微生物の株構築とセルバンクとは?選択マーカーと凍結保存の落とし穴
大腸菌や酵母で生産株を作ると、最初によく発現したクローンを選んだ時点で、仕事が片づいた気がします。ところが量産のスケールに進むと、同じクローンのはずなのに発現量が落ちることがあります。原因は宿主でも配列でもなく、選択圧(プラスミド大腸菌の中で複製・増幅させる環状DNA。核酸医薬やベクター製造の伝統的な出発材料。詳しく →を持つ細胞だけが生き残る条件)を外した途端に崩れる設計を、量産の直前まで誰も疑わなかったことにある場合が少なくありません。

生産株は、いったんセルバンク目的物質を作る細胞をあらかじめ大量に凍結保存し、製造のたびに同じ素性の細胞を使えるようにした細胞の在庫(MCB/WCB)のことです。詳しく →として固定すると、何年も先のロットまで、そこが製造の起点です。上流でのわずかな設計の差が、量産の段階になって表に出るのは、このためです。株構築とセルバンクの仕事は、発現量細胞が目的のタンパク質を作る量。低いと必要量の確保に手間がかかり、製造コストが上がる。詳しく →を競うことより、崩れにくい設計を選ぶことと、固定したものを後から説明できる記録を残すことにあります。
開発の担当者だけでなく、受託先を選ぶ購買や品質保証、株や資材を提案する営業にとっても、どこで失敗が起きやすいかを知っていると、確認する点が絞れます。
発現の載せ方 ― プラスミドか、ゲノム組込みか
組換え遺伝子を宿主に持たせる方法は、大きく二つに分かれます。どちらを選ぶかで、そのあとの設計のほぼすべてが決まります。
プラスミド(細胞の中で独立に増える環状のDNA)は、コピー数を高くして遺伝子の量を稼ぎやすく、構築も速く進みます。ただし複製に代謝の資源を使うため、選択圧洗浄の強さや抗原量で調整する選抜の厳しさで、残る抗体の質を方向づける。詳しく →がなければ、世代を重ねるうちに失われやすいという弱点があります。ゲノム組込みはコピー数こそ増やしにくいのですが、選択圧がなくても保持され続けます。Pichia pastorisメタノールを炭素源にできる酵母。強力なAOX1誘導と分泌生産に向き、高密度培養で組換えタンパク質を作る。詳しく →(メタノール資化性酵母メタノールを炭素源として利用できる酵母。Pichiaが代表で、この性質をAOX1誘導による生産に活かす。)のAOX1Pichiaでメタノール資化性を利用して強力に誘導するプロモーター。詳しく →遺伝子座への組込みが代表例です。
探索の段階では、プラスミドで一気に発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく →量を稼ぎます。長期に大スケールで安定して運転したい製造株では、ゲノム組込みか、低から中程度のコピー数の安定したプラスミドを選ぶのが実務の傾向です。どちらが正しいという話ではなく、開発初期の探索の速さと、量産後の世代を超えた安定性のどちらを取るかで、失敗したときに重くなる側が変わります。
発現の載せ方は、発現量を稼ぐ前に、選択圧を外したときにどちらが壊れにくいかで選びます。
抗生物質を使わない選択 ― 3つの方式と規制の事情
プラスミドを持つ細胞だけを選び出すには、選択マーカーが要ります。研究室では抗生物質耐性が定番ですが、製造では懸念を抱え込みます。耐性遺伝子が製品や環境に残らないか、抗生物質を工程のどこで除き、どう確認するか、耐性が広がらないか。FDAが以前に示した、プラスミドそのものを投与するDNAワクチン抗原タンパク質をコードするDNAを体内に投与し、宿主細胞内で抗原を発現させて免疫応答を誘導するワクチン。詳しく →向けの指針は、アレルギー反応のおそれから、ペニシリンなどβラクタム系の耐性遺伝子を避け、マーカーが要るならカナマイシン目的の遺伝子(耐性マーカー)を持つ細胞だけを生き残らせるために培地へ加える抗生物質です。詳しく →などを使うよう助言していました。欧州でも耐性マーカーを避ける方向が示されてきたため、製造株では、抗生物質を使わない選択が好まれます。
方式は主に三つです。必要な代謝遺伝子を宿主から欠失させ、プラスミド側に載せておく栄養要求性相補。染色体上の致死遺伝子を、プラスミド由来の抑制因子で抑えておくオペレーター/リプレッサー系。そして、プラスミド由来のRNAで致死遺伝子を抑えるRNAベースの方式です。
RNAベースの実例が、Aldevron(Danaher)のNanoplasmidです。150塩基対のRNA-OUTという短いRNAで、染色体上のSacB遺伝子(レバンスクラーゼ)の発現を抑えます。SacBはスクロースタンパク質製剤で広く使われる非還元糖。液体でも凍結乾燥でも安定化・保護剤として働く。詳しく →の存在下で細胞に毒性を示す酵素なので、プラスミドを失った細胞は、抑制が外れて死にます。抗生物質を使わずに選択圧を保てる設計です。
メーカーや受託先に聞くべきなのは、「抗生物質フリーに対応しているか」ではありません。「その選択圧は、凍結と解凍、再増殖を挟んでも同じ強さで働くか」です。
