mRNAのdsRNAを落とす:セルロースと逆相クロマトの使い分け

N1-メチルシュードウリジン(m1Ψ)ウリジンを置き換える代表的な修飾ヌクレオシド。mRNAの免疫刺激を抑え、翻訳や安定性の向上に使われます。を使ったmRNAなら、免疫原性は抑えられている。開発の現場でよく聞く前提ですが、2019年の実験は違う結果を出しました。m1Ψを全面的に取り込んだmRNAをマウスに投与すると、精製する前はインターフェロンα(IFN-α)が誘導され、精製したあとは誘導されなくなったのです。引き金は塩基の修飾ではなく、IVT(試験管内転写)で副生する二本鎖RNA(dsRNA)IVTで副生する二本鎖のRNA。ウイルスの目印として自然免疫を刺激し、mRNAの翻訳を下げる不純物です。でした。
dsRNAは、目的のmRNAと同じ材料でできた「そっくりさん」で、ポリA尾部まで持っています。ポリAをつかむオリゴdTアフィニティ精製でも、エタノール沈殿でも、サイズで分けるSEC(サイズ排除クロマトグラフィー固定相と移動相の間での物質の相互作用(分配・吸着・イオン交換など)の差を利用して、混合物中の成分を分離・精製する操作の総称。詳しく →)でも落ちません。落とすには、二本鎖という構造そのものを手がかりにする精製が要ります。
開発の人には除去法の選び方、購買には担体の入手性、品質保証には落ちたことの確かめ方が関わります。dsRNAという不純物の基礎はmRNA IVTのdsRNAを除去する方法と検出に、IVTDNA鋳型から試験管内でRNAを合成する反応。mRNA医薬の製造に用いる。詳しく →の反応条件の側の工夫はT7 IVTの収率と品質にあります。この記事は、除去の論文と実測の数字に絞ります。
引き金は修飾ではなかった ― 2011年と2019年の実験
修飾ヌクレオチド天然の塩基・糖・リン酸部分に化学的修飾を施したヌクレオチドで、mRNA医薬の安定性や免疫原性制御に用いられる。詳しく →は、免疫の反応を弱めます。ただ、それだけでは足りないことを、2つの研究が示しました。
Karikóらの2011年の報告では、修飾ヌクレオシドを取り込んだmRNAでも、I型インターフェロン自然免疫の活性化で誘導される、抗ウイルス応答や炎症を担うサイトカインのこと。詳しく →や炎症性サイトカイン細胞が放出する免疫の情報伝達物質。細胞治療では効果と安全性のリードアウトになる。詳しく →の誘導が残っていました。原因をたどると、IVTで混ざった二本鎖RNAIVTの副生成物などで生じるRNAで、自然免疫を強く刺激するため低減と定量が求められる。詳しく →などの不純物でした。HPLCで精製すると、インターフェロンも炎症性サイトカインも出なくなり、初代細胞での翻訳量は10倍から1,000倍に増えました。修飾のないmRNAも、精製で翻訳は上がりましたが、サイトカインの分泌は高いままでした。
2019年のBaiersdörferらの報告は、冒頭の実験です。m1Ψ治療用mRNAでウリジンの代わりに全置換して使う改変ヌクレオシドで、免疫回避と翻訳量向上を担う。詳しく →を取り込んだmRNAが、精製前はマウスでIFN-αを誘導し、セルロースで精製したあとは誘導しませんでした。
修飾と精製は、役割が別です。N1-メチルシュードウリジンは、一本鎖RNAを見張るセンサーの反応を弱め、翻訳も上げます。dsRNAを見張るセンサーは別の系統で、一本鎖への修飾だけでは抑えきれません。
修飾を入れたから免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →は下がっている、という読みは、精製を通した後でなければ成り立ちません。
従来の精製で落ちない理由 ― 同じ塩基、同じポリA
dsRNAは、T7 RNAポリメラーゼDNA鋳型を読み取り、対応するRNA鎖を合成する酵素。詳しく →が転写を終えた鎖の3′末端を鋳型に使い直したり、逆向きに転写したりして、二本鎖になった産物です。素材は目的物と同じヌクレオチド核酸を構成する単量体単位で、塩基・糖・リン酸から成り、DNAやRNAの最小構成要素。詳しく →なので、塩基組成も分子量の範囲も、一本鎖のmRNAと重なります。
