安定化剤・賦形剤の選び方:糖・アミノ酸・界面活性剤
安定性試験で凝集が出た。緩衝剤を変えたら粒子の数が下がった。タンパク質製剤の開発現場では、こうした経験が賦形剤の重要性を肌で教えてくれます。抗体をはじめとするタンパク質医薬は、原薬(有効成分)だけでは製品になりません。一定の濃度とpHを保ち、有効期限まで凝集や分解を起こさず、患者に投与できる状態を維持するために、いくつもの添加成分を組み合わせます。この添加成分をまとめて賦形剤(エクシピエント有効成分そのもの以外に製剤へ加え、安定性や溶解性を保つために用いる添加物の総称です。詳しく →=有効成分以外に処方へ加える成分)と呼びます。

同じ抗体でも、緩衝剤の種類やpH、糖の有無、界面活性剤タンパク質の凝集や容器壁への吸着を防ぐため製剤へ少量加える添加剤で、細胞培養で細胞を保護する目的でも使われます。詳しく →の濃度が変われば、保存中の凝集や粒子の出方は大きく変わります。裏を返せば、適切な賦形剤を選べれば、原薬そのものを変えずに安定性を底上げできる。製剤設計有効成分を安定に保ち投与しやすくするため、pH・緩衝剤・添加剤などの処方を検討して決める工程です。詳しく →の中でも、賦形剤有効成分以外の添加剤。鉱物由来のものは元素不純物の由来として注目される。の選定が安定性を直接左右する要の作業とされるのはそのためです。
その要を支えるのは、限られた顔ぶれです。等張化・緩衝・安定化・凍結保護という役割を、糖・アミノ酸・界面活性剤・キレート剤金属イオンをつかまえるキレート剤。グラム陰性菌の外膜を不安定化させ溶解を助ける。といった主要な成分が分担し、しばしば一つの成分が複数の顔を持ちます。どれをどの濃度で組み合わせるかで、処方の安定性はまるで別物になる。処方全体の組み立ては 製剤設計 に詳しく整理しています。
- 賦形剤は等張化・緩衝・安定化・凍結保護の4役割で整理でき、多くの成分が複数を兼ねます。
- 非還元糖(スクロース・トレハロース)が安定化の主役で、アミノ酸や界面活性剤が役割を分担します。
- 選定は実績ある成分を機能ごとに候補立てし、安定性データで絞り込むのが基本で単一の正解はありません。
賦形剤が担う4つの役割
賦形剤は「何のために入れるか」で整理すると見通しがよくなります。一つの成分が複数の役割を兼ねることも多く、その多機能性が処方設計を複雑にもし、同時に面白くもしています。
一つ目は等張化(張度調整)注射剤の浸透圧を体液に近づける操作。外れると注射部位の痛みや細胞への刺激につながる。です。注射剤は体液に近い浸透圧に合わせるのが基本で、外れると注射部位の痛みや細胞への刺激につながります。二つ目は緩衝で、pHを一定に保って化学分解や凝集を抑える。三つ目が安定化そのもので、凝集・吸着・酸化といった劣化経路を抑える役割です。四つ目は凍結保護・凍結乾燥製剤から水分を抜いて乾燥させ、長期安定性を高めた剤形。使用時に溶かして戻す。保護で、凍結や乾燥という強いストレスからタンパク質を守ります。
これらは独立しているようで互いに絡み合います。たとえば糖は等張化注射剤の浸透圧を体液に近づける調整。細胞への水の出入りを釣り合わせ、溶血や刺激を避けるために行う。にも凍結保護にも効きますし、アミノ酸は緩衝と安定化を兼ねることがあります。 賦形剤選定とは、限られた成分で複数の役割を過不足なく満たす組み合わせを探す作業です。
| 役割 | ねらい | 代表的な賦形剤 |
|---|---|---|
| 等張溶液の浸透圧が生体の体液とほぼ同じ状態で、注射時の組織への刺激が少ない条件。化 | 浸透圧溶液中の溶質濃度で決まる、水を引き込む圧。培養では上昇が細胞ストレスになる管理項目。を生体に合わせる | 塩化ナトリウム、糖類 |
| 緩衝 | pHを一定に保つ | ヒスチジン弱酸性域で緩衝能を持ちつつ抗体の安定化にも寄与し、抗体製剤で広く使われるアミノ酸。、酢酸塩、クエン酸塩やや広い酸性域で緩衝でき金属キレート性も持つが、注射時に刺激が出る場合がある緩衝剤。 |