選択マーカーの設計は、効率よく選べるかではなく、製造とセルバンクの両方に持ち込めるかで決まります。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べるプラスミドの不安定性 ― 世代を重ねると何が起きるか
プラスミド保持系で最も注意したいのが、プラスミド不安定性です。二つの仕組みで起こります。
一つは分配不安定性で、細胞分裂のときに、一部の娘細胞にプラスミドが受け渡されない現象です。もう一つは構造不安定性で、DNAの組換えや欠失で、組み込んだ遺伝子そのものが壊れる現象です。発現による負荷が大きいほど、プラスミドを失った身軽な細胞が増殖で有利になり、培養が進むほど、生産しない細胞が集団を占めていきます。
対策は四つあります。分配を安定化させる配列(par領域)を付けること、コピー数を適正にすること、抗生物質を使わない選択で保持する圧力を保つこと、そしてゲノム組込みに切り替えることです。実測は小型バイオリアクターで行い、選択ありと選択なしの両方の条件で世代を重ね、コロニー保持率(プラスミドを持つ細胞の割合)と発現量の推移を追います。
最初によく発現したクローンではなく、選択圧を外して世代を重ねても発現を保つクローンを選ぶことが、製造スケールでの収量の安定につながります。
株を変えるとき ― 収量の裏で変わるもの、1989年のL-トリプトファン
生産株は、一度決めたら終わりではありません。収量を上げるために、改良した株へ切り替える場面があります。そのとき何が起きうるかを示す事例が、1989年の米国にあります。
必須アミノ酸のL-トリプトファンをサプリメントとして摂った人に、強い筋肉痛と好酸球(白血球の一種)の増加を起こす好酸球増多筋痛症候群(EMS)が広がりました。FDAは1989年11月、摂取をやめるよう全国に警告し、回収を求めています。報告された患者は1,500人を超え、30人以上が亡くなりました。患者の大半は、日本の昭和電工が発酵で作ったL-トリプトファンを摂っていました。
米国の疫学調査では、患者に結びついたロットで、製造の変更が重なっていました。収量を上げるために遺伝子を改変した株(Bacillus amyloliquefaciens)に切り替えたことに加えて、精製に使う活性炭溶液中の色素や微量の不純物を吸着して取り除く吸着剤で、精製工程で色や不純物を減らすために使います。詳しく →の量を減らすなど、精製が簡略化されていたのです。製品からは60種類以上の微量な不純物が見つかり、そのうち6種類がEMSと関連していました。ただ、病気の原因になった物質が何かについては、今も議論が続いています。
原因物質が確定していなくても、教訓は残ります。株と精製が同時に変わると、どちらが影響したのか切り分けられません。収量の高い株は、副産物の顔ぶれも変わりうるため、株を作り替えるときは、旧株と新株で不純物の一覧を並べて比べ、精製や工程の変更は一度に一つずつ行います。
収量が上がった株は、不純物の顔ぶれも変わりえます。株と精製を同時に変えてはいけません。
セルバンク ― グリセロールでの凍結と、MCB・WCBの二段構え
凍結保存の資材を探すと、最初に目に入るのはDMSO水に溶けにくい薬物やリンカーを溶かし込み、抗体との結合反応を進めるために少量加える有機溶媒です。詳しく →系の製品です。ここで取り違えが起こりやすくなります。
BioLife SolutionsやSTEMCELL TechnologiesのCryoStor CS10は、DMSOを10%含みます。哺乳類の細胞向けの処方です。大腸菌や酵母のバンクで使う凍結保護剤は、グリセロールで、終濃度は15〜25%(v/v)に調整し、マイナス80 ℃級で保管するのが実務です。原料には、MerckのEMPROVE bioのように、薬局方に適合し低エンドトキシングラム陰性菌の外膜由来の発熱性物質(LPS)で、注射剤では厳しく管理し、LAL試験などで測定します。詳しく →をうたうグレードを使います。カタログでDMSO濃度を比べて選ぶのは哺乳類細胞の話で、微生物では、グリセロール微生物発酵でエネルギー源となる糖類などの炭素源と、目的遺伝子の発現を促す誘導物質のことです。詳しく →の濃度と保管温度が見る先です。
生産株が決まったら、凍結ストックを二段階で体系化します。単一の生産クローンからマスターセルバンク(MCB)を作り、MCBの1バイアルから拡大培養してワーキングセルバンク(WCB)MCBを解凍・拡大して作る、日常製造で取り崩す細胞在庫。製造のたびにここから始めます。を作ります。日々の製造はWCBの1バイアルから始めるので、MCBを使い減らさずに、何度でも同じ出発点から作れます。この構造自体は、動物細胞のセルバンクと共通で、違いはMCBとWCBの違いで解説しています。作製から保管までを外部に任せる場合は、微生物セルバンク受託で比べられます。