そこで精製が噛み合いません。オリゴdTは、ポリA尾部をつかむ方式です。自己プライミングRNA自身が鋳型のように働いて相補鎖が合成される副反応。二本鎖RNA(dsRNA)が生じる原因の一つです。詳しく →で伸びた二本鎖はポリAを含んだまま二本鎖になっているので、Thermo FisherのPOROS Oligo (dT)25のような担体でも、同じように捕まります。SEC分子を天然に近い条件でサイズにより分ける液体クロマトグラフィー。凝集体の主要な定量法。詳しく →は分子量の分布が重なっているため分けきれず、エタノールやリチウム塩の沈殿は、どちらも同じように沈みます。オリゴdTアフィニティを通したから安心、という読み方ができない理由です。
セルロースで落とす ― 16%エタノールで二本鎖だけが付く
実務でいちばん通りがよいのが、セルロースを使う方法です。
エタノールを含む緩衝液溶液のpHを一定範囲に保つために使用される弱酸と共役塩基の混合溶液。詳しく →のなかで、dsRNAだけがセルロースに結合します。報告された条件は16%のエタノールで、一本鎖のmRNAは素通りし、二本鎖が担体に残ります。性能は、dsRNAの90%以上を除き、mRNAの回収率は65%を超えました。mRNAの長さ、コードする配列、取り込んだ修飾ヌクレオチドの種類によらず出た結果で、マイクログラムからミリグラムの量まで扱えたとされています。
担体は特殊なものではなく、カラムクロマトグラフィー用の結晶セルロースです。Sigma-AldrichのSigmacellのような製品が使われ、候補はdsRNA除去用セルロース担体で比べられます。長く標準だった担体の流通が終わった経緯と、替えたときの確認はT7 IVTの収率と品質にあります。
回収率が65%を超えるということは、裏を返せば、最大でmRNAの3分の1ほどを失うということです。dsRNAを落とす代わりに原薬が減るので、ここを軽く見ると原価の見積もりが崩れます。IVTの温度、マグネシウム、NTPの比、反応液にカオトロピック剤を加える手法など、dsRNAの発生を減らす工夫が効けば、除去の負担が下がり、回収率も上がります。除去と抑制は、どちらか一方ではなく配分の問題です。
イオン対逆相クロマトで落とす ― 分解能と運用の重さ
もう一つの手立てが、逆相での分離です。RNAは強い負電荷を持つので、そのままでは逆相の担体に保持されません。そこで、トリエチルアンモニウム酢酸のようなイオン対試薬を移動相クロマトグラフィーにおいて試料を運ぶ液体(または気体)で、組成や流量が分離性能に大きく影響する。詳しく →に加えて電荷を中和し、疎水性の差で分けます。二本鎖と一本鎖では、外側に出る塩基の量も鎖の柔らかさも違うので、保持時間に差が出ます。Karikóらの精製もこの原理でした。
2025年のMolecular Therapy Nucleic Acidsの報告は、モノリス型の逆相担体(SDVB)を、mRNAとsaRNA(自己増幅型RNA)の仕上げの精製に使いました。dsRNAに加えて、対合した断片と、残っていた鋳型DNAも落ちたとされています。キャプチャ工程では落ちきらない不純物を、一段でまとめて減らせる可能性を示した報告です。細胞では導入遺伝子ベクターで細胞に運んで働かせる目的の遺伝子。詳しく →の発現が上がり、自然免疫の活性化は、早い時点で下がりました。saRNAアルファウイルスなどの複製酵素遺伝子を組み込むことで細胞内で自己増幅できるよう設計されたmRNAで、少量投与で高いタンパク質発現を目指す技術。詳しく →では、温度の制御がdsRNAの除去に効くことも示されています。
| セルロース | イオン対逆相 | |
|---|---|---|
| 手がかり | エタノール中で二本鎖だけが付く | 二本鎖と一本鎖の疎水性の差 |
