Yarrowia lipolytica)でポンペ病の酵素を作り、覆いを外してM6Pを多く持たせました。
この酵素は、患者由来の細胞に現在の治療用の酵素より効率よく取り込まれ、モデルのマウスでは、心臓にたまったグリコーゲンをより効果的に減らしたと報告されています。
3つ目は、糖鎖を持たせない道です。抗IL-6抗体ALD518は、ピキアで作り、Fcの糖鎖付加部位を除いて糖鎖そのものを持たせない形で、第2相試験まで進んだと報告されています。
糖鎖をヒト型に作り替えた株の報告は、ここまでの例では、細胞や動物での効力と、分析上の同等性が中心です。CHO細胞との間で、品質と費用を比べきった結果ではありません。
酵母でも、シアル酸やM6Pまで含めたヒト型の糖鎖を作れることは示されています。そこから医薬品として使えるかは、均一さ、力価、株の安定性で決まります。
4. 均一さとフコースがない利点
糖鎖工学株の売りは、ヒトに近いことだけではありません。
CHO細胞で作った抗体の糖鎖は、数種類の混合物です。培養条件で比率が動くため、糖鎖プロファイルを重要品質特性製品の品質を保つために、適切な範囲に収まっている必要がある物理的・化学的・生物学的・微生物学的な性質です(ICH Q8)。規格試験だけでなく、工程の管理で保証するものも含みます。詳しく →として管理し続けます。
経路を人為的に組んだ酵母株では、出てくる構造が1つにそろいやすく、ロット間の変動も抑えやすくなります。製造法の変更時の同等性評価製造プロセス変更の前後で原薬・製剤の品質特性が実質的に同等であることをデータにより確認する評価手順。詳しく →でも、比率が動かないことは説明の負担を軽くします。
もう1つの利点が、フコースです。酵母はフコースを作れないため、抗体は最初からコアフコースを持ちません。
コアフコースが無いとADCC(抗体依存性細胞傷害抗体FcがNK細胞などのFcγRIIIaに結合し、そのエフェクター細胞に標的細胞を傷害させる作用。詳しく →、抗体が結合した細胞を免疫細胞が傷害する働き)が強まるため、狙いが合えば、CHO細胞で糖鎖を改変する手間が要りません。作り方の比較は抗体のアフコシル化にあります。
糖鎖が均一であることと、コアフコースが付かないことが、酵母を選ぶ積極的な理由です。
5. 残る課題と、採用の前に確かめること
課題は、株に負担がかかることと、N型以外の糖鎖が残ることです。
増殖の悪さのほかに、途中の段階で意図しない糖鎖が混ざることも報告されています。
O型の糖鎖(セリンやトレオニンに付く糖鎖)も、酵母はマンノースで作るため、ヒトとは別の構造です。酵母固有のO型マンノース付加が免疫応答や体内動態を変えうるという報告があり、その遺伝子を壊すと増殖が落ちる株もあります。
N型の糖鎖が整っていても、O型の糖鎖は別に確かめる必要があります。
採用を考えるときは、次の順に確かめます。
- 糖鎖の必要性:そもそも糖鎖が要るかを見ます。要らないなら、大腸菌や改変していない酵母株で足ります。
- 要る糖鎖の種類:半減期ならシアル酸、ADCCならコアフコースなし、細胞への取り込みならM6Pが要ります。求めるものが少ないほど、必要な改変も少なくて済みます。
- 株の入手:経路を一から組むのは大きな投資になるため、使える株やライセンス、受託の有無を先に調べます。
- 力価:目標の糖鎖を持つ株で必要な力価が出るかを確かめます。糖鎖を整えた株は、親株より増殖や分泌が落ちることがあります。
- 分析:均一さを示す分析が組めるかを確かめます。PNGase Fで糖鎖を切り出して標識し、HILIC親水性の担体で極性の高い分子を分離する手法です。抗体から切り出した糖鎖のプロファイル解析などに使われます。詳しく →で分けて蛍光で測る方法が基本で、構造の帰属には質量分析分子をイオンにして、質量と電荷の比で分け、分子の質量を精密に測る手法です。タンパク質の同定、修飾の位置の特定、不純物の確認などに使い、液体クロマトグラフと組み合わせることが多くあります。詳しく →を併用します(HILICの製品ページで、カラムや標識試薬を引けます)。
- CHO細胞との比較:均一さ、力価、開発期間が見合うかを比べます。
酵母そのものの使い分けは酵母での組換えタンパク質生産に、糖鎖の全体像は糖鎖(グリカン)の基礎にあります。
参考文献
- Hamilton SR, et al. Humanization of yeast to produce complex terminally sialylated glycoproteins. Science. 2006;313(5792):1441-1443.(酵母固有の4遺伝子の破壊と14遺伝子の導入で、シアル酸まで付いた複合型糖鎖)
- Li H, et al. Optimization of humanized IgGs in glycoengineered Pichia pastoris. Nat Biotechnol. 2006;24(2):210-215.(糖鎖工学ピキアで作ったヒトIgG)
- Tiels P, et al. A bacterial glycosidase enables mannose-6-phosphate modification and improved cellular uptake of yeast-produced recombinant human lysosomal enzymes. Nat Biotechnol. 2012;30(12):1225-1231.(ヤロウィアで作ったポンペ病酵素のM6P付与)
- Merck & Co., Inc. To Acquire GlycoFi, Inc. For $400 Million(2006年5月の発表)
- ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく →「生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の規格及び試験方法の設定」
- ICH Q5E製造工程の変更前後で製品が同等・比較可能かを評価する考え方を定めたガイドライン。詳しく →「生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の製造工程の変更にともなう同等性変更前後が完全に同一でなくても、品質・安全性・有効性で高い類似性を保ち差異が悪影響しないと言える状態。詳しく →/同質性評価」
- USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく → 〈1084〉 Glycoprotein and Glycan Analysis: General Considerations
- Ph. Eur.欧州医薬品品質局(EDQM)が発行する、医薬品の品質基準を定めた公定書で、署名国・加盟国の規制に法的効力を持つ。詳しく → 2.2.59 Glycan analysis of glycoproteins
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