バンクの試験は、ICH Q5D生物薬品の製造に使う細胞基材の樹立と特性解析について定めた国際調和ガイドライン。詳しく →(細胞基材の樹立と特性解析規格試験より高い分解能で製品の品質特性を詳しく調べること。比較可能性の評価などで用いる。詳しく →)の考え方で、MCBには包括的な純度・同一性の試験を、WCBには限定した試験を行います。大腸菌のMCBなら、生存率細胞集団のうち生きている細胞の割合。凍結・培養の品質を示す基本指標。詳しく →、微生物学的な純度、同一性出荷ロットが意図した細胞集団であることを、表現型マーカーや追跡記録によって確認する品質項目。詳しく →に加えて、プラスミドを保持している割合を確かめます。さらにICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → Q5B(発現構築物の解析)は、製造で許される最後の世代、生産終了時細胞(EOPC)まで培養しても、挿入した配列やコピー数が保たれているかを、シーケンスなどで確かめることを求めています。
セルバンクは、作った時点で正しいだけでなく、製造の最後の世代まで同じ細胞が同じものを作れる、と説明するための裏づけです。
明日から確かめられること
自分の株やバンクについて、次の点を見てみてください。
- 発現の載せ方(プラスミドかゲノム組込みか)を選んだ理由が、探索と量産のどちらを優先したかとともに説明できるか
- 選択マーカーが抗生物質耐性なら、製造での除去と確認の方法、または代わりの方式があるか
- 選択あり・なしの両方で、世代を重ねた安定性(コロニー保持率と発現量)を測ったか
- 凍結保護剤凍結や融解のときの細胞損傷を抑えるために、凍結保存液へ加える保護用の薬剤。詳しく →は、微生物向けのグリセロールになっているか。濃度と保管温度が決まっているか
- MCBとWCBの本数、保管場所、試験項目が文書で決まっているか
- 株や精製を変えるとき、不純物を旧株と並べて比べ、変更を一度に一つにしているか
- 受託先に作製を任せるなら、作製の記録とバイアルをどう受け取るか
宿主の選び方は宿主・発現系の選び方で、コドン最適化アミノ酸配列を変えずにDNAのコドンの並べ方だけを組み替え、発現量を高める設計操作。詳しく →は大腸菌のコドン最適化と発現で、株を使った発酵は微生物発酵の製造解説で読めます。
参考文献
- ICH Q5B, Quality of Biotechnological Products: Analysis of the Expression Construct in Cells Used for Production of r-DNA Derived Protein Products(発現構築物の解析、EOPCまでの維持)
- ICH Q5D, Derivation and Characterisation of Cell Substrates Used for Production of Biotechnological/Biological Products(細胞基材医薬品の製造に用いる細胞株そのもの。腫瘍原性などのリスク評価が残存DNA規格に効く。詳しく →の樹立と特性解析、MCBとWCBの試験の配分)
- Peubez I, et al. Antibiotic-free selection in E. coli: new considerations for optimal design and improved production. Microb Cell Fact. 2010;9:65. PMID: 20815921.
- Williams JA, et al. Improving cell and gene therapy safety and performance using next-generation Nanoplasmid vectors. Mol Ther Nucleic Acids. 2023;32:494-503. PMID: 37346980.
- FDA CBER, Points to Consider on Plasmid DNA Vaccines for Preventive Infectious Disease Indications(1996年。βラクタム系の耐性遺伝子を避ける助言。2007年の最終ガイダンスConsiderations for Plasmid DNA Vaccines for Infectious Disease Indicationsに置き換え)
- Thermo Fisher Scientific, Preparation of E. coli Culture Glycerol Stocks(Protocol)
- American Partnership for Eosinophilic Disorders, Eosinophilia-Myalgia Syndrome(1989年のL-トリプトファンによるEMSの経過)
- Contaminants in L-tryptophan associated with eosinophilia myalgia syndrome(PubMed、昭和電工製L-トリプトファンの微量不純物)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/microbial-strain-construction-cell-banking