逆相HPLCの移動相に加える酸とは? TFA とギ酸を、検出器で選び分ける理由

同じ試料を測っても、移動相に0.1%だけ加える酸の種類しだいで、質量分析分子をイオンにして、質量と電荷の比で分け、分子の質量を精密に測る手法です。タンパク質の同定、修飾の位置の特定、不純物の確認などに使い、液体クロマトグラフと組み合わせることが多くあります。詳しく →の信号が1桁近く変わることがあります。手順書作業の手順を定めた文書。品質システムの要素を具体化し、査察でも運用が確認される。詳しく →では一行で済む条件が、なぜそこまで結果を左右するのでしょうか。
逆相HPLCでペプチドやタンパク質を測るとき、移動相クロマトグラフィーにおいて試料を運ぶ液体(または気体)で、組成や流量が分離性能に大きく影響する。詳しく →の水とアセトニトリルには、たいてい0.1%ほどの酸を加えます。定番はTFA(トリフルオロ酢酸)とギ酸の2つです。TFAはピーク形状をシャープにする効果が強い反面、ペプチドの電荷を打ち消すので、質量分析(MS)では信号が落ちます。そのため、UV検出で純度を見るならTFA、MSにつなぐならギ酸、というのが基本の選び分けです。
ここを取り違えると、ピーク形状が崩れたり、MSの感度が大きく落ちたりします。試験法を引き継ぐ人にも、外部に分析を依頼する人にも関わる一行です。
- なぜ酸を加えるのか:シラノールの負電荷を抑えて、テーリングを減らすため。
- TFA の長所と短所:イオンペアで分離とピーク形状は良くなるが、ESI ではイオン化を抑え、MS の感度が落ちる。
- 何で選ぶのか:検出器でほぼ決まる。UV なら TFA、MS ならギ酸が基本で、中間に DFA がある。決めたあとで替えるのは試験法の変更。
- TFA はどこに残るのか:LC-MS の流路やイオン源、カラム、そして精製したペプチドの TFA 塩。
1. 移動相に酸を加えると、なぜピークのテーリングが減るのか?
移動相を酸性にすると、充填剤表面に残ったシラノール基が負に帯電しにくくなり、ペプチドの正電荷との相互作用が減るからです。
逆相カラム疎水性の固定相を使い、分子の疎水性の差で分離するHPLC用カラムで、純度確認や含量分析など幅広い分析に使われます。詳しく →の充填剤の多くは、シリカの微粒子の表面に、疎水性のアルキル鎖を結合させたものです。ところが、表面のすべてに鎖を結合させきることはできません。結合し残した場所にはシラノール基(Si-OH)が残り、中性付近の液中では負に帯電します。
ペプチドやタンパク質の多くは、正に帯電した部分を持っています。この部分がシラノールと相互作用すると、一部の分子だけ溶出が遅れます。その結果、ピークの後ろ側が尾を引く。これがテーリングクロマトのピークが後ろに尾を引く歪み。非対称性係数が1より大きくなり、床のチャネリングなどが疑われる。詳しく →です。
テーリングは見た目だけの問題ではありません。
- 不純物の見落とし:テーリングの部分に、小さな不純物のピークが隠れる。
- 純度の値の変動:どこまでを面積に含めるかで、純度の値が動く。
システム適合性試験でピークの対称性を確かめるのは、このためです。
酸の種類によって、pH の下がり方が違います。
| 移動相 | pH の目安 | シラノールの抑え方 |
|---|---|---|
| 0.1%のTFA | およそ2 | 強い |
| 0.1%のギ酸 | およそ2.7 | TFAより弱め。負に帯電したまま残るシラノールが多く、液中のイオンも少ない |
ただ、二つの酸を分けるもっと大きな違いは、pHを下げる以外の作用にあります。
2. 重要:TFA(イオンペア試薬)はなぜ分離を良くし、同時にMSの感度を落とすのか?
TFA の陰イオンがペプチドの正電荷とイオンペアを組んで電荷を打ち消すからです。保持とピーク形状は良くなる一方、ESI ではイオン化が抑えられます。
TFAはギ酸よりずっと強い酸で、液中でほぼすべて電離し、陰イオンのトリフルオロ酢酸イオンを生じます。これがペプチドの正電荷の部分とペアを組み、電荷を打ち消します。電荷が消えたペプチドは疎水性が増し、カラムにしっかり保持されます。この TFA のように、相手の電荷を打ち消して保持を変える添加剤がイオンペア試薬オリゴ核酸などの分析で、逆相カラムへの保持を高めて分離を良くするため移動相に加える試薬です。詳しく →です。
同じイオンペアが、検出器によって長所にも短所にもなります。
- UV 検出(長所):ピークはシャープになり、よく似た分子どうしの分離も良くなる。合成ペプチド複数のアミノ酸がペプチド結合でつながった中分子化合物で、タンパク質より鎖が短いものを指す。詳しく →の純度試験で、0.1%のTFAを使った条件が長く定番だったのはこのため。ペプチドの固相合成の工程管理でも、よく見かける組み合わせ。
- MS 検出(短所):TFAとペアを組んだペプチドは電荷が打ち消されたままなので、イオンとして気相に出にくくなる。
LCとMSをつなぐときによく使うエレクトロスプレーイオン化(ESI)は、液を微細な液滴にして、溶媒が蒸発する途中で分子をイオンとして気相に放出させる方式です。MSが検出できるのは、電荷を帯びた分子だけです。
この現象はイオンサプレッション(イオン化の抑制)と呼ばれます。同じ試料でも、ギ酸の条件に比べて信号が1桁近く落ちることもあります。ギ酸もpHは下げますが、ペアを組む力が弱いので、イオン化をあまり妨げません。代わりに、ピークはTFAよりブロードになりやすく、保持も弱くなります。
