バクテリオファージ療法の製造とは?普通の医薬品と違う点を解説

病原菌を、わざわざ大量に育てて作る薬があります。バクテリオファージ(細菌だけに感染するウイルス)を使う治療薬です。ファージは細菌の中でしか増えないので、治したい病原菌をまず育て、そこにファージを感染させて壊します。培養槽の中では、薬の生産と病原菌の破壊が同時に進みます。
この構造のせいで、封じ込め、不純物、規格の書き方、保存、規制の枠まで、普通の医薬品とは勝手が違います。抗体医薬や低分子の経験がある人ほど、どこで前提が崩れるかを先に知っておくと、開発の手戻りが減ります。
普通の薬と違う作り方 ― 宿主菌の培養から溶菌まで
培養槽の中では、二段階の出来事が順に進みます。
まず宿主となる細菌を育てます。培地も条件も、普通の微生物発酵大腸菌などの微生物を培養槽で増やし、目的タンパク質などを作らせて回収する製造工程です。詳しく →と変わりません。菌が勢いよく増えている時期にファージの種を加えると、ファージは菌の中で増え、やがて菌を壊して外へ出ます。出た粒子が隣の菌に感染し、連鎖して培養液全体が溶けていきます。
ファージと菌の量の比で、結果が変わります。ファージが少なすぎると溶け切るまで時間がかかり、多すぎると、菌が育ちきる前に壊れて収量が落ちます。多くのファージで、感染力のある粒子は1 mLあたり10億〜1,000億個の桁まで得られます。
培養の終わりを決めるのは、菌が増えた時点ではなく、菌が壊れた時点です。
使えるファージの条件 ― ゲノムと宿主域
すべてのファージが治療に使えるわけではありません。
ファージには、感染した菌をすぐ壊す型と、菌のゲノムに入り込んで潜む型があります。治療に使うのは前者です。後者は、毒素や薬剤耐性の遺伝子を菌に運ぶことがあるからです。コレラ毒素、ジフテリア毒素、志賀毒素のように、細菌が持つ毒素の遺伝子の一部は、過去にファージが持ち込んだものです。
そのため、候補のファージは全ゲノムを読みます。組み込みに必要な酵素の遺伝子、毒素の遺伝子、薬剤耐性の遺伝子がどれも無いことを確かめて、はじめて候補に残ります。後から毒素遺伝子が見つかれば、そのファージは捨てるしかないので、開発の最初にやる作業です。
もう一つが宿主域、つまりどの菌株に感染できるかです。一つのファージが当たる菌株は限られることが多く、対象の患者全員をカバーするには、複数のファージを混ぜたカクテルにするか、患者の菌に合うものを選ぶ必要があります。この選択は、製品の形そのものと、後で触れる規制の枠を決めます。
封じ込めと精製 ― 病原菌とエンドトキシン
宿主が病原菌なので、設備はまず封じ込めから考えます。
緑膿菌や黄色ブドウ球菌のような菌を大量に扱うため、作業者への曝露も環境への放出も防ぐ設計が要ります。排気の処理、排水の滅菌、作業区域の気圧の管理は、扱う菌のリスクに応じて水準が決まります。溶菌のあとに残る生きた菌は、確実に不活化してから下流へ送ります。ただ、ファージまで失活させる条件は選べないので、手段は限られます。
宿主菌の選び方で、設備への要求が変わります。標的の臨床分離株をそのまま使うのが自然に見えますが、同じファージが病原性の低い株でも増えるなら、そちらを使うと封じ込めの水準を下げられます。宿主の選択は、微生物学の問題であると同時に、施設設計の問題です。
精製で最大の相手が、エンドトキシングラム陰性菌の外膜由来の発熱性物質(LPS)で、注射剤では厳しく管理し、LAL試験などで測定します。詳しく →です。宿主がグラム陰性菌外膜をもつ細菌の分類。大腸菌が代表で、比較的壊しやすく外膜にエンドトキシンをもつ。詳しく →なら、壊れた菌の外膜からリポ多糖が大量に出ます。粗い溶菌液のエンドトキシンは、報告では1 mLあたり千〜10万EUの桁でした(Szermer-Olearnik B, Boratyński J. 2015)。注射剤の限度は、体重1 kgあたり1時間に5 EUが基本です。限度値の出し方はエンドトキシン限度値の計算ツールで試せます。
厄介なのは、エンドトキシンが集まって粒のようになり、ファージとの大きさの差が小さいことです。単純なろ過では分けにくく、超遠心、膜ろ過、クロマトグラフィー固定相と移動相の間での物質の相互作用(分配・吸着・イオン交換など)の差を利用して、混合物中の成分を分離・精製する操作の総称。詳しく →、溶媒での抽出といった方法を組み合わせます。1-オクタノールで抽出すると、エンドトキシンを1 mLあたり平均5 EU程度まで下げた報告があります。ただし抽出のあとに溶媒が残るので、それを除く手間が要り、エンドトキシンを落とす操作はファージの回収率を下げることがあります。落とす力と回収率が引き換えになる点が、この精製の難しさです。
デプスフィルターろ材の厚み全体で不純物を捕らえる深層ろ過フィルターで、細胞培養液の清澄化など、細胞残渣や粒子を多く含む液の一次ろ過に使います。詳しく →で菌体のかすを落とし、タンジェンシャルフローろ過で濃縮とバッファー交換をするのは、微生物由来の製品と共通の流れです(微生物由来タンパクの精製)。エンドトキシン除去の考え方は微生物のエンドトキシン除去に、試験の選び方はエンドトキシン試験の製品ページにまとめています。
ファージの回収率とエンドトキシンの除去率は、同時には上げにくいものです。どちらを優先する工程かを、先に決めておきます。
規格と安定性 ― 感染力で測る薬
規格の中心は、力価です。
ファージの量は、質量ではなく、感染して菌を溶かせる粒子の数で表します。菌を敷いた寒天に希釈したファージを載せ、できた溶菌斑(プラーク)を数えます。結果が出るまで一晩かかり、生物学的な試験らしいばらつきもあります。電子顕微鏡やゲノムの量から粒子数を数える方法もありますが、感染力のない粒子まで数えます。両方を測って比を見ると、粒子のうち何割が働くかが分かります。
不純物の規格は、微生物由来の製品と同じ並びで、エンドトキシン、宿主のDNAとタンパク質に加えて、生きた菌が残っていないことの確認が要ります。
