免疫原性dsRNAを除く——mRNA精製のボトルネックとクロマト戦略
mRNA医薬の製造で、精製工程の担当者が最後まで頭を悩ませる不純物のひとつが二本鎖RNA(dsRNA=double-stranded RNAIVTで副生する二本鎖のRNA。ウイルスの目印として自然免疫を刺激し、mRNAの翻訳を下げる不純物です。)です。試験管内転写(IVT)DNA鋳型からRNAポリメラーゼで一本鎖RNAを合成する反応。細胞を使わず試験管内でmRNAを作る方法です。では、目的の一本鎖RNAに混じって、鋳型非依存の伸長や自己プライミングRNA自身が鋳型のように働いて相補鎖が合成される副反応。二本鎖RNA(dsRNA)が生じる原因の一つです。によってわずかにdsRNAが副生します。これが見過ごせないのは、体がdsRNAをウイルス感染の目印として警戒し、自然免疫を強く刺激する構造だからです。安全性の面でも、翻訳が抑えられて効力が落ちる面でも、mRNA原薬で管理したい免疫原性不純物製造工程で混入し、投与時に宿主の免疫系を意図せず活性化させて炎症や副反応を引き起こしうる不純物の総称。の代表格と言えます。

難しさの本質は、dsRNAが目的物とまったく同じヌクレオチドでできた「そっくりさん」だという点にあります。組成も分子量域も一本鎖RNAと近いため、下流でよく使う精製手段——ポリA尾部をつかむオリゴdTアフィニティー、エタノールやLiClによる沈殿、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)多孔性樹脂の孔に小分子ほど入り込む時間差を利用し、分子をサイズで分けるクロマトグラフィー。——の多くは、一本鎖RNAとdsRNAmRNA製造などで生じる二本鎖RNA(dsRNA)や鋳型DNAなど、製造工程に由来する不純物の残存量を調べる試験です。詳しく →を区別できないと報告されています。つまり「精製工程は通したのにdsRNAだけが残る」という事態が起こりうる。ここがmRNA精製に固有のボトルネックです。
このボトルネックに対して現場が採るのが、二本鎖という「構造の違い」を分離の手がかりにするクロマト戦略です。本稿では、なぜ従来の精製ではdsRNAが落ちないのか、どのクロマトグラフィーがなぜ効くのか(イオン対逆相・セルロース系)、そして修飾ヌクレオチド天然の塩基・糖・リン酸部分に化学的修飾を施したヌクレオチドで、mRNA医薬の安定性や免疫原性制御に用いられる。との関係や実務での限界までを、レビュー論文などの報告に沿って整理します。dsRNAという不純物そのものの基礎はmRNA IVTのdsRNA除去と検出で扱っているので、本稿は「クロマトで落とす」という工程設計の視点に絞ります。
なぜdsRNAは精製のボトルネックになるのか
dsRNAが問題視されるのは、これが自然免疫にとってウイルスの痕跡そのものだからです。細胞質やエンドソームには二本鎖RNAを感知するセンサー(RIG-I様受容体やTLR3など)があり、dsRNAが引き金になるとI型インターフェロン自然免疫の活性化で誘導される、抗ウイルス応答や炎症を担うサイトカインのこと。や炎症性サイトカイン細胞が放出する免疫の情報伝達物質。細胞治療では効果と安全性のリードアウトになる。の産生が立ち上がります。この応答は望まない炎症を招くだけでなく、翻訳を止める側の経路を働かせて、導入したmRNAからのタンパク質産生まで削ってしまいます。dsRNAは「安全性を脅かす」と「効力を下げる」を同時に引き起こす不純物です。
精製の観点で本当に難しいのは、dsRNAが目的の一本鎖RNAと素材を共有している点です。塩基組成が同じで、鎖長も目的物と重なる領域が多いため、分子の「量的な違い(サイズ・電荷・親和性抗体が抗原に結合する強さ。解離定数などで表し、値が小さいほど強く結合することを示す。)」だけを頼りにする分離では、目的物とdsRNAが同じ挙動をしてしまいます。dsRNAを狙って落とすには、二本鎖であるという「構造・物性の質的な違い」——疎水性分子が水と親和せず、油脂や非極性溶媒と相互作用しやすい性質で、二本鎖RNAと一本鎖RNAではその程度が異なり分離の指標となる。や特定の担体カラムに充填する多孔質ビーズ。表面のリガンドと成分の相互作用差で目的物と不純物を分離する。への吸着性の差——を分離軸に据える必要があります。ここが手法選択の出発点になります。
