凍結乾燥か液剤か?剤形選択で先に確かめる3つのこと
市販の抗体医薬のうち、凍結乾燥製剤から水分を抜いて乾燥させ、長期安定性を高めた剤形。使用時に溶かして戻す。詳しく →品は約4分の1にすぎません。残りの4分の3は、溶かす手間のいらない液剤です。2021年にJournal of Pharmaceutical Sciences誌に載った総説が、1986年から2021年2月までに承認された抗体医薬136製品の処方を調べた結果です。それでも凍結乾燥を選ぶ製品は、なくなりません。なぜでしょうか。

液剤は水の中に置いたまま保存する剤形なので、水の中で壊れる分子は有効期間医薬品が規定の品質を保てると保証される期間。安定性データの経時変化から設定する。詳しく →まで持たないからです。凍結乾燥は水を抜いて壊れる道筋を止められますが、そのぶん開発と製造、そして病院での調製の手間が増えます。どちらが正解かは、分子の壊れやすさ、運びたい温度、打つデバイスの3つで傾きが決まります。
剤形が変わると、工場の設備枠、受託先の選び方、物流の費用まで変わります。製剤製剤。原薬を処方・充填して、最終的な投与形態に仕上げた製品。詳しく →を設計する人だけでなく、購買や営業、品質保証の人にとっても、開発の早い段階で効いてくる判断です。
液剤が多数派の理由 ― 速さと打ちやすさ
液剤は、薬を緩衝液(バッファー)に溶かしたまま、バイアルやシリンジに詰めて出す剤形です。溶かす工程が要らないので開発が軽く、製造も充填で終わります。プレフィルドシリンジあらかじめ薬液を充填した注射器そのものを製品にする容器形式。自己注射やオートインジェクターに用いる。(薬液があらかじめ入った注射器)やオートインジェクターボタン操作などで自動的に薬液を注入する自己注射デバイス。容量や押し力に制約がある。詳しく →(自動注射器)に載せられるのも、基本的には液剤です。
使い手の手間が変わった例が、喘息などに使う抗体のXolair(オマリズマブ)です。この製品は、凍結乾燥の粉末を注射用水で溶かして使うバイアルで出ていました。2018年9月に米FDAが液剤のプレフィルドシリンジも承認し、これを使えば、医療者が注射用水を用意して溶かす手間が要りません。
弱点は、薬の中にずっと水があることです。水があると、加水分解、脱アミド化アスパラギンなどが変化して電荷が変わる化学的分解。特定の隣接配列で起きやすい。詳しく →(アミノ酸の一部が別の形に変わる反応)、酸化、凝集といった変化が、保存中も進みます。凝集は免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →(望まない免疫反応)のリスクにつながるので、規制の面でも重く見られます。分子がこうした変化に弱いと、必要な有効期間(2年前後が一般的)を冷蔵の2〜8℃で満たせず、そこで行き詰まります。
水の中で期限まで持ち、冷蔵の流通で足りる分子なら、凍結乾燥の手間を払う理由は薄くなります。
凍結乾燥の価値と代償 ― 水を抜いた安定性と、増える手間
凍結乾燥は、薬液を凍らせてから、減圧した庫内で氷を昇華させて水を抜き、乾いた塊(ケーク)に仕上げる工程です。水がほぼなくなると、液剤で進んでいた変化の多くが止まります。だから液剤では期限まで持たない分子を製品にでき、冷蔵より高い温度での保存も狙えます。
高い温度での保存を実現した例が、冷蔵が要らないジフテリア・破傷風ワクチンのSPVX02です。既承認のTdワクチンを再処方して凍結乾燥にした製剤で、30℃で24か月、力価を保つと報じられました(ニュース)。冷蔵庫を維持しにくい地域まで届けられるかどうかが、剤形で変わる場面です。
代償は、開発、製造、現場の3か所に出ます。
開発では、凍結と乾燥のストレスから分子を守る保護剤の処方と、崩壊温度(これを超えるとケークが崩れる温度)を踏まえたサイクルの開発が要ります。市販の抗体の総説では、凍結乾燥品に使われていた保護剤はトレハロース非還元糖の一種で、凍結乾燥品の安定化に使われる。ガラス転移温度が比較的高いとされる。詳しく →とスクロースでした。製造では、1バッチの工程が数十時間に及ぶことがあり、そのあいだ高価な凍結乾燥機試料を凍らせてから減圧し、氷を昇華させて水分を除く乾燥装置です。熱に弱い医薬品を安定な状態で保存できます。詳しく →を占有します。現場では、用時に溶かす手間がかかり、溶かすときの取り違えや異物の混入というリスクも加わります。