安定性の問題は、試験の結果にも響きます。緑膿菌に感染した熱傷に塗るため、12種のファージを混ぜたカクテルをGMP医薬品を一定の品質で安全に造るために守るべき製造・品質管理の基準(適正製造規範)です。詳しく →で作り、無作為化試験にかけたPhagoBurnがあります(Jault P, et al. 2019)。菌は減りましたが、標準治療より遅い減り方でした。後の総説は、保存中の力価の低下が一因だった可能性を指摘しています。製造と承認の遅れで、患者登録に使える期間も、予定の24か月から13か月に縮みました。ファージの保存中の力価は、ファージごと、溶液ごとに違い、ベルギーでは、マジストラル調製のファージを患者に使う前に保存したときの安定性が調べられています。
量が保たれていても、感染力が落ちていれば薬になりません。規格も安定性試験出荷時から有効期限まで品質特性が規格内にとどまることを確認する試験。詳しく →も、感染力で追います。
規制の枠 ― 固定の製品か、患者ごとの調製か
普通の医薬品は、一つの品目を、決まった規格で大量に作ります。ファージは、そこが合いません。
宿主域が狭く、患者の菌に合うファージは人ごとに違うからです。耐性菌に合わせてファージを入れ替える必要が出れば、固定の品目では追いつきません。だから進め方は二つに分かれます。一つは、PhagoBurnのように固定のカクテルを作り、治験を経て製品として承認を目指す道です。もう一つが、患者ごとに合うファージを選んで調製する道です。
後者の先を行くのがベルギーです。2018年に、ファージを原薬として扱い、医師の処方を受けて特定の患者のために薬局が調製する、マジストラル調製の枠組みが承認されました。原薬の作り方と品質は、モノグラフ薬局方に収載された個々の医薬品・原料の品質規格(試験法・基準値など)をまとめた公式の規格文書。詳しく →という規格書で定め、国の研究所Sciensanoが適合を確かめます。原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →は軍病院が作り、薬局が溶液に調製します。
小さな規模の患者個別の製造に、完全なGMPは現実的でないと、Pirnayらは2015年に論じました。ただし、この道が広がり、多くの組織が患者向けに作るようになれば、当局はGMPかそれに近い水準を求めるだろうという見方が、後の総説にあります。どちらの道を選ぶかで、品質システムの重さが変わります。
明日から確かめられること ― ファージ製造を組む順序
開発、製造、品質保証、購買のどの立場でも、ファージの案件が来たら次の順で確かめます。
- 候補のファージの全ゲノムを読み、組み込み酵素、毒素、薬剤耐性の遺伝子が無いことを確かめたか
- 宿主域は、対象の臨床分離株のうち何%に感染できるか。単独か、カクテルか
- 宿主菌は何か。病原性の低い株で増やせないか
- 粗い溶菌液のエンドトキシンの量と、規格の限度から、除去に何段要るか
- 力価の測定は、日をまたいで再現するか。感染力と粒子数の比を見ているか
- 保存の温度と溶液で、力価が何か月でどれだけ落ちるか
- 承認を目指す固定の製品か、患者ごとの調製か
力価の測定が規格試験の中心なので、その再現性を最初に確かめておきます。ここが甘いと、工程が動いたのか測定が動いたのかを切り分けられません。ろ過と濃縮の装置はTFFシステムとデプスフィルターで、封じ込めの設備はアイソレーターと安全キャビネットで比べられます。微生物の発酵そのものは微生物発酵の製造工程で、エンドトキシンの基本はエンドトキシンとは?で読めます。
参考文献
- Jault P, et al. Efficacy and tolerability of a cocktail of bacteriophages to treat burn wounds infected by Pseudomonas aeruginosa (PhagoBurn): a randomised, controlled, double-blind phase 1/2 trial. Lancet Infect Dis. 2019;19(1):35-45.
- Szermer-Olearnik B, Boratyński J. Removal of Endotoxins from Bacteriophage Preparations by Extraction with Organic Solvents. PLoS One. 2015;10(3):e0122672.
- Pirnay JP, et al. Quality and Safety Requirements for Sustainable Phage Therapy Products. Pharm Res. 2015.
- Pirnay JP, et al. The Magistral Phage. Viruses. 2018.(ベルギーのマジストラル調製の枠組み)
- Stability of magistral phage preparations before therapeutic application in patients with chronic rhinosinusitis, sepsis, pulmonary, and musculoskeletal infections(マジストラル調製のファージの保存安定性)
- ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく →:生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の規格及び試験方法の設定
- USP 〈85〉 Bacterial Endotoxins Test製品中のエンドトキシンを検出・定量するバクテリアエンドトキシン試験の総称。詳しく →/Ph. Eur.欧州医薬品品質局(EDQM)が発行する、医薬品の品質基準を定めた公定書で、署名国・加盟国の規制に法的効力を持つ。詳しく → 2.6.14 細菌内毒素試験
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