イオン対逆相HPLCでmRNAの純度を測る:見えるものと見えないもの

mRNAを逆相HPLC疎水性の差でペプチドやオリゴを分離する液体クロマトグラフィーのこと。詳しく →のカラムに何も工夫せず注入すると、素通りして出てきます。mRNAはリン酸の骨格のせいで分子全体がマイナスに帯電していて、水になじむ性質が強く、疎水性の違いで分ける逆相カラム疎水性の固定相を使い、分子の疎水性の差で分離するHPLC用カラムで、純度確認や含量分析など幅広い分析に使われます。詳しく →には留まれないからです。数十塩基のオリゴ核酸DNAやRNAの短い鎖を化学合成でつないだ分子で、核酸医薬原薬の多くを占める。詳しく →でも、数千塩基のmRNAでも事情は同じです。
解決策がイオン対試薬です。移動相にアルキルアミンを入れると、マイナスの電荷がプラスの電荷を持つアミンに覆われ、分子の表面が疎水的になって、カラムに保持されます。覆われる量は鎖が長いほど多いので、電荷の違いが鎖長の違いに置き換わり、長い分子ほど強く保持されます。この方法をIP-RP-HPLCイオンペア試薬を使う逆相HPLC。キャッピング効率の評価に用いる。詳しく →(イオン対逆相HPLCイオン対試薬を使い疎水性の差で分ける液体クロマト。一本鎖と二本鎖RNAの分離やdsRNA除去に使われます。詳しく →)と呼び、mRNAの純度分析の土台になっています。
ただし、この方法が得意なのは、全長とそれ以外が分かれて見えるところまでです。何でも見える方法ではありません。報告が示している範囲と示していない範囲を分けて読むと、この方法に任せる試験と、別の方法に任せる試験の線が引けます。核酸医薬の品質管理原料・資材・中間体・製品を規格に照らして試験し、使ってよいか、出荷してよいかの合否を決める仕事です。GMPでは製造部門から独立させます。詳しく →全体は核酸医薬のQCにまとめています。
全長とそれ以外 ― クロマトグラムに現れるもの
測りたいのは、全長の分子がどれだけあるかです。試験管内転写(IVT)DNA鋳型からRNAポリメラーゼで一本鎖RNAを合成する反応。細胞を使わず試験管内でmRNAを作る方法です。で作ったmRNAには、不完全な分子が混ざります。途中で転写が止まった短い鎖、鋳型の末端を越えて余計に伸びた鎖、ポリA尾部mRNAの3′末端に並ぶアデニンの連なりで、翻訳効率と相関するとされる。詳しく →の長さがばらついた分子、そして分解して切れた断片です。
見え方には差があります。転写が途中で止まった鎖は全長との差が大きいので、全長のピークから離れて現れます。一方、末端が数塩基だけ違う分子や、ポリA尾部がわずかにずれた分子は、全長のピークに重なります。裾や肩として見えるだけで、独立したピークにはなりません。Watersの応用資料には、1塩基の違いまで分けるn/n-1全長より1塩基短い欠失体で、全長との差が小さく精製でもっとも分離しにくい不純物。詳しく →分離が成り立つのは60塩基ほどまでで、それより長いオリゴ核酸やmRNAでは難しくなる、とあります(同社の別の資料には150塩基ほどまでという記述もあり、数字は資料ごとに違います)。新型コロナのワクチンに使われたmRNAは4,000塩基ほどあり、一般的な治療用でも1,000〜5,000塩基の範囲です。この長さで、1塩基単位の分離は望めません。
純度は、全長のピーク面積が全体に占める割合で表します。
この分析に最低限必要なのは、全長とそれ以外が分かれて見えることです。
移動相とカラム ― 検出器で決まる試薬、ほどいてから測る温度
イオン対試薬の選び方は、検出器で決まります。紫外吸収だけで測るなら、酢酸トリエチルアンモニウム(TEAA)が古くからの定番で、分離も再現性も安定します。ただし質量分析分子をイオンにして、質量と電荷の比で分け、分子の質量を精密に測る手法です。タンパク質の同定、修飾の位置の特定、不純物の確認などに使い、液体クロマトグラフと組み合わせることが多くあります。詳しく →につなぐと、イオン化が抑えられて感度が出ません。質量分析に回すなら、揮発しやすい試薬に替え、ヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)を組み合わせる構成が一般的です。
代償もあります。イオン対試薬は装置に残りやすく、一度使うと配管とイオン源に長く影響します。質量分析用の流路を紫外検出の系と共用すると、別の分析に持ち込まれます。だから、イオン対試薬を使う系は、装置を専用にする前提で計画するのが現実的です。移動相クロマトグラフィーにおいて試料を運ぶ液体(または気体)で、組成や流量が分離性能に大きく影響する。詳しく →を変えると保持時間も分離も変わるので、分析法を別の施設へ移すときは、試薬の銘柄まで含めて固定します。
カラムは、ポリスチレン系のポリマーを担体にしたものがよく使われます。高い温度に耐え、核酸との余計な相互作用が少ないためです。Thermo Fisher ScientificのDNAPac RPのような核酸向けのカラムが候補で、逆相HPLCカラムの製品ページで探せます。
温度も条件の一部です。RNAは一本鎖でも、自分の中で相補的に対合してヘアピンやループといった二次構造を作ります。構造が残ったまま流すと、同じ長さの分子でも保持が変わり、ピークが割れます。そこでカラムを50〜80℃ほどに温め、構造をほどいてから分けます。温度を上げると粘度が下がって拡散が速くなり、ピークが鋭くなる利点もあります。
一方で、温度と時間はRNAの分解に直結します。2001年の論文は、使った条件で分析中の分解は見られなかったと報告していますが、条件が変われば結果も変わります。同じ検体を時間をおいて繰り返し注入し、全長の割合が下がらないかを自社の条件で見ておくのが、確かめ方です。
温度は分離のための条件であり、同時に分解のリスクでもあります。
報告が示したこと ― 2001年の論文と2024年の安定性指示法