| 安定化 | 凝集・吸着・酸化を抑える | アミノ酸、界面活性剤、キレート剤 |
| 凍結保護・凍結乾燥保護 | 凍結・乾燥ストレスから保護 | スクロース、トレハロース非還元糖の一種で、凍結乾燥品の安定化に使われる。ガラス転移温度が比較的高いとされる。 |
賦形剤は「等張化・緩衝・安定化・凍結保護」の4役割で整理できます。 多くの成分が複数の役割を兼ねるため、一つずつ足すのではなく、処方全体のバランスで考えるのが基本です。
糖類:凍結保護と安定化の主役
糖類は、タンパク質製剤でもっとも広く使われる安定化・凍結保護剤です。代表はスクロース(ショ糖)とトレハロース。どちらも非還元糖(タンパク質のアミノ基と反応しにくい糖)である点が重要で、還元糖であるグルコースやラクトースはメイラード反応還元糖とタンパク質が結びついて着色や変性を起こす反応。タンパク質製剤では避けたい劣化経路。(糖とタンパク質が結びついて着色・変性する反応)を起こしやすいため、タンパク質製剤製剤。原薬を処方・充填して、最終的な投与形態に仕上げた製品。では避けられます。
糖がタンパク質を守る仕組みは、大きく二つの側面で説明されます。液体状態では「優先的排除(preferential exclusion糖などがタンパク質表面から排除され、折りたたまれた構造が安定化されると説明される機構。)」と呼ばれ、糖がタンパク質表面から排除されることで構造が広がった変性状態が熱力学的に不利になり、折りたたまれた状態が安定化されるという考え方です。乾燥・凍結乾燥時には、失われた水の代わりに糖がタンパク質と水素結合してガラス状のマトリックス分析対象物が含まれる試料の背景成分(緩衝液・血清・細胞培養液など)の総称で、測定値に影響を与えうる。を形成し、分子の動きを封じ込めて構造を保つと説明されます(水置換仮説・ガラス化)。
糖類は液体・凍結乾燥のどちらでも安定化に効き、非還元糖のスクロースタンパク質製剤で広く使われる非還元糖。液体でも凍結乾燥でも安定化・保護剤として働く。かトレハロースが標準的な選択肢です。 スクロースは加水分解に弱くpHや温度の管理が要る一方で入手性とコストに優れ、トレハロースはガラス転移温度これを下回ると分子運動が止まり氷の再結晶が進みにくくなる温度。凍結保管温度の目安。が比較的高く乾燥品で扱いやすいといった特徴が知られています。ただし優劣は条件(タンパク質・水分量・保存温度)で入れ替わるという報告もあり、実際の処方では両者を比較検討するのが一般的です。
アミノ酸:凝集抑制・緩衝・粘度低下
アミノ酸は、糖とは異なる切り口でタンパク質を助ける賦形剤です。代表格はアルギニン分子どうしの会合による凝集を抑え、高濃度処方では粘度を下げる働きも知られるアミノ酸。とグリシン結晶性が高く、凍結乾燥品でしっかりした形のケーキをつくる増量剤として使われるアミノ酸。、そして緩衝も兼ねるヒスチジン。それぞれ役割がはっきり分かれています。
アルギニンは凝集抑制剤としてよく使われます。変性やアンフォールディングそのものを強く止めるというより、分子どうしが会合して凝集体タンパク質分子どうしが結合してできた高分子量の集合体です。有効性や免疫原性に影響するため、その含量を測ります。詳しく →になる過程を抑える働きが知られています。高濃度抗体製剤(皮下注皮膚の下に注射する投与経路。一度に入れられる液量が小さく、抗体の高濃度化が求められる。などで求められる高い濃度の処方)では溶液の粘度液体の流れにくさを表す物理的性質で、タンパク質濃度の上昇に伴い非線形に増大する。が問題になりますが、アルギニンには粘度を下げる効果も報告されており、この点でも重宝されます。高濃度処方の粘度については 高濃度製剤と粘度 でも扱っています。