dsRNAは目的の一本鎖RNAと同じヌクレオチドでできた副産物です。サイズや親和性といった「量的な違い」では分けにくく、二本鎖という「構造の違い」に由来する疎水性・吸着性の差をつかむ分離設計が、除去のカギになります。
「サイズ・親和性・沈殿」では分けられない——従来精製の限界
まず押さえておきたいのは、mRNA精製で標準的に使う手段の多くが、そもそもssRNAとdsRNAを区別する原理を持っていないという事実です。レビューでは、オリゴdTmRNA末端のポリA配列を相補的なオリゴdTで捕まえて精製する担体で、mRNA医薬の製造で完全長mRNAを回収するのに使います。詳しく →アフィニティーや各種沈殿、SEC分子を天然に近い条件でサイズにより分ける液体クロマトグラフィー。凝集体の主要な定量法。はdsRNAを一本鎖RNAから分けられないと報告されています。それぞれ何を分離軸にしているかを見ると、区別できない理由がはっきりします。
| 精製手段 | 主な分離軸 | dsRNAへの効き方 |
|---|---|---|
| オリゴdTアフィニティー | ポリA尾部mRNAの3′末端に並ぶアデニンの連なりで、翻訳効率と相関するとされる。とのA-T塩基対DNA二本鎖において互いに水素結合で対をなすヌクレオチドの単位で、DNA断片の長さを表す基本単位として使われる。形成 | ポリAmRNAの3'末端に付くアデニン連続配列。分解からの保護と翻訳の支持を担う。尾部を持つdsRNAは同様に捕捉され、区別できないと報告 |
| エタノール/LiCl沈殿 | 溶解度の差 | ssRNAとdsRNAで挙動が近く、選択的に落とせない |
| サイズ排除分子の大きさの差で分けるクロマトグラフィー。(SEC) | 流体力学的サイズ | 鎖長が重なる領域では分離できないと報告 |
| イオン対逆相クロマト | 二本鎖/一本鎖の疎水性の差 | 二本鎖を区別して除去できる |
| セルロース系クロマト | 二本鎖の担体への選択的吸着 | 二本鎖を選択的に吸着・除去できる |
オリゴdTアフィニティーによるmRNA精製は、ポリA尾部を目印に目的mRNAを捕まえる強力な捕捉工程培養液から目的の抗体だけを大きく濃縮・精製する工程。抗体医薬ではプロテインAが担う。ですが、その目印はdsRNA側にも残っていることがあり、dsRNAの選別には使えません。SECも同じで、鎖長が近いdsRNAは目的物と同じ位置に溶出してしまいます。工程フロー全体はmRNA-LNP原薬の製造プロセスで俯瞰できますが、その中に「ssRNAとdsRNAの質的な違いを見る」専用のステップを一段組み込まないと、dsRNAは素通りしてしまう——これが従来精製の限界です。
クロマト戦略①:イオン対逆相クロマトグラフィー
二本鎖という構造差を最初に精製へ持ち込んだ代表格が、イオン対逆相クロマトグラフィー疎水性の差でペプチドやオリゴを分離する液体クロマトグラフィーのこと。(IP-RP)です。RNAのリン酸骨格にアルキルアミンオリゴ核酸などの分析で、逆相カラムへの保持を高めて分離を良くするため移動相に加える試薬です。詳しく →などのイオン対試薬を対合させて疎水性を持たせ、逆相担体との相互作用の強さで分離します。二本鎖RNAIVTの副生成物などで生じるRNAで、自然免疫を強く刺激するため低減と定量が求められる。と一本鎖RNAでは、露出する塩基やリン酸骨格DNAやRNAのヌクレオチドをつなぐリン酸ジエステル結合の連続構造で、生理的pHでは負電荷を帯びる。の状態が異なるため疎水性に差が生じ、保持時間がずれます。この差を使ってdsRNAを分画・除去するのがIP-RPの原理です。