IP-RP-HPLCでRNAを分ける方法の土台は、2001年にAzaraniとHeckerが発表した論文にあります。長さが分かっているRNAの混合物(ラダー)のうち155〜1,770塩基を分離し、最大5,219塩基の転写産物を、完全性の確認、定量、精製まで行ったと報告しました。使った条件で、分析中のRNAの分解は見られなかったとも述べています。
2024年のJournal of Pharmaceutical and Biomedical Analysis誌の論文(同題のプレプリントがChemRxivにあります)は、同じ原理を修飾mRNAの安定性試験出荷時から有効期限まで品質特性が規格内にとどまることを確認する試験。詳しく →に使えるよう作り込んだ報告です。対象は約1,000塩基までのRNAで、eGFP mRNA(996塩基)を使い、カラム温度、流速、イオン対試薬を振って、100 mMのトリエチルアミン系の移動相で最もよく分かれる条件を見つけました。このmRNAを熱、加水分解、RNase(RNAを分解する酵素)で壊すと、分解物は主ピークより前に、短い断片として現れました。
壊した結果が全長から分かれて見えるので、この方法は安定性指示法(stability-indicating method原薬や製剤の分解物を本体ピークと明確に分離して定量でき、製品の安定性評価に使用できることが実証された分析法。)として使えます。安定性試験に使う分析法の合格点は、まさにここにあります。強制的に壊した試料で分解物が全長から分かれることは、強制分解試験で確かめる項目です。
壊したものが全長から分かれて見えて初めて、その方法は安定性試験に使えます。
示していないこと ― 長さ、会合体、キャップとポリA
この2つの報告は、IP-RP-HPLCがmRNAの純度分析の土台になることを裏づけます。しかし、読み手の仕事に直結する次の3点は、報告の範囲外です。
1つめは長さです。2024年の方法で実証されたのは約1,000塩基までです。4,000塩基級のワクチン用mRNAで同じ分離が出るかは、この報告からは言えません。2001年の論文は5,219塩基まで分析していますが、長い転写産物を分析できたことと、全長に近い長さの断片まで分けられたことは別の話です。長さによる完全性の評価は、キャピラリー電気泳動細い管(キャピラリー)に電圧をかけ、分子の電荷やサイズの違いによる移動速度の差で成分を分離する分析法です。詳しく →(CGE)が受け持つのが一般的で、IP-RP-HPLCは純度の評価に使う、という分担がよく見られます。別の原理で同じ完全性を見る方法はキャピラリー電気泳動による完全性評価にあります。
2つめは会合体です。イオン対試薬と有機溶媒と高温の組み合わせは、強い変性条件です。分子どうしの会合は、流している間にほどけやすく、二量体や多量体も単量体と同じ位置に現れることがあります。会合体を見るには、非変性の移動相でサイズ排除クロマトグラフィー固定相と移動相の間での物質の相互作用(分配・吸着・イオン交換など)の差を利用して、混合物中の成分を分離・精製する操作の総称。詳しく →を回すなど、別の条件が要ります。
3つめは修飾です。キャップの有無やポリAmRNAの3'末端に付くアデニン連続配列。分解からの保護と翻訳の支持を担う。詳しく →尾部の長さは、鎖長のわずかな違いとしてしか現れません。キャップ形成の評価やポリA尾部の分析は、酵素で切ってから測る専用の方法で行います。
一本の分析法で全部を見ようとすると、どれも中途半端に終わります。
明日から確かめられること
起こりがちな失敗は3つです。約1,000塩基で作った方法を、確かめずに4,000塩基のmRNAへ持ち込むこと。強制的に壊した試料で、分解物が全長から分かれるかを見ないまま、安定性試験に使うこと。質量分析用の流路を、紫外検出の系と共用してしまうことです。
IP-RP-HPLCによるmRNAの純度試験の成績書や、受託先の報告書を開いて、次の点を見てみてください。
- この試験で答えるのは何か。全長の割合なのか、会合体、キャップ、ポリAも含むのか。含まないものに、別の方法を割り当てているか(CQAに対する分析法の選び方)
- 報告書で示された分離の実績が、自社のmRNAの長さと合っているか
- 熱、加水分解、RNaseなどで壊した試料で、分解物が全長から分かれることを示しているか
- 同じ検体を繰り返し注入して、全長の割合が下がらないことを確かめているか
- カラム温度と、イオン対試薬の銘柄が固定されているか。分析法を移すとき、ここを振る検討があるか
- 質量分析につなぐなら、装置を専用にする計画があるか
参考文献
- Azarani A, Hecker KH. RNA analysis by ion-pair reversed-phase high performance liquid chromatography. Nucleic Acids Res. 2001;29(2):e7(155〜1,770塩基のラダーの分離、最大5,219塩基の転写産物の分析、分析中の分解が見られなかったこと)
- Stability indicating ion-pair RP-LC method for modified mRNA. J Pharm Biomed Anal. 2024(約1,000塩基までの修飾mRNA、eGFP mRNAを熱・加水分解・RNaseで壊した試験。ChemRxivのプレプリントも参照)
- Waters, Ion-pair reversed-phase liquid chromatography method for analysis of mRNA poly-A tail heterogeneity(Application Note、2023)(n/n-1分離が成り立つ長さの目安として約60塩基と記述。同社の別資料では約150塩基。メーカーの応用資料)
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