二重特異性抗体の精製は2段階まで削れるか
KiH(ノブ・イントゥ・ホール一方の重鎖に突起、他方にくぼみを作り、鍵と鍵穴のように噛み合わせて正しい対を促す設計。)で重鎖のヘテロダイマー化を促したはずなのに、精製に入るとホモダイマーや軽鎖の取り違え体がなかなか落ちきらない。似た分子を追いかけてポリッシングの段数が増え、収率が削られていく。二重特異性抗体2つの異なる標的に同時に結合する抗体。T細胞と標的細胞を橋渡しする用途などがある。詳しく →の工程開発では、よくある詰まりどころです。

LinとLeeは2026年、Methods in Molecular Biology誌のシリーズ本『Bispecific Antibodies: Methods and Protocols』(第2997巻)にプロトコル章を発表しました。KiH変異と制御下Fab-arm交換(cFAE)を組み合わせ、ヒンジ部の鎖間ジスルフィドだけを狙って還元・再酸化することで正しい対を作り、続く2段階のアフィニティクロマトグラフィー抗体に特異的に結合するProtein Aを担体に固定し、抗体だけを選択的に捕まえて精製する手法です。抗体医薬の最初の精製工程として定番になっています。詳しく →で高収率・高純度の二重特異性二種類の異なる標的に同時に結合できるよう設計した抗体。詳しく →抗体を得た、というのが核心です。
本稿では、この方法が鎖の組み合わせ問題にどう対処しているかを追います。そのうえで実在する精製担体カラムに充填する多孔質ビーズ。表面のリガンドと成分の相互作用差で目的物と不純物を分離する。詳しく →に沿って、設計と精製をどうつなぐかを5分でたどります。
- KiH変異とcFAE(制御下Fab-arm交換)を組み合わせ、2種類の親抗体からヘテロダイマーを作ります。
- ヒンジ部の鎖間ジスルフィドだけを狙って穏やかに還元し、Fabの完全性を保ったまま重鎖を組み替えます。
- 精製は2段階のアフィニティクロマトグラフィーで完結し、高い収率で純度の高い二重特異性抗体を得たと報告されています。
この論文が言っていること
方法の骨格はこうです。異なる標的に結合する2種類の親モノクローナル抗体を別々に用意し、それぞれの重鎖にKiHの変異(片方に突起、もう片方にくぼみ)を仕込んでおきます。次に穏やかな還元条件を使い、2本の重鎖をつなぐヒンジ部の鎖間ジスルフィド結合抗体の重鎖と軽鎖などをつなぐS-S結合。部分還元でチオール基を作り、ADCの結合点に利用する。だけを選択的に切断する。重鎖と軽鎖をつなぐ結合やFabの立体構造は壊さないため、抗体は重鎖1本・軽鎖1本の「半分子」に分かれます。ここで2種類の親抗体の半分子を混ぜ、再酸化する。突起とくぼみが噛み合うKiHの効果で、狙いどおりのヘテロダイマー異なる2本の重鎖が対になった分子。二重特異性抗体で狙う正しい組み合わせ。が優先的に再形成される、という流れです。
この方法が向き合っているのは、二重特異性抗体の製造でおなじみの副産物です。重鎖どうしのホモダイマー同じ重鎖どうしが対になった分子。二重特異性抗体では目的でない副産物にあたる。、軽鎖抗体を構成する2種類のポリペプチド鎖のうち分子量が小さい方で、重鎖と対になって抗原結合部位を形成する。詳しく →の取り違え(スワップ)、低分子量の断片といった顔ぶれが挙がります。いずれも目的のヘテロダイマーとサイズや電荷が近く、精製で分けにくいことが知られています。論文は、この副産物を後段で作り分けるのではなく、還元・再酸化という設計側の操作でまず減らしたうえで、仕上げを2段階のアフィニティクロマトグラフィーに委ねる、という役割分担を示しています。
還元・再酸化で「正しい対になりやすくする」ところまでを設計が引き受け、残った差を精製で仕上げるという二段構えです。
精製の2段階を実在の担体で追う
「2段階のアフィニティクロマトグラフィー」という表現は、実在する担体に置き換えると、何を捕まえ、何を分けているのかが具体的につかめます。