Cell系ジャーナル(Molecular Therapy - Nucleic Acids)の報告では、逆相クロマトグラフィーがmRNAからdsRNAを除去できることが示されています。分離能が高く、除去と同時にdsRNAを定量的に評価できる強みがあり、実際に工程分析としても使われます。IP-RPを分析法として運用する側面はイオン対逆相HPLCによるmRNA分析で詳しく扱っており、「同じ原理で分析にも分取にも使える」点はIP-RPの利便性です。
一方で、IP-RPには実務上の制約もあります。イオン対試薬やアセトニトリルなどの有機溶媒を要し、専用の装置が要ること、分取スケールへの拡張やコスト、回収率の作り込みが論点になること——このあたりは規模が大きくなるほど重くのしかかります。除去できたかどうかの確認には、二本鎖RNAを認識するJ2抗体二本鎖RNAを検出するのに使う抗体で、dsRNA不純物の評価にドットブロット等で用いる。を使ったイムノアッセイや、キャピラリー電気泳動によるmRNA品質評価などの直交原理(物差しの向き)の異なる手法を重ねて品質を評価する考え方。単一手法の死角を減らす。する分析を併用し、クロマトの分離結果を裏づけるのが定石です。
クロマト戦略②:セルロース系クロマトグラフィー
大量製造での取り回しを意識したとき、有力な選択肢になるのがセルロースを担体に使う吸着クロマトです。エタノールを含むバッファー中では、dsRNAがセルロースに選択的に吸着する一方、目的の一本鎖RNAは素通りしやすい——この吸着性の差を利用して、フロースルー画分クロマトグラフィーにおいて担体に吸着せずそのまま通過してきた液体成分で、目的物を非吸着側に回収する精製モードで製品として集められる。として目的物を回収し、二本鎖を担体側に残します。有機溶媒(アセトニトリル)や特殊なイオン対試薬を必ずしも要さず、低コストで拡張しやすいのが実務上の魅力です。
レビューでは、dsRNAを除く戦略としてセルロース系を含むクロマトグラフィーが整理されており、二本鎖の構造差を吸着挙動に翻訳して分離するという発想はIP-RPと共通します。違いは「何を分離のメカニズムに据えるか」で、IP-RPは逆相担体上の疎水性差、セルロース法エタノール共存下でdsRNAがセルロースに吸着する性質を使う分離法。mRNAからのdsRNA除去に用います。はエタノール共存下の担体への吸着差を使います。スケール適性・溶媒・コストの折り合いをどう付けるかで、両者の使い分けが決まります。
| 観点 | イオン対逆相(IP-RP) | セルロース系 |
|---|---|---|
| 分離メカニズム | 二本鎖/一本鎖の疎水性差 | エタノール共存下の担体吸着差 |
| 溶媒・試薬 | イオン対試薬・有機溶媒を使用 | 有機溶媒(アセトニトリル)を必ずしも要さない |
| スケール適性 | 大量分取では装置・コストが論点 | 拡張しやすく低コストとされる |
| 分析との両立 | 同一原理で工程分析にも使える | 主に除去(分取)用途 |
どちらを選ぶかは、目的とする残存dsRNAの水準、製造スケール、既存の精製列(精製樹脂の選定や捕捉・研磨の設計)との組み合わせで決まります。捕捉工程でオリゴdTを使い、研磨・仕上げの位置にdsRNA除去のためのクロマトを差し込む、といった役割分担で全体を組むのが現実的です。
修飾ヌクレオチドとの関係——精製で免疫原性を下げきれるか
mRNA医薬では、ウリジンをN1-メチルシュードウリジン(m1Ψ)などの修飾ヌクレオチドに置き換える設計が広く使われています。主目的はRNA自体が引き起こす自然免疫病原体を素早く感知して働く生体防御の仕組み。dsRNAをウイルスの痕跡とみなし炎症反応を起こします。刺激を弱めることですが、修飾ヌクレオチドの使用がIVTDNA鋳型から試験管内でRNAを合成する反応。mRNA医薬の製造に用いる。時のdsRNA生成そのものを抑える方向に働くという報告もあります。では「修飾を使えば精製でdsRNAを落とす必要はなくなるのか」というと、話はそう単純ではありません。