3. TFAとギ酸は、何を基準に選び分けるのか?
検出器で選びます。UV検出だけで純度や含量を見るならTFA、MSにつなぐならギ酸が基本です。
| 酸 | 分離・ピーク形状 | MS の感度 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| TFA | 良い | 低い | UV検出だけで純度や含量を見る試験 |
| ジフルオロ酢酸(DFA) | TFAに近いとされる | TFAより高いとされる。ギ酸には届かないが、差は縮まる | 抗体薬物複合体(ADC)抗体に細胞傷害性の薬物(ペイロード)を結合させた医薬。標的へ薬物を運んで作用させる。やペプチドマッピングのように、UVとMSの両方で見たい分析 |
| ギ酸 | TFAよりブロードになりやすく、保持も弱い | 高い | MSにつないで分子量を確かめる、微量の不純物を同定する |
DFAはTFAのフッ素を1つ減らした酸で、MS用に精製した製品も出ています。どこまで両立できるかは分子と条件しだいなので、自分の試料で確かめてから採用します。
迷ったときは、その分析で最後に何を言いたいのかに戻ります。
- 純度を面積百分率で示す:ピーク形状が大事。
- 未知のピークを同定する:イオン化が大事。
現場でよく起きるのは、TFAで組んだUVの試験法を、そのままMSにつないで不純物を調べようとする場面です。信号が弱くて、ほとんど見えない。そこで酸をギ酸に替えると、今度は溶出順が変わります。保持の強さが分子ごとに違う幅で変わるため、隣り合うピークの間隔が開いたり詰まったり、順番が入れ替わったりすることもあります。UVのクロマトグラムで「3番目の不純物」と呼んでいたピークがMSのデータのどれに当たるのか、改めて対応づける作業が要ります。不純物をLC-MS液体クロマトグラフで成分を分離したうえで質量分析計にかけ、分子量を測って物質の同定や定量を行う手法です。詳しく →で同定する進め方は、ペプチド医薬の類縁物質プロファイリングで扱っています。
酸を替えるのは、微調整か、試験法の変更か?
承認済みやバリデーション済みの試験法でTFAをギ酸に替えるのは、微調整ではなく試験法の変更です。
- USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく →〈621〉:流速やカラムの寸法などを、決められた幅で調整することを認めている。酸の種類を替えることは、その幅に入らない。
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → のガイドライン:分析法のバリデーションを Q2(R2) が、開発から変更までの管理を Q14 が扱っている。
自社で承認・バリデーションした試験法でも同じで、変更管理工程・設備・手順などの変更を評価・承認し、品質への影響とともに記録する仕組み。詳しく →を通して、分離や定量値が同等かを確かめ直します。部門や会社をまたいで試験法を移管するときの注意は、分析法の移管とバリデーションで解説しています。
酸のグレードと、核酸の分析はどう考えるのか?
酸と溶媒は LC-MS 用のグレードを選ぶのが基本です。核酸では、酸ではなくアミン類をイオンペア試薬に使います。
調製のばらつきを減らしたいなら、あらかじめ酸を混合した移動相を購入する手もあります。Avantor は0.1%のギ酸またはTFAを加えたLC-MS用アセトニトリルを、Thermo Fisher Scientific は0.1%ギ酸入りのLC-MS用の水を出しています。金属などの不純物が多い酸や溶媒は、ナトリウム付加体のような余計なピークや、MSのノイズを生みます。
核酸の分析では、向きが逆です。核酸は負に帯電しているので、正電荷を持つアミン類をイオンペア試薬として加えます。考え方はmRNAのイオンペア逆相HPLCで扱っています。
酸は検出器でほぼ決まり、決めたあとで替えるときは試験法の変更として扱います。
4. 注意:TFAは、装置と製品のどこに残るのか?