1段目に相当するのが、Fc領域を足がかりに抗体そのものを捕捉するProtein AクロマトグラフィーProtein Aが抗体のFc領域に結合する性質を利用し、抗体をまとめて捕捉する精製の第一段。です。Cytivaが提供するMabSelect PrismAやMabSelect SuReのようなアルカリ耐性の高流速アガロース系レジンが、この捕捉工程の定番として広く使われています。ここまでは通常のモノクローナル抗体の精製と変わりません。問題は2段目で、ここでホモダイマーや軽鎖ミスペア体をどう分けるかが問われます。ひとつの手がかりが疎水性の違いで、CytivaのCapto Phenyl ImpResやCapto Butyl ImpRes、MerckのFractogel EMD Phenyl、Tosoh BioscienceのTOYOPEARL Phenyl-650のようなHIC(疎水性相互作用クロマトグラフィー分子表面の疎水性の強さで分離するクロマトグラフィー。疎水性の評価や精製に使う。)担体は、サイズや電荷が近い分子どうしを表面の疎水性の差で分離するポリッシング捕捉工程の後、電荷や疎水性の違いを使って残った副産物を削り純度を上げる磨き上げ精製。詳しく →工程で使われます。もうひとつの手がかりが軽鎖そのものへの結合特異性で、Thermo Fisher ScientificのCaptureSelectのようにラクダ科由来の抗体断片全長抗体から抗原認識に必要な部分だけを取り出した分子。Fcを持たず小さく、微生物でも作れる。詳しく →(VHH)をリガンド担体ビーズ表面に結合させた官能基やタンパク質で、目的物や不純物と相互作用して分離を担う部分。詳しく →に使い、κ鎖・λ鎖・Fab重鎖の一部と軽鎖がジスルフィドで連結した約50kDaの抗体フラグメント。2本鎖で折りたたみがやや複雑。詳しく →領域を選んで結合する担体もあります。親抗体の軽鎖の型が異なる組み合わせでは、この軽鎖特異的な捕捉が、ホモダイマーとヘテロダイマーを分ける近道になり得ます。
論文が示す「2段階」という数字そのものより大事なのは、どの2段階を選ぶかです。疎水性の差で分けるHICか、軽鎖への結合特異性を使うCaptureSelect系かは、親抗体どうしの物性(疎水性の差、軽鎖の型が同じか異なるか)によって効き方が変わります。KiH×cFAEという設計が同じでも、精製の2段目は分子ごとに選び直す必要があります。
この論文だけでは決まらないこと
この方法が自社の抗体対にそのまま当てはまるかは、この論文からは決まりません。プロトコル章が示すのは、KiH×cFAEという設計と、それに対応する精製の枠組みまでです。共通軽鎖やドメインクロスオーバー一方の腕のドメイン配置を入れ替え、正しい重鎖と軽鎖の対だけが噛み合う構造にする手法。のような他の設計との比較や、GMP医薬品を一定の品質で安全に造るために守るべき製造・品質管理の基準(適正製造規範)です。詳しく →スケールでの再現性は、別に確かめる必要があります。
二重特異性分析法において、共存する不純物・分解物・添加剤などが存在しても目的成分だけを正確に測定できる能力。詳しく →抗体の製造でなぜ鎖の組み合わせ問題が起きるのか、設計と精製をどう二段構えで進めるのかという全体像は、二重特異性抗体の製造課題で整理しています。この論文が示すKiH一方の重鎖に突起、他方にくぼみを作り、鍵と鍵穴のように噛み合わせて正しい対を促す設計。×cFAEは、その全体像の中の一つの具体的な実装です。
論文はKiH×cFAEという設計と精製の組み合わせ方を示します。自社の抗体対でどこまで工程を削れるかを決めるのは、実際のスクリーニングと収率データです。
参考文献
- Lin, L.Y.C., Lee, K.H. "Production of Bispecific Antibody Combining Knobs-into-Holes and Controlled Fab-Arm Exchange Methods." In: Yasunaga, M. (ed.) Bispecific Antibodies: Methods and Protocols. Methods in Molecular Biology, vol. 2997. Humana, New York, NY (2026). DOI: 10.1007/978-1-0716-5037-0_1
- Labrijn, A.F., et al. "Efficient generation of stable bispecific IgG1 by controlled Fab-arm exchange." Proceedings of the National Academy of Sciences 110(13), 5145-5150 (2013).
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