抗体医薬基礎知識・分析

抗体試薬のバリデーションとは?カタログ画像を信じる前に

カタログに検証画像が載っている抗体を買ったのに、実験が再現しない。原因は、その抗体自身にあるかもしれません。

2023年に報告された大規模な検証では、神経科学で使われる65種類のタンパク質を狙う市販の抗体614本を、目的のタンパク質を持つ細胞と、遺伝子を壊して持たなくした細胞(ノックアウト遺伝子を機能破壊する編集。切断後のNHEJで生じるインデルが読み枠をずらして機能を失わせる。詳しく →細胞)で比べました。半数を超える抗体が、試した用途(ウェスタンブロット、免疫沈降、免疫蛍光)のどれか1つ以上で失敗しています。

CRISPR/Cas9ゲノム編集#抗体試薬#バリデーション#特異性#ロット間差
抗体試薬のバリデーションとは?カタログ画像を信じる前に

抗体試薬のバリデーション試験法が目的に合う性能を持つことを立証する妥当性確認。正確さ・精度などを評価する。詳しく →は、その抗体が目的の分子を、目的の用途で、期待どおりに認識することを確かめる作業です。研究室の話だけではありません。HCPのELISA抗原と抗体の結合を酵素反応による発色などで検出し、目的の物質の有無や量を測る手法です。不純物や力価の測定に広く使われます。詳しく →も、抗薬物抗体投与した抗体医薬を異物とみなして患者の免疫系が作る抗体。薬の効果低下や安全性の問題を招く。詳しく →の検出も、細胞を使う試験も、抗体試薬の性能が測定の上限を決めます。試薬を選ぶ研究者にも、受託先の報告書を読む品質保証の担当者にも、試薬を提案する営業にも、カタログの画像の先で何を確かめるべきかを知っていることが、判断の土台です。

カタログの画像が示すもの、示さないもの

カタログに載るウェスタンブロットや免疫染色抗体を用いて、組織のどこに目的のタンパク質があるかを色素で染め出して調べる手法。詳しく →の画像は、供給者による性能の主張です。

抗体を選ぶとき、多くの人はこの画像を見ます。想定した分子量の位置にバンドが出ているか、余計なバンドが少ないか、適用できる用途はどれか。買う側はこれを根拠に選び、自分で特異性分析法において、共存する不純物・分解物・添加剤などが存在しても目的成分だけを正確に測定できる能力。詳しく →を確かめ直すことはあまりありません。けれども、その画像がどう撮られたかは示されないことが大半です。使った細胞株、対照の有無、露光条件は、画像だけでは分かりません。同じ画像でも、目的のタンパク質を持たない細胞が対照に置かれているかどうかで、意味が変わります。

冒頭の614本の検証は、供給者の主張と第三者の検証のずれを数字にしました。半数を超える抗体が失敗した一方で、65種類のタンパク質のうち約3分の2には、少なくとも1本の高性能な抗体が見つかっています。この結果を受けて、性能が不十分だった抗体の半数以上を供給者が再評価し、推奨する使い方を改めたり、販売をやめたりした例が多くありました。

カタログの画像は、買う前の手がかりです。特異性の証拠かどうかは、陰性対照があるかどうかで決まります。

特異性を示す方法 ― 陰性対照、独立抗体、直交法

抗体の特異性(目的の分子だけを認識すること)を示す方法は、基本の3つです。

1つ目は、陰性対照を作ることです。目的のタンパク質を作らない系(ノックアウト細胞、ノックダウン核酸医薬などで標的遺伝子の発現を下げること。細胞での薬効指標になる。詳しく →、発現しない細胞株)で、シグナルが消えることを示します。いちばん強い証拠です。2つ目は、独立した抗体で確かめることです。別の場所(エピトープ抗原の表面で抗体が実際に結合する一角のこと。抗原決定基とも呼ばれ、抗体ごとに認識する場所が異なる。詳しく →)を認識する抗体でも同じ結果が出れば、両方が同じように間違う可能性は低くなります。3つ目は、原理の違う方法で確かめることです。質量分析分子の質量を精密に測る手法。鎖の組み合わせ違いを分子量差として捉え純度評価に使う。詳しく →や、タンパク質ではなくmRNAの量を測る方法など、抗体を使わない手段と突き合わせます。これを直交的同じ対象を原理の異なる複数の手法で測り、互いに補い合って評価すること。一手法の弱点を別手法で補う。詳しく →(orthogonal)な検証と呼びます。

方法強み限界
ノックアウトなどの陰性対照決定的な証拠になる対照の細胞を作る費用と時間がかかる
独立した抗体比較的すぐ実施できる2本が同じ夾雑物を拾う可能性は残る
抗体を使わない直交法異なる原理の手法で同じ対象を測り、結果を突き合わせて検証し合う分析の組み方。詳しく →原理が違うので独立性が高い測っているものが厳密には一致しない

2016年にUhlénらがNature Methodsで提案した抗体検証の枠組みは、この3つに、タグを付けたタンパク質を発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく →させる方法と、抗体で捕まえたものを質量分析で調べる方法を加えた、5つの柱で組まれています。特異性の考え方そのものは、分析法の特異性・選択性で解説しています。