| 報告された性能 | dsRNA 90%以上除去、mRNA回収65%超 | dsRNAに加え、対合した断片と残った鋳型DNAも除去 |
| 負担 | mRNAの損失(最大で3分の1ほど)、担体の入手 | 有機溶媒、イオン対試薬の除去と廃棄 |
逆相の代償は、工程の重さです。有機溶媒を使い、イオン対試薬を後段で除く必要があり、スケールを上げるほど溶媒の調達と廃棄が効きます。同じ原理はイオン対逆相HPLCによるmRNA分析で、純度の評価にも使われます。
選ぶ軸は、分解能の高さより、回収率と、溶媒や廃棄の負担です。
落ちたかを測る ― J2抗体の守備範囲
落ちたかどうかは、J2という抗体で測ります。J2は、40塩基対以上の二本鎖RNAを、配列によらず認識します。ELISA抗原と抗体の結合を酵素反応による発色などで検出し、目的の物質の有無や量を測る手法です。不純物や力価の測定に広く使われます。詳しく →のキットが複数のメーカーから出ていて(dsRNAのELISA)、抗体そのものはJena Bioscienceなどが扱っています。
見落としやすいのが、守備範囲です。短い二本鎖領域は、抗体に拾われません。工程の前後で数字が下がっても、短い二本鎖が残っていないとは言えません。規格に置くときは、何塩基対DNA二本鎖において互いに水素結合で対をなすヌクレオチドの単位で、DNA断片の長さを表す基本単位として使われる。詳しく →以上の二本鎖を見ているのかを、定義に書いておきます。
もう一点、修飾ヌクレオチドの影響があります。2026年9月に公開されたプレプリント(査読前)は、シュードウリジンウリジンの異性体にあたる天然の修飾ヌクレオシドで、m1Ψの母体となる塩基。詳しく →やm1Ψを含むdsRNAは、抗体を使うELISAでは検出しきれないと報告しました(ニュース)。感度の高いELISAでは検出が改善したものの、修飾の種類によって左右されたとされています。m1Ψを使うmRNAでは、標準品が自社の組成に近いか確かめておく価値があります。
抗体では拾えない刺激まで含めて答えを出すのが、細胞にmRNAを入れてインターフェロンの誘導を見る系です。時間はかかりますが、工程を変えたときに効いたかを判定できるのは、こちらです。
明日から確かめられること
受託先の報告書や、メーカーとの打ち合わせで使える項目です。
- dsRNAの規格は、どの測定(J2のELISA、細胞でのインターフェロン誘導)で置いているか。J2なら、認識する二本鎖の長さの下限を定義に書いているか
- ELISAの標準品は、自社の修飾ヌクレオチドの組成に近いか
- 除去工程のmRNA回収率は何%か。dsRNAが減った分だけでなく、失ったmRNAの分も原価に入れているか
- セルロースを使うなら、担体は継続して入手できるか。替えたとき、除去率と回収率を測り直す計画はあるか
- 逆相を使うなら、有機溶媒とイオン対試薬の除去と廃棄の段取りは決まっているか
- 精製後の検体で、細胞に入れたときの免疫応答まで確かめているか
担体はmRNA精製用クロマト担体でも探せます。鋳型の側でdsRNAを減らす話はプラスミド直鎖化とIVTに、転写のあとに残る鋳型DNAの話はIVT後の鋳型DNAを消す方法にあります。
参考文献
- Karikó K, Muramatsu H, Ludwig J, Weissman D. Generating the optimal mRNA for therapy: HPLC purification eliminates immune activation and improves translation of nucleoside-modified, protein-encoding mRNA, Nucleic Acids Res. 2011;39(21):e142