凍結乾燥は、安定性を買う代わりに、開発の時間と設備の枠を払う選択です。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる「凍結乾燥にすれば安定」の落とし穴 ― 工程そのものがかけるストレス
不安定な分子は凍結乾燥にすれば安心、という考えは、半分だけ本当です。
乾燥したあとの保存は安定します。ところが凍結と乾燥の工程そのものが、分子にストレスをかけます。凍るときは水が先に氷になって残りの液が濃縮され、タンパク質が氷の表面に触れます。乾くときは、分子のまわりの水が奪われて立体構造が崩れやすくなります。どちらも凝集や変性のきっかけです。だから保護剤が要りますし、それでも、溶かし直したときに微粒子が出ないか、溶けきるまでの時間が規格内か、ケークの見た目が揃っているかといった、液剤にはない品質項目が増えます。
逆向きの思い込みもあります。液剤のほうが安いから、常に得だという考えです。不安定な分子を液剤で押し切ると、安定性試験で不適となって開発が止まったり、有効期間が短すぎて廃棄とコールドチェーン製品を凍結・低温のまま保管・輸送する仕組み。細胞治療では生細胞率の維持に直結する。詳しく →の費用が膨らんだりします。どちらの剤形も、選び方を誤るとかえって高くつきます。
傾きを決める3つの問い ― 分子・流通・デバイス
判断は、次の3つの問いに答えると見えてきます。表には濃度と開発の時期も加えました。表は出発点で、最終判断は自社の分子のデータで決めます。
| 問い | 液剤に傾く | 凍結乾燥に傾く |
|---|---|---|
| 分子は水の中で期限まで持つか | 持つ(多くの抗体) | 脱アミド化、凝集、加水分解が速い |
| どの温度で運び、保管するか | 冷蔵の流通で足りる | 室温や広い温度帯で運びたい |
| 誰がどのデバイスで打つか | 自己注射のシリンジやオートインジェクター | 医療者がバイアルから調製して打つ |
| 濃度は | 中から高濃度でも粘度液体の流れにくさを表す物理的性質で、タンパク質濃度の上昇に伴い非線形に増大する。詳しく →が許容範囲 | 高濃度で液のままでは不安定 |
| いつ市場に出したいか | 早く第1相に入りたい | 後期に長期安定性を確定したい |
1つ目の問いは、分子がどう壊れるかを先に知ることから始まります。加速条件や苛酷条件の安定性試験出荷時から有効期限まで品質特性が規格内にとどまることを確認する試験。詳しく →で、加水分解、凝集、脱アミド化、酸化のどれが効くのかを調べます。試験の組み方はバイオ医薬品の安定性試験(ICH Q5C)で解説しています。多くの抗体は水の中で比較的安定なので、まず液剤を軸に検討し、安定性、流通温度、濃度のどれかが成り立たないと分かった時点で凍結乾燥に振る進め方が現実的です。
2つ目の問いは、物流の現実から決まります。超低温の保管が要るmRNA-LNP試験管内転写(IVT)でmRNAを作り、脂質ナノ粒子(LNP)に封入して製剤化する一連の工程です。詳しく →のような製剤では、凍結乾燥でコールドチェーンの負担をどこまで下げられるかが焦点です。凍結乾燥でmRNA-LNPを常温保存に近づけるで扱っています。
3つ目の問いが、いちばん早く剤形を縛ります。自己注射をうたう製品は、液剤のシリンジやオートインジェクターが主流です。凍結乾燥品を自己注射にするには、粉と溶解液を別の室に入れる二室式の容器のような特別な構成が要り、選べる範囲が狭まります。高濃度が必要なときは、液剤なら粘度、凍結乾燥なら溶かし直す時間が課題です。液剤の粘度は高濃度抗体製剤の粘度を下げるには?で解説しています。
デバイスの要件は、製品に求める条件をまとめた設計書(ターゲット製品プロファイル目指す製品の要件をまとめた設計図。ベクター種・用量・投与経路・必要数量などを定め、開発判断の前提になる。詳しく →、TPP)を決める時点で、剤形と一緒に詰めておきます。
剤形でつまずく場面 ― 後期の変更、設備の枠、一般論の試算
剤形の判断でつまずく場面は、だいたい決まっています。
