灌流は比生産性をどこまで上げるか
灌流培養培養液を連続的に入れ替えながら細胞を高密度に保ち、長期間生産を続ける培養方式です。細胞を装置で保持し、老廃物を除きつつ栄養を補給します。詳しく →を検討していると、細胞密度は流加よりはるかに高く保てるのに、1細胞あたりの生産性(比生産性細胞1個あたりが単位時間に産生する製品量。細胞数によらず産生能を比べるための指標。詳しく →、qP)は思ったほど伸びない、という壁に当たることがあります。老廃物や乳酸のような阻害性の代謝副産物が槽の中に溜まれば、細胞は生きていても働きが鈍ります。密度を上げることと、1細胞ごとの働きを保つことは、別の課題です。

2026年8月のThe Bioprocessing Summitで、この壁に踏み込む発表がありました。発表者は、NISTとメリーランド大学の共同研究拠点であるIBBR(Institute for Bioscience and Biotechnology Research)のHussain Dahodwala氏です。NIST標準のCHO参照細胞株NISTCHOを使った、長期のシミュレーション灌流培養が題材でした。流加を上回る体積生産性反応槽の単位体積あたりの生産量。細胞密度を上げると高まるが、同時に灌流速度も増える。詳しく →を保ちながら、培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →を絶えず入れ替えて阻害性の副産物を取り除いたところ、比生産性(qP)が2倍に達したと報告しています。ただし、これは学会発表です。査読を経た論文としては、本稿の執筆時点で確認できていません。
本稿では、この発表が何を比べ、何を報告したのかを追います。そのうえで、灌流の細胞保持装置灌流培養で使用済みの培地を入れ替えつつ、細胞は培養槽に残すための装置です。中空糸膜などで細胞と液をより分けます。詳しく →が実際にどう阻害性副産物を取り除いているのかを、実在する製品に沿って5分でたどります。
- NISTCHOを使った長期のシミュレーション灌流培養は、流加を上回る体積生産性を、高い生存率を保ったまま達成しました。
- 培地を絶えず入れ替え、阻害性の代謝副産物を取り除くことで、比生産性(qP)が2倍に達したと報告されています。
- この報告は2026年8月のThe Bioprocessing Summitでの学会発表であり、査読付き論文の形ではまだ確認できていません。
この発表が言っていること
発表の主張は一点に絞れます。灌流培養が比生産性を伸ばすのは、細胞を殖やすからではありません。細胞の周りの環境を、絶えず入れ替えるからだ、という主張です。
NISTCHOは、NISTが2023年に公開した参照CHO細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →株です。非オリジネーターのIgG1抗体、cNISTmAbを産生します。株の由来や培養条件が業界で共有されているため、施設をまたいだ比較がしやすいという特徴があります。この株を使い、長期のシミュレーション灌流培養を流加と比べました。非常に高い細胞密度を、高い生存率細胞集団のうち生きている細胞の割合。凍結・培養の品質を示す基本指標。詳しく →を保ったまま長く維持できています。ここまでは、灌流の一般的な強みと同じです。発表が強調したのはその先です。培地を連続的に交換し、乳酸のような阻害性の代謝副産物を絶えず取り除きました。それだけで、比生産性(qP)そのものが流加の約2倍に達したと報告されています。細胞密度を上げただけでは説明できない伸びだ、というのが論旨です。
細胞を増やすことと、1細胞あたりの働きを底上げすることは、別の効果として効いているというのが、この発表の主張です。
阻害性副産物の除去を実在の技術で追う
抽象的な「培地を入れ替える」という言葉を、実在する装置に置き換えると、何が起きているかがつかめます。
灌流培養で細胞を保持しながら培養液を抜き出す役割を担うのが、細胞保持装置です。RepligenのXCell ATFは、ダイヤフラムポンプ膜(ダイヤフラム)で流れを往復させるポンプ。ATFで穏やかに流れを反転させ、せん断を抑える。詳しく →で流れの向きを反転させます。培養液の連続抜き出しを平準化する、シングルユースデバイスです。SartoriusのBiostat STR Generation 3には、このXCell ATFを統合した構成があらかじめ用意されています。もう一つの入口が接線流ろ過(TFF)です。SartoriusのHollow Fiber TFFは、ガンマ線滅菌ガンマ線を照射して器材を滅菌する方法。単回使用デバイスの滅菌に使われる。詳しく →済みの中空糸モジュールです。低せん断流れの中で分子にかかる物理的な力。強すぎると抗体の凝集や微粒子発生を招く。詳しく →のまま細胞を保持し、老廃物を含む清澄液だけを連続的に槽の外へ送り出します。細胞は槽に残ります。産物と老廃物を同時に含む培養液だけを抜き出し、新しい培地に置き換える。この繰り返しの速さと精度が、阻害性副産物をどれだけ低く保てるかを左右します。
比生産性(qP)を2倍にしたのは、細胞保持装置の孔径そのものではありません。培地の交換速度と、老廃物を槽の中に溜めない運転の設計です。装置を選ぶ前に、自社の工程でどれだけの頻度で培地を入れ替えられるかを見積もる必要があります。
装置の方式を比べる前に、老廃物をどれだけの速さで槽の外へ送り出せるかという運転設計のほうが、比生産性には効いています。
この発表だけでは決まらないこと
学会発表が示すのは、NISTCHOという特定の細胞株、特定の培地、特定の灌流条件での結果です。自社の細胞株や工程にそのまま当てはまるかは、この発表からは決まりません。
灌流が実際に回るかどうかは、比生産性の数字だけでは決まりません。保持装置を今のバイオリアクター細胞やウイルスの培養を制御された環境下で大規模に行うための培養槽で、商業規模の製造に用いられる。詳しく →に統合できるか、そして連続的に出てくる液を下流がきちんと受け止められるかという工程設計の問題が別にあります。ここを詳しく扱っているのが、灌流培養とは?です。VVDとCSPR細胞1個が1日に必要とする培地体積を表す指標(pL/cell/day)。灌流速度や培地消費量の設計の土台になる。詳しく →という2つの数字の使い分けや、サージ容器の容量設計まで、導入前に確認すべき順番を整理しています。
発表が示すのは、比生産性が2倍に伸びうるという可能性です。自社の槽と下流でそれを再現できるかを決めるのは、工程設計の側の仕事です。
参考文献
- Dahodwala, H.(IBBR / NIST). The Bioprocessing Summit 2026, Intensified and Continuous Bioprocessing track(2026年8月11〜12日、ボストン)でのプレゼンテーション。NISTCHOを用いた長期シミュレーション灌流培養で、比生産性(qP)が流加比で2倍に達したと報告。学会発表であり、本稿執筆時点で査読付き論文としての公表は確認できていません。
- Dahodwala, H., et al. "Development and Characterization of the NISTCHO Reference Cell Line." Biotechnology Journal, 2025. DOI: 10.1002/biot.70012
この記事に関連する工程
次に読む
抗体医薬/モノクローナル抗体この製造の全体像を、工程マップで見るこの分野の新着を、メールで受け取る
こうした製造・分析・品質の解説記事と、装置・試薬の新製品ニュースを月数回お届けします。登録は無料で、いつでも解除できます。
登録によりプライバシーポリシーに同意したものとみなします。