- Baiersdörfer M, Boros G, Muramatsu H, et al. A Facile Method for the Removal of dsRNA Contaminant from In Vitro-Transcribed mRNA, Mol Ther Nucleic Acids. 2019;15:26-35(16%エタノール、dsRNA 90%以上除去、回収率65%超、m1Ψ入りmRNAのIFN-α)
- Reverse-phase chromatography removes double-stranded RNA, fragments, and residual template to decrease immunogenicity and increase cell potency of mRNA and saRNA, Mol Ther Nucleic Acids. 2025
- Double-stranded RNA reduction by chaotropic agents during in vitro transcription of messenger RNA, Mol Ther Nucleic Acids. 2022
- bioRxiv, 修飾ヌクレオチドを含むdsRNAのELISAによる検出と除去(プレプリント、2026年9月、査読前)
- 1mRNA-LNPの製造工程とは?IVTから脂質ナノ粒子・無菌充填まで
- 2プラスミド直鎖化とIVT:切る場所がmRNAの終わりを決める
- 3N1-メチルシュードウリジン(m1Ψ)とは?mRNAで全置換する理由
- 4mRNAのキャッピングとは?付け方の違いと「効率95%」の読み方
- 5mRNAのdsRNAはなぜできるのか:副生の仕組みと困る場面、測り方
- 6T7 IVTの収率と品質は何で決まる?酵素より先に見る4点
- 7CleanCap共転写キャッピングの選び方:開始配列と供給を先に確かめる
- 8mRNAのdsRNAを落とす:セルロースと逆相クロマトの使い分けいま読んだ記事
- 9オリゴdTアフィニティでmRNAを精製:結合容量の読み方と落ちないもの
- 10IVT後の鋳型DNAを消す:DNase IとPlasmid-Safeの使い分け
- 11自己増幅型mRNA(saRNA)とは?通常のmRNAとの違いと製造の難所
- 12環状RNA医薬:長持ちの理由と、作るときに残る三つの課題
次に読む
核酸医薬/mRNA-LNPこの製造の全体像を、工程マップで見るこの記事に関連する工程
この分野の新着を、メールで受け取る
こうした製造・分析・品質の解説記事と、装置・試薬の新製品ニュースを毎週水曜の朝にお届けします。登録は無料で、いつでも解除できます。
登録によりプライバシーポリシーに同意したものとみなします。閲覧の記録(どのページから、どの会社のサイトへ移ったか)を、ご案内のために使います。
目次・関連閉じる
- 1mRNA-LNPの製造工程とは?IVTから脂質ナノ粒子・無菌充填まで
- 2プラスミド直鎖化とIVT:切る場所がmRNAの終わりを決める
- 3N1-メチルシュードウリジン(m1Ψ)とは?mRNAで全置換する理由
- 4mRNAのキャッピングとは?付け方の違いと「効率95%」の読み方
- 5mRNAのdsRNAはなぜできるのか:副生の仕組みと困る場面、測り方
- 6T7 IVTの収率と品質は何で決まる?酵素より先に見る4点
- 7CleanCap共転写キャッピングの選び方:開始配列と供給を先に確かめる
- 8mRNAのdsRNAを落とす:セルロースと逆相クロマトの使い分け
- 9オリゴdTアフィニティでmRNAを精製:結合容量の読み方と落ちないもの
- 10IVT後の鋳型DNAを消す:DNase IとPlasmid-Safeの使い分け
- 11自己増幅型mRNA(saRNA)とは?通常のmRNAとの違いと製造の難所
- 12環状RNA医薬:長持ちの理由と、作るときに残る三つの課題
Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/dsrna-removal-chromatography-application