ここで注目したいのが、精製側からのアプローチです。レビューや報告では、dsRNAを狙って除く最適化された精製が、修飾ヌクレオチドの使用と同等の免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。低減を狙える場合があると報告されています。言い換えれば、免疫原性を下げるレバーは「ヌクレオチドを修飾する」だけでなく「dsRNAを物理的に除く」側にもあり、両者は同じ目的地——低免疫原性——へ向かう別ルートだということです。ただしこれは条件に依存する報告であり、どちらか一方で常に十分と断じられるものではありません。数値での断定は避け、方向性として押さえるのが妥当です。
実務では、この二つは排他ではなく補完として設計されます。修飾ヌクレオチドでRNA自体の刺激性とdsRNA生成を抑えつつ、残ったdsRNAは精製で落とす。免疫原性低減という同じゴールに、原料設計と精製設計の両輪で近づく——これが現時点での落ち着きどころです。
免疫原性を下げる手段は、修飾ヌクレオチドへの置換だけではありません。dsRNAを狙って除く最適化精製が、修飾と同等の免疫原性低減を狙える場合があると報告されています。原料側(修飾)と工程側(クロマト除去)は競合ではなく補完で、両輪で設計するのが実務的です(効果は条件依存で、数値の一般化は避けるべきです)。
実務での使いどころ・注意点・限界
クロマトによるdsRNA除去を工程に組み込む際に、押さえておきたい前提と限界を挙げます。
- 分離軸を意識して工程列に配置する:dsRNA除去は単独の魔法ではなく、捕捉・研磨の流れの中で「構造差を見る一段」として位置づけるものです。オリゴdTなどの捕捉と直列に、疎水性差や吸着差を使うクロマトを配置してはじめて、量的な精製と質的な精製の両方が揃います。
- 回収率・スケール・溶媒のトレードオフ:IP-RPは分離能が高い反面、有機溶媒と専用装置を要し、分取スケールでは回収率とコストが論点になります。セルロース系は拡張性とコストで有利とされますが、目的とする残存水準や既存設備との相性で採否は変わります。除去率と回収率はしばしば綱引きになるため、目標仕様から逆算して条件を決めるのが要点です。
- 除去は必ず検出とセットで確認する:クロマトで「落ちたはず」を「落ちた」に変えるには、二本鎖RNAを認識するJ2抗体のイムノアッセイや、直交するクロマト・電気泳動による確認が要ります。除去工程の性能は、残存dsRNAを測る分析法とセットではじめて主張できます。
- 数値の一般化には注意:除去率・回収率・免疫原性の低減幅は、mRNAの配列・鎖長、修飾の有無、スケール、担体や条件に強く依存します。特定の報告値をそのまま自社工程の期待値として持ち込むのは危険で、自らの系での検証が前提になります。
限界を一言でまとめれば、「dsRNAは構造差を使えば落とせるが、その除去は回収率・スケール・コスト・検出の裏づけと引き換え」だということです。この交換条件を、目標とする残存dsRNA水準と製造規模に照らして設計できるかが、クロマト戦略を機能させる分かれ目になります。
参考文献
- Removing immunogenic double-stranded RNA impurities post in vitro transcription synthesis for mRNA therapeutics production: A review of chromatography strategies
- Reverse-phase chromatography removes double-stranded RNA, fragments, and residual template to decrease immunogenicity and increase cell potency of mRNA and saRNA