1つめは、後期になって剤形を替えることです。第1相までは液剤で進め、第3相で長期の安定性データが出てから、有効期間が足りないと分かる。凍結乾燥に移すには、変更の前後で同等であることを示さなければなりません。臨床に使ったロットと剤形が違うほど、説明は重くなります。剤形変更は、後になるほど費用がかさみます。そこで、製品に求める条件と初期の安定性データから、どちらに寄せるかを早めに仮決めし、後期のデータで確定する進め方をとります。
2つめは、凍結乾燥機の枠を後から探すことです。商用の凍結乾燥機は顧客の仕様に合わせて組む大型装置で、受託先でも枠が埋まりやすい設備です。装置メーカーの組立と試験の能力も、立ち上げの時期を左右します。IMA Lifeが米国で新工場を開き、床面積を倍にしたのも、この能力に関わる動きでした(ニュース)。
3つめは、一般論の数字で試算することです。凍結乾燥は数十時間かかる、といった水準は目安にすぎません。処方、充填処方済みの溶液をバイアルやシリンジなどの容器へ無菌的に充填し、封止する製造工程。詳しく →量、崩壊温度、装置によって、サイクルの時間は大きく変わります。自社の分子で崩壊温度や共晶点を測り、サイクルを設計したうえで、その時間と装置の占有からコストを積み上げます。
4つめは、凍結乾燥を選んだあとの移管です。研究室で通った条件が、製造の装置では崩れることがあります。凍結乾燥のスケールアップと技術移管で、何を測り直すかを解説しています。
決める前に確かめること
受託先やデバイスメーカーと話すときの質問にも使えます。
- 加速条件や苛酷条件の安定性試験で、この分子が何で壊れるかを特定したか
- 目標の保存温度(冷蔵で足りるか、室温流通が要るか)、投与デバイス、濃度が決まっているか
- 凍結乾燥を検討するなら、崩壊温度や共晶点を測ったか。保護剤の処方が要るか
- 液剤なら、目標の濃度での粘度と、注射にかかる力を測ったか
- 凍結乾燥なら、ケークの外観、溶かすまでの時間、溶かしたあとの微粒子、残留水分凍結乾燥した注射剤などが適切な状態かを確かめる試験で、残った水分量や、使う前に溶かし直したときの溶けやすさ(再溶解性)などを調べます。詳しく →を品質項目に入れたか
- 凍結乾燥機の枠(自社か受託先か)と、液剤なら充填ラインの枠を、必要な時期に確保できるか
- コストを、一般値ではなく自社の分子、充填量、サイクルで積み上げたか
候補の処方を絞る段階は処方スクリーニング、添加剤は添加剤・安定化剤、確定の段階は安定性試験で探せます。設備は凍結乾燥機とバイアル充填機のページで比べられます。
剤形の次に気になるのは、液の中身の設計でしょう。緩衝液溶液のpHを一定範囲に保つために使用される弱酸と共役塩基の混合溶液。詳しく →は製剤のpH・緩衝液の選び方、全体の組み立ては抗体医薬の製剤設計とは?が答えます。
参考文献
- Strickley RG, Lambert WJ. A Review of Formulations of Commercially Available Antibodies. J Pharm Sci. 2021;110(7):2590-2608.(市販抗体136製品の剤形の内訳、凍結乾燥品に使われる保護剤)
- Roche, Investor Update 2018年10月1日(FDAによるXolairのプレフィルドシリンジの承認、2018年9月)
- Manufacturing Chemist, Fridge-free tetanus-diphtheria vaccine passes first human trial(凍結乾燥にした冷蔵不要のTdワクチン)
- ICH Q5Cバイオテクノロジー応用医薬品の安定性試験の考え方を示す国際調和ガイドライン。詳しく →, Stability Testing of Biotechnological/Biological Products(1995年 Step 4)
- ICH Q1A(R2)新原薬・新製剤の安定性試験全体の枠組みを示す親ガイドライン。ストレス試験も求める。詳しく →, Stability Testing of New Drug Substances and Products(2003年 Step 4)
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