グリシンは、主に凍結乾燥での増量剤(バルキング剤)原薬濃度が低い凍結乾燥品で、しっかりした形状と再溶解性を確保するために加える成分。として使われるアミノ酸です。結晶性が高く、しっかりした形のケーキ凍結乾燥後に残る固形物のこと。崩れると外観や再溶解性が悪くなるため、形状の確保が重要になる。(凍結乾燥後の固形物)をつくる助けになります。一方、ヒスチジンは生理的pHに近い弱酸性域で緩衝能酸やアルカリが加わっても、pHの変動を小さく抑える力。pKa付近で最も強く、濃度にも依存する。を持ちつつ抗体の安定化にも寄与するため、緩衝と安定化を一手に担う成分として近年の抗体製剤で広く採用されています。
| アミノ酸 | 主な役割 | 補足 |
|---|---|---|
| アルギニン | 凝集抑制・粘度低下 | 高濃度処方で有用 |
| グリシン | 凍結乾燥の増量剤 | 結晶性が高くケーキ形成に寄与 |
| ヒスチジン | 緩衝+安定化 | 弱酸性域で緩衝、抗体安定化にも寄与 |
アミノ酸は「凝集を抑える(アルギニン)」「乾燥品を形にする(グリシン)」「緩衝と安定化を兼ねる(ヒスチジン)」と役割が分かれ、目的に応じて選びます。
界面活性剤:界面ストレスから守る
タンパク質は、空気と液体の界面や容器の壁、輸送中の振動でできる気泡の表面に吸着し、そこで変性・凝集しやすいという弱点を持ちます。界面活性剤はこの界面をいわば先回りして占め、タンパク質が界面に触れて壊れるのを防ぐ役割を担います。
抗体製剤で主に使われるのは、ポリソルベート20、ポリソルベート80、そしてポロキサマー188抗体製剤で使われる界面活性剤の一つ。ポリソルベートより分解しにくいとして選ばれる場合がある。です。ごく低濃度(一般に0.01〜0.1%程度が目安ですが、処方により異なります)で添加され、充填・輸送・凍結融解といった界面ストレス気液・固液界面にタンパク質や粒子が吸着・露出することで生じる変性・凝集の誘因となるストレス。の多い工程からタンパク質を守ります。
ただし、注意すべき側面もあります。ポリソルベートは分解されやすく、加水分解や酸化によって遊離脂肪酸や過酸化物を生じることが知られています。生じた過酸化物はタンパク質の酸化を進めることがあり、また遊離脂肪酸が析出して粒子(サブビジブル粒子おおむね2〜100μmの目に見えない微粒子。SECなどの守備範囲を外れ、光遮蔽や画像式で計数する。)の原因になる場合もあります。この分解のしやすさから、より安定とされるポロキサマー188が選ばれる例もあります。
界面活性剤は界面ストレスからタンパク質を守る必須成分ですが、それ自体の分解がタンパク質の酸化や粒子発生を招くことがあり、種類・濃度・原料品質の管理が欠かせません。
キレート剤と凍結乾燥の増量剤
安定化を支える脇役として、キレート剤と増量剤も押さえておきます。
キレート剤は、微量に混入する金属イオン(鉄・銅など)を捕まえて不活性化する成分です。金属イオンは酸化反応やポリソルベートの分解を触媒することがあり、これを抑える目的でEDTA(エチレンジアミン四酢酸)やDTPAが少量添加されることがあります。メチオニン酸化などの化学分解が問題になる処方で検討される選択肢です。
増量剤(バルキング剤)は、凍結乾燥製剤で使う成分です。原薬濃度が低いと乾燥後に十分な固形分が残らず、崩れた(コラプスした)見た目の悪いケーキになってしまいます。そこでマンニトールやグリシンといった結晶性の高い成分を加え、しっかりした形状と適切な再溶解性を確保します。スクロースやトレハロースのような非晶質の凍結乾燥保護剤と、結晶性の増量剤を組み合わせるのが定石で、両者の比率は保護効果とケーキ形状のバランスで決めます。
| 補助的な賦形剤 | 役割 | 代表例 |
|---|---|---|
| キレート剤 | 金属イオンを捕捉し酸化・分解を抑制 | EDTA、DTPA |
| 増量剤(結晶性) | ケーキ形状・再溶解性の確保 | マンニトール、グリシン |