用途ごとに確かめる必要がある点も、見落とされやすい落とし穴です。ウェスタンブロットで働く抗体が、免疫沈降や免疫染色でも働くとは限りません。ウェスタンブロットは変性させた分子を、免疫沈降は天然に近い形の分子を、免疫染色は固定した細胞や組織を相手にします。用途ごとに、抗体が認識する場所の見え方が違うからです。

特異性は、抗体に付く性質ではなく、抗体と用途の組み合わせに付く性質です。

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ロットが変わると ― ポリクローナル、モノクローナル、組換え

同じ品番の抗体でも、ロットが変わると挙動が変わることがあります。

ポリクローナル抗体は動物の血清から得るので、動物が変われば混ざっている抗体の顔ぶれも変わります。同じ品番でも別物になりえます。モノクローナル抗体単一のクローンに由来し、同じ標的部位を認識する均一な抗体。詳しく →は1種類の抗体ですが、産生する細胞の状態や精製の条件で挙動が変わることがあります。組換え抗体は配列が決まっているので、この点で有利です。614本の検証でも、組換え抗体はモノクローナルやポリクローナルより良い成績でした。

ロットが変わるたびに何を確認するかは、あらかじめ決めておきます(供給者管理と受入試験)。いちばん単純で効くのは、新ロットと旧ロットを同じ検体で並べて測り、シグナルの強さとバンドの出方を比べることです。静かに起きている変化を捉えられます。そのためには、旧ロットを少し取っておく運用が前提です。

製造・品質管理で使うとき ― HCP、ADA、GMP原材料

規制下の試験で使う抗体には、研究用とは別の枠組みがかかります。それでも、研究用の抗体との接点は多くあります。

宿主細胞タンパク質(HCP)抗体を作る宿主細胞に由来し製品に残るタンパク質。代表的な工程由来不純物でELISA等で管理する。詳しく →のELISAは、使う抗体が、どれだけの種類のHCP医薬品を作る宿主細胞に由来するタンパク質の不純物です。安全性に関わるため、精製後の残存量を測ります。詳しく →を認識できるか(被覆率)という前提の上に成り立ちます。この前提を確かめるのは簡単ではなく、LC-MSでの補完が議論される理由です(HCP ELISAの選び方)。リガンド担体ビーズ表面に結合させた官能基やタンパク質で、目的物や不純物と相互作用して分離を担う部分。詳しく →結合アッセイのバリデーションでは、真度、精度、特異性を自前で示しますが、候補の抗体はカタログの情報で絞ることが多く、入口が歪むと、探索が遠回りになりかねません(LBAのバリデーション)。抗薬物抗体の検出系でも、試薬抗体の特異性が結果の解釈を左右します(免疫原性の評価)。

GMP原材料として使うときは、価格や表示のほかに、確認する点が増えます。由来と製法の記録があるか。供給者が製法を変えたときに知らせてもらえる仕組みがあるか。性能の主張に根拠があるか。供給が続くか。とくに2つ目は実務で効きます。研究用の試薬では、供給者が予告なく製法を変えることがあり、気づくのは結果が変わったときです。細胞治療生きた細胞そのものを有効成分とする医薬。CAR-Tなどが代表。詳しく →や遺伝子治療の製造で使う補助材料には、USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく →〈1043〉やISO 20399:2022の枠組みがあります。

原材料の品質管理遺伝子治療製品の品質・安全性・有効性を保証するために製造・出荷の各段階で実施する試験・管理の総体。詳しく →の考え方をそのまま当てはめると、「CoA(試験成績書)に依拠してよい根拠を、先に作る」という原則に行き着きます(原材料の品質管理)。供給者の試験項目が、自社の工程で効く性質を捉えているかを確かめる作業は、省けません。

探索段階で選んだ抗体を、開発の後期にそのまま持ち込めるとは限りません。研究用グレードしかない抗体はGMP医薬品を一定の品質で安全に造るために守るべき製造・品質管理の基準(適正製造規範)です。詳しく →下の試験に使いにくく、小規模な供給者だと供給の継続性にも不安があります。用途を広げるたびに、その用途での検証もやり直しです。早い段階で検証の枠組みと標準物質を決めておくほど、後戻りは減ります(標準物質の設定、CQAに対する分析法の選択)。

最終的には自社で特異性を示すことになる、という前提を持っておけば、供給者の情報は候補を絞る材料として適切に使えます。

明日から確かめられること

使っている抗体の資料や、受託先の報告書を開いて、次の点を見てみてください。

  • 検証データに、ノックアウトなどの陰性対照が含まれているか。自分の用途で示されているか
  • 独立した抗体や、抗体を使わない方法での裏づけがあるか
  • 新ロットを受け入れるとき、旧ロットと同じ検体で並べて測る手順があるか。旧ロットの一部を保管しているか
  • ポリクローナル、モノクローナル、組換えのどれか。組換えなら、配列は固定されているか
  • 供給者が製法を変えたときの通知の仕組みがあるか
  • 研究用グレードの抗体を、GMP下の試験にそのまま持ち込もうとしていないか

抗体の選び方と流れは研究用抗体の製品ガイドにあります。

参考文献

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、抗体医薬に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。