LC-MS の配管・カラム・イオン源の表面と、精製したペプチドの「TFA塩」として残ります。
| 残る場所 | 何が起きるか | 運用の例 |
|---|---|---|
| 配管、カラム、MSのイオン源 | 表面に吸着し、なかなか抜けない。TFAを使ったあとに同じ装置でギ酸の分析を始めると、残ったTFAが少しずつ溶出し、感度が戻らないことがある | LC-MSの装置や流路をTFAを使わない用途に分けておく。TFAを通したカラムにはラベルを付けてMSに回さない |
| 製品(ペプチド) | TFAを使った分取HPLC高速液体クロマトグラフィーを大流量・大カラムスケールで運用し、目的ペプチドを不純物から分離・回収する精製技術。詳しく →で精製したペプチドは、TFAが正電荷の部分と塩を作った「TFA塩」として得られる | 医薬品の原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →では、酢酸塩などに置き換えることが多い |
装置に残ったTFAは、原因が見えにくいので、装置の故障やカラムの劣化と取り違えられがちです。上のような運用をとる研究室も多くあります。
研究用に購入するペプチド試薬は、TFA塩のまま届くことがよくあります。1999年には、精製したタンパク質に混入するTFAが、培養した骨芽細胞や軟骨細胞の増殖を抑えたという報告が出ました。細胞を使う試験では、ペプチドが何の塩かで結果が変わる可能性があります。
カラムへの負担と、酸で直らないテーリングは?
シリカ系カラムは強酸性・高温で劣化しやすく、金属表面への吸着によるテーリングは酸を替えても解決しにくい原因です。
シリカのカラムは、強い酸性の液に長くさらされると、表面に結合させたアルキル鎖が少しずつ外れていきます。0.1%のTFAは多くのシリカ系カラムが使えるpHの下限に近く、タンパク質の分析でよく使う高めの温度と重なると、保持時間が徐々にずれていきます。使えるpHと温度の範囲は、カラムの説明書に書かれています。
テーリングが、いつも酸で直るとは限りません。リン酸基を持つ分子や核酸のような酸性の分子は、装置やカラムの金属表面に吸着してテーリングすることがあります。2026年7月には Agilent が、金属との相互作用を抑える「Ultra Inert」のSECカラムとポリマー逆相のPLRP-Sカラムを追加しました。PLRP-Sのようなポリマー製の逆相カラムには、そもそもシラノールがありません。
TFAは移動相の成分であると同時に、装置にも製品にも残る物質として扱う必要があります。
5. 手元の手順書と装置では、まず何を見ればよいのか?
まず、酸を選んだ理由が手順書に書いてあるかを見ます。
移動相の酸は手順書の一行に収まっているぶん、選んだ理由が忘れられやすい条件です。次の点は、手元の手順書や装置の記録を開けば確かめられます。
- 酸を選んだ理由:手順書に、酸の種類と濃度だけでなく、なぜその酸を選んだのかが書いてあるか
- A液とB液の酸:A液(水側)とB液(有機溶媒側)の両方に同じ酸が入っているか。短い波長のUVでTFAを使うなら、グラジエント中のベースラインの傾きが許容できる範囲か
- LC-MSの使用履歴:そのLC-MSでTFAを流した履歴がないか、カラムに使用履歴のラベルが付いているか
- グレードと開封日:酸と溶媒がLC-MS用のグレードか、瓶に開封日が書かれているか
- カラムの使用範囲:今の条件が、カラムの使えるpHと温度の範囲に収まっているか
- ペプチド試薬の塩:細胞試験に使うペプチド試薬が、TFA塩か酢酸塩か
- 変更管理:試験法の酸を替える話が出たとき、変更管理の対象として品質保証に相談したか
カラムや装置、分析の委託先を選ぶ場面でも、見るところは同じです。逆相HPLCカラムを選び直すときは、使えるpHと温度の範囲に、0.1%のTFAと分析温度が余裕をもって収まるかを説明書で比べます。LC-MSを新しく入れたり共用したりするなら、その装置にTFAを流すかどうかを最初に決めておくと、感度が戻らないトラブルを避けやすくなります。分析を外部に頼むときは、報告書の分析条件に、酸の種類と濃度、検出器がUVかMSかが書かれているかを見ます。酸が違えば、溶出順も変わります。社内のデータと見比べるときに欠かせない情報です。
新しい試験法を組むときは、いずれMSにつなぐ可能性があるかを最初に確かめておくと、あとで酸を替えて試験法を作り直す手戻りを避けられます。
参考文献
- Apffel A, et al. Enhanced sensitivity for peptide mapping with electrospray liquid chromatography-mass spectrometry in the presence of signal suppression due to trifluoroacetic acid-containing mobile phases. J Chromatogr A. 1995;712(1):177-190.
- Nguyen JM, et al. High sensitivity LC-MS profiling of antibody-drug conjugates with difluoroacetic acid ion pairing. mAbs. 2019;11(8):1358-1366.
- Cornish J, et al. Trifluoroacetate, a contaminant in purified proteins, inhibits proliferation of osteoblasts and chondrocytes. Am J Physiol. 1999;277(5 Pt 1):E779-E783.
- USP General Chapter 〈621〉 Chromatography(調和版、2022年12月1日公式。本文は有償の USP–NF に収載)
- ICH, Q2(R2) Validation of Analytical Procedures(2023年11月 Step 4)
- ICH Q14分析法の開発を扱うガイドライン。方法のライフサイクル全体と、科学・リスクに基づく変更管理を扱う。詳しく → Analytical Procedure Development(2023年11月 Step 4)
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