| 凍結乾燥保護剤(非晶質) | 乾燥ストレスからの保護 | スクロース、トレハロース |
凍結乾燥処方では、非晶質の保護剤と結晶性の増量剤を組み合わせ、キレート剤で酸化経路を抑えるのが基本形です。
選択の考え方:安全性と安定性データで絞り込む
賦形剤選定を進めるときは、いくつかの原則が指針になります。
第一に、使用実績のある成分から選ぶことです。医薬品添加剤には安全性の裏づけが求められます。既存の注射剤で使用実績のある成分・使用量の範囲であれば開発と審査の負担を抑えられますが、新規性の高い成分はそれ自体の安全性を別途示す必要が出てきます。
第二に、機能ごとに候補を挙げ、安定性データで絞り込むことです。緩衝剤・糖・アミノ酸・界面活性剤といった機能の枠ごとに数種類の候補とpH・濃度の水準を設定し、加速・ストレス条件での安定性試験(高温・振動・凍結融解・光など)で凝集や粒子の出方を比較します。机上の推論だけでは決められない、実データが要となる部分です。処方スクリーニングの進め方は 製剤設計 で整理しています。
第三に、投与経路と剤形(液剤か凍結乾燥か)から必要な役割を先に固めることです。皮下注なら高濃度・低粘度・等張が効き、凍結乾燥なら保護剤と増量剤の組み合わせが要点になります。 賦形剤は「実績のある成分を、機能ごとに候補立てし、安定性データで選ぶ」のが基本で、単一の正解レシピはありません。 抗体ごとに最適解が変わる前提で、比較検討を通じて決めていきます。
まとめ
安定化剤・賦形剤の選び方を、役割と種類の両面から整理しました。
- 賦形剤の役割は等張化・緩衝・安定化・凍結保護の4つに整理でき、多くの成分がこれらを兼ねます。
- 糖類(スクロース・トレハロースなどの非還元糖)は液体・凍結乾燥の双方で安定化・保護の主役になります。
- アミノ酸は、アルギニン(凝集抑制・粘度低下)、グリシン(増量剤)、ヒスチジン(緩衝+安定化)と役割が分かれます。
- 界面活性剤は界面ストレスから守る必須成分ですが、自身の分解が酸化・粒子の原因になり得ます。
- キレート剤で酸化経路を抑え、凍結乾燥では非晶質保護剤と結晶性増量剤を組み合わせます。
- 選定は「実績ある成分を機能ごとに候補立てし、安定性データで絞り込む」のが基本で、単一の正解はありません。
処方全体の設計は 製剤設計、高濃度処方の粘度対策は 高濃度製剤と粘度 を、あわせてご覧ください。
参考文献
- ICH Q8(R2) Pharmaceutical Development(製剤開発の考え方・処方設計の枠組み): https://database.ich.org/sites/default/files/Q8%28R2%29%20Guideline.pdf
- ICH Q6B Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products(バイオ医薬の規格・品質特性): https://database.ich.org/sites/default/files/Q6B%20Guideline.pdf
- USP General Chapter <1049> Quality of Biotechnological Products: Stability Testing of Biotechnological/Biological Products(バイオ医薬の安定性試験): https://www.usp.org/
- Kaushik JK, Bhat R. "Why is trehalose an exceptional protein stabilizer?" J Biol Chem. 2003.(トレハロースによるタンパク質安定化機構)DOI: 10.1074/jbc.M300815200 / PMID